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ドラグーン

 病室からイズミを連れて逃げ出したルーデルは、サクヤの背中で空を見ていた。


 四枚の翼を大きく動かすサクヤは、大空を飛んでいる。ドラゴンの体は魔法で守られ、高高度でも人間が生身で耐えられた。


 イズミはサクヤの背に乗り、ルーデルに背を向けて座っている。


 ルーデルはそんなイズミの背中に自分の背中を会わせて座った。


「イズミ、いい加減に機嫌を直してくれ」


 すると、イズミは照れたような恥ずかしそうな声を張り上げた。


「告白の言葉は自分で考えると言った。私はまだその言葉を聞いていない!」


 それを聞いて、ルーデルは最初驚くが次に笑う。


 笑い、そしてサクヤに雲の中へと飛び込ませた。


「うわっ!」


 雲の中を飛び抜けると、体の表面が少し冷たく感じた。肌が薄らと濡れ、髪も同じだ。


 サクヤが空の上に二人を連れて行き、下は雲の絨毯が広がっていた。


 ルーデルがイズミを抱き起こし、抱きしめた。


「俺はお前が大好きだ。愛している! だが、幸せに出来るかは分からない。何しろ、同じくらい……それ以上に俺はこの空が大好きだ!」


 堂々と、そして自分の本音を語るルーデル。


 イズミは頷いた。


「知っている。ドラゴンの背中に乗って飛ぶのが夢だったんだろ。何度も聞いたさ」


 ただ、学園での五年間――一緒にいたイズミもまた、そんなルーデルの気持ちを理解していた。


「もしも、私が一番だと言えば疑っていた」


 ルーデルは言う。


「酷いな。だが、そんなお前が欲しい。命懸けで戦ったんだ。一つくらい、自由に出来るものがあってもいいだろう」


 これからどうなるのかは分からない。クルトアは大きく混乱しており、フィナが女王へ即位するのも有り得る。


 反乱を起こした貴族の処分、そして帝国にここまで追い詰められたのも初めてであれば、軍事的な改革も必要だろう。


 いや、そもそもクルトアという国自体に改革が必要だった。


「一つくらい、か。好きにするといい。私はついていくだけだ」


 イズミがルーデルを抱きしめると、サクヤが照れたように鳴いた。おめでとうと言っているようで、とても嬉しそうだ。


 そのままサクヤが雲を突き抜け急降下する。



 アレイストは、病室から逃げ出すとユニアスとリュークに合流。


 その後、居酒屋で自棄酒を飲んでいた。


「僕には無理! 複数の女性とか無理だから!」


 そう言って酒を飲み、テーブルに突っ伏す姿は黒騎士とはとても思えない。


「捨てるって言ったんだ。そしたら女性が増えて、しかも王位だよ。有り得ないよ!」


 何もかも捨てると公言し、そして持っていたチートまで全てを失った。不自然に思える程の魅力も喪失し、以前のような才能も魔力もない。


 だが、アレイストは、以前よりも周りに女性が増えていた。


 ユニアスとリュークは、そんなアレイストの肩を叩いて慰める。


「まぁ、頑張れや。俺たちも極力迷惑をかけないようにするから。というか、なんか今のお前は悪くないよ。だから頑張れ、王様」


「良かったな。王位を得ればハーレムの面子を考えても、フィナ王女がトップだ。側室が増えても序列で悩まなくても済むぞ」


 アレイストは顔を上げる。


「諦めないでよ! 二人とも、もう僕に押しつける気しかないよね!」


 ユニアスが鼻で笑う。


「はっ! 当たり前だろうが。誰が好きこのんで面倒そうな戦後処理を引き受けるものかよ。しかもこれから絶対に面倒くさい時代が来るからな」


 クルトア王国は大きく変ろうとしていた。いや、変わらなければならない。同時に、敵国である帝国が今後どうなるか……問題は山積みだ。


 そのための労力たるや、平時など比べるまでもないだろう。


 二人ともソレが理解できているから、王位など望まなかった。


 ただ、リュークは溜息を吐く。


「私からすればルーデルが国王の方が良かった。レナとの結婚も考えれば、側室にしないで正妻として迎えることが出来るからな。……はぁ」


 溜息を吐いているが、私的な理由でしかない。国を憂いている、などとはお世辞にも言えないリュークにアレイストが泣きつく。


「昔は貴族云々、って言っていたじゃない! 助けてよ。貴族として僕を助けてよ!」


 リュークはアレイストの手を退け、そして服装を正した。ただし、その服装は入院服である。


「馬鹿め。お前もその貴族だろう。自分の事は自分で何とかしろ。……まて、閃いたぞ!」


 アレイストとユニアスが、そんなリュークに視線を向ける。


 しかし、思いついた内容とは――。


「側室を迎え、正妻を迎えなければいい。そうすれば、実質は側室が正妻という立場ではないだろうか!」


 ――レナのことだった。


 アレイストはリュークから視線を外し、ユニアスと酒を飲む。「もうこいつ駄目だ」みたいな空気で、二人でリュークを無視していた。


(頭の良い人、って馬鹿と紙一重っていうけど本当だよね)


 ユニアスが、アレイストのコップに酒を注いだ。


「まぁ、なんだ。頑張れや」


 アレイストは注がれた酒を飲み干し、そして言うのだ。


「こんなのおかしいよ!」



「あの野郎共、絶対に許さねーからな!」


 テキパキと準備を進めるフィナは、自分が女王へ即位するために根回しを全力で行っていた。無駄に有能で、能力だけなら女王に相応しいのがフィナである。


 ただし、内面は問題あり、だ。


 書類などをすぐに用意し、関係各所へと配る手配を行う。


「今に見てなさい。私が女王になったら、ドラグーンなんか解体してやるんだから! フハハハ、師匠が泣いて許しを請う姿が見えるわ!」


 そんなフィナを見ているのは、ソフィーナとミィーである。


 無表情で次々に仕事をこなし、そして復讐を誓うフィナを見てドン引きしていた。


 ミィーが言う。


「姫様、じゃなかった女王陛下、それって流石にまずいですよ」


 フィナがミィーを見た。


「あら、どうして? 大丈夫よ、ミィー……泣いて土下座してくれれば、師匠は許すから」


 ソフィーナが呆れていた。


「いや、それって他は許さない、って言っているのと同じですからね。というか、真面目な話をするとですね……」


 真面目な話、アイリーンの反乱時にディアーデ、ハルバデス家の助力を得ているフィナは、改革を行うにしても何をするにしても、二家を蔑ろに出来なかった。


 また、二家を蔑ろにするだけの力を持っていなかった。


「ちくしょうっ! 大公家なんて存在するから、クルトアの国力が削れたんじゃない! ふざけんな、責任者出せ! こうなれば中央集権一択だろうが! 帝国は待ってくれないんだよ!」


 ミィーが首を傾げた。


「あの、帝国は今回の敗北でかなり疲弊していると聞いたのですが?」


 フィナはミィーの首を傾げる仕草に、内心で涎を垂らして満足する。そして、その辺りの事情について話をした。


「今は、ね。これが数十年、数百年もしてみなさいよ。国力はがた落ち、今のままだと内乱か分裂か、帝国は大きく変るのよ。悪い方に変わるだけ、なんて希望的な観測、私は嫌いなのよね」


 ソフィーナがフィナに言う。


「でしたら、こちらから何か仕掛けるとか――」


「お馬鹿!」


 フィナがソフィーナの頭を叩いた。ソフィーナが涙目になる。


「こっちは裏から手を回すだけの余力もないのよ! 国内はガタガタだし、帝国の痩せた土地なんか奪っても旨味もないの! 向こうの方が改革は進む土台がある、って言ってんのよ!」


 周辺国の動きにも対応し、国内の改革を進めたとしてどれだけの余力があるのか? 大国であるが、それだけ大きな国内を統治するのも大変である。


 これを気に、独立や寝返りを考える諸侯がいるかも知れない。


「お姉様の反乱に与した連中を、可能な限り排除してクルトア王国の国力を増やしても……あぁぁぁ!! 頭が痛い!」


 フィナがルーデルと結婚しようとしたのも、別に私欲からだけではなかった。


 最強の戦力として、フィナの後ろでルーデルが控えている構図は他の者たちからしてみれば悪夢である。


 ルーデルの戦力を後ろ盾に、改革を推し進める狙いもあった。


「……しかし、このフィナ・クルトア! このような困難な状況でも立ち上がってみせるわ! 師匠に土下座させてやるんだから!」


 そう言って再び仕事に戻るフィナを見て、ミィーもソフィーナも首を横に振った。


 ミィーは最後に、


「逆に女王陛下がルーデルさんに土下座をする可能性もあるような……」


 そう言ったが、フィナには聞こえなかった。



 数年後。


 ルーデルはかつてアスクウェルが侵攻し、荒廃した土地にいた。


 女王となったフィナの政策により、多くの貴族たちが領地を返上して中央で王国から年金を貰う生活を開始している。


 一部、それに反対した者たちが国境への領地替えを命じられているが、ルーデルは国から派遣された形で国境で任務に当たっていた。


 新しくなった砦には、ドラグーンが十騎も配備されている。


 帝国内が内乱、分裂で多くの国が誕生しては滅んでいく中で、クルトアの領地を目指し進軍する者たちも多かった。


 時には、フィナへの反乱を企てる国内の貴族とも争い、忙しい日々を過ごしている。


 そんなルーデルだが、竜舎でサクヤの背中をデッキブラシで洗っており、鼻歌を歌っていた。サクヤも気持ちよさそうにしている。


 部下である新人のドラグーンが、声をかけてきた。


「城代、また手紙が来てますよ。女王陛下からと、中央の黒騎士様から、それにディアーデ家とハルバデス家……凄い面子ばかりです」


 城代、ルーデルの役職である。ドラグーンを槍ながら、砦の責任者も兼任していた。


 ルーデルはサクヤの背中から飛び降りると、部下から手紙を受け取りその場で開封した。


「フィナからのはどうでもいいな。ユニアスは酒の誘いで、リュークは……子供が生まれたのか! レナの奴もこれで母親だな。でも、リュークは本当に正妻を迎えないつもりか?」


 女王となったフィナからの手紙は、謝罪文と中央への帰還を促すものだった。ルーデル的には中央より国境の方がいいのと、いつもの文面なのですぐに読み終えて興味をなくす。


 ユニアスからは酒の誘いで、リュークからは子供が生まれたと大喜びで報告があった。


「さて、アレイストは……お、おぅ」


 アレイストからの手紙には、何故かハーレムメンバーが増えて三十人を突破したと書かれている。子供の数も増え、このままではどうしていいのか分からないと、悲痛な叫びが手紙につづられていた。


 流石のルーデルも、なんと返事を書いたら良いか分からない。


「あいつも大変だな。イズミにでも相談して返事を書くか」


 部下がルーデルを見て呆れている。


「城代、中央に戻ればそれなりの地位に就けるのに、戻らないんですか? 普通は戻りたいものですよね?」


 砦の責任者でもあるルーデルだが、本来なら一騎士として任務に就きたかったくらいだ。余計な仕事が多いとさえ思っている。


 普通は誰だって出世して、中央で役職に就きたい。だが、ルーデルにはソレに価値が見いだせなかった。


 なにしろ、アルセス家の当主の地位を弟であるクルストに押しつけるくらいだ。地位や出世に興味がなさ過ぎた。


「興味がない。それに、空を飛べばどこも同じだからな。サクヤがいて、それで嫁もいればどこだっていいよ」


 その言葉を聞いて、サクヤが嬉しそうに鳴く。


 部下が肩をすくめた。


「惚気ですか? でも、勿体ないと思いますけどね。城代なら、もっと上を目指せるのに」


 ルーデルは笑う。部下にしてみれば、辺境での暮らしなど早く終わらせて中央に戻りたいのだろう。その考えも否定するつもりはない。


 部下は興味津々で聞いてくる。


「城代、そう言えば大公位どころか王位も蹴ったって話がありますけど、本当ですか?」


 ルーデルはデッキブラシを肩に担ぐと、サクヤの背中へと戻ろうとする。


「さあね。それにあんまりそういう事には興味がない。なにしろ俺は今も、そしてこれからも一人の――」


 振り返って、ルーデルは笑顔になる。




「ドラグーンだから」

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[一言] 超絶いまさらながら…… ・ドラグーンを槍ながら やりながら?
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