君がいて、僕がいる
アレイストはいつの間にか意識を失っていた。
深く、そして体が自分の物ではないような感覚の中で、声が聞こえてくる。それは、今いる世界へと送り出してくれた存在の声だった。
今にして思えば、あの頃の自分がとても恥ずかしい。
『君が望んだ世界は楽しかったかい?』
その言葉は嫌味か、それとも本心か?
アレイストには分からないが、ただ本音を語る。
「楽しかった、ではなく楽しいです。こんな僕でも受け入れてくれますから。あの時……僕をこの世界に送り出してくれて、本当にありがとうございました」
転生する時、アレイストは地位を、力を、全てを望んだ。
だが、全てを得られたはずなのに、全てを得られなかった。
「友達が出来たんです。まさかの脇役だったルーデルですよ。踏み台の脇役だったのに、ドラゴンに憧れて、しかも真面目になって毎日一生懸命で……凄く、眩しい存在でした。僕の方が踏み台の脇役でしたよ」
まるで役が変わったようだった。だが、それを受け入れたとき、アレイストは大きく成長できたと思った。
「貰ったチートも上手く使いこなせなくて、なのに勝手に代償に使って……すみません」
声は、どこか楽しそうだった。
アレイストの答えがよほどお気に召した様子だった。
『君に与えた力だ。君の自由にしていい。ただ、君が最後に手放すとは思わなかった。君は私の予想を超え、そして彼もまた私の予想を超えた。全てはたった一つの出来事が原因だ。予定にないその行動が、全てを書き換えた』
行動? アレイストが気になっていると、声が言う。
『誰かが誕生日にドラゴンが見たいと両親に願った。両親はその願いを聞き届け、一頭のドラゴンが飛ぶはずでなかった空を飛んだ。……それを見たのがルーデルだ』
なんとも驚きである。
「あはは、その子供にはお礼を言いたいです。でないと、僕は今頃どうなっていたか」
声は優しい声で言うのだ。
『君の本当の願いは叶ったかい?』
アレイストは力強く、そしてハッキリと言う。
「はい」
すると声は、この後の世界について語るのだ。
『元はゲームを再現した世界だ。ただ、クリア後の世界まで面倒は見られない。後は君たちがどうにかしなさい。目に見える運命も、邪魔する存在もいない。これから良くするのも、悪くするのも君たち次第だ』
アレイストが言い難そうにする。そして、どうしても聞きたかったことを言う。
「あの、この世界は僕のせいで歪められたのでしょうか?」
声はハッキリと告げた。
『そうだね。だが、君がいなければこの世界は存在すらしなかった。後は君たちに任せよう。久しぶりに楽しかったよ』
声はそう言うと、本当に遠くへと消えていく。アレイストには、それが良く理解できた。
そして、最後に。
「……ありがとうございました」
お礼を言うのだった。
◇
アレイストは目を覚ます。
そこは見慣れた場所であり、学生時代によく利用していた病室だった。
「……え?」
周囲を見れば、いつもの面子が包帯を体に巻いてベッドの上に横になっている。ルーデルだけは、頬に紅葉マーク……平手打ちの跡をつけていた。
アレイストは困惑する。
(ま、まさか時間が戻った!? ここは学園の病室だし、それにルーデルの隣にはイズミさんもいて……あ、あれ!?)
もしやタイムリープでもしたのかと思っていると、隣で寝ていたリュークがアレイストに説明する。
「驚くな。怪我人が多すぎて収容できる施設があれば、無理やり押し込んだ結果だ。まったく、この病室に学園卒業後まで世話になるとは思わなかったよ」
ユニアスの方は、欠伸をしていた。
「もうノンビリしようぜ。事後処理はルーデルの弟がやってくれるからよ。というか、クルストの奴って優秀だよな。アレだけの数をまとめ上げて、処理までしてくれるんだからよ」
クルストの評価がユニアスの中で上昇していた。そして、アレイストは恥ずかしそうに果物の皮をむいているイズミを見た。
ルーデルが俯いている。
「ねぇ、何かあったの?」
リュークはルーデルとイズミを見ながら、アレイストに説明する。額に指を当て、溜息を吐いていた。
「ルーデルの奴、戦う前にほとんど休みを取っていなかったらしい。それで、戦い終わった後にな……紛らわしいことを言って、紛らわしい仕草で眠ったんだよ」
連日押し寄せる帝国軍相手に、一人で戦い抜いたルーデルだ。だが、流石に不眠の影響で安心すると眠ってしまった。
それが周囲の誤解を誘い、イズミが泣きながら平手打ちを行ったらしい。むろん、治療が済んで目を覚ました後に、だ。
ユニアスが笑っている。
「周りにみんなが集まって、黙祷を捧げていたんだと。中心でイズミが『眠っているだけですから!』って顔を真っ赤にして叫んでいたみたいだけどな」
リュークが吐き捨てるように言う。
「まったく、迷惑な奴だ」
アレイストがルーデルを見た。ルーデルは、イズミに謝罪をしている。
「イズミ、聞いてくれ。俺にだって限界くらいある」
イズミは顔を真っ赤にして、果物をルーデルの口に押し込んだ。それを食べ、のみ込むとルーデルが続けた。
「悪かった。謝る」
だが、それも納得できないのか、またしても果物を口の中に押し込まれる。
ユニアスがその光景を見て、
「俺も彼女を作ろうかな」
そう言うのだった。リュークは呆れている。
「いい加減にお前も落ち着け。まったく、こっちは告白が失敗して大変だと言うのに」
それを聞いて、アレイストが驚く。レナと、上手くいっているように見えたからだ。
「え、フラれたの!?」
すぐに、ユニアスがアレイストに叫んだ。
「馬鹿、それを言うな!」
すると、リュークがニヤニヤしつつ事情を話し始めた。
「いや~、実はあの後、告白しようとレナの下に行ったんだ。色々と言葉を選び抜き、そして私の気持ちを伝えようとした訳だが……先にレナに『リュークさんの事は好きだよ』って言われてしまってね。プロポーズに失敗してしまったんだよ」
ユニアスが嫌そうな顔をして、アレイストに言うのだ。
「あ~あ、こうなったら長いぞ。アレイスト、責任持って聞けよな。二時間くらいは語るから。というか、逆に告白されたとか嘘としか思えない、っての」
リュークが笑顔をユニアス向けた。
「おいおい、雰囲気を作り、そして私が声を絞り出そうとしている姿を見てレナが察してくれたんだ。確かに私の落ち度だが、逆告白されたのは事実だ。ひがむな」
アレイストは思った。
(……なんだろう、このモヤモヤする気持ちは。僕はミリアに避けられているのに)
すると、病室にミリアが訪れる。
「みんな元気? って、アレイストも目を覚ましたのね。良かった」
ミリアがアレイストを見て微笑む。
それだけで、アレイストは幸せな気持ちになった。
(あぁ、やっぱりミリアは僕の女神様だ)
一瞬で嫉妬に支配された心が、晴れやかな気持ちになる。ただ、ルーデルの方は次々に果物を口の中に押し込まれ限界に近そうだった。
「元気そうなら面会しても大丈夫ね」
「面会?」
ミリアが手招きをすると、そこには普段よりも豪華な衣装やティアラを身に付けたフィナが入ってきた。
アレイストの率直な感想は、
(そう言えば、お姫様だったな)
どうにも学園では後輩という認識が強く、つい忘れがちだった。アレイスト自身が、他の事を気にしてフィナをあまり意識していなかったのも問題だろう。
ルーデルが、フィナを見て目を輝かせる。
きっと、これでイズミに怒られるのが一時的にでも終わると思ったのだろう。
フィナがスカートを掴み、深々と頭を下げた。
「この度の皆様の働き、クルトアを代表してお礼申し上げます」
それを聞いて、リュークもユニアスも真面目な顔になった。ルーデルも同じだ。だが、アレイストだけは気が付かない。
ルーデルがフィナを前にして、ベッドから降りて膝をつく。リュークもユニアスも同じで有り、アレイストもそれに続いた。
だが、フィナはソレを手で制す。
「今は公式の場ではありませんよ」
ルーデルが代表して、
「女王陛下、とでもお呼びすれば?」
フィナは首を横に振った。
「そこは調整中です。そこで、師匠……失礼。ルーデル殿にお願いがあります」
ルーデルは頭を下げる。
「はっ、なんなりと」
アレイストは思った。
(そっか、国を代表するって事は第二王女様が女王になるのか。ゲームとは違う……いや、もう違う世界なんだ)
フィナが手を広げた。
「クルトアの再建には私一人では足りません。その重荷、一緒に背負って頂けますか? クルトアはルーデル・アルセスに、王座を用意します」
アレイストは、ルーデルが国王となることを素直に喜ぶが、そこで気が付いた。
(あれ、ちょっと待てよ。もしもルーデルがこんな事を言われたら……)
ルーデルは顔を上げ、笑顔で言う。
「拒否します。この身はドラグーン。一騎士として、今後も“女王陛下”を支える者と心得ております。それに、俺よりも相応しい者が」
そう言って、ルーデルはアレイストたちに視線を向けた。だが、真っ先にユニアスが立ち上がり、宣言する。
「このユニアス・ディアーデ! 我が剣にかけて女王陛下の敵を打ち払う覚悟!」
そして、リュークも立ち上がる。
アレイストは思った。
(しまった! 出遅れた!!)
「このリューク・ハルバデス、女王陛下に一層の忠誠を誓う」
ドアの方がガタガタと音を立て、そこから車椅子に乗った国王アルバーハが登場する。車椅子を押しているのは、ソフィーナだ。
「ま、待て。君たち、ちょっと待て。それは何か? ……王位を拒否するという事か!?」
フィナが無表情のまま固まっている。
ルーデル、ユニアス、リュークの三人がアレイストを見ていた。
「……アレイスト、俺はお前を信じてる」
「アレイスト、俺はお前が王位についても不満はないぜ」
「あぁ、しっかり支えてやる」
三人が良い笑顔で王位をアレイストに押しつけてきた。
アレイストが叫ぶ。
「ちょっと待ってよ! だって、王位だよ! 普通は欲しいよね!」
ルーデルが視線を逸らしながら言う。
「そ、そうだな。だが、俺には相応しくない。……という訳で、さらばだ!」
いきなり走り出し、イズミを担いでそのままルーデルが窓から飛び出す。すると、外にいたサクヤに拾われこの場から逃げ出した。
ユニアスが叫ぶ。
「野郎、逃げやがった! ここは俺が追いかけてやるぜ!」
リュークもユニアスに便乗する。
「私もだ。まったく、あいつは何を考えているんだ」
二人まで病室からいなくなると、病室内が微妙な空気に包まれた。アルバーハが、アレイストを無言で見つめていた。
アレイストはミリアを見る。だが、視線を逸らされた。
フィナはその場で座り込んで無表情でブツブツと……。
「師匠の馬鹿。色々と根回しをしたけど、姉上が引っ掻き回すからまだ完璧じゃなかったのが裏目に……こうなったら、意地でも既成事実を作って……いえ、ねつ造するのも良いかも知れないわね。だって私、女王だし。好きな事が出来るし」
アレイストはフィナを見て思う。
(え、なに!? この子、ちょっと怖いこと言っているんだけど!)
アルバーハが口を開いた。
「アレイスト君……君は逃げないよね?」
アレイストは立ち上がり、そして後ずさりする。
(嘘だろ。こういう王位とか、普通は血を流してでも欲しがる地位だよね! なんであいつら逃げたのさ!)
アレイストは苦笑いをしつつ、ゆっくりと後ろへと下がる。そこへ、ドアを勢いよく開け放ったハーレムメンバーが登場した。
「アレイスト様!」
「ふぁっい!」
アレイストが驚くと、そこにはどう見ても数が増えているハーレムメンバーがいた。
「アレイスト様、私たち決めました!」
「う、うん!」
(そうか、ついに僕に愛想を尽かして――)
「私たち、アレイスト様の一番でなくてもいいんです。だから、お側に置いてください! あの絶望的な状況下の中、国のために戦うアレイストさまを見て分かったんです。アレイスト様は英雄である、って!」
「う、うん!? ……え?」
気が付けば、一番でなくてもいいからと全員がそう言うのだ。ミリアが笑っていた。
「アレイスト、愛されているわね」
ただ、アレイストは、
「待って! ハッキリ言うけど、僕は君たちを平等に愛せないし、僕には好きな人が――」
「それでもいいんです!」
ハーレムメンバーの真剣な表情。
(あ、有り得ない。愛さなくても良いとか、一番じゃなくてもいいとか……そんなのおかしいよ!)
アレイストは、そのまま半笑いの状態で窓から飛び出した。
「ごめん、無理です!」
それはフィナと結婚するのが無理なのか、ハーレムメンバーを受け入れるのが無理なのか……どちらも受け入れられなかった。




