もう一人の転生者
お久しぶりです。
もう何ヶ月も放置しておりましたが、ぼちぼちラストに向けて更新していこうと思います。
やっぱり一万字とか無理。
5000字くらいで更新していきます。
※前回までのあらすじ
王都で勲章を貰おうとしたらアイリーンがクーデーターを起こしたので大変な事になりました。
ガイア帝国が二正面作戦を実行。ルーデルは片方へ単身送り込まれ、アレイストはもう片方へ総大将として送り込まれそうになる。
アレイスト、総大将の任を放棄してルーデル救出へ向かう。
以上です。
アルセス家の屋敷。
門から屋敷までの入口には、多くの武装した騎士や兵士たちがつめかけていた。
騒がしいアルセス家の屋敷では、国境に攻め込んで来たガイア帝国を迎え撃つために準備が進められていたのだ。
騎士や兵士たちが集められてはいるが、どうにも集まりが悪い。
二千という数が集まったが、装備にしても練度にしても低かった。
屋根の上に腰掛け、その様子を見下ろしている【レナ・アルセス】は、欠伸をしてから背伸びをする。
「流石にうちの領地だとこれ以上の数は難しいかな」
悪政を敷いていた。
クルトア王国の危機を聞くと、逃げ出す貴族に騎士もいた。兵士たちは集まりが悪く、いかにアルセス家が慕われていないのかが分かる。
それでも、二千という数を集められたのは、大公家だからだろう。
領地規模的に少なすぎる兵士の数を見ているレナは、エルセリカが騎士と話をしているのを見た。
「エルセリカも随分と動き回っていたけど、流石に難しいかな」
これから行軍して、協力して貰える貴族から助力を得ても国境に着くには時間がかかる。下手をすれば間に合わない。
レナは槍を肩に担ぎ、空を見上げた。
懐かしい……本当に懐かしい風が吹く。ドラゴンの翼に煽られた普通ではない風を受け、ゆっくりと立ち上がるのだった。
目の前には明らかに睨み付けてくる青く美しいドラゴン――ミスティスがレナを見下ろしていた。
周囲が慌ただしくなっているが、レナは慌てない。
『舐めた真似をする人間がいるわね。どこで覚えたのか知らないけど、あんたの口笛――私に届いたわよ』
空に向かって口笛を吹いた。だが、ただの口笛ではない。
それはドラゴンを呼び出す口笛だ。もっと言えば、マーティとミスティスとの間で取り決めた口笛。どこにいようとも聞こえる口笛だ。
レナはミスティスに向かって微笑む。
「あんまり詳しく覚えてないんだよね。でもさ……出来ると思った。そして来てくれると思ったんだよ」
翼を羽ばたかせ、ミスティスは目を細めてレナを見つめていた。
『……そういう事、ね』
ミスティスは口を開けて笑うと、レナに言うのだ。
『久しぶりね、マーティ……随分と可愛らしくなったじゃない』
レナも笑う。
「そうだね、ミスティス。でも、悪いけどあんまり覚えていることはないんだ。今の私はレナ……レナ・アルセスで女の子だよ。それと……兄ちゃんを助けたい。協力して貰えるかな?」
ミスティスがゆっくりと地面に降り立つと、レナの高さに視線を持っていく。
『手を貸して欲しいのね。それにしてもマーティ――』
「レナ。私はレナ・アルセスだよ、ミスティス」
レナはそう言うと微笑んだ。
「私は兄ちゃんを助けたい」
『あんたがルーデルの妹だなんてね。なんという因果なのかしら』
ミスティスの言葉にレナは少し俯き、そして考え込む。
全てを知っている訳ではない。ただ、なんとなく自分には過去がある事は知っていた。それが正しいのか、自分の妄想なのか判断は付かなかった。
(思い出したのは、兄ちゃんと一緒にいたときだったかな。そう、兄ちゃんが私の――過去の私が書いた本を持ってきた時だ)
曖昧ではあるが、前世の自分が書き記した本をルーデルが持ってきた。その時に、レナは前世を思い出した。
他人の記憶。そして、前世の自分が存在したという事実は、当時のレナに非常に重かった真実だ。
自分が何者であるのか。自分という存在が偽りに思えた。そんなレナに、ルーデルはマーティがいかに凄いのか語って聞かせてきた。
素直に褒め称え、そしてドラグーンへの憧れを強め――。
「……兄ちゃん、馬鹿なんだよね」
『……そうね』
ミスティスは、レナに対して同意してくる。
「そんな兄ちゃんを見ていると、色々と考えている自分も馬鹿らしくてさ。それに、私も馬鹿だし。あんまり深く考えないことにしたんだよ。どうせ新しい人生。楽しく生きたいじゃない。でも……」
今度はレナとしての人生を生きようとした。だから、ミスティスとは自分から関わろうとは思っていなかった。
「きっと、私が兄ちゃんの妹だったのは、意味があったと思うんだ」
レナはそう言ってミスティスに触れる。
ミスティスは翼を大きく広げ、レナに触れられると嬉しそうにするのだ。
『おかえり、マーティ。そしてはじめまして、レナ・アルセス。貴方は私の三番目の相棒よ』
◇
王宮では、フリッツが受け取った剣の刃を見ていた。
宝石が埋め込まれ最新の技術で作られた剣を見ながら、準備が整ったのを確認すると鞘へとしまい込む。
「フリッツ様、出撃の準備が整いました。それと、黒騎士はどうやら王都の外へ出たそうです」
「分かった」
フリッツはそう言って部屋を出ると、自分のドラゴンが待っている王宮の庭へと向かう。
ついてくる部下が、不安そうな顔をしていた。
「フリッツ様、いくらなんでも自ら黒騎士の討伐を行わなくとも――」
苛立っているフリッツは、部下を睨み付けると歩く速度を上げる。
「俺が負けるとでも思っているのか?」
フリッツは焦っていた。それは、総大将になったのはいいが、周囲が明らかに自分を認めていないのが分かるからだ。
実績もないフリッツは、完全にお飾りとなっていた。頼みの綱であるアイリーンも、フリッツが怪我をしないのならそれで良いと思っている部分がある。
(そんなの、認められるものかよ)
ルーデルやアレイストといった存在が、フリッツには邪魔だった。そして、逃げ出したアレイストを倒す事で自分の実力を示そうと思ったのだ。
(いくら黒騎士でも、こっちにはドラゴンがいる。負けるものか)
新しい剣を手に入れた。
見るからに強力そうな剣であり、実際に使ってみると凄まじかった。その威力を持って、フリッツはアレイストを倒し、自身の実力を示して名実ともに総大将になろうと考えていたのだ。
(このままお飾りなんてごめんだ)
そう思って外に出たフリッツは、庭で待機していた灰色のドラゴンを見た。自分の相棒であるドラゴンは、フリッツを見ると背中を向けてくる。
周囲で世話をしていた使用人たちが離れると、フリッツはその背中に跳び乗って声を張り上げるのだった。
「黒騎士を討つ。飛べ!」
命令するフリッツの声に従い、灰色ドラゴンが翼を羽ばたかせ空へと舞い上がるのだった。
◇
数台の荷馬車が王都の外壁から出ていく。
荷馬車に詰まれた荷物の中からは、アレイストが顔を出した。
「な、なんとか抜けられた」
外壁にある門を抜けた事で、安心したアレイストは安堵した表情で周囲を見る。
自分の愛馬であるヒースは、荷馬車を引いていた。
しばらく様子をうかがっているが、敵が襲ってくる気配はない。数キロ離れたところで、アレイストも安心して荷物の中から姿を出した。
「いや~、気づかれないかと不安だったけど、大丈夫みたいだね」
そんなアレイストに続いて、女性陣が次々に出てくる。
「それにしても、このままのペースだと国境まで時間が――」
不意にアレイストは布で張られた天井を見上げ、即座に荷馬車から飛び出すと空を見上げた。
灰色のドラゴンが王都からこちらに向かってきており、周囲を見れば街道に通行人の姿が異様に少ない。
王都へと続く街道で、それは不自然なことだった。
「気づかれていたのか」
冷や汗を流しながら、アレイストは自分の双剣を鞘から引き抜く。空の上でドラゴンが翼を羽ばたかせその位置で待機をすると、フリッツの声が聞こえてきた。
「気づかないと思っていたんですか? まぁ、いいでしょう。黒騎士アレイスト、貴様はここで死んで貰う」
灰色ドラゴンが口を開けてブレスを放とうとすると、アレイストは周囲を自分の影で球体状に包み込んで防御の構えを見せた。
だが、ドラゴンのブレスの前にアレイストの防御はいとも簡単に破壊される。
「っ!」
防御が破壊され、アレイストが空を見上げるとフリッツが降りてきた。
周囲の女性陣が武器を構え、フリッツに斬りかかろうとするとドラゴンも着地をして周囲を威嚇する。
ドラゴンを前に、アレイストが武器を構え直した。
「厄介だな。こっちは急ぎたいのに」
そんなアレイストの焦りを感じたのか、フリッツは少し笑っていた。
「どうせ間に合いませんよ。それならここでこの俺に殺されてください」
フリッツが剣を引き抜くと、アレイストはその剣に見覚えがあった。
(あの剣、どこかで……)
フリッツが斬りかかってくる。武器の性能か、それともフリッツの技量か。
以前よりも随分と強くなっていた。
「こうして貴様を斬り殺してやりたかった。学園での恨みは忘れない!」
フリッツの言う恨みとは、アレイストが学園トーナメントでフリッツを秒殺してしまった事だ。そのため、フリッツは周囲に随分と舐められるようになった。
双剣でフリッツの一撃を防ぐアレイストは、フリッツを蹴り飛ばすために前蹴りをする。
だが、フリッツは距離を取って再び斬りかかってきた。それを左手に持った剣で防ぐと、フリッツはアレイストの右手を自身の左腕で押さえた。
(こいつ、前より断然強い……)
フリッツの持つ剣に埋め込まれた宝石が光っていた。剣がフリッツを強化している。
「昔のことだろうに! それに、お前はこんなところでなにをしているんだ! お前は――総大将だろうが!」
アレイストが距離を取りながら、自身の影から影で出来た槍を数本フリッツへと飛ばすとフリッツはそれらを斬り払った。
苛立つアレイスト。
内心では、フリッツに対して怒りがこみ上げてきた。
(お前は総大将だろうが。なんでこんなところにいるんだよ! さっさと支度でもしろよ)
戦の準備をしているクルトア王国で、総大将がわざわざ単独でアレイストを倒しに来ているのは有り得ない。
アレイストにしてみれば、一刻でも早くルーデルの救援に向かいたかった。
フリッツが笑う。ただ、その笑みは暗いものだった。
「総大将? このままだと俺はお飾りだ。なんの手柄も実績もない。そんな俺の意見を誰が真剣に聞く? ……平民だからと馬鹿にされ、貴族たちに軽く見られる。俺はお前の代わりのように扱われて……我慢できるものかよ!」
アレイストへと飛び出すフリッツは、そのまま連続で斬りかかってきた。それを双剣で器用に捌くアレイストは、周囲に火花を散らしながら叫ぶ。
「知るかよ! お前が望んだことだろうが!」
アレイストからしてみれば、フリッツの事情など知ったことではなかった。
自身の影に潜り、フリッツの一撃を避けるとそのまま後方へと移動してフリッツへと斬りかかる。
だが、そんなフリッツの危機に、ドラゴンが咆吼してアレイストの意識を逸らさせた。
「くそっ! ドラゴンさえいなければすぐに終わっているのに!」
忌々しそうに距離を取るアレイストは、フリッツを囲むように仲間が位置取りをしているのを見る。
(全員でかかってもドラゴンが邪魔をする。こいつ、自分の手柄のためにこんなお遊びを……)
フリッツが本当にアレイストを潰すつもりなら、ドラゴンに乗って空からブレスによる攻撃でなんとでもなった。
その攻撃で吹き飛んだように見せ、全員を回収してこの場をやり過ごす。頭の片隅で逃げの算段を付けつつ、アレイストはフリッツに笑みを向けた。
「自分のドラゴンに守って貰いながら勝って、それで満足か……フリッツ」
挑発するアレイストは、フリッツの顔を見て苛立っているのを確認する。
眉をひそめたフリッツが、剣を構えた。
「女性に守られている情けないお前とは違うんだよ」
アレイストは笑う。
「かはっ! そうかい。アイリーン王女殿下に守られて、好き勝手にしていたお前に言われるとは思わなかったよ。それに、総大将に任命されたのもアイリーン王女殿下のおかげだろうに」
フリッツが歯を食いしばっているのを見て、アレイストは思った。
(なる程、その辺りは気が付いているのか。だから無理をして僕を殺しに来ている、と。でもさぁ……)
「……お前さぁ、鏡見ろよ。平民とか貴族とか言っているけど、結局は自分が可愛いだけだろ」
アレイストは言いながら、内心で思う。
(まぁ、僕も人のことは言えないけど)
今はフリッツを激怒させる事が優先だった。背中に手を回し、後ろにいた仲間に手で自分の後ろに仲間を集めるように指示を出す。
ゆっくりと仲間が移動して、アレイストの後方へと回り込んでいく。
「お前みたいな裕福で何でも持っていた奴なんかに――」
「あぁ、分からないね。分からないけどさぁ……お前は確実に持っている側だよね? アイリーン王女に守られて、総大将にまでして貰って。それなのに、周りが言う事を聞かないから単独で僕を討ち取る? いや、本当に素晴らしいよ。周りもきっと言うね。『蛮勇にこだわった馬鹿な奴』って」
アレイストからしてみれば、指揮官が前に出て戦うなどあり得ない事だ。
もっとも、それは前世を知っているアレイストだからそう思える。
フリッツが言うように、なんの武勲もない、実戦経験も乏しい騎士に従えと言われても下の人間は不安しかない。
誰しも頼りになる武勲もあって実戦経験も豊富な騎士が上司である方がいい。
「フリッツ、お前は自分が一番嫌いな人間になろうとしているよ。僕には分かる。僕も同じだった。だから――」
「――お前と俺が同じ? 有り得ない。そんなの絶対に有り得ない!」
アレイストは、最後に情の部分が出ていた。フリッツに何とか気が付いて欲しいと思ったのは、まるで自分を見ているような気がしたからだ。
過去の自分――調子に乗っていた過去の自分と、フリッツが同じに見えた。
ただ、フリッツには届かない。
無表情になると、自分の立っている位置から横へと移動する。
「もういい。吹き飛べ」
フリッツが横へ退くと、そこには灰色ドラゴンが大きな口を開けてブレスの準備をしている姿が見えた。
(来たっ!)
タイミングを見計らい、全員を救出するために行動を起こそうとするアレイスト。
すると、急にドラゴンが口を閉じ、フリッツを回収すると空へと舞い上がるのだった。
「なっ! おい、俺はこんな命令を――」
フリッツにも予想外だったのだろう。慌てている。
すると、今までフリッツたちがいた場所に水の塊――水球がいくつも降り注いだ。地面にぶつかり弾け、アレイストたちは水浸しになる。
アレイストは空を見上げると――。
「――ベネットさん!」
青い鱗を持つドラゴンに跨がった、銀色の髪を持つ小柄な少女【ベネット】の姿を見た。
「悪いな。加減が出来なかった」
ベネットはそう言うと、自分のドラゴンに相手を威嚇させる。野生のドラゴンと飼育された灰色ドラゴンでは、元から地力が違いすぎる。加えて、相棒であるベネットとフリッツの力量差も大きい。
灰色ドラゴンは、フリッツを回収してそのまま王都へと逃げるのだった。
「アレイスト!」
ドラゴンの背に乗っていたのは、ベネットだけではない。
イズミもその背中に乗っていた。
「すぐに乗れ。このままルーデルのところへ向かう」
アレイストは頷くと、すぐに仲間を集め準備をさせるのだった。
◇
王宮へと戻ったフリッツは、すぐに竜騎兵団が裏切ったという事をアイリーンへと報告する。
しかし――。
「フリッツ様……竜騎兵団のオルダート団長から、一部のドラグーンが離反した報告は受けています。ただ、今は追いかけるなど出来ない状況でして」
困ったように言うアイリーンの周囲には、家柄の良い騎士たちが侍っていた。護衛と称し、フリッツの代わりにアイリーンの近くに配置された騎士たち。
そんな彼らは、フリッツを蔑んだ目で見ていた。
「しっかりして欲しいものですね、総大将閣下。それに、今のこの瞬間、軍事面での責任者は貴方ですよ」
報告しに来る相手はアイリーンではないと言われ、フリッツは拳を握りしめた。
騎士たちがフリッツを見て笑っている。
アイリーンがフリッツをなだめるように言う。
「戦後に然るべき処置を執りましょう。それでいいですね?」
そう言いながら、周りの騎士たちに確認を取るアイリーン。周りも頷き、そしてフリッツには命令が下された。
「ではフリッツ様。将軍として我が国に侵攻したガイア帝国を打ち倒して貰いましょうか」
フリッツは膝をつき、命令を受ける。
「はい、アイリーン王女殿下」
ただ、内心は複雑であった。
総大将となりながらも、騎士たち――家柄の良い貴族の子弟たちに見下され、飾りとして戦場に送られる自分を思う。
(……俺は、いったい何をやっているんだ)
アレイストに言われた『お前は自分が一番嫌いな人間になろうとしている』という言葉が、不意に思い出された。
如何だったでしょうか?
期間空きすぎて忘れている人の方が多いでしょうが、以前にレナが転生者であると予想されていた感想が多かったです。
実際そうでした。
ただ、あの時は「アレイストと同じような転生者ないよ」と言ったような言わなかったような……もう自分も忘れていますね。
まぁ、レナは“あの人の生まれ変わり”です。アレイストと違って現地の転生者ですね。
本当は明かす気はなかったんですけどね。読み返すと、ネタバレしないとレナが訳の分からない存在になりそうで……。
というか、読み直しているとアレですね。アレ。
書き直したくなってくる……。




