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仲間

 アレイストは、親衛隊員にリューク、そしてユニアスに伝言を託すと王宮から抜け出すために門へと来ていた。


 門の近くにある柱の陰に身を潜め、影の中から周囲の様子をうかがっていた。


(王宮の壁とか門は流石に突破出来ないか)


 特殊な加工が施されており、魔法に対して強い抵抗を持つ門が王宮には用意されている。


 周囲には武装した兵士たちが待機しており、アレイストは見つけ次第拘束するようにと命令が出ていた。


 そんな中を脱出するのだが、黒い騎士の能力でも瞬間移動など出来ない。精々が影の中に潜み、そして移動出来る能力だ。


 日は高く、影に潜むにしても影が薄くて難しい。潜んだとしても、一部だけが妙に黒い影が出来てしまい、簡単に気が付かれてしまうのだ。


(くそっ! 色々と動き回っていたら時間が……。両親も、他のみんなも逃げたみたいだからいいけど)


 イズミは親衛隊と共にリュークやユニアスの下に向かっていた。牢屋に放り込まれた人間を、周囲も戦争準備という騒ぎの中で確認出来ていないのが幸いだ。


 ただ、アレイストだけは違った。


 その知名度から、王宮の中にいるアイリーンの派閥に所属、もしくは上司がアイリーン派閥の部隊から追われていた。


「裏口も抜け道も封鎖されているから、正門に来てはみたけど」


 アレイストは無理やり突破する事を考えていると、門の前にした兵士たちが手招きをしていた。


 驚いて身を隠すが、相手が全身鎧の兜を脱ぐとすぐに彼らが学園時代からの友人だと気が付いた。


 どうやら、影に潜んでいるのを知っていたようだ。他の兵士なら気が付かないが、友人である彼らには気が付いていたのだろう。


 アレイストのところに、一人が隊長に「隊長、少しトイレに……」などと言って部隊から離れるとアレイストのところへと駆けてきた。


 丸い柱の裏に回り、アレイストも影の中から上半身を出した。


「久しぶりだな、アレイスト」


「あ、あぁ、本当に……いや、今はそんな事を言っている場合じゃないのも分かっているんだけど」


 ルーデルたちだけが、アレイストの交友関係ではない。こうした平凡と言えばおかしいが、アレイストの友人は少なからず存在していた。


 相手は、周囲を警戒しながら。


「なんで逃げ出したんだ。総大将なら大出世間違い無しじゃないか。お前の両親や彼女たちは逃げ出したけど……すぐに追手も送られるぞ」


 アレイストは、友人に大まかな説明をした。この戦争がおかしい事、そしてアイリーンの暴走に加え、ルーデルが危険である事をなるべく短く説明した。


 ただ、感情が先走り、どうにも上手く伝わったかは分からない。


 友人が困惑していると。


「……分かった。幸い、三人で同じ部隊だったんだ。都合がいい」


「都合?」


「正門を少しだけ開けてやる。その隙に突破しろ」


 友人の申し出に、アレイストは首を横に振った。


「駄目だ。そんな事をすれば殺される」


 友人は少し笑いながら。


「なんとか上手くやって地下牢にでも放り込まれるさ。それにさ」


「それに?」


 アレイストが友人を心配していると、相手は笑顔で。


「俺たちには、これくらいしか出来ないからな。アレイストは、俺たちの友達だし……」


 友人が兜をかぶり直し、そして柱の裏から走り出すとそのまま隊長に戻ったことを告げていた。そして、残っていた友人たちに事情を説明すると、そのまま三人が行動を開始する。


 正門の開けるには仕掛けを動かす必要があるのだが、そこを守っている兵士に二人が向かい、一人は隊長と話をしていた。


 そして――。


「貴様ら! なにをしている!」


 隊長が気付いたときには、門が半分まで開いていた。アレイストは少しためらったが、そのまま影から飛び出して門を走り抜ける。急いで門を閉めるために、騎士や兵士たちが仕掛けに群がっており余裕で走り抜けることが出来たのだ。


 振り返ると、友人たちが殴られていた。


 ただ、締まる直前に。


「行け! アレイストォ!!」


 そう叫んでいた。騎士や兵士たちが大騒ぎをしており、周囲に集まり始める。アレイストは、握り拳を作ってそのまま歯を食いしばりながら影の中に身を隠して移動するのだった。


 周囲の騎士や兵士たちがアレイストの影を追いかけるが、そのまま建物の影に入り込んで易々と追手をまくのだった。


(ごめん、みんな。必ず助けに来るから!)


 アレイストは、友人たちの無事を祈るのだった。


◇


 地下牢に、新たに三人の騎士がボロボロの状態で放り込まれた。


 向かい側の牢の中でその様子を見ていたソフィーナは。


「……この三人は何をしたんだ?」


 三人を連れてきた兵士たちに確認すると、兵士たちは三人を見下ろしながら。


「逃げ出した黒騎士を助けたんですよ。まったく、戦争から逃げる臆病者を助けるとか理解出来ませんね。友人だったら止めろと言いたいですよ」


 兵士たちは仕事があるのかすぐに地下牢を去って行く。


 ソフィーナはその話を聞きながら。


「君たちは黒騎士殿の友人か?」


 ボロボロになっている三人は、酷く殴られている様子だった。骨は折れていないだろうが、顔も体も痣だらけである。


 一人がボソボソと。


「は、ははは、そうですよ」


 そう答えると、ソフィーナは鉄格子から腕を伸ばした。左手からは淡い光が発せられ、三人は酷く怪我したところが痛むのかもがき苦しんでいた。


「じっとしていろ。すぐに楽になる」


 すると、地下牢の監視役が走ってきて。


「何をしているんだ! 勝手なことをするんじゃない!」


 槍を持ってソフィーナを威嚇してくるので、ソフィーナは鼻で笑うと。


「もうすんだよ。怪我の治療くらい問題ないだろ? それに、私は罪人としてここにいる訳ではないからな」


 監視役の兵士がブツブツと文句を言いながらその場から去って行くと、ソフィーナは体を起こした三人組みを見た。


 そして――。


「さて、随分と思い切った事をしたな。運が悪ければ君たちの実家にまで処分が下るぞ」


 三人は治療魔法のお礼を言いつつ。


「怪我の治療は助かりました。でも、あいつがあんなに真剣で……それに、アイリーン王女殿下が関わっていると聞くと、俺たちの世代だとどうしても怪しいというか」


 ルーデルやアレイストの世代は、特にアイリーンがフリッツを優遇してきたところを見て来た世代だ。そして、それに疑問も持っていた。


 ソフィーナも数年を王女であるフィナの警護のため学園で過ごしていた。その関係で、学園の事情も割と詳しい。


「そうか……君たちの世代はアイリーン王女殿下に不信感が強かったな。そうなると」


 ソフィーナはこの三人を戦力にしようと考え込んでいると、地下牢に武装した集団の足音が聞こえてきた。金属のこすれる音、そして監視役の叫び声。


「お、お前らいったい――!!」


 すぐに監視役が沈黙させられると、背の高い集団が牢の中を確認して回っていた。


 三人組みの一人が。


「虎族? なんでこんなところに……」


 そして、武装した背の高い虎族の青年がソフィーナを発見した。数名を連れて地下牢の通路を狭そうに歩いてくると。


「ソフィーナさんですね? 姫様が準備に入れとご命令です」


 それを聞いたソフィーナは。


「きたか。ついでだ、そこの三人と私の部下も頼むよ。戦力は少しでも多い方がいいからね」


 虎族の青年たちが、鍵を開けるとソフィーナは他の牢にいた部下たちと合流する。


(さて、私たちが動けたと言うことは……)


◇


「ヌホホホォホォォォ!」


 ベッドの上で転がるフィナは、牢屋とは思えない豪華な部屋で休息を満喫していた。


「この枕のフカフカ感がチープでたまらないわ。もっとモフモフしていれば完璧だったのに」


 徹夜明けで牢屋に放り込まれ、食事をすると爆睡して風呂にも入ってそのまままた熟睡という駄目な生活をしていたフィナは、近くに自分好みの生き物や亜人がいないので枕に抱きついてベッドで転がっていたのだ。


 だが。


「はぁ、飽きた。やっぱり本物のモフモフ感には敵わないわね。というか、もうネズミでも良いから出てこないかしら。飼育して少しでも沈んだ気持ちを盛り上げておきたいわ」


 先程までの自分を鏡で見ろと言いたい物言いをするフィナは、こんな状況でも無表情で落ち着いていた。


 王宮内の騒ぎをなんとなく感じながら、主だった者たちが動き出したのを感じて準備に入っていたのだ。


 無表情で体を動かし、準備運動を始めるフィナは言う。


「まったく、最初から知っているんだから準備も早いものよね。おかげでこちらも素早く動けるんだけど」


 独特のダンスを踊り出し、体をほぐすとフィナはベッドの上に座るのだった。姿勢を正し、まるで人形のようにじっとしている。


 すると、部屋の前から騒ぎ声が聞こえてきた。


『お、お前ら!』


『増援をよ――』


 そんな騒ぎを聞いても、フィナはじっとしていた。そして、ドアが開くとそこには武装したミィーが顔を出す。他には亜人の兵士や騎士たちがドアの隙間から見えた。


「ひ、姫様、お助けに参りました」


 フィナは、無表情のまま小さく頷くのだった。ミィーだけではなく、その周囲の味方に自分と言うキャラを見せつけている。


「よく来てくれましたね、ミィー。みなさんも大変だったでしょう。ですが、ここからが本番ですよ」


 騎士や兵士の亜人たちが、フィナに向かって敬礼する。武装した集団――親衛隊の者たちを前に、フィナは内心で笑っていた。


(モフモフ騎士団! 猫族を始めとしたモフモフ集団……あぁ、もう幸せすぎる。これで師匠がいれば完璧だったのに)


 悶えそうな自分をなんとか抑え込み、フィナは廊下を歩いた。


「すぐに各所を制圧にかかります。残っている騎士や兵士の数は?」


 フィナが確認をすると、隣を歩いていたミィーがメモを見ながら。


「二千は王宮に残しています。近衛隊も残っていて、それにアイリーン王女殿下の派閥の貴族たちも王宮にいるようでして」


 アワアワと報告するミィーに、フィナは涎を垂らしそうになるのを我慢しつつ。


「こちらの数は?」


「は、八百ほどは。予定より早く行動されて、数がそこまで集まりませんでした。遠征軍に吸収された部隊もありますし」


 用意していた人員を、フリッツ率いる軍勢に組み込まれたと聞いてフィナは舌打ちをしたくなった。


(余裕を見て二千は用意していたというのに……ま、ここからは時間との勝負ね。姉上の派閥の貴族、そして協力者はまとめてスッキリさせないと。私一人の手柄でなんとかしたいところね)


 腹黒い事を考えつつ、フィナは以前から進めていた計画の一つを実行に移すのだった。それは、姉が強硬手段に出た場合の手段。フィナにとってもあまり使いたくない手段であった。


(さぁ、私の国作りを始めましょうか)


 ……きっと、表情が作れるなら、フィナはどす黒い笑みを浮かべていた事だろう。


◇


 イズミは、親衛隊に囲まれながらリュークとユニアスの二人と接触していた。


 これまでの事情を説明すると、二人は――。


「……我々にも増援要請が出ている。フリッツのサポートに回ることになるな」


 リュークが苦虫を噛み潰した表情でそう言うと、ユニアスも不満そうに髪をかきむしりつつ。


「ルーデルを一人で送って、アレイストがそれを追いかける……あの馬鹿二人、なにも考えてないな」


 ユニアスに馬鹿と呼ばれたルーデルとアレイストだが、確かにもっと上手くやれたのではないかと、イズミも考えていた。


 ただ、それは今言ってもしょうがない。


「なんとか二人を助けたい。力を貸して貰えないだろうか?」


 イズミの頼みに、リュークは即決する。


「色々とおかしいところが多い。すぐに領地に戻って兵を向かわせる。だが、どうやって父上を説得するかが問題だな」


 そんなリュークにユニアスは。


「そんなの、殴り飛ばせばいいんだよ。俺の実家はそれで通るけどな。ま、今までに勝った事は一度も無いが」


 イズミがそれでいいのかと思っていると、リュークは早速行動に移るのだった。


「私はすぐに出発する。イズミ、お前はどうする?」


 イズミは手を胸に当てて。


「すぐにルーデルのところへ増援に向かう。少しでも戦力は欲しいはずだ」


 リュークは口を開きかけたが、イズミの真剣な瞳を見て口を閉じた。


 ユニアスがリュークの代わりに言う。


「お前も頑固だね。戦力の逐次投入は効果的とは言えないぜ。ましてや一人では戦場でなんの足しにもならない。我慢して俺かリュークのどちらかと同行しろ」


 イズミは首を横に振った。黒髪のポニーテールが揺れる。


「それで間に合わなければ、私は一生自分を許せない気がする。だから、今は少しでも早く……」


 その言葉を続ける前に、部屋に一人の騎士が入ってきた。ドアの前で警備していたバーガスを引きずりながら、笑顔で部屋に入って来た人物はオルダートだ。


「おっと、ここにいたか。イズミちゃん、特別監視官殿が仕事を放棄したらいけないな。ルーデルが悪さをしないように見張って貰おうか」


「オルダート団長? あの、私は――」


 オルダートが、部屋に二人の騎士を入れる。一人は小柄なツンとした耳を持つ白銀の髪を持つ女性騎士。


 もう一人は、二枚目で細身の男性騎士だ。


 ベネットとキースだった。


「キース、大公家の嫡男様を領地まで送り届けろ。それから、絶対に手を出すなよ。いいか、絶対だぞ!」


 オルダートの真剣な表情に、リュークもユニアスも一歩下がってキースを見ていた。


 当の本人は。


「大事な部下を助けるため、そして友人を救おうとする男たちを送り届ける役目は、この僕が引き受けましょう。あぁ、今日はなんて素晴らしい日だ。やはり、男の友情は美しい」


 オルダートはキースを無視して。


「人格に問題はありますが、これでも竜騎兵団一の空戦技術を持つ男です。それから、竜騎兵団一のアイドル……ベネットちゃんは、イズミちゃんを送り届けてそのままルーデルの増援だ。あ、途中で黒騎士君も見つけたら拾ってね」


 ベネットは、敬礼をすると。


「了解です、団長。私にとっても大事な部下ですから、必ず間に合わせて見せますよ。ただ、黒騎士殿が見つかるかどうか」


 オルダートは頭をかきつつ。


「その辺はこっちの計算違いだな。ま、今はそれよりも急ごうか。時間がない。俺たちも出来るだけ素早く応援に向かうが……それまで持ちこたえればいい。無理をするなよ」


 ベネットとキースが、普段から飄々としている団長の真剣な表情に真面目に敬礼をして応えるのだった。


 イズミは思う。


(これで、どうにか間に合ってくれれば……ルーデル)


◇


 どこまでも続くような黒い魔物の軍団。


 まるで途切れることを知らないかのように、砦に次々と侵攻してくる。策などなく、そしてそれを必要としない数を帝国は揃えていた。


 砦の中、ルーデルは剣を鞘にしまって抱くように眠っていた。


 木箱に座り、周囲ではたき火をたいて今も続く敵の攻勢に対応している。狭い砦の中、サクヤが砦に入って敵の攻撃を受け止めていた。


 何十万という数の魔物を前に、小さな砦が持ちこたえているのはガイアドラゴンの亜種であり、とても強靱な皮膚を持つサクヤが防衛に回っているからだった。


 砦にとりつく魔物たちも、その巨大な腕でなぎ払っていた。だが、それも何十万という数の暴力の前には苦戦を強いられている。


 ドラゴンであるサクヤは数日を戦い続けられるが、人であるルーデルには容易に限界が訪れた。それでも二日間は戦い続けたのだから十分に人外だ。


 クルストは、そんなルーデルの周りに信用出来る騎士を配置していた。


 周囲では、逃げ場のなくなった砦周辺の住民たちが恐怖で騒ぎを起こしている。


「なんで戦わないんだよ! 騎士なら戦えよ!」

「出して! 砦から逃げるから出してよ!」

「こんなの聞いてないぞ! 俺は聞いてないからな!」


 ドラグーンを盲信し、そして裏切られたと感じた民の怒りが休んでいるルーデルに向かっていたのだ。限界ギリギリまで戦い続けても、この恐慌状態ではいくら説明しても理解を求められなかった。


(だから逃げろと言ったんだ。それに、今から逃げたところで)


 今から逃げても遅い。遅すぎた。周囲は帝国の魔物の軍勢に囲まれており、外に出れば魔物の餌でしかない。


 サクヤがいることで砦の守りは少しは安心だが、外にも中にも注意しなければいけない状況は未だに続いていた。


 すると、休みはじめて数時間のルーデルがゆっくりと立ち上がり始めた。


「兄さん! まだ休んでくれ! そんな状態で――」


 体力や魔力を消耗しているルーデルを見て、クルストはなんとかもう少しだけ兄に休んで欲しかった。だが、ルーデルは顔を上げると。


「もうじき夜が明ける。そうなれば、これまで以上に敵の動きが活発になるからな。食事を少し貰おうか」


 辛そうな表情を見せないルーデルに、クルストは食事を部下に命じて用意させるのだった。


◇


 帝国の第一皇子……皇太子が率いる軍勢は、国境付近で進軍するタイミングを計っていた。


 大きな天幕の中では皇太子を将軍たちが囲んでいる。


「ワイヴァーン隊の準備は出来ております」

「皇太子殿下、ついに我々もクルトアに反撃するときが来ましたな!」

「精々百から二百しかいないドラグーンですが、帝国のワイヴァーン隊は五百も存在しています。数の上でもこちらが有利なのは変りません」


 皇太子がその発言を聞きつつ。


「此度の戦は我々が囮だ。勝利よりも優先するべきは歩兵を削れ。ドラグーンをワイヴァーン隊で押さえ、その隙に我々は数を持ってクルトアの歩兵を削る」


 皇太子の発言に周囲の将軍たちが黙って頷く。戦場においてクルトアはドラグーンを重視してきた。そのため、歩兵の数は多くはない。


 帝国は逆に歩兵の数は充実していた。アスクウェルが魔物の大軍勢を率い、歩兵のほとんどを皇太子が率いているのだ。質、量ともにクルトアの歩兵と比べると勝っているのである。


 そして、優先して歩兵を削るのには意味がある。


 将軍の一人が。


「歩兵なくして地上を占領するのは不可能。いくらドラグーンが強力とはいえ、やはり歩兵が必要ですからな」


 皇太子は将軍たちと囲んだテーブルを見た。そこには地図が用意され、クルトアの本隊がくるのを今か今かと待ち構えている帝国軍の布陣が駒で配置されていた。


「……勝つ必要はない。出来うる限り敵の歩兵、そして指揮官を倒せ。空戦でワイヴァーン隊がクルトアのドラグーンに技術的に勝つ事はない。ならば、この機会にクルトアが立ち直るのに十年、二十年の時がかかるように打ちのめせ。そうすれば、奪った豊かな土地から帝国は実りを得られる。そこからが帝国の本当の勝負である!」


 皇太子が立ち上がると、将軍たちも立ち上がった。全員の表情は真剣そのものだ。何しろ、長年苦しめられてきたクルトアに一矢報いることが出来る。そして、ここから帝国が盛り返すためにとても重要な一戦であるのを将軍たちも理解していた。


 クルトアがドラグーンに守られている間、帝国は厳しい立場にあった。そして、それが精強な地上部隊を育てたのだ。


 帝国兵士……彼らは、クルトアの平均的な兵士よりも質が高かった。そして、戦意もこれまでになく高い。


 皇太子は少し微笑み、そして右手に握り拳を作って掲げた。


「この一戦、皆の働きに帝国の未来がかかっている。そして、私は皆が勝利すると確信している。……帝国に勝利を!」


「勝利を!」


 将軍の中で一番階級の高い者が皇太子のかけ声に続くと、次々に将軍たちが声を上げた。


 クルトアよりもまとまっている彼らは、とても油断出来ない相手である。


◇


 ――キースに自領まで送られたリュークは、ハルバデス家の城にて当主である父に面会していた。


 広く、窓以外は一面本棚が天井まである執務室にて、リュークの父は書類を処理していた。セットされた髪と髭、そして服装もキッチリとしており神経質そうに見える男性だ。


 帰って来た息子であるリュークに視線も向けていない。


「……それで、お前は友を救いたいからとハルバデス家に兵を出せというのか? 王国に逆らってまで? お前には期待していたが、どうやら見込み違いのようだ」


 当主である父の言葉に、リュークはにぎり拳を作って奥歯を噛みしめた。こうなることは予想していたが、付け焼き刃の説得では父は動かないとリュークは再確認しただけだ。


 必死に口を動かし、ハルバデス家の利益を語る。


「アイリーン王女殿下の独断である可能性が高く、なによりも不自然な――」


「可能性? 不自然? 希望的観測で動いている時点で駄目なのだよ。それを理解出来ない年齢でもあるまい?」


 書類仕事を終えたのか、父は羽根ペンをペン立てに戻してインクの蓋を閉めた。書類を見直し、インクが乾くのを待っているようだ。


 椅子に深く座り直し、そして口を閉じて目をつむっていた。リュークは声を荒げ。


「ならば一人でも向かいます!」


 そんなリュークに。


「お前がアルセス家の妾の産んだ娘に恋心を抱いているのは知っている。そのために命を投げ出すのか? 上手くやれば、その娘をお前の妾にしてやってもよいぞ。考え直せ」


 冷たい父の言葉に、リュークは鼻で笑い。


「はっ、見くびらないで貰いたい。好きな女は自分で口説いてみせますよ。だが、友を……ルーデルは私の大事な友人です。ここで見殺しにすれば私は自分が許せなくなる」


 机に肘を置いたリュークの父は言う。


「そうか。ならば援軍を送ってやろう。間に合うかどうかは分からんがな。こちらも忙しい。お前も供をせよ」


 リュークは当主である父に背を向け、そして部屋を出ていこうとした。その背中を見た当主は、呆れたように呟いた。


「……まったく、お前はそんな子ではなかったのに」


 立ち止まったリュークは。


「……確かに、変わったかも知れません。でも、自分はそれでもいいと思っています」


 当主である父は根負けしたのか、扉の前で待機していたバーガスを呼び出す。


「……バーガス、いるな?」


「は、はい!」


 ルーデルの先輩であるバーガスは、リュークの護衛でもある。今はハルバデス家で騎士をしており、部隊を率いる身だ。ルーデルのことを心配しており、リュークと共に出陣するつもりなのか武具を身につけていた。


「こちらは別件で王宮へ行く。動かせる兵士は五千もないと思え。こちらも一千は必要だからな」


「父上?」


 振り返ったリュークに、当主は少し笑っていた。


「まだ子供だな、リューク……なにも知らないと思っていたのか? アイリーン王女殿下の不審な動きはこちらも掴んでいる。ディアーデの奴も動くだろうさ。それとな……大公家の男なら、自らが与した方を勝たせる意気込みを見せろ。お前は友人のところに行きなさい。王宮はこちらでなんとかしよう。フィナ王女も動いているようだからな」


 父の言葉に、リュークは少し唖然とするがすぐに頷いてバーガスに声をかけた。


「行くぞ、バーガス!」


「任せてくれよ、若旦那!」


「若旦那と呼ぶな! くそっ、いつかその呼び方を矯正してやるからな!」


 リュークは、ルーデルを助けるために動き出していた。


◇


 ディアーデ家の城にある中庭では、ユニアスが父に殴り飛ばされていた。


 筋骨隆々の父はユニアスよりも背が高くない。だが、その腕はユニアスの腕よりも太く、そして体には多くの傷があった。


 戦場での傷である。短髪で毛を逆立て、髭もゴワゴワしており大公と言うよりも猛将のような父だった。


「……戦場を譲れだと? いつから俺より偉くなった、馬鹿息子」


 ユニアスは口元を袖で拭うと血が出ていたが、気にせずに父を睨み付け。


「ダチを助けに行くんだよ! なんで俺が王宮で面倒なアイリーン王女の相手なんだ! 爺は王宮で王女殿下の相手でもしていろや!」


 太い眉をピクピクさせ、父はまたユニアスを殴って吹き飛ばす。しかし、今度はユニアスも耐えると、父を殴り返した。


 息子に殴られた父が、少しだけポカーンとすると笑い出して今度は手加減無しでユニアスを殴り飛ばした。


 壁まで吹き飛んだユニアスが、そのまま地面へと落ちる。


「いい拳だ。いいだろう。今の拳と啖呵に免じて譲ってやる。だが、勝利以外はいらんぞ。戦功をたてて戻ってこなければ、また一からたたき直してやる」


 ユニアスは立ち上がって服についた泥を払う。


「この老いぼれが……無駄に強いじゃねーか」


 息子であるユニアスを笑いながら見ていた父は、そのまま周囲にいた部下に指示を出す。


「俺が王宮に向かう。お前たちはユニアスについていけ。この馬鹿が逃げ出しでもしたら、尻を蹴り飛ばして戦場に放り込め」


 とても大公とは思えない発言に、ユニアスは唾を吐く。ほとんど赤い唾が芝生についたが、ユニアスは気にせずに並んでいる兵士たちを見た。


 故郷が近く、精鋭揃いのディアーデ家の家臣たちだ。


 武具を着込んで、そしてユニアスに向き直って整列していた。


「……逃げる? ここでダチを見捨てて逃げたら、俺は一生後悔するんだよ。ここだけは逃げないからな」


 そうして家臣たちの下へ歩いて行くと、ユニアスは宣言した。


「おら、帝国の馬鹿共にディアーデ家の名前を刻みに行くぞ! お前ら、気合入れろや!」


 ユニアスの言葉に、家臣たちが声を上げて返事をした。荒々しいディアーデ家だが、それだけ猛者揃いでもある。


 ユニアスは家臣たちが慌ただしく動き出すのを見ながら。


(間に合うかは微妙だな。ルーデル、無理するなよ)


 そうしてユニアスが空を見上げると、太陽を空飛ぶ何かが遮って影を作った。


◇


 王都にあるハーディ家の屋敷近くで、アレイストはネイトと出会っていた。


「先輩、もうハーディ家の屋敷は占拠されていますよ」


「ネイト? 両親はどうした!」


 慌てるアレイストに、ネイトは片目をつむってウインクをしながら。


「もう王都から逃げています。すぐに領地に戻って戦う準備にはいるとか。先輩のご実家は過激ですね。私、ついていけるか不安です」


 アレイストはいつものネイトを見ながら半笑いになった。ローブに身を包み、近くにはヒッポグリフが馬の姿に化けた状態で待機している。ネイトの相棒である。


 そして、その隣には黒い長い毛を持つ赤いラインの入った角のある魔物……ナイトメアのヒースも控えていた。


 主人であるアレイストに近付き、額を当ててくる。


「ヒース、お前は残ったのか」


 その背にはアレイストの鎧や荷物が背負われていた。回収しに来たが、どうやらネイトが気を利かせてくれていたようだ。


「それより、ネイトも残ったの? 名もなき騎士団というか、暗部的な騎士団の方はいいの?」


 アレイストが首を傾げると、ネイトは額に手を当てて。


「色々と動いていますよ。私はほら……先輩の婚約者なので、サポートに来たんです。どこまでもお供しますよ」


 ネイトがいつもの調子なので、アレイストは苦笑いをした。すると、後ろからも声がかかった。


「ネイト、あなた……自分だけアピールですか?」


「汚い。ネイトは汚い」


 そこには装備を着用したセリ、そしてジュジュも合流してきた。


「え、あ、あれ?」


 アレイストが困惑していると、次々に女性陣が集まってくる。そして、商人の娘である女性がアレイストに。


「アレイスト様、この私が無事に王都から脱出させてご覧に入れますわ」

「おい、あんたはここでしか役に立たないだろうが!」

「というか、結構な人数がいませんか?」

「あれ、あんたも参加するの?」


 アレイストは集まってきた人数を見た。そして、困惑しながらも。


「あ、あの……僕、色々と王国に抵抗するというか、これからどう考えても不味い立場で、それでみんなには出来れば僕のことを忘れて欲しいというか」


 すると、そんなアレイストに学園時代の後輩であるセリが言う。


「なにを言います! あのような命令を受けて総大将になったなら、その場で婚約など破棄していました。友を救い、王国の危機に真の意味で立ち上がったアレイスト様こそ、私の夫に相応しいかと」


 ジュジュも頬を染めながら。


「アレイスト、やっぱり恰好いいよ」


 アレイストは思った。


(……あれ? なんでみんながついてくるの? 母さんが身の振り方を考えろ、的な事を言ったし……というか、なんで全員いるの? 婚約者以外もいるんだけど)


 その場にいた女性陣は、両手の指の数よりも多かったのだった。


※宣伝になります。


ドラグーン~竜騎士への道~三巻が発売になりました。


今回はサクヤが表紙で目立っております。かなりいい表紙ではないでしょうか?


もう、ある意味で最大の山場とも言える部分ですので、是非とも手にとって貰いたい。そして読んで貰いたいです!


まぁ、正直に言えば買って欲しいです。どうかドラグーン三巻をよろしくお願いします!


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