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帝国の進軍

「君もここに連れてこられたか」


 イズミが近衛隊に連れてこられた牢屋には、先にソフィーナが入っていた。地下牢であるジメジメとしたその場所は、頼りない明かりで相手の顔がなんとなく理解出来る程度だ。


「あ、あの」


 イズミは上級騎士であり、ソフィーナも同じだ。だが、相手は先輩で、そして隊を率いる第二王女殿下フィナの護衛である。どうしてこんな場所にいるのか、と困っていると、ソフィーナはベッドから起き上がって背伸びをした。


「姫様も捕まってしまってね。私たちも拘束されて放り込まれた。武器は奪われたが、服装はこのままだ。かなり急いでいるらしい」


 囚人服に着替えさせている時間もなかったのか、近衛隊の騎士たちは武器を奪うと牢へと放り込んでどこかへと向かった。


 監視をしている兵士も、困惑している様子だった。


「いったい何が……いくらなんでも酷すぎます」


 イズミの言葉に、ソフィーナも同意する。同意するが、どこか落ち着いた様子だった。


「随分前から王宮内で動きはあったんだ。ただ、ここまでするとは想像していなかった」


「何か知っているんですか? 私は早くここから出て、ルーデルを助けないと」


「……あ~、ルーデル殿に何かあったのか?」


 ソフィーナが困っている様子だった。イズミは、ルーデルが単騎で戦場に送り込まれたのをソフィーナに説明した。


 アレイストの事も説明すると、ソフィーナは意外そうに。


「黒騎士殿が総大将か。悪くはない。フリッツを無理やり総大将にするくらいはやってのけると思ったんだが……周りが止めたか? 意外に脆いね」


「落ち着いているんですね」


 イズミが軽く皮肉を言うと、ソフィーナは自嘲気味に笑うのだった。そして、周囲を確認すると小声で。


「そう嫌味を言わないでくれ。私だって色々と裏で動きがあるのを知り得たのは、姫様のおかげでね。悪いが、姫様も捕らえられたんだ。……王宮から主要な者たちが動き出すまで、姫様は動かないと思うよ。あの人は、そういう人だからね」


「動くつもりはあると? 急がなければ、大変な事に――」


「もう十分に大変だよ。でもね、あの人はこの出来事すら利用するつもりだ。本当に……もう少しだけまともなら私の苦労も少なくすんだんだけどね」


 ソフィーナはそう言うと、イズミに横になって休んでおくように言うのだった。


◇


 謁見の間。


 集められた貴族たちに告げられたのは、勲章の授与式ではなかった。


 クルトア王国の謁見の間は広く、そして大国に相応しい豪華な造りをしている。そんな場所に集められた貴族や騎士、そしてユニアスやリュークもほとんどが唖然としていた。


 国王陛下が参加していない。


 王妃もいない。


 玉座の前にはアイリーン王女が立ち、そして演説を行なっていた。


「ガイア帝国が懲りずにクルトアの領地に攻め込む準備を整えております! すでに進軍は始まっていると……今こそ、クルトアに忠義を示しなさい!」


 その場が混乱する中で、貴族たちはガイア帝国の進軍を聞いて参加していた竜騎兵団に視線を向けた。


 表情は平静を装っているが、竜騎兵団の面子はどこか我慢しているように見える。


「すぐに出陣のために準備をします。その前に……今回の戦、総大将を最初は黒騎士殿に依頼するつもりでした。ですが、黒騎士は恐れをなして逃げ出したのです。代理ではありますが、総大将を近衛隊隊長であるフリッツ殿に任命します!」


 謁見の間が混乱する。それは、ガイア帝国が攻め込んだからではない。これまでに何度も攻め込まれてきたが、ドラグーンが何度も撃退している。


 貴族たちの興味は、総大将に任命された平民であるフリッツが総大将という事だ。ろくな武勲もなく、そしてまだ若いフリッツが総大将とあって不満の声が上がっていた。


 ただ、ユニアスは気が付いていた。


「驚いていない連中がいるな」


 近くにいたリュークもそれに頷く。


「アレイストもいないが、ルーデルの姿も見えない。あの女、なにかやったな。ここまでするとは」


 周囲にアレイストやルーデルの姿はなかった。


 混乱する貴族や騎士たち。だが、そこには混乱していない者たちもいた。近衛隊もそれに該当している。


 ユニアスは面白くなさそうに。


「あいつらが殺されることはないと思うが……おい、俺は領地に戻るぞ。自分のところから兵隊を出す事になるからな」


 リュークは玉座の前で演説しているアイリーンを見ながら。


「私もそうだ。こんな茶番が終われば、すぐにでも領地に戻って――」


 そして、アイリーンの前にはフリッツが歩み出た。アイリーンの前に出たフリッツには、アイリーンの手から総大将の証である剣が送られることになった。


 ユニアスはその剣を見て。


「あの剣、どこかで見たことが――」


 アイリーンは、剣をフリッツに渡すと。


「クルトアの技術の粋を集めて作り出した剣です。総大将に相応しいでしょう。その剣を必ず持ち帰るのですよ」


 フリッツは剣を掲げ。


「必ずや、この場に戻って勝利を報告いたします!」


 リュークは、ユニアスの言葉に。


「作ったばかりだそうだぞ? 見間違いのようだな。それにしても、ルーデルの話がまったくでないんだが?」


 リュークは友人の事を心配するのだった。


◇


 アレイストは、地下牢へと来ていた。


 薄暗い地下牢の影の中から姿を現し、周囲をキョロキョロと確認していた。


「イズミさん、大丈夫?」


 イズミはベッドから起き上がると、牢屋の中に入ってきたアレイストを見て驚く。


「アレイスト、そんな事も出来たのか?」


「いや~、夜這いから逃げ回る内に色々と応用を覚えたんだよね。黒騎士って便利だから……って、今はそんな事を言っている場合じゃなかった。これ」


 影の中から、アレイストはイズミの刀を取りだして渡す。そして、鍵をイズミに投げて渡すのだった。


「助かる。アレイスト、今の状況はどうなっている?」


 イズミは刀を受け取り、鍵を握りしめるとアレイストから現状を確認しようとした。ただ、アレイストも俯く。


「ごめん。僕も逃げ回っているんだ。ユニアスやリュークに事情は知らせたいけど、近衛隊だけじゃなくて、他にもアイリーン王女殿下の味方がいるみたいで……悪いけど、僕だと目立ちすぎて駄目なんだ。だから、協力して貰おうと……」


 すると、牢の中にいたソフィーナが体を起こした。そして、アレイストに向かって。


「……親衛隊だ」


「え?」


「親衛隊に協力を求めろ。姫様の名前を使って構わない。伝言くらいなら彼らの方が城を自由に歩ける。それと、もう少しだけ現状を詳しく教えて貰えるか?」


 アレイストは、ソフィーナに知り得ている情報を伝えるのだった。


◇


 竜騎兵団の団長であるオルダートは、総大将であるフリッツと向かい合っていた。


 フリッツの傍にはアイリーン王女殿下が控えており、不敬な発言が出来ない。


「つまり、我々は総大将指揮下であると? そんな当然のことを今更言われましても困りますが、部下を勝手に戦場に送られては困りますね。重要度が低いと言われたが、帝国が二方面から攻め込んでいる現状、戦力が一騎では話になりません。追加で増援を送ります」


 オルダートが不満に思っているのは、アイリーンが勝手にルーデルを戦場に単独で送り出してしまったからだ。


 確かにドラグーンは強力だ。強力だが、戦いは数でもある。


 一騎だけで送り出すなど、竜騎兵団の団長として見逃せなかった。そして、勝手に自分の部下に命令を出したのも許せない。


 フリッツは、堂々と言い返す。


「主力が別である以上、戦力を集中するのは当然です」


 オルダートは鼻で笑いつつ。


「どちらが主力であるか分かっているような言いぐさですね。……我々には情報が入ってこない。これはどういう事でしょうか?」


 すると、アイリーンが口を出してきた。フリッツが少しだけ狼狽えたので、フォローするためだろう。


「今はそんな事を言っている場合ではありません。竜騎兵団はフリッツ様の指揮の下、一致団結して帝国を追い返しなさい。これは命令ですよ」


 命令と言われれば従うしかない。


 だが――。


「命令なら従いましょう。さっさと終わらせて、部下を助けに行きたいですからね。それに、この件は戻ってから話し合うとしましょうか」


 オルダートが睨むと、フリッツは。


「ならばすぐに出撃の準備を。竜騎兵団には先行して敵を叩いて貰います。準備が整い次第、本隊もすぐに出撃します」


 ただ、アイリーンは言うのだ。


「竜騎兵団団長……相手が国境を越えた場合は攻撃を許可します。ですが、それ以外は認めませんからね」


 オルダートは呆れつつも。


「分かっておりますよ。今まで我々がどれだけ国境を守ってきたと?」


 ただ、アイリーンは不敵に笑うだけだった。それが、オルダートには何かあると思わせたのだ。


(……さて、これはどうするか。キースあたりに動いて貰うか)


◇


 そこはアルセス家の屋敷だった。


 エルセリカは、父の部屋の前で必死に訴えている。


「父上、クルスト兄様が戦っておられるのに、アルセス家はどうして救援を送らないのですか!」


 いくら部屋の前で声を上げても、返事は返ってこなかった。父だけではなく、母もクルストの窮地を知っても動こうとはしなかった。


 頻繁にクルストと手紙でやり取りをしているエルセリカは、国境にある砦の現状を詳しく知っていた。帝国が動き出す事も、クルストから伝えられていたのだ。


 そのため、エルセリカは出来るだけの支援をしてきた。


 しかし、ここに来て帝国が本格的に動き出したと知らせが入った。だが、アルセス家は一向に動こうとしないのだ。


 部屋の周りでは、家臣たちも集まっている。


(私がもっと早くに動いていれば)


 悔しがるエルセリカは、何度も部屋の前で声を上げる。


「お願いします。準備は整っております。後は父上が命令を下すだけで、我々は動けるのです」


 父が部屋の中にいるのは確認しており、そしてアルセス家は出撃の準備が整っていた。大公家として見れば少ない数しか送れないが、それでもエルセリカには精一杯の準備だった。


「他にも協力を約束してくれている領主がおります。国の危機に大公である父上が立ち上がらずにどうするのですか!」


 必死の訴えも、部屋の中にいる父には届かない。それどころか、部屋の前に集まるエルセリカや家臣たちに――。


「何事ですか、騒々しい!」


 ――廊下の向こうから、使用人たちを引き連れて現われたのは母だった。


「母上! 母上からも言ってください。クルスト兄様のいる砦が、帝国の侵略を受けているのです。救援を送る許可が欲しいのです!」


 エルセリカの言葉に、母は冷たく言い返す。


「……あの子はアルセス家の面汚しです。砦で奮戦して戦死すれば、少しはアルセス家の名誉回復のためになる。それに、帝国など我々が動かなくともドラゴンが追い返します」


 エルセリカはそれを聞いて、愕然とするのだった。


 そして、首を横に振る。


「……もう、結構です」


「なんですか、その態度は。誰か、エルセリカを閉じ込めておきなさい。まったく、このような騒ぎを起こして……」


 去ろうとする母の周囲を、武装した騎士や兵士たちが取り囲んだ。


 エルセリカの傍にいた執事も、それを咎めようとはしない。


「どういう事か! 私を誰だと!」


 騒ぐ母に向かい、エルセリカは言い放つ。


「この危機に静観を決め込むならば、当主として資格なし! 父と母は拘束して押し込めておきなさい! すぐに救援を送ります。協力を約束してくれた領主たちに出撃すると伝えなさい」


 騎士や兵士たちが動き出す中、部屋の前に斧を持った兵士たちが現われる。ドアを破壊し、そして中になだれ込んだのだ。


 兵士たちに拘束される母は、エルセリカを見て。


「何をしているのか分かっているのですか! こんな事……誰も認めないわよ!」


 エルセリカは、母を見ると悲しそうな表情をするのだった。


「……母上たちに協力していた家臣たちはいませんよ。ここにいるのは、貴方たちに不満を持つ者たちです。それに、正確な情報を伝え、協力を求めると逃げ出してしまいましたけどね」


 エルセリカは、レナに頼んでリュークから派閥関係の状況を調べていた。そして、周囲の領主がどの派閥に属しているのか、どの家と利害関係を持っているのかまで調べていたのだ。


 アルセス家がこのまま荒れている現状を、あまりよく思わない領主たち、そして王宮の関係者も大勢いた。


 そうした者たちと話をする事で、エルセリカは独自に準備を進めていたのだ。


「エルセリカ様!」


 騎士の一人が父を拘束して部屋から連れ出してきた。ガウンを着ているが、下には下着しか着ていない。


 部屋の中には女性も数名おり、酒の臭いが充満していた。ブツブツと文句を言う父を見下し、エルセリカは言うのだ。


「連れて行きなさい。構っている時間はありません」


◇


 屋敷内がバタバタとする中で、レナは屋根に登って空を見上げていた。


「……さて、私も動かないとね」


 槍を持ち、動きやすい恰好をしているレナは、口笛を吹いた。空に響くその口笛は、まるで何かを呼んでいるようだった。


 そのまま屋根の上に座るレナは、呼び出したものが到着するまでそこで待つつもりのようだ。


「兄ちゃんは、自分の運命に勝てるかな」


 不思議と、レナは笑顔だった。


 元から、レナは不思議な妹だった。不思議なルーデルの妹だった。最初に、ルーデルが人らしくなれたのは、レナがいたからだ。


 人に興味を持てないルーデルが、レナに興味を示した。大事なときに、ルーデルに関わっていたのも、レナだった。


 直接ではなく、間接的に関わっていた。


「ま、私の兄ちゃんだし、大丈夫かな」


 そう言って、レナは空を見上げるのだった。


◇


 そこは抵抗を続ける砦だった。


 ガイア帝国のアスクウェル率いる軍団は、砦を前にしていたぶるように攻撃を続けている。


 理由はいくつかあるが、侵攻してきたはいいが最初から物資が不足しているからだ。切り札であるゴーラは温存しているが、ここまで抵抗らしい抵抗を受けずに進軍してきている。


 周辺の村や街に部隊を派遣し、物資をかき集めていたのだ。


 アスクウェルの傍に控えていたミースは、集まってくる物資を見て苦々しく思っていた。


 テントの中、椅子に座っているアスクウェルに現状を報告する。


「アスクウェル様、敵の多くが引き上げています。一部の村だけは退避命令を無視して残っていたようですが、こちらが動き出すとすぐに周辺住民に待避するように敵の指揮官が指示を出したものと」


 アスクウェルは、小さく呟くだけだった。


「そうか。なら、魔物共は腹を空かせているだろうな」


 元から、黒き魔物の軍勢は使い捨てだ。そして、その使い捨ての軍勢には役割があった。


 豊かなクルトアの大地を得ても、そこにいる住人まで帝国は養うつもりなどなかったのだ。


 帝国には人が大勢いる。クルトアの豊かな大地に移住させる計画があり、そのためには土地に住む人間は邪魔だった。その処理を行なうのも、魔物たちの仕事だったのだ。


「ドラゴンに頼っているだけの国だと思ったが、少しは骨のある者もいるのだな。民を逃がし、小さな砦で抵抗を続けるとは」


 ミースは、アスクウェルに今後の方針を確認した。


「いかがいたしましょう? 潰すのは簡単ですが、あそこは拠点にするつもりでしたので、予定が大幅に――」


 そこまでミースが話をすると、テントに伝令の兵士が入ってきた。


「殿下! 敵、ドラグーンが接近してきました! 色は灰色! 二騎だけです!」


 アスクウェルは、その報告を聞いてニヤリと笑う。


「……丁度いい。ワイヴァーン隊を出せ」


 伝令がテントから飛び出すと、すぐに周囲では魔物の声が聞こえてきた。


 アスクウェルが立ち上がると、ミースもその後に続いて外へと出る。周囲ではワイヴァーンが次々に空へと上がり、その背中には黒い鎧を着た騎士たちが跨がっていた。


 二人の騎士がワイヴァーンに乗っており、数十騎ものワイヴァーンがドラゴンに向かっていく。


 灰色ドラゴン。


 クルトアでは飼い慣らされたドラゴンとされているが、それでも今までの帝国には脅威だった。兵士たちも不安そうにしているが、ワイヴァーン隊の出撃に期待しているようだった。


 いや、祈っていると言ってもいいだろう。何しろ、帝国にとってドラゴンは恐怖の象徴だった。かつて、一匹の青いドラゴンに何度も帝国は恐ろしい目に遭わされてきたのだ。


 その恐怖は父から子へ、そして孫へと受け継がれている。


 二騎のドラグーンに対して、数十騎のワイヴァーンが取り囲んで攻撃を行なっている。だが、流石はドラゴンと言うべきか、ワイヴァーンを相手に善戦していた。しかし、数の差を前に一騎が地面へと落下してくる。


 アスクウェルはその光景を見て。


「三対一なら十分に戦えるか。空戦技術が拙いが、それでも十分に戦えるな」


 落ちたドラグーンには、周囲に黒い魔物たちと人間の兵士たちが集まり攻撃を加えていた。


 歓声を上げながら、ドラゴンの首を切断して高らかに掲げている。


「もうドラグーンの時代は終わりだ!」

「帝国万歳! アスクウェル殿下万歳!」

「見ろよ、もう一騎が逃げていくぜ!」


 上空では、ワイヴァーンに囲まれたドラグーンが遊ばれるように攻撃を受けていた。それでも、味方のワイヴァーンは四騎も落下している。


「……実戦経験をもっと積めば、ワイヴァーン隊は帝国の主力の一部となるだろうな」


 死んでいった部下たちに向け、アスクウェルは悲しそうな表情をしていた。自分の大事な部下であり、そして仲間だ。


 そんな仲間の死を悲しんでいるアスクウェルを見て、ミースも感動していた。


「アスクウェル様、お優しすぎます」


 すると、最後のドラグーンが地上へと落下していく。ドラゴンと騎士の絆なのか、ドラゴンが死んでしまった騎士を守るように地面へと落下していった。


 地上では、歓声を上げた騎士や兵士、そして魔物たちがドラゴンと騎士へ群がっていく。


 帝国にとって、それは待ち望んだ光景だった。空の覇者であったドラグーンが地に落ち、そして自分たちのワイヴァーン隊が新しい空の覇者になる光景。


 それはクルトアに怯える時代の終わりを意味していた。


 アスクウェルは大声で言う。


「ドラゴンと騎士の首を砦前に晒せ! 戦意を削ぎ、そのまま降伏勧告に入る!」


 周囲の騎士や兵士たちが歓声を上げ、武器を掲げ拳を天に突き上げていた。


 そんな中、黄金の髪を後ろになびかせ、黒い鎧に身を包んだアスクウェルはとても絵になっていた。


◇


「隊長!」


 砦の内部では、休んでいたクルストが部下に起こされた。


 数日も眠っていないクルストが、数時間眠っている間に状況は激しく動いていた。


 ベッドから起き上がると、クルストは自分の頬を叩いて目を覚まし報告を受ける。


「どうした」


「帝国が……帝国がドラグーンをやりやがった!」


 その言葉を聞いたクルストは、装備もろくに手に取らずかけ出す。そして、砦の見晴らしの良い場所へと到着すると、砦前の広場に用意されたドラゴン二頭の首と酷い扱いを受けた騎士二人の張り付けがそこに並んでいた。


 周囲に黒いオーガを従えた帝国の騎士が、大声で降伏勧告を行なう。


「貴様らの頼りにしてきたドラグーンは、我らアスクウェル殿下率いるワイヴァーン隊によってこの様だ! クルトアの腰抜け共! 貴様らに選ばせてやろう。このまま砦で最後まで戦い殺されるか、降伏して帝国に下るか選ぶがいい!」


 帝国の騎士の言葉に、砦内に残っていた周辺住民たちが狼狽していた。ドラグーンが負けるなど、彼らは想像すらしていなかったのだ。


 クルストは、救援に来てくれたドラグーンがこうも簡単に負けるなど想像もしていなかった。


「どう、して……空に何か」


 上空を見上げると、そこにはドラゴンらしき影が……いや、クルストもクルトアの人間だ。その影がクルトアのドラゴンと違っているのに気が付いた。


 クルストは、知識からそれがどんな魔物かを割り出す。


「ワイヴァーンがどうして……ドラゴンよりも気性が荒いはずだ。ドラゴンのように契約をできた人間なんかいないはず!」


 クルストの周りには部下が集まっており、周囲に目を光らせていた。


「隊長、避難しなかった住人たちが説明を求めてやがる。このままだと、砦の内部で殺し合いになる!」


 砦内に逃げ込み、そのまま戦争が終わるまで動かないと言っていた住人たちが騒ぎ始めていた。


 絶対に負けないと思って安心していたが、ドラグーンが敗北したと聞くと住人たちは騒ぎはじめたのである。


「だから逃げろと……くそっ!」


 クルストは、外にも中にも敵がいる状況に追い込まれていた。


 小さな砦だ。


 もしも避難してきた周辺住民が暴れでもしたら、騎士や兵士たちは身を守るために戦うだろう。そうなれば、砦の内部は地獄と化してしまう。


 砦に残った騎士や兵士たちも、クルトアを守るために戦っている。周辺住民と殺し合えば、戦意を大きく失ってしまう。そうなれば砦を守るなど不可能だった。


 砦の前では、帝国の騎士が叫ぶ。


「砦の指揮官の首を持ってくれば、貴族に取り立ててやってもいいぞ! 帝国はクルトアと違って寛大だからな!」


 大声で騎士や兵士たちが笑っていた。


 それを、絶望した様子でクルストも周囲も聞いている。周囲には、住民たちが集まってきていた。


 クルストの部下たちが。


「下がれ! 外に出るんじゃない!」


 避難してきた住民たちを下がらせようと武器を構えるが、彼らの手には農具や砦にあった武器が握られていた。


「お、お前らが負けるから悪いんだろうが!」

「帝国で貴族になれるなら……」

「俺たちは静かに暮らしたいだけなんだよ!」


 クルストは、武具を部屋に放置していたのを後悔した。


(まさか、守るべき存在に殺されることになるなんて……ごめん、兄さん。俺はここまでだ)


 クルストは、自分が敵に投降する事を考え始めていた。それで部下と周辺住民が守られるならば、と。


 だが、そんな砦の上空を何かが通過した。


 空をクルトア、ガイア、両国の者たちが見上げるとそこには白い大きな四枚の翼を持つドラゴンが地面に向かっているところだった。


 その巨体を地面にぶつけると、周囲にいた帝国の騎士や兵士、そして多くの黒い魔物たちが吹き飛ばされる。


 上空からはワイヴァーンが口を開いてブレスを撃ち込もうとしていたが、そんなワイヴァーンの口には光る大きな剣が突き刺さりワイヴァーンの口に貯め込んだ魔力と反応して爆発してワイヴァーンの頭部を吹き飛ばした。


 土煙が周囲を覆い隠している中で、キラキラと何かが光り爆発していく。


 そして、悲鳴のようなものが次々に聞こえ、最後には白いドラゴンの大きな翼で土煙が吹き飛ばされた。


 そこには、白い鎧を着て青いマントをはためかせた一人の騎士がいた。


 帝国の騎士を斬り伏せ、ドラゴンと張り付けにされた騎士の骸を見上げている。


 周囲には帝国の騎士や魔物が集まり、その白い鎧を着た騎士を取り囲んでいた。


 クルストは呟く――。


「……兄さん」


◇


 サクヤと共に地面へと着陸したルーデルは、右手に剣を持ち肩に担いでいた。


 周囲を見れば、周りは敵ばかり。


 そして、灰色ドラゴンの首が砦前に置かれ、騎士の骸が無残な状態で張り付けにされている。


 その内の一人は、ルーデルの同期だった。


 サース・ベニア――ドラグーンになり、目つきの悪い騎士だったが面倒見の良いところもあった。


 辺境に赴任していたと聞いたが、救援に駆けつけそして戦死してしまった。


「……戦士に対して無礼だな」


 周囲へと目を向けると、帝国の黒い魔物たちの後ろで騎士や兵士たちが声を上げていた。ルーデルを殺せといっているのだろうが、ルーデルは目を閉じる。


 そして、ゆっくりと開けると青かった瞳は赤くなり周囲の動きを的確に捉えていく。まるで時間がゆっくりと流れているような感覚の中で、ルーデルは言い放った。


「貴様ら、全員生きて故郷に戻れないことぐらい覚悟しているだろうな」


 サクヤが、ルーデルの怒気に合わせて空に向かって咆吼した。周囲の敵兵士たちがその咆吼に耳を押さえる中、ルーデルは駆け出すと目の前に飛び出てきた黒いオーガを斬り伏せる。


 それは学生時代に遭遇した黒いオーガであり、体にはかつて自分を邪魔してきた存在が持っていた、白い模様が入っている。


 ルーデルは、次のオーガを横に一閃しながら。


「……随分と本気のようだ。だが、ここから先へは進ませない!」


 左手を前方へと向けると、ルーデルの周囲にいくつもの光の剣が出現した。それらが剣先をそれぞれの目標へと向けると、そのまま発射され魔物や敵兵士たちに突き刺さる。


 騎士の一人が剣で光の剣を弾くが、爆発して体勢を崩した。その瞬間を逃がさず、ルーデルは接近して敵騎士の左肩から右腰に剣を走らせた。


 鎧が斬れ、血が噴き出し周囲では酷い状況が作り出されていく。


 サクヤがその強大な腕でオーガをなぎ払い、そして空に向かってブレスを放った。空を飛んでいたワイヴァーンがサクヤのブレスに触れると、羽根が吹き飛び地面へと落下する。


 対して、ワイヴァーンのブレスはサクヤに直撃してもたいした効果はない。


 後方で指揮を執っていた騎士が。


「ひ、退け! 退けぇぇぇ!!」


 そうやって指示を出すが、その騎士が指揮官だと判断したルーデルは、一瞬で間合いを詰めて左手に持つ盾で相手を殴り飛ばした。


 馬上で指揮を執っていた騎士は、吹き飛んで地面を転がると馬は暴れだしどこかへと逃げていく。


 周囲にいた騎士たちが、槍や剣を持ってルーデルを囲もうとした。馬上から槍を突き刺してきた騎士の槍を左手に取ると、そのまま槍を奪って剣を持っていた騎士の胴体へと突き刺す。


 そうして自分の剣を鞘へと戻すと、奪った剣で近くにいた兵士を斬りつける。素早く移動し、次々に魔物も人も斬り捨てていくその姿は、まさに獣に近い動きだった。


「この……化け物がぁぁぁ!!」


 サクヤによって吹き飛ばされ、そしてルーデルによって次々に血の海へと沈められていく帝国の部隊。


 全てが終わるまでに、一時間も必要とはしなかった。


 その光景を、砦にいる騎士や兵士、そして避難してきた住人たちが食い入るように見ていた。


 全てが終わると、ルーデルは気を失った敵の指揮官を拘束する。そして、砦から見ている連中に、指揮官の回収を手で指示した。


 手に持っていた剣を投げ捨てると、ルーデルは仲間の骸へと歩き出す。


「……今、解放してやるからな。サクヤ、ドラゴンの首を頼む」


『……うん』


 サクヤがドラゴンの首を回収し、丁寧に地面に置くとルーデルは酷い状態となった同じ仲間と同期の知り合いを張り付けの状態から解放するのだった。


 同期であるサースの骸に、ルーデルは語りかける。


「間に合わなかった。すまない。……だが、お前たちの分まで俺が戦おう。お前たちの勇敢さは、必ず俺が伝える」


 砦から騎士や兵士たちが駆けつけると、ルーデルは周囲を見た。自分が殺した魔物や敵の兵士の骸が転がっているのだが、不思議なことに魔物たちは黒い煙になり消えていく。


 黒い煙は風の流れを無視して、どこかへと向かって行くのだった。


 空を見上げるルーデルの表情は厳しいが、そこに懐かしい声がした。


「兄さん!」


 振り返ると、そこには装備もろくにしていないクルストがいた。急いでいたのか、かなり息があがっていた。


「……よく耐えたな、クルスト」


 クルストは、何を言っていいのか分からない様子だった。だが、ルーデルを見て真剣な表情で言うのだ。


「兄さん、あいつらは帝国軍の一部だ。本隊はまだ先で周辺から物資をかき集めている。だから聞きたい。増援はどれくらいくるんだ」


 指揮官らしい顔をしているクルストを見て、ルーデルは少し嬉しくなる。だが、笑ってばかりもいられない。


「残念だが、俺は先行して送られてきただけだ。確かな増援の情報はない」


 クルストは、それを聞いて少し俯き。


「分かった。それと、ありがとう……助かったよ」


 ルーデルにお礼を言うのだった。


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