友達
最終章になります。
「だ、か、ら、なんで俺を呼ばなかったんだよ!」
アッシュブロンドの髪を後ろに流し、褐色肌の【ユニアス・ディアーデ】は酒が入っているのか普段よりも絡んでくる。
「私に絡むな! そもそも、あれはドラグーンへの依頼であって、お前はなんの関係もないだろうが!」
「古代兵器と戦って、ついでにガイアの機械化部隊だぞ! 俺も参加したかったんだよ!」
「知るか!」
サラサラした金色の髪を伸ばした【リューク・ハルバデス】は、学生時代からの友人とテーブルを囲んでいる。
友人二人が、急な任務から戻ってきたので集まって酒を飲むことになった。
そこまでは良かったのだ。
だが、リュークはユニアスと二人で丸いテーブルを囲んで酒を飲んでいる。
近くの席に視線を向けると、そこにはルーデルとアレイストが別のテーブルを女性陣と囲んでいた。
傍目から見れば綺麗な女性に囲まれている二人だったが、周囲は距離を取っている。店から出て行った客もいた。
それだけ、店内の雰囲気はピリピリしている。
「ユニアス、どうして連れていかなかったのか、あの二人に聞けばいいだろう」
リュークが酒を飲みながらそう言うと、ユニアスは酒のつまみに手を伸ばしながら拒否する。
「できるか!」
セレスティア王国から帰還した【ルーデル・アルセス】は、銀色の髪と青い瞳をした青年である。
今は周囲をドラグーンの猛者に囲まれながら、酒を飲んでいる。ルーデルの中では、ドラグーンに所属する女性陣はアイドルと言っていいだろう。
そんな女性たちに囲まれ、隣には黒髪をポニーテールにした【イズミ・シラサギ】という友人以上、恋人未満の相手がいるのだ。
リュークは、楽しそうなルーデルのテーブルを見つつ。
「一緒にいるのは【ベネット】隊長と【カトレア・ニアニス】【リリム】【エノーラ・キャンベル】……見事にドラグーンの精鋭揃いだな」
リュークは皮肉を込めてそう言うが、実力的にも彼女たちは精鋭である。
ドラグーンというクルトアの精鋭の中、更に精鋭を選んだような面子である。
ルーデル目当てに牽制し合うドラグーンの猛者たちを前に、本人は楽しそうに食事をしている。
イズミもその牽制を理解しているのか、口数は少ない。ルーデルのテーブルはみんな笑顔だが、どこかピリピリとした緊張感を生み出していた。
ルーデルはセレスティアで何が起こったのか、言える範囲で口にしているようだ。
ベネットだけは、部下の活躍に本当に無邪気に喜んでいた。
(それに比べて、アレイストのテーブルは……)
リュークはもう一方の可哀想な方のテーブルを見た。
アレイストが青い顔をしながら、セレスティアでネイトというハーレムメンバーの一人と本当に何もなかったのか問い詰められていた。
人数的にはルーデルのテーブル以上に美人が揃っており、数は倍以上だ。
酒場で酔っ払いも多いのだが、美人に囲まれているアレイストに絡む者はいない。むしろ、哀れみの視線が向けられている。
初期のハーレムメンバーである【セリ】が、その場を仕切っていた。
「それで、アレイスト様はセレスティアでネイトと何もなかった、と?」
青い顔をして酒も料理も喉を通らない【アレイスト・ハーディ】が、淡々と質問に答えている。
癖のある金髪、青と緑のオッドアイ――美形なのに、どこか残念なアレイスト。
「ないです。何もなかったです。ゆっくり眠れたので、あっちの方が良かったです。セレスティアに戻りたい」
最後の方では本音が漏れており、他の女性からも質問攻めに遭っている。
ユニアスが、料理を食べながらルーデルとアレイストのテーブルを交互に見ていた。
「酒を飲もうと集まれば、後からよくもゾロゾロと入ってきて囲みやがって。こういう時くらい男同士で馬鹿な話がしたいのに」
リュークもユニアスの意見に賛成である。
(くそっ! レナについて色々と相談したかったというのに! 空気を読めよ、お前ら!)
アレイストのハーレムメンバーや、ルーデルを囲んでいるドラグーンの猛者たちにへたに口出し出来ないリュークは酒を飲む。
アレイストのテーブルでは、どういう訳かミリアも同席していた。
「ねぇ、私は関係ないと思うの。あっちに行っていいかしら?」
ミリアがルーデルのテーブルを指さすと、それを聞いた姉であるエルフのリリムが手を振っていた。
普段から目を閉じているリリムは、笑顔で手を振っている。それを見たミリアは、少しだけ悔しそうにしていた。
店側がテーブルや椅子を特別に用意したこともあって、ルーデルのテーブルは人が多くこれ以上は無理そうだ。
ユニアスは、エルフの姉妹を見ながら。
「あの辺は複雑そうだよな」
リュークはそんな事を口にする友人に。
「あの辺も、だ。なんだこの人数……アレイストの奴、もうとっくに十人を超えているんだが? このまま行くと、数年後には二十人から三十人いても驚かないぞ」
アレイストの増えていくハーレムメンバーに、リュークは呆れている。
何よりもおかしいのが、当の本人はルーデルに気のあるミリアに恋しているところだ。本人は、ハーレムなど今は望んでいなかった。
学生時代。
当初こそハーレムに憧れ、女性に声をかけ空回りしていたのがアレイストだ。しかし、ハーレムに興味をなくしてからは、ミリアを追いかけている。なのに、その頃から女性がアレイストの周りに集まりだしたのである。
本人には迷惑以外の何ものでもない。
ユニアスは本音をこぼす。
「やっぱり、ハーレムとか見ている分には楽しんだよな。羨ましくもあるが、自分がアレイストと同じになれるとか言われても拒否するわ」
リュークも同じだった。
「まったくだ。俺も一人……いや、多くても二人だろうな、うん」
ルーデルの腹違いの妹に熱を上げているリュークは、立場もあってルーデルの妹である【レナ・アルセス】を正妻には出来ない。
なので、どうしても側にいて欲しい時は妾扱いになるのだ。
ユニアスは、リュークの気持ちを察したのか呆れながら。
「その一人はレナか? お前は本当に……まぁ、最初のガチガチ野郎だった時よりはマシか?」
「変な呼び方をするな!」
ユニアスにからかわれるリュークだが、そこでベネットの声が聞こえてきた。
「え、いや……だって、私の方が先に卒業したし」
困惑するベネットに、何かあったのかと二人は注目する。すると、ルーデルが笑顔で説明するのだ。
「何を言っているんですか、中隊長? 中隊長は俺たちと同じ年齢ですよ。ほら、狼族、って生まれた時は一歳ですよね?」
「え、うん」
「十二月生まれですよね?」
「いや、確かに周りの同年代より小さい、小さいと言われていたが……」
ベネットが不安そうにしていた。
「生まれてすぐ二歳になって、そこから俺たちで言うところの十五歳で学園に入学しましたよね? でも、それって実際は十三歳なんですよ。二年課程で卒業した十五歳ですから、カトレア小隊長より年下です」
ベネットは口をパクパクさせて、カトレアを見ていた。カトレアの方は面白くなさそうにしている。
「はいはい、私の方が年上ですよ。しかも小隊長で階級も低いです!」
酒を一気に飲み干すカトレアを見ながら、ベネットは言い訳を始める。
「だ、だって今まで誰も注意してくれなくて……」
ルーデルは、酒も入って気分がいいのか。
「関係ないですよ。だって、中隊長なんですから。直属の上司ではありませんが、上司ですから!」
ベネットは上に向いてピンと立っていた耳が、ペタンとしてそのまま顔を真っ赤にして俯いてしまう。両手で顔を押さえると、尻尾がプルプルと震えていた。
「……年下なのに、上から目線でごめんなさい。『ちゃん』付けで呼んでごめんなさい。これからは先輩、って呼びます。ごめんなさい」
そんな事を言い出すと、カトレアが逆に腹を立てる。
「中隊長にそんな呼び方をされたら、私が困るでしょうが!」
オレンジ色の髪をかき上げ、エノーラはルーデルに。
「隊長たちも大変ですよね。ルーデル、今度一緒に訓練しない? 当分は王都にいるんでしょう?」
甘えるような声でたずねてくるエノーラに、ルーデルは腕組みして天井を見る。
「たぶん可能だと思うが……」
すると、リリムがエノーラに。
「ちょっと、そこの隊員! あんた、どさくさに紛れて何を約束させようとしているのかしら?」
すると、余裕の表情でエノーラが言うのだ。
「すみません。だって、隊長たちは忙しそうですし、こういうのは同期の特権ですよね。ほら、私はルーデルと同期なので」
リリムが持っているコップが割れるのではないか、という程に握りしめている。それを見ながらルーデルは。
「イズミ、訓練に参加しても大丈夫だろうか?」
今まで静観していたイズミが、こちらに振るなという表情でルーデルを見ていた。
エノーラが。
「ルーデル、なんでイズミさんに確認を取るのかしら? ほら、ここは二人で……」
ルーデルは笑顔で。
「いや、オルダート団長に『お前はもう一人で行動するな』と言われたからな。凄くゲッソリしていたから、流石にいきなり破るわけにも……」
どうやら、セレスティアでの問題によって団長は上から絞られたようだ。
特別監視官という肩書きを持つイズミに、ルーデルは確認を取っている。
イズミはドラグーンの猛者たちに囲まれつつ、答えるのだった。
「いや、ドラグーン同士で行動するなら大丈夫だと……」
カトレアやリリムの威圧に耐えながら、イズミは事実だけを述べる。エノーラはイズミの言葉を聞いて、小さくガッツポーズをしていた。
そんな様子を見たリュークは、ボソリと。
「アレイストのテーブルより楽しそうだな」
率直な感想を漏らすのだった。
ユニアスも同意しつつ。
「アレイストよりは、だけどな」
◇
ルーデルたちが酒場を抜け出し、裏路地に逃げ込んで屋台で酒を飲み始めたのは女性陣と飲み始めてから数時間後の事だった。
示し合わせたように、料金だけは払い酒場の裏口から四人で抜け出したのだ。
悪いとは思うルーデルたちだったが、元から男同士で飲むつもりだった。
上着を脱ぎ、シャツは胸元を開けたルーデルたちが乾杯をする。
「あれだな。やっぱり気が抜ける男同士が楽でいいな」
ルーデルの一言に、リュークが驚きつつ言うのだ。
「なんだ、お前もあの空気を察していたのか? まぁ、確かにあんな雰囲気で飲めと言われても……」
「いや、ほら……憧れの女性に囲まれているのもいいが、気を使って」
気を使った、というルーデルに、凄い笑顔だったアレイストが酒の注がれたグラスをテーブルに強めに叩き付けた。
「嘘だよね! あんなに楽しそうだったじゃないか! 僕なんか胃がキリキリして、それで血の気が引いて本当に大変だったんだよ!」
泣き出しそうなアレイストを見て、ユニアスは大笑いする。
「自業自得だろうが。卒業してからも順調に増え続けているじゃないか。で、未だにミリアが本命なのか?」
酒ではなく、ユニアスが振った話題にアレイストは顔を赤くする。分かりやすいアレイストをからかうユニアスは、料理に手を出す。
凝った料理などはないが、それでも先程の酒場よりも雰囲気が良いので自然と美味しく感じていた。
「お、これ美味いな」
そう言うと、リュークも手を伸ばした。
「私も貰おう。それよりも、だ。ルーデル、お前の妹……レナではなく、エルセリカの方だが、前に私のところに訪ねてきた」
酒を飲みつつ、ルーデルは意外そうな表情をする。ルーデルはエルセリカと兄妹だが、仲が良いとは言えなかった。
腹違いの妹であるレナと違い、【エルセリカ・アルセス】とはあまり話しもしたことがない。
「珍しい、のか? レナから色々と聞いているが、ふさぎ込んでいないようで安心した」
そう言って酒を飲むルーデルに、リュークは。
「私としてはレナとのお茶のついで、だったがな。派閥に関して色々と聞かれたが、何をするつもりだ?」
心配しているのか、リュークは真剣な表情をしている。
ルーデルは、エルセリカが何をするつもりか知らなかった。
「さて、俺の方は何も聞いていないけどな」
リュークは「そうか」などと言うと、グラスをテーブルにおいてルーデルを見る。
「最近は王宮内で不穏な動きがある。特にアイリーン王女殿下……学園にいた頃もそうだが、何かするつもりだぞ」
【アイリーン・クルトア】は、ルーデルたちと因縁がある。もっとも、それはアイリーンのお気に入りである【フリッツ】という青年を通して、というものでもあった。
平民出身のフリッツは、アルセス家が統治する領地出身の騎士である。
アイリーンの働きによって、近衛隊を指揮する隊長でもあった。
ルーデルに憎しみにも近い感情を抱いており、学園時代から対立することも多かった。ただ、ルーデル自身がそれをあまり気にしていない。
「王女殿下、か。そう言えば、フィナも卒業だったな」
第二王女殿下である【フィナ・クルトア】も、学園を卒業する時期に来ていた。ルーデルとしては、こちらとは関係が深い。男女の仲ではなく、ドラゴンの撫で方を共に追求する師弟関係である。
フィナの話を聞き、アレイストも参加してくる。
「卒業……ねぇ、僕はどうしたら良いと思う? なんか、部隊に新人が入ってくる予定なんだけど、全員が女性なんだよ」
会話に割り込んできたアレイストに、ユニアスは首を横に振ってヤレヤレといった感じを出していた。
「男だけ、よりは華やかでいいかと思ったが、アレを見た後だと羨ましくないな」
リュークの方は笑いながら。
「私も同感だ」
ルーデルはアレイストを見ながら。
「親衛隊も大変だな。というか、女性騎士の比率がアレイストのところだけおかしくないか? 有能なのだろうが、男がアレイストだけだろ」
端から見れば女性に囲まれた華やかな職場。
それが、親衛隊というアレイストが所属する騎士隊だった。その中で、アレイストは部隊を指揮する立場にいる。
もっとも、やっているのは王宮内の掃除だ。
「もう嫌なんだ! 毎日のようにギスギスするし、なんか話は変な方向に進むし! 僕の意見なんか誰も聞かないのに、僕に意見を求めてくるとかどういう事! 誰が一番とか言ったら更にギスギスするような質問なんかしてくるなよ! ミリアが一番に決まっているじゃないか!」
酒が入って気分が良くなったのか、アレイストはテンションが上がってきた。
ユニアスが、アレイストのグラスに酒を注いでニヤニヤしている。
「ほう、黒騎士殿も大変だな。その様子だと新人も女性騎士か? 端から見れば羨ましい限りだぞ」
アレイストは、注がれた酒を一気に飲み干す。
飲んだ後に深く呼吸をして、普段貯め込んでいる鬱憤を晴らすのだった。
「羨ましい? なら代わってよ! 絶対にこの人事は僕に恨みを持つ連中の差し金だよ! なんだよ、僕が何をしたっていうんだよ」
ルーデルは酒を飲みながら。
「最初は女子に飢えていたような……」
すると、リュークも指を鳴らして頷いた。
「そう言えば、後になって逃げ回るイメージが強すぎたが、アレイストは色々と酷かったな。今は付き合いやすいが、最初はお前と酒を飲むとか考えられなかったぞ。あ、そう言えば、アレイストは自分の事を『俺』とか最初は言っていたな」
頷いて懐かしむリュークに、ユニアスは呆れた表情で料理に手を伸ばす。
「お前の方が変わったからな。なんだよ。貴族の義務云々とか良いながら、ルーデルの妹に熱を上げやがって。お前、勘違いして学生時代に俺に決闘挑んだことを忘れているんじゃないか?」
リュークも学生時代は真面目で、いや……真面目すぎて周囲の人間を遠ざけるような雰囲気を出していた。
ユニアスとは犬猿の仲であり、取り巻きを引き連れ互いにいがみ合っていたのだ。元から二人の実家は派閥争いでそのトップに担ぎ上げられており、争うだけの理由も歴史もある。
だが、二人はこうして今では屋台で酒を飲み合っている。
アレイストは、学園に入学した当時を思い出したのかまた酒を自分のグラスに注いで一気に飲み干すとルーデルを見る。
「そうは言うけど、一番変わっているのはルーデルだと思うけどね。大体、最初に出会ったときからおかしいとは思っていたんだ」
ルーデルは首をかしげる。
リュークもユニアスも、首を横に振って屋台の主人に水を貰うのだった。アレイストに水を飲むように言いつつ、呆れていた。
ユニアスが。
「一番変わってないのがルーデルだろうが。朝から晩までドラゴン、ドラゴン。卒業してもドラゴンばかり。本当に羨ましい奴だよ」
ルーデルは少し照れながら。
「そうかな?」
酒をチビチビと飲むリュークが、ルーデルに注意をする。
「ユニアスは褒めてないぞ。だが、ルーデルが変わっていないのは同意だな。出会ってからここまで変わらないのは逆に凄くないか? というか、本当にドラグーンになるとか言いだしているルーデルの話を聞いたときは、今だから言えるが馬鹿だと思っていたな」
ユニアスも同意しながら酒を飲む。
「あ、俺もだ。面白いとは思ったが、絶対に無理だとも思ったな」
アレイストも頷いていた。
「あ~、あの時はそうだったよね。誰も成功するとか思ってなかったよ。僕も驚いたなぁ」
ルーデルは酒を飲んで少し酔いが回ったのか、顔が少し赤くなっていた。
「酷くないか? いや、だがドラグーンになれる確率など相当低いからな。灰色ドラゴンへの面会権すら書類審査や色々と……」
考え込み始めるルーデルを見て、ユニアスがバンバンと背中を叩いた。ルーデルが痛い、などと言いながらユニアスを見ている。
「もうドラグーンになれたんだから気にするなよ。それにしても、色々と楽しかったな。試合で斬り合って、殴り合って……」
「あぁ、沢山殴り合った記憶があるな」
リュークは、懐かしみながらうなずき合うユニアスとルーデルを見て、理解出来ないといった表情をしていた。
「この脳筋共め」
呆れているリュークを、ジト目で見るのがアレイストだった。
「いや、リュークも同じだよね? 決闘騒ぎでユニアスに頭突きしたんだよね? 言っておくけど、拳が魔法に変わっただけで、あんまり変わらないからね。僕から見たら、三人とも同類だから。ただの戦闘狂だから!」
ユニアスが椅子から立ち上がってアレイストを指さす。
「ふざけんな! お前もルーデルと殴り合っただろうが! しかも、紙一重で勝てないままで、勝てたのは最初だけじゃねーか!」
アレイストは、ルーデルと試合で戦って一度だけ勝利をしていた。
学園に入学してから初めての試合で、ルーデルはアレイストに負けている。
思い出したのか、ルーデルは嬉しそうにしていた。
「あの後は二勝一引き分けだったな。いや~、二勝の方もギリギリで、毎回保健室に担ぎ込まれたな」
アレイストがドン引きしながら。
「なんで嬉しそうなの? 毎回入院するから、ベッドが指定席になったのはルーデルくらいだよ」
ユニアスが思い出したように大声で。
「そう言えばさ、陛下が来たよな! あの時、怪我をした俺たちが頭を下げようとして慌てていただろ! あれを思い出すと、未だに公の場でも噴き出しそうにならないか?」
アレイストが叫ぶ。
「それ不敬罪だから! 本当にしないでよ! というか、僕の知らない過去話が……」
リュークはグラスを置いて真顔で。
「実は私は俯きながら何度か……」
アレイストは頭を抱えながら。
「なんでだよ! 一番まともそうなのに、なんでだよ!」
ルーデルはアレイストに。
「気にするな。俺は何度も注意され、そして呆れられたがまだ大丈夫だ!」
泣き出しそうなアレイストが。
「全然大丈夫じゃないよ! なんで学園を卒業しても問題児なの! ねぇ、もう少し大人になろうよ!」
アレイストを見た三人が大笑いする。
すると、アレイストも笑い始めた。
酒を飲みながら、学生時代の話をして盛り上げる四人はそのまま夜通し飲み明かすのだった。
◇
王宮の一室では、第一王女であるアイリーンが一枚の書類を手に取っていた。
薄暗い部屋の中で中身を確認すると、そのまま火を付けて書類を燃やすと暖炉へと投げた。
すぐに燃えてしまった書類には、アイリーンが進めていた計画が実行段階にある事が書かれていたのだ。
差出人は敵国であるガイア帝国である。
部屋の中で待機している騎士たちは、緊張した面持ちでアイリーンを見つめていた。
そして、暖炉から振り返ったアイリーンは、騎士たちに笑顔を向けるのだった。
「フリッツ様を呼んで貰えるかしら? これから忙しくなるし、私も準備をしないといけないわ」
アイリーンの命令を受け、騎士の一人が部屋から出て行く。
第一王女で心優しく、そして美しいお姫様。
王族でありながら貴族たちに反感を持ち、自分のお気に入りである平民出身の騎士である【フリッツ】を近衛隊の隊長にしていた。
そして、ルーデルの悔しがる顔が見たいからと、灰色ドラゴンまでフリッツに与えている。
クルトア王国において、ドラゴンは貴重な戦力である。それを駆る騎士たちは精鋭でなければならい。
自らドラゴンを得るために、野生のドラゴンを求める騎士もいる。そういった者たちですら、王国の許可なくドラゴンが住む土地に入ることは許されなかった。
そうした手順を踏まずに、国が管理する灰色ドラゴン――クルトア王国で生まれ、育った野生のドラゴンよりも小さいドラゴン――を、アイリーンはフリッツに与えている。
若くして近衛隊長、そしてドラゴンを手に入れた青年フリッツには、アイリーンが特別な待遇をしている事もあって不満が募っていた。
才能がない、などとは言わない。
フリッツという青年は、確かに才能があって実力もあった。だが、周囲から見れば、それでは足りなかったのだ。
同世代には、白騎士となったルーデルを筆頭とする、黒騎士アレイスト、ユニアス、リュークといった実力も名声も図抜けた四人組がいる。
学園卒業も一緒なら、騎士として働き始めたのも一緒だった。
地位で言えば、フリッツは彼らよりも上にいる。
だが、フリッツは貴族ではなかった。
爵位を持つ事になるルーデルたちには、その点でも大きく見劣りしているとアイリーンは考えていたのだ。
部屋の中で、一人の騎士がアイリーンにたずねる。
「姫様、これより我々は……」
笑顔でアイリーンは頷いた。
「えぇ、戦争になるでしょうね。でも、大丈夫よ。何しろ、一部の土地と引き替えに帝国は退くのが決まっているから。それに、戦場は一つではない。ガイア帝国は豊かな土地が手に入れば、それで満足してくれるわ」
肥沃な土地を持つクルトアとは違い、ガイア帝国は非常に厳しい土地であった。そのため、何度もクルトアの肥沃な大地をもとめ戦いを挑んできている。
アイリーンは平和を愛している。
だが――。
「一部の土地で相手が退いてくれる上に、今後は友好関係も結べる。これは最後の戦いになるのですよ」
――惜しむのは、彼女に才能がないことだろう。妹であるフィナには、この手の才能があり、現実も知っている。
だが、アイリーンは違う。
王宮の中で大事に育てられ、そして現実を知らないままに成長してしまった。世界は優しいのだと本気で信じ、相手が約束を必ず守ると疑わなかった。
「これでフリッツ様もきっと爵位を得られる。そして、クルトアにはよりよい未来がおとずれるわ」
幸せそうなアイリーンに、騎士たちは不安を抱いた。だが、止めようとはしない。何故なら、クルトアは一度としてガイア帝国に負けたことなどないからだ。
ドラグーンは戦場で負けたことがない。
ドラゴンという強力な存在が、今まで何度もクルトアを守ってきたからだ。騎士たちにしてみれば、今回も負けることはないと思っていたのだろう。
◇
ガイア帝国。
金色の髪を後ろに流し、肩にかかるまで伸ばした青年がいた。
背は高く、鍛え上げられた体を持っていた。そして、手には一枚の書類が握られている。
【アスクウェル・ガイア】――。
帝国の皇子にして、戦えば必ず勝利してきた帝国の“勇者”である。
その様子を【ミース・リコリス】は、緊張した様子で見ていた。金色の長い髪は、毛先がカールしている。
小柄で、軍人としては役に立たない彼女だが、研究者としてアスクウェルに協力して来た。そして、その成果がやっと日の目を見ることになったのだ。
隣では、青白いやせ細った老人【レオール】が、ブツブツと小声で何かを呟いている。自分の魔法を認めない連中への憎悪かと思えば、魔法に関する新しい発見を思いついたのか「キヒキヒ」と笑い始める。
端から見れば危険極まりない男だが、これでもガイア帝国では優秀な魔法使いである。いや、優秀過ぎた、というべきだろう。
過去形こそが、彼には相応しい。家名など捨て、ただの【大魔法使い】と名乗るレオールは、変人だがアスクウェルが認めた男でもあった。
ミースの反対側では、一兵卒から成り上がった将軍の一人が立っている。
【バン・ロシュアス】は、帝国で数多くの戦場に立って大斧を振り回して数多くの敵を屠ってきた。
人だろうが魔物だろうが、彼の前に立てば両断されてきた。
筋骨隆々の体を鎧で覆い、口元には整えられた髭がトレードマークの将軍の一人が、アスクウェルに従っている。
バンが、アスクウェルに言うのだ。
「クルトアの卑怯者たちが動いたか? 本当にノンビリしているな」
キヒキヒと笑い声を出しながら、レオールはクルトアを馬鹿にする。
「約定などあってないようなものなのに、それを信じている愚か者たちです。それとも、こちらが攻め入ったところをドラゴンで攻撃して潰す気ですかね? それも面白い。私の魔法がドラゴンを焼き殺すだけですよ。キヒヒ!」
ミースは冷や汗を流す。
皇子の一人であるアスクウェルに付き従う者にしては、どうにも相応しくない手合いだったからだ。ただ、優秀である事は間違いない。
アスクウェルが、書類に目を向けながらミースに。
「準備はできているか、ミース」
「は、はい! いつでも動かせます。既に食事の制限をはじめ、凶暴性が増しており逆にこれ以上の待機は危険です」
ミースが準備してきたもの。
それは黒き魔物の軍団である。オーガをはじめ、ワイヴァーンで既にドラグーン対策も開始していた。
生み出されたワイヴァーンは、騎士たちを載せて訓練も開始している。
今まで空から一方的に攻められ、負け続けてきただけに帝国も攻め込むとなると慎重にならざるを得なかったのだ。
そしてアスクウェルが――。
「兄上がワイヴァーン部隊を借りたいと言ってきた。父上も、その条件を呑むのなら、二正面作戦を認めると言われている。ここまで来て断る気もないが、どれだけの数を回せる?」
あまり興味なさげにミースにたずねるアスクウェルだが、これには事情がある。
何しろ――。
「ワイヴァーン部隊ですか? ドラグーンを押さえるとなると……三百は必要かも知れません。そうなると、我々が引き連れるのは二百程度になります」
アスクウェルは笑う。
「十分だ! ゴーラの用意もできている。ワイヴァーンなどいくらでも与えてやれ。しかし、兄上も肝が小さいな。ゴーラを貸すと言うと拒否してきた」
大笑いをするアスクウェルだが、帝国の人間にとってゴーラという魔物は恐怖でしかない。
並の軍隊では勝てず、そして巨体に加えて不気味な姿。手は四本もあり、強化してしまったら翼まで生えてしまった。
操る術を持ったとしても、近くにいるだけで恐怖しかない。
立ち上がったアスクウェルが、書類を握りつぶすと真面目な表情になる。
「……これよりクルトアを取りに行く。蹂躙し、帝国は豊かな土地を得る。どこの馬鹿かは知らないが、こちらを罠にはめるつもりなら引きちぎり、そして後悔させてやる」
ミースは息を呑み、両隣の二人は笑っていた。
アスクウェルが本気だと思いながらも、どこかでミースはかつて話してくれた研究者のようなアスクウェルに戻って欲しいと思っていた。
優しく。
そして帝国の民の事を考え、なんとか土地を豊かにする、あるいは食糧を確保する事を考えていた若き日のアスクウェル。
だが、研究は失敗し続け、そして戦場に出れば彼は研究とは反対に勝利し続け帝国の勇者と呼ばれるようになった。
本人は、帝国のためになるならば、軍人だろうが勇者だろうがやり遂げるつもりなのだ。そして、そんなアスクウェルが出した結論が――。
「これより、クルトアに攻め込む! 支度をせよ!」
――クルトアの民から豊かな土地を奪い、帝国の民を救うという結論だったのだ。




