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国か民か

 クルトア王国の王宮では、活発な動きを見せるガイア帝国の対応に追われていた。


 セレスティアの一件や、勲章の授与で慌ただしい中で、急に動きを見せた敵国に対応するための会議が開かれている。


 王であるアルバーハは、並んだ大臣たちを見て怒鳴りつける。


「どういう事か! 今までそのような報告が上がってこない理由はなんだ!」


 すると、大臣の一人がヘラヘラと笑いながら言う。


「まぁ、陛下もその辺で。今回もドラグーンに頑張って貰いましょう。責任者は後で処分をするとして、後任を決めなければ。それに、式典の予定も――」


 アルバーハは机に拳を振り下ろした。


「馬鹿を言うな! 敵を侮るとは何事か! ガイアが、我らにどれだけの血を流されてきたと思っている。敵が同じ事を繰り返すと、何故言い切れる! 情報はどうした! 国境にはいくつも砦が配置してあるだろうが!」


 上がってこない報告のために、国はまともな対応が出来ていなかった。悪意を感じるアルバーハは、大臣たちを睨み付ける。


 しかし、クルトアはこれまで負けることなどなかった。


 何故なら、最強のドラグーンがいたから。彼らがいれば、被害が出ても負けることはないと、大臣たちも思い込んでいた。同時に、クルトアは豊かであり、危機感が薄かったのだ。


「何をしている! すぐに調査を……ッ!」


 胸を押えるアルバーハは、額から汗を流す。胸の痛みに加え、声が出なかった。息をするのも精一杯で、目眩がして立っていられない。


「へ、陛下!」


 近くにいた者たちがアルバーハに近付き、そして会議は中断された。


 アルバーハは。


(中断などするな。誰かが代わりに指揮を……誰か!)


 意識が遠のく前に、アルバーハは部屋の隅で何か黒く蠢く物が動いたのを感じた。だが、ソレを確認する手段は、アルバーハにはなかった。


 声を封じられ、そして胸の痛みで動けない。


 王が何もできないまま、クルトアは戦争状態に突入しようとしていた。


◇


 【フィナ・クルトア】。


 彼女は卒業式を控えていた。


 選択制の授業は、全て単位を取得しており卒業に問題がない。


 クルトアの第二王女として、優秀な成績を収めているフィナだが――目の下に隈を作り、コーヒーを飲んで眩しい朝日を見ていた。


「……また夜が明けてしまったわ」


 同じように目の下に隈を作っているのは、紫色の髪がボサボサになった眼鏡をかけた女性【ソフィーナ】だった。


 フィナ専属の護衛であり、今では落ちぶれている上級騎士の隊長の一人でもあった。


 学生寮であるにも関わらず、フィナの部屋は豪勢で広かった。そんな部屋は、床に書類が散らばり白猫族という亜人の少女【ミィー】が倒れていた。


「夜が明けてしまった、ではありませんよ! 姫様は、学生時代がこんな種類に埋もれて終わろうとしているのに、それで良いんですか!」


 生まれた時から表情というものが変化しないフィナは、無表情で拳を作って親指を突き立てた。


「後悔なんかしないわ。ミィーという友達も出来たし、モフモフした多くの仲間をえて、師匠にも会えた……私、幸せすぎておかしくなりそう」


 無表情だが、喜んでいるのは確かなようだ。ソフィーナは、自分の主がそんな事で喜びを感じて良いのかと嘆く。


「学生時代はもっと良い思い出を作りましょうよ! 部屋の中で書類仕事に追われる学生生活とか、姫様だけですよ!」


 目の下に隈を作り、手はインク汚れで酷いことになっていた。だが、フィナは無表情だがどこか悟っているような雰囲気で。


「一生の友と、師にも出会えて、これ以上何を望めと? 私は、後は精々国を裏から牛耳る程度で我慢するわ。そう、いつか亜人たちの地位向上のために、私はクルトアを裏から操ってみせる!」


「あんたやっぱり最低よ!」


 泣き出したソフィーナの声に、部下たちが部屋に入ってくる。上級騎士であるソフィーナの部下なのだが、問題はソフィーナの部下たちはこの程度のやり取りで部屋に侵入などしないという事だった。


「どうしたの?」


 部下たちの顔が真剣そのものであり、ソフィーナも表情を真剣なものにすると確認を取った。


 部下の一人が言う。


「隊長、アイリーン様の使いの者が着ております。フィナ様には、すぐに王宮へ戻るようにと連絡が」


 それを聞いたソフィーナは、振り返ってフィナを見た。


 コーヒーを飲み干し、溜息を吐いたフィナは倒れているミィーを見た。


「……ミィーは寝かせておきましょう。支度をするので待って貰えるように言って貰えるかしら」


 だが、部屋の中に女性の騎士たちがズカズカと入ってきた。フィナに対してこの対応は無礼であり、そして相手は更に――。


「第二王女殿下、アイリーン様が王宮でお待ちです。支度はしなくても結構。すぐに馬車へ移動してください」


 フィナは椅子から立ち上がると、持っていたカップを机の上に置く。


「友人をこのままには出来ないわ。私のベッドに寝かせるから、それくらいの時間は頂戴」


 すると、入り込んできた騎士たちの中から声がする。


「亜人を友人だと? 学園などに通わせるからこうなる」


 その言葉を聞いたが、フィナは堂々としていた。入り込んだ騎士たちの隊長は、しばらく考えて頷くとミィーをベッドに寝かせるのを認める。


 フィナが指示を出し、ソフィーナがミィーをベッドに寝かせた。


 そして――。


「では、上級騎士の方々も武装を解除して頂こうか」


 さらなる要求に、ソフィーナは眼光を鋭くした。


「どういう事だ。これではまるで――」


 ――まるで連行されているようではないか、そう言おうとしたソフィーナをフィナは制した。


 入り込んだ騎士たちの隊長の前まで歩くと、言う。


「近衛隊の騎士ね。いいわ、私を連れて行きなさい。事情は説明してくれるのかしら?」


 騎士は言う。


「王宮でアイリーン様から直々に」


 つまり、移動中に説明はしないと言うことだ。


(あ~あ、ついに動いちゃったか。予定よりも少し早かったな。準備はまだ終わってないのに)


 フィナは間に合わなかったと思いながら、ソフィーナたちに武装を解除させて部屋を出て行く。


 すると、誰もいなくなった部屋でミィーが青い顔をして起き上がるのだった。


◇


 一方。


 王宮では騎士たちを率いたクルトアの第一王女である【アイリーン】が、王や王妃を前に余裕の笑みを向けていた。


 王は胸を押さえており、ベッドから起き上がろうとしているが力が入らないのか起き上がれずにいた。


 医者が王である【アルバーハ】を必死な形相で取り押さえ、王妃は普段持っている扇を娘に向かって投げつける。


 その扇を斬り落としたのは、近衛隊の隊長である【フリッツ】であった。


 茶色の髪に、近衛隊の制服を着て少し青い表情をしていた。


 王妃が叫ぶ。


「アイリーン! 貴方、何をしているのか分かっているの!」


 普段は憎まれ口を叩き、澄ましている王妃が激高していた。王は動けずに、呼吸が乱れて倒れ込んでいた。


 アイリーンは口を開く。


「えぇ、この一大事に父上が動けないとあれば、誰かが変りをしなくてはいけませんから。ガイア帝国が動いたのですから、こちらも対応が必要でしょうし」


 王妃の表情は娘に向けるものではなく、そして隣に立つフリッツに向けられた。


「一国の王女が男一人にたらし込まれたか……前から気に入らなかったが、まさかここまでするとは」


 フリッツを気に入らないと言った王妃に、アイリーンは激怒する。


「それはどういう意味ですか! フリッツ様は、私の立派な騎士! それを侮辱するのであれば、母上とて容赦はしません!」


 騎士たちが武器を構えると、王の周りにいた騎士たちも武器を手に取った。近衛隊の騎士たちが多く、数にものを言わせて取り囲んでいたのだ。


 アイリーンは、そのまま淡々と。


「ここで見ていることです。クルトアが新しく生まれ変わる日を……。身分に関係なく、誰もが平等で暮らせる世界を実現して見せますよ」


 その言葉に、王妃は。


「それをお前たちが叶えられるとは思わないがな。覚えておくといい、こんな事をしても、誰もお前たちを認めない! アルバーハの病も、きっとお前たちが仕組んだとさえ思われる!」


 アルバーハが奇病で倒れ、王宮の医師すら治療出来ない状況。


 アイリーンは実力行使に出たのだ。アルバーハに実子は二人おり、一人はアイリーンで、もう一人はフィナだった。


 母である王妃を押え、そしてフィナも拘束する準備をしている。


「……母上、全てが終わったら解放します。フィナも同様です。あの子は私の妹。これからは、もっと自由に生きて貰わないと」


 それを聞いて、王妃は笑った。


「アハ、アハハハ! アイリーン、お前は勘違いをしている」


 王妃の言葉に、騎士たちがアイリーンを見た。手で制したアイリーンは、母である王妃と話をする。


「私が勘違いを? どういう意味ですか、母上」


「簡単な事だよ。お前はフィナを勘違いしている。あの子はちゃんと理解していた。随分と隠れて動いていたようだが。お前とアレイストの結婚話……進めていたのは誰だが知っているか?」


 アイリーンの顔を見たフリッツは、王妃の顔と交互に見る。


「あの子が、そんな事をしたというのですか」


 王妃は、アイリーンに言うのだ。


「次はないだろうが覚えておきなさい。兄弟や姉妹が争うのは、王族だけではなく貴族ならいくらでもある話。お前が可愛いと思っているフィナは、猛獣かも知れないぞ」


 アイリーンは、無表情でフリッツたちを連れて部屋を出た。


 監視である騎士たちを残して。


(あの子が……そんな事は!)


 裏切られたと思いながら、アイリーンは王宮の廊下を歩く。騎士たちを引き連れ、次々に命令を出すのだった。


「すぐに主だった者たちを集めなさい。勲章の授与で白騎士や黒騎士もいるはずです。二人には重要な役目がありますからね。必ず呼び出しなさい」


 騎士たちがアイリーンの命令で動くのを、フリッツは見ていた。近衛隊の隊長であるフリッツだが、部下たちはアイリーンの命令で動いている。


「アイリーン、いったいどうなっているんだ? ガイア帝国が攻め込んで来たのに、王宮内でこんな――」


 ほとんど、反乱に近い騒ぎを起こしていた。いや、反乱だろう。


 アイリーンは、フリッツに微笑む。


「大丈夫ですよ、フリッツ様。必ずフリッツ様の夢を叶えてあげますからね」


 フリッツは、ここに来てアイリーンの笑みが恐ろしく感じるのだった。だが、ここまで関わってしまったフリッツに、逃げるという選択肢はなかった。


◇


 勲章授与のため王都に来ていたルーデルは、ドラグーンの施設に来ていた。


 久しぶりに訪れた場所なのだが、そこで待っていたのは戦闘準備の整った騎士団長である【オルダート・ブルムス】や副団長の【アレハンド・キャンベル】であった。


 他にもドラグーンたちが戦闘準備を整えており、ルーデルたちを待ち構えていたのである。


 ルーデルは、そんな中で同期である【ルクスハイト・エギュー】が、戦闘態勢の整った竜騎兵団の後ろで謝罪を示すジェスチャーをしているのを見ていた。


 一緒に来ていたベネットも、この状況に困惑している。


 元々、ルーデルはエノーラと訓練をするために施設を訪れていたのである。だが、来てみれば竜騎兵団が戦闘準備を整えて待ち構えていた。


 困惑もする。


 ルーデルは、団長に訳が分からないと思いながらたずねる。


「団長、これはどういう事でしょうか? 俺はいったい何をすればいいんです?」


 ナイスミドルを自称するオルダートは、攻撃的な笑みを浮かべながらルーデルに言う。


「いや、な……竜騎兵団のアイドルに手を出した馬鹿野郎に制裁を行なう訳だ。ちょっと強くなったから、っていい気になった新人をぶちのめすだけだから。これ、私怨とかじゃないか」


 副団長の顔に傷のあるアレハンドは。


「……美人を引き連れ、娘にまで手を出そうとする奴を放っておけるか。ここでハッキリとしてもらうぞ!」


 何やら勘違いをしていると思いながら、ルーデルは一人冷静なルクスハイトに視線を向けた。


「ごめんね」


 謝罪してくるルクスハイトだが、とても楽しそうにしている。


 ルーデルとの訓練を楽しみにしてきたエノーラは、邪魔をする他の団員を見てイライラしていた。


「ちょっと、これは流石に酷くない? この数をルーデルが相手にする必要とかあるの? 私たち、これから忙しいんだけど」


 冷静さを装うベネットは、少し怖いのか尻尾を丸めながら注意をしている。


「そ、そうです。それに、ドラゴンを使用して私闘など禁じられています。団長、流石にコレは駄目ですよ」


 美人に囲まれたルーデル。


 そして、擁護して貰えるルーデル。


 竜騎兵団の意志が一つになる。


 オルダートが。


「ふざけんな! ベネットちゃん、目を覚ますんだ! そいつは狼だ!」


 それを聞いたベネットは、とがった耳をペタンとさせる。何しろ、ベネットは亜人種で、狼族だ。悲しそうに……。


「……私、狼族なんですけど」


 そう言うと、オルダートが言い訳を始める。「男はみんな、下半身が狼だから」などと言いながら汗をかいていた。


 アレハンドの方は。


「お前ももう少し男を見る目を養え! ルーデルだぞ。あのルーデルなんだぞ!」


 あの、呼ばわりをされたルーデルは、微妙な表情で黙っていたイズミに視線を向けた。関わらないようにしていたイズミは、視線を向けられて嫌そうにしている。


「なぁ、俺はそんなに酷いか?」


 イズミは。


「違う意味ではかなり酷い。いや、普通に良い奴だと思うよ」


「そ、そうか!」


 イズミに褒められて嬉しそうなルーデルを見て、エノーラが不機嫌になるとオルダートが大声を出す。


「細かい事はどうでもいいんだよ! 俺たちがここにいて、ルーデルがここにいる! なら、やることは一つだろうが!」


「地獄見せてやるよ!」

「今日がお前の命日じゃ!」

「やってやらぁぁぁ!!」


 竜騎士たちの叫びに応え、ドラゴンたちも咆吼すると空から舞い降りた。自分のドラゴンに跨がり、ドラグーンたちが空へと舞い上がる。


 オルダートが、ルーデルに。


「ルーデル、相手をしてやる。上がってこい」


 そう言うと、そのまま空へと舞い上がりドラグーンたちは上空で円を描くように旋回を始めた。


 ルーデルは、ソレを見て目を輝かせる。


 エノーラは。


「流石にあの数はないわね。二十騎を超えているわ。ルーデル、今日は帰りましょう」


 ベネットも心配していた。


「流石に私闘だからな。拒否しても問題ないぞ」


 自分の部下であるルーデルを心配しているようだ。


 イズミは、そんな心配をする二人を見ながら諦めた表情で言う。


「こうなるともう無理です。ルーデル、怪我をしないようにするんだ。勲章を授与する前に、入院してはまずいから」


 ルーデルは笑顔で。


「あぁ、任せてくれ……ただ、相手が本気なのに、俺が本気を出さないのは失礼に当たらないか?」


 そう言って、ルーデルは笑みを浮かべると口笛を吹いた。


 施設近くにある大きな穴から、白いドラゴンであるサクヤが姿を見せると咆吼する。上空に舞い上がったドラゴンたちは、弱々しくそれに応えるように咆吼した。


 サクヤは、ルーデルの前に着地をすると背中を向ける。


 笑みを浮かべたルーデルは、一瞬でサクヤの背に乗った。サクヤと共に上空へと舞い上がると、ベネットが呆れつつ。


「流石にあの数では不利だろう。私も手を貸すよ。ヘリーネ」


 ベネットがドラゴンを呼ぶと、青く美しいドラゴンが地上に舞い降りる。口には、どこからか調達したのか肉の塊をくわえていた。


 食事中だったようだ。


 骨のついた肉を噛み砕き、呑み込むとベネットに背中を向ける。


 エノーラも。


「わ、私だって……ファルク、来なさい!」


 声に応じて現われたのは、ウインドドラゴンの【ファルク】だった。大きな翼を広げ、咆吼するとエノーラを自分の背に乗せて空へと舞い上がっていく。


 それを見たイズミは、溜息を吐きつつ。


「はぁ、逃げるか」


 そう言ってその場から逃げるのだった。


◇


 空の上では、ドラグーンたちが白いドラゴンに群がっていた。


「くそっ! こいつ落ちねーよ!」

「硬すぎるだろうが!」

「おい、誰か周りの二騎を足止めしろ!」


 空中戦に難のあるガイアドラゴンの亜種であるサクヤは、白く大きな体から生えた四枚の翼を羽ばたかせている。


 ドラグーンの主流である灰色のドラゴンたちの、二倍を超える大きさで他とは迫力が違った。


 そんなサクヤには、ベネットとエノーラのドラゴンが護衛についている。


 地上戦では活躍するベネットだが、空中戦では並のドラグーン以下の実力しか持っていない。ただ、ウォータードラゴンという野生のドラゴンを従えていた。


 エノーラのウインドドラゴンは、空中戦ではスピードを活かして優位に立てる。


 そんな三騎のドラグーンを相手に、二十騎を超える数を揃えたオルダートたち。


 ただ、数で七倍近いのに、空中戦に問題のあるサクヤに傷を付けることも出来なかった。


「いや、硬すぎるだろうが! 前はここまでなかったぞ!」


 慌て出すおるダートに答えたのは、ベネットである。


「頑張って鍛えました!」


 自信満々に答えるベネットを見ながら、オルダートは。


「ベネットちゃんは可愛いな~、でも、ルーデル……お前は許さん!」


 サクヤの背中の上で、ルーデルは周囲から飛んでくるブレスを光の盾で防いでいた。そして、近付くドラゴンは、サクヤの大きな腕に殴られて吹き飛んでいく。


(ボコボコにして、未だに上がいる事を教え込むつもりだったが……こいつ、ここまで強くなったのか)


 オルダートは、馬鹿騒ぎを起こしながらもルーデルの成長に驚嘆している。そして、自分の判断が間違いではなかったと確信していた。


(竜騎兵団で、地上戦最強のベネットちゃんと、空中戦最強のキースを側に置いたのは間違いじゃなかったな。ちくしょう、ついでにキースに食われれば良かったのに。ベネットちゃんを食うとか、本当に止めろよ)


 並のドラグーンでは相手にならなくなったルーデルを前にして、オルダートは笑みを浮かべる。


(こいつ、どこまで強くなるんだろうな)


 その場にとどまり、他のドラグーンを吹き飛ばしていくサクヤの周囲をオルダートとドラゴンは旋回していた。


 見れば、ウインドドラゴン同士で親子喧嘩をしている連中もいた。


「エノーラ、いい加減にしないか!」

「いい加減にするのはそっちでしょうが!」


 ウインドドラゴン同士、追いかけ回し合っていた。


 視線をベネットに向けると、三騎ほどが適度な距離を保って牽制を行なっている。


(はぁ~、俺もあっちが良いな。けど、こいつをこのままにも出来ないか)


 オルダートはルーデルを見ると、部下たちに指示を出す。


「近付くな。周囲を旋回して攻撃を続けろ! ルーデル、どこまで耐えられるか見せて貰おうか!」


 すると、サクヤの背中で狂気の笑みを浮かべていたルーデルは、嬉しそうに。


「望むところです!」


 そんな事を言ってくる。


(……ヤだ、こいつ怖い)


 そう思うオルダートだった。


◇


 そこは王族を押し込めるための塔だった。


 王宮に用意されている牢の中で、王族のために用意されている豪華な牢屋だ。


 部屋にはフカフカのベッド、絨毯が敷かれている。家具も揃っており、本棚も用意されている。


 だが、中身である本はない。


 フィナは、部屋を見渡しつつ。


「まったく、私がここに押し込められるなんて」


 そう言って溜息を吐く。


 光が差し込む窓には、鉄格子が取り付けてある。そこから外に出るのは、フィナには不可能だ。


 部屋の入口のドアの向こうには、女性騎士二名が監視をしている。ソファーに座ってこれからの事を考えるフィナは。


「……動物は飼ってもいいのよね? 早速注文をしないと」


 退屈な生活の中、潤いとなり得るものを考えていた。意外に余裕のあるフィナは、こうなる事を考えなかった訳ではない。


「待って……このまま押し込められるということは、私は働かずに動物たちとモフモフできる訳よね? ヤだ! それって凄く良いかも!」


 無表情のフィナは立ち上がり、両手を上げて小躍りし始めていた。


「最初に飼うのは犬かしら? その次は猫で……」


 妄想を膨らませているところで、ドアがノックされる。


 返事をする前に、一拍おいてドアが開けられた。


 そこにいたのは姉であるアイリーンだ。


 自慢の騎士を連れ、笑顔でフィナの前に現われている。


(おや、早速のご登場とは……)


 フィナは小躍りを止め、アイリーンとフリッツにお辞儀をする。


「ご無沙汰しております、姉上」


 アイリーンは、フィナに座るように言う。テーブルを挟んでソファーが配置されており、先にアイリーンが座るとフリッツはその後ろ隣にフィナを警戒しながら立っている。


 何かあれば、斬りかかってくるつもりのようだ。


(お気に入りの騎士を連れて楽しそうに)


 文句を言いたいフィナは、我慢して姉の前に座る。すると、アイリーンは謝罪してきた。


「急いでいたものだから、貴方の世話をする者が見つかっていないの。お茶も用意でいないけど、我慢してね、フィナ」


 フィナは首を横に振り。


「そうですか。それで? 姉上が私を訪ねた理由をお聞きしても?」


 いつかアイリーンが動き出すと思っていたフィナは、こんな日が来ると思っていた。もっとも、王族を押し込める塔には、自分ではなく姉を押し込めるつもりだった。


(ま、骨肉の争いは王家や貴族のお家芸よね。ちょっと甘く考えすぎたかしら。それなりに準備はしてきたんだけど)


 アイリーンは、笑顔から真顔になると現状を説明してきた。


「フィナ、父上がお倒れになったわ。幸い、命に別状はないけれど。ただ、喋るのは困難なの。それに、ガイア帝国が動いている。誰かがこの現状をまとめなくてはいけないと思わない?」


 フィナはそれを無表情で聞いていた。


 ただ、目を伏せている。


(あ~、徹夜明けだから眠いのよね。馬車でも寝かせてくれなかったし。コーヒーが飲みたいわ。ブラックで目を覚ましたい)


 違う事を考えているが、フィナが表情を変えられない事を知っているアイリーンは話を続けた。


 神妙な感じで話を聞いているように思えたのだろう。


「この危機的な状況で弱みを見せては、大公家につけいられます。ですから、私が指揮を執ることにしました。ただ、王宮内は押さえられても騎士団や軍隊はどうにもならないの。そこはフリッツ様に頑張って貰うわ」


 アイリーンが視線をフリッツに向ける。フリッツは、胸を張ってフィナの前に立っていた。


 フィナは――。


(おいおい、そいつで大丈夫? 大部隊を指揮した経験なんかないでしょうに。というか、他の連中が認めるだけの功績もないわよね?)


 フィナは口を開き。


「……母上はどうされているので? それに、フリッツ殿では大公家をはじめ、多くの貴族たちが納得しないかと」


 アイリーンは目を細め、いかにも不機嫌な表情を取る。


「今はそんな小さな事に構っていられないわ。それにね、こちらに協力をしてくれる方たちはいるのよ。フィナ、今のクルトアは間違っています。貴族は自分たちの事しか考えず、民を蔑ろにして……」


 それはフィナも同意する。だが、同意するのは、クルトアという国が間違っているという部分だけだ。


 そう、自分たちも含めて。


(ドラグーンに頼りすぎたのよね。豊かな土地に、強力なドラゴンが守ってくれる環境……周辺国は、そんなクルトアに対抗するために色々と磨いてきた。継ぐべき王太子も存在せず、クルトアは問題が山積み……本当に詰みそうね)


 アイリーンが、いかに今のクルトア貴族たちが不甲斐ないか、そして民が苦しんでいるのかをフィナに聞かせる。


 そして、これを機会にアイリーンは――。


「フリッツ様の活躍を機に、クルトアは大きく変わります。国あっての民ではなく、民あっての国になるの。誰もが平等で、そして優秀であれば認められる国にする必要があります」


 フィナは、もしも表情が出るなら笑っていただろう。それも、馬鹿にしたような笑みを浮かべていたはずだ。


 ただ、口から出た言葉は。


「そうですね。大事な事です。優秀な人材を評価し、要職に就けるのは大事だと思いますよ。ただ、それがフリッツ殿というのが私は納得出来ません。実績がありませんので」


 アイリーンは不機嫌のまま。


「……これから実績を積み重ねればいいのです」


 そう言った。


「姉上、戦争に絶対などあり得ませんよ。フリッツ殿」


 フィナはフリッツに視線を向けた。フリッツは少し驚いたようだが、すぐに返事をする。


「何か?」


「今回の戦……勝てるのですか?」


 フリッツは、胸を張って言い切る。


「勝って見せます。アイリーンがくれたこのチャンスを活かし、平民でもクルトアで成り上がれることを証明するのは、俺の義務みたいなものです」


 フィナは「そうですか」、そう言って俯いてしまう。


 アイリーンは、フィナに。


「フィナ、それで貴方は私に協力してくれるのよね? 学園で貴族だけではなく、平民とふれあった今の貴方なら私の気持ちも理解出来るわよね?」


 フィナの同意が欲しいアイリーンは、自分の味方を増やそうとしているようだ。


 アイリーンの言っている事も正しい。フィナも、今まで以上に能力主義を取り入れたい気持ちもあった。


 ドラグーンに頼り、そして駄目になっていくクルトアを建て直す必要性を考えなかった訳ではない。


 ただ、時期ではない。


 その段階に来ていない。


 それが、フィナの判断だ。


 フィナは無表情で、姉であるアイリーンを真正面から見て言う。


「お断りします、姉上(民あっての国、ね。間違いですよ、姉上)」


 アイリーンが信じられないという表情をしているのを見て、フィナは思う。


(国あっての民でなく、民あっての国でもない。両方あっての国です。やはり、私と貴方は相容れないですね)


 フィナは、アイリーンと決別するのだった。


◇


 ルーデルは、王宮へと足を運んでいた。


 勲章を受け取るためである。


 以前、魔物に襲撃を受けた街を救った。それと同時に、セレスティアでは古代兵器騒ぎを静めており、セレスティア王国から感謝の言葉が送られてもいる。


 それを受けて、ルーデルとアレイストは、そちらの勲章も受け取る事になっていた。


 普段から王宮にいないルーデルだが、周りを見ると落ち着かない。


 同行している監視役のイズミが、そんなルーデルにたずねる。


「どうした、珍しく落ち着かないのかい?」


 周囲の視線もそうだが、肌にピリピリとくるような感覚をルーデルは感じていた。


「いや、そうじゃないんだ。ただ、こう……」


 話の途中で、ルーデルは王宮内の廊下で出くわしたアレイストに声をかけられた。部下を連れているアレイストは、何故か掃除道具を持っている。


「あ、おはよう」


 イズミが微妙な表情をしながら。


「その姿も久しぶりに見たな。というか、アレイストも今日は勲章を貰うんじゃないか?」


 アレイストは頷く。


「そうだよ。その前に仕事を終わらせておかないといけなくて。これから部屋に戻って準備だけど」


 王宮内の掃除を、伯爵家跡取りのアレイストが行なっているのはなんとも不思議な話だ。


 それに、アレイストは黒騎士でもある。


 ルーデルは。


「アレイスト、王宮内の様子がおかしいんだが、何かあったのか? いつもこんな感じか?」


 ルーデルの問いに、アレイストは。


「いや、陛下が倒れたとか噂では聞いたけど? ただ、他にも変な噂が多くて、何が起きたのかまでは分からないや」


 アレイストも困っていると、ルーデルは「そうか」と言って出席者の控え室に向かうことにした。


「先に行く。お前も後から来るんだろ?」


 そう言うと、アレイストは笑顔で頷いた。


「そうだね。でも、王宮内でこの作業着を脱ぐのはなんか慣れないよね」


 笑うアレイストを見て、それでいいのか? などと思ったルーデルは黙っていた。


 本人が楽しそうに仕事をしているので、他人がとやかく口を出す必要もないように感じたからだ。


「待ってるぞ」


 そう言ってイズミを連れて歩き出すルーデルに、アレイストは手を振って。


「すぐに行くから待っててよ」


 そう返事をした。


 アレイストたちと別れると、イズミがクスクスと笑っている。


 ルーデルは疑問に思い。


「何かあったのか?」


 そうたずねると、イズミは笑顔で首を横に振った。


「いや。ただ、ルーデルとアレイストが本当に友達になったんだと思うと、不思議に思えたんだよ」


「そうかな?」


「そうさ」


 イズミに言われ、指先で頬をかくルーデルは照れくささのようなものを感じていた。


 同時に、何故か王宮内の雰囲気が気にもなっていた。


(なんだ、嫌な感じだな。何もなければいいんだが)


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