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騎士団長と辺境

 お披露目を終えた新米騎士たちは、所属する騎士団で正式に認められる。


 学園を出たからと言って、新米を認める程に現場は優しくない。それは、経験を積んだ騎士たちも同じである。精鋭である部隊に配属された騎士たちも、改めて鍛え直すのだ。


 騎士団によっては、求められる技能が違う。


 ドラグーンであるルーデルも、ドラゴンを扱うという事を竜騎兵団で学んだのだ。ミスティスの偏った知識だけでは、決して得られない物もある。いや、得られない物の方が多いだろう。


 現代では不必要な技術に特化したのが、ルーデルと言う名のドラグーンである。


 そんなルーデルも、基礎的な技術を上官たちから叩き込まれると、今は訓練場で騎士団長と副団長を前にしている。


 周りには今期の新人と、数名のベテランが参加していた。


 新人を前に、オルダートはいつもの笑顔で冗談を交えながら説明する。


「随分と良い顔をするようになったな。これでお前たちも変態の仲間入りだな。ただし、ナイスミドルである俺は違うから一緒にするな!」


「……オルダート、冗談はいいから早く始めろ」


 騎士団長の冗談に、額をピクピクとさせながらアレハンドは注意する。今回の目的は、ルーデルたち新人にも聞かされていた事だ。


 ベテランのドラグーンとの一騎打ち。


 これは今の自分たちに、何が足りないのかを実戦さながらに感じさせる意味合いが強い。それも王と近くにいるベテランたちは、腕が確かな者たちばかりである。


 新人が、いきなりドラグーンでもトップクラスの実力を持つ者たちと戦うのだ。


「冗談の分からない奴はこれだから……では、対戦相手を発表する! その前に、ルーデル!」


「はっ!」


 ルーデルが返事をして一歩前に出ると、オルダートは嫌そうな顔をして告げてきた。


「物凄く嫌だが、俺の相手はお前だ。あんな巨大なお嬢ちゃんと、バトルジャンキーのお前と戦いたくないが、これも仕事だから渋々だが引き受けた。ついてこい! ……他の者は副団長から対戦相手を確認しろ」


 ルーデルについて来いと指示を出すオルダートは、そのまま訓練場を後にする。


 オルダートの背を追いかけながら、ルーデルは疑問に思っていた。その表情を見たのか、オルダートは溜息を吐く。


「何で一人だけ別の場所で戦うのか、って顔だな。いいか、お前のお嬢ちゃんは特別だから、被害が出ても良い所で戦うんだよ」


「そうなんですか? なら自分も周りを気にしないで本気で――」

「馬鹿野郎! 俺を殺す気か!」


 本気で嫌がるオルダートに、ルーデルは残念そうな顔をする。ドラグーンの現役騎士団長と戦えるのだ。本気で勝負したいと思うのが、ルーデルだろう。


「俺ももう歳だからな。もう少し若ければ本気を出したのに」


「残念です。本気の団長と戦いたかった」


「……なんで本当に悔しそうなんだよ。お前あれだよ。俺の全盛期とか本当に凄かったからな。上官にも次の騎士団長はお前だって、入団した時に言われるくらい半端ない強さだったから。本気出さなくてもお前に負けないから」


「本当ですか?」


「当たり前だよ。お前、本当に俺がナイスミドルだった事を感謝しろよ。もっと若くて血気盛んなお年頃だったら、病院送りにしてるから」


「病院送りはなれているんで、大丈夫です!」


「……お、おう」


 オルダートの嘘を事実と受け止めるルーデルだが、入団してから次の団長に選ばれるならオルダートはもっと前に団長に就任していないといけない。


「なぁ、俺も冗談で色々言うけど、お前って本当に騙されやすいよな。もっと人を疑ってみろよ」


「何をですか?」


「ほら! 入団して次の団長に選ばれるなら、前の団長は随分と長い間を勤めていたとか! ツッコミ待ちを理解しろよ。バレバレの嘘じゃん!」


「嘘……騙したんですか!」


「遅いよ! もう、やだこいつ」


 これでは実力も、もしかしたら嘘なのではとルーデルは疑ってしまう。オルダートの身長は高いとは言えない。それに、一見して歴戦の猛者の雰囲気を出しているアレハンドよりも、顔は綺麗で普段から冗談を言っている。


 団長には上との交渉や、書類業務の適性なども必要とする。そのために、実力的には劣るが、副団長を実力者を据えて団長に政務が得意なドラグーンを据える話は聞いた事がある。


 ルーデルは、その可能性を考えると、副団長と戦いたかったと思うのだった。



 数時間後、人里離れた奥地でルーデルはオルダートに追われていた。


「ほら、どうした」


 灰色ドラゴンに跨るオルダートは、空中戦でも余裕な印象を受ける。巨大なサクヤは飛ぶ事に不慣れだ。逃げに回れば簡単に追いつかれる。


「くっ!」


 後ろから迫るオルダートとドラゴンに向けて、ルーデルは左手を突き出して光の盾を出す。その数は数十枚にのぼり、オルダートたちの進路を妨害する。


 だが、それでも追いかける速度に変わりは無かった。


 まるで平然と避けて追いかけてくるのだ。邪魔である盾は、小さなブレスを連続で放って破壊している。必要最低限の動きで迫ってきていた。


「随分と便利な盾だが、人相手は兎も角……ドラゴンには紙にも劣るな。それに駄目だ。ドラゴンへの意識が逸れてる。そのままだと」


 オルダートが注意をすると、ルーデルは気が付いてサクヤに指示を出す。


「上昇だ、サクヤ!」


『アワワワ、む、無理!』


 ルーデルが後ろを気にし過ぎた事で、意志疎通のリンクを通してサクヤも前方が疎かになっていたのだ。後ろに気を取られ過ぎた事で、サクヤの意識がどこを向いているか確認できなかったのである。


 結果、サクヤは山の斜面へと激突する所だった。気が付いた事で、山肌を削るだけで済んだのだが、そのおかげでサクヤは速度が落ちて空の上でフラフラとしている。


 隙だらけのルーデルとサクヤを前に、オルダートは攻勢に出る。


「駄目だ。それじゃ駄目だな」


 サクヤを中心に円を描く様に飛ぶオルダートのドラゴンは、微妙に高さを調整してルーデルたちを翻弄した。


「サクヤ、待ちの状態で対処する。少々の攻撃は耐えられるな?」


『うん!』


 オルダートのドラゴンを待ち構える事にしたルーデルとサクヤだが、以前のエノーラたちとは違って速く感じた。速度はウインドドラゴンよりも遅いはずであり、実際に団長のドラゴンは灰色ドラゴンとして平均的な実力しかない。


 ただ、ルーデルはオルダートを相手にしてから、攻めきれずにいた。


(速い訳じゃない。この人は……団長は上手い)


 ルーデルが持てる技術を持って対処する中で、オルダートは自分のドラゴンに跨り笑みを見せていた。


「駄目だな。それじゃあ、五十点もやれん」


 ルーデルの行動に評価するオルダートは、そのままドラゴンに指示を出すと攻撃を開始する。サクヤに当たる攻撃は、どれも威力が小さいが急所を狙ってきていた。


 羽は上手く羽ばたかせる事が出来ず、簡単に体勢が崩れてしまう。


 空で、もがきながら落ちるサクヤからルーデルは飛び降りる。すると、オルダートもドラゴンと共に降下してきた。


 勝負はついたが、それでも続けるようだ。ただし、ドラゴン対ドラゴンではない。ルーデル対オルダートの地上戦である。


「さっきのは山を利用して背中を守るべきだった。それに追われている時の視野の狭さ……実戦はまだ無理だな」


 笑いながら腰にある剣を抜いたオルダートに、ルーデルも剣を抜く。互いに竜騎兵団のローブを着ていたが、邪魔になると思ってルーデルはローブを捨てた。


「行きます」


 落ちてフラフラとしているサクヤに見守られながら、ルーデルは団長に勝負をかける。素早く団長の後ろに回り込むが、その動きを団長は読んでいたのか軽く横にステップをして避けた。


 ルーデルがムキになり高速移動を多用するが、オルダートは鼻歌を歌いながら対処する。


「緩急の付け方が甘いな。なれれば楽に対処できる。まぁ、学生レベルならこんなもんか」


 右手に持った片手剣でルーデルの剣を受け止めると、即座に足を踏んで動きを封じる。そして、ローブに隠れていた左手からナイフがルーデルの喉元に突き付けられた。


「ま、参りました」


 少しでも相手の実力を疑ったルーデルは、笑っている団長を冷や汗を流して見る。


「おいおい、そんなに見つめるなよ。照れるだろ」


「ここまで強いとは正直思っていませんでした。団員として団長を疑った事、申し訳ありません」


「うわぁ…… こいつ俺の冗談をスルーして、本音をぶちまけたよ。そこは思っていても言わない所だよ。ナイスミドルは心が打たれ弱いから、もっと繊細に扱え」


 互いに剣をしまいながら会話をしているが、今もオルダートは隙だらけに見える。未だに負けた事を不思議に思うルーデルに、オルダートは近くに有った膝程の高さの岩に座る。あごを撫でながら、ルーデルが疑問に思っているであろう事に答え始めた。


「さて、お前の評価だが……正直に言えば、スペック的にはお前は竜騎兵団でも上から数える方が早い。いや、俺も超えてるな」


 姿勢を正して立っているルーデルに、お前も座れと言いながらオルダートは続ける。ルーデルは、今の自分に足りない物を知るために、真剣な眼差しを向けていた。


「ただし! ……実力的には中の下、程度だ。理由は分かるか?」


「分かりません!」


 嘘偽りのないルーデルの言葉に、オルダートも頷いた。


「よし! 無駄に悩まなかった事を注意したいが、分かっていたらもっと上手くやっただろうからな。でもよ、少しは自分で考え……いや、やっぱりお前は頭を使うな」


 右手で顔を覆うオルダートは、溜息を吐いてルーデルに何が足りないかを語る。


「単純に戦闘技術が(ツタナ)い。そして視野が狭い。この二点だ。自分の事ばかりで、お嬢ちゃんにまで気が回っていなかったぞ。普段は良いだろうが、追い詰められた時にすぐにボロが出る。それにすぐに自分で何とかしようとして失敗している」


 オルダートは、ルーデルが進路妨害を行う時に使用した光の盾を例にする。アレは、ドラゴン相手にはほとんど役に立たない。無理をするなら体当たりで破壊して進めると断言する。


 そして、ドラグーンが相手にするのは、何も格下ばかりではないのだ。厄介な魔物も相手にすれば、単純に物量が恐ろしい敵もいる。


「戦闘に余裕が無い。確かにお嬢ちゃんは苦手も多いが、中堅のドラグーンが操れば俺は戦い方を変えるしかなかった。それだけ強力な武器をお嬢ちゃんが持ってるって事だ。お前はもう少しだけ、自分の相棒を信じてやれ」


『……ルーデル、サクヤも頑張るよ』


 心配そうにしているサクヤを見て、ルーデルは確かに自分で解決しようと無理をしていた事を思いだす。


 オルダートが、地形を利用しない事や、空を飛ぶ事が苦手とするサクヤで逃げ回った事が間違いだと告げる。ルーデルは、頷きながらオルダートの言葉を聞いていた。


「視野の方はもっと余裕を持つ事だな。慌てても意味が無い。判断を誤る可能性もある。もっと周りを見て、相手と自分の力量差を考えろ」


 普段の態度とは違い、真面目な事を言っているオルダートがルーデルには本当にナイスミドルに見えていた。


 ローブをはたきながら立ち上がるオルダートは、時間は早いが帰ろうと提案した。


「さて、説教も終わりにして帰るか。久しぶりの訓練で腰が――」

「もう一回お願いします!」


「……え?」


 ルーデルが、もう一度戦ってくれと願い出ると、オルダートは顔が引きつっていた。


「自分に足りない物があるのは理解しました。ですが、自分は頭で理解するよりも、体で覚えるタイプです。団長と戦えば、もっと高みに……」


「あ~、いや、本当に疲れると言うか……え、本気?」


「はい!」


『サクヤも頑張るぞー!』


 立ち直ったサクヤも、ルーデルの期待に応えるために立ち上がって咆哮する。オルダートと、その相棒である灰色ドラゴンは、本当に嫌そうな顔をしていた。


 その後、ボロボロのサクヤとルーデルを引きつれ、疲れ切ったオルダートが訓練場に帰ってきたのは、周りが暗くなってからである。



 今後の課題をベテランから告げられた新米ドラグーンたちは、宿舎で明日からの勤務地について話し合っている。


 訓練期間を共にした仲間であり、年齢も違うが同期として互いに笑顔で話をしていた。


「サースは交易都市に配属だっけ?」


 ルクスハイトの質問に、サースは頷いて皮肉を言う。


「重要拠点に勤務できて嬉しい限りだ。任務が主に荷運びって事以外は、な」


 空を飛べるドラゴンは、維持費がかかるためにこうした仕事も行っているのだ。辺境に行くほど、金銭事情は大変になる。


 人もいて、冒険者もいるような交易都市にドラグーンが配属される理由が、資金集めと言うから笑えてしまう。だが、ドラゴン程に荷運びが安全な手段も無いのも事実である。


「俺たち竜騎兵団の最大の悩みだね。因みにエノーラは……落ち込み具合を見るからに、辺境ではないね」


 全員が暗くなっているエノーラを見ると、対照的に辺境に飛ばされるのに喜んでいるルーデルへと視線を移す。本人はいい気なものだが、ルクスハイトは、エノーラが自分もルーデルについて行くと言いだした事を知っていた。


(親父さんに断られたな)


「このまま王都で勤務よ……はぁ」


 エノーラが起こした問題が切っ掛けで、今では親子関係を少しは改善できたようだ。だが、それでもエノーラの辺境行きは実現しなかった。


 野生のドラゴンを従えるエノーラは、竜騎兵団の貴重な戦力である。将来を考えれば、王都で大切に育てたいのだろう。


 なのに、ルーデルは不思議そうな顔をしている。


「エノーラは勤務地が嫌なのか? まぁ、数年で変更もあるから、次に期待すればいい」


 望んだ勤務地でないのは当然だが、本人に理解して貰えないという気まずい空気になる。周りがルクスハイトを見るので、肩をすくめて助け舟を出した。


「でもエノーラは、ウインドドラゴンを従えたから大変だよね。伝令や急ぎの任務で、飛び回る事も多いと思うし……辺境にも行くかもね」


 だが、エノーラは元気が出ない。それと言うのも、新しい役職が問題なのだ。解隊目前の上級騎士団から、ルーデルを監視する人員が派遣されてくる。辺境に向かうルーデルに付き添うのだ。しかも、相手が学園の同級生で仲の良い女性である。


 問題が起きない方がおかしい。


「そうね。時々は行けるわね。でも、いつも一緒の二人が恋人になっていたら……私、立ち直れない」


(面倒臭い奴だな。まぁ、前よりは絡みやすいけど、見た目とのギャップが凄い)


 遊んでそうな雰囲気があるのに、一途というエノーラに周りも困惑気味だ。


「それで、ルーデルは辺境のどの辺に行くの?」


 エノーラを励ます事を諦めて、ルクスハイトは一番気になる人物に質問をぶつけた。彼が気にするのは、自分が面白いと判断できるルーデルだけである。


「開拓地だな。数年前から港の建設も始まってる……【ベレッタ】だ」


「ベレッタかぁ……確か、危険だから他にもドラグーンが派遣されていたね。港町だから、ウォータードラゴン持ちが二人と、灰色ドラゴン持ちが一人だ」


 勤務地の情報が載った資料をルーデルが見ているが、ルクスハイトの説明に訂正を入れる。


「いや、俺が配属されるから、一名は帰還する。ウォータードラゴン持ちの騎士が二人になる」


 開拓が一向に進まず、王国も本腰を入れるために貴重なウォータードラゴンを投入しているのだ。


「開拓が始まったのは良いけど、帝国寄りで危険かもしれないね。計画が始まった時は、まだ帝国が大人しかった時だし」


 ルクスハイトは、最近の帝国内の情勢が危険であると思っていた。入ってくる情報は少ないが、それでも危機感がある。


 ただ――


(そんな場所に配属されるのも、英雄の条件なのかな)


 本人には悪いと思いつつも、ルーデルの配属先を面白いと思っていた。


「綺麗な所だって言うし、俺も休暇が出来たら行ってみるかな」


 サースがルーデルに話しかけると、ルーデルもその時は案内すると喜んでいた。ルクスハイトが気を使ってエノーラにも話を振ると、ルーデルに会いに辺境に行く切っ掛けを与えてやった。


 喜んでいるエノーラを見て、ルクスハイトは思う。


(こいつチョロイな)

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