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番外編 ミスティスさん頑張る

 これは、偉大なる騎士を背に乗せた彼女【ミスティス】が、お披露目のために奔走する物語である。



 時期はルーデルたちが竜舎の元ボス(ブラム)を倒した時に戻る。


 自分の住処に戻ったミスティスは、湖で従えているドラゴンたちから変態飛行について話を聞いた。しかし、ミスティスの縄張りには変態飛行をしたドラゴンが存在しなかったのだ。


 ルーデルと約束した手前、どうにかしてサクヤのために変態飛行を実現しなくてはいけない。


『それにしても困ったわ。流石に変態飛行って言われても何をすればいいのか……昔はそんな事しなかったのに! でも、マーティならきっと喜んだわね』


 思い出すのは、槍を手に持った自分が契約した初めての人間だ。未だに彼女の心の中には、彼の姿があった。


『それにあの子とも約束したからには、何とか実現させないといけないわ。私の縄張りで見つからないなら、他の奴の縄張りを奪うしかないわね』


 自分の住む湖から飛び立つと、遠くに見える山を見た。未だに活動している活火山だが、そこにもドラゴンが住んでいる。


 住んでいるのは、レッドドラゴンである。もっともドラゴン種の中で気性が荒いのだ。


『よし! 先ずは簡単な所から行きましょう』


 湖で小さなドラゴンたちが、ミスティスに手を振って見送っていた。



 レッドドラゴンが住む場所は、溶岩が流れる灼熱の洞窟である。


 火山が噴火しないのも、レッドドラゴンが住み着いている事が関係している。


 そんな場所に一頭で現れたミスティスは、入り口付近で見張りをしている若いレッドドラゴンに声をかけた。


『おい、ボスを呼んで来いよ』


『あ? 何を言ってんだババ……ギャァァァ!』


 失礼な口をきいた若いドラゴンを殴り飛ばすと、彼女はそのまま洞窟の中に入る。時折現れるレッドドラゴンたちを殴り飛ばしながら進む。


 ボスの部屋がある場所は、とても広かった。洞窟の最奥には溶岩が溢れており、ボスらしき一回り大きなドラゴンが横になっている。周りには、彼を守る様に他のドラゴンたちが構えていた。


『誰だ?』


 威厳のある声を発し、ミスティスを見るレッドドラゴンのボス。しかし、ミスティスは怯む事無く告げるのだ。


『おい、誰の前でそんな態度を取ってんだ?』


『あ、姐さん!』


 レッドドラゴンのボスが立ちあがり、すぐにミスティスの前に近付く。大きな体を縮めて今までの態度を改める。周りのレッドドラゴンたちも、ボスの豹変に驚いている。


『入り口の若いのに呼ばせたけど、来ないから私から来たのよ』


『失礼しました! 後で躾けておきます』


『まぁ、そんな事はどうでも良いんだけど。それより、今日からここは私が仕切るから』


『え? え! いや、流石に困ると言いますか』


 弱気なボスを見て、一頭の若く力のあるドラゴンが前に出る。ボスの弱気な姿に腹を立て、自分がボスに相応しいと示そうとしたのだ。


『ふん、どこのどいつか知らんが、弱気なこいつと俺は違う。貴様を血祭りに上げて、今日から俺がここのボスに、フギャァァァ!』


 尻尾を振り抜いて、一撃で若いドラゴンを吹き飛ばすとミスティスはボスと会話を続ける。周りのドラゴンたちは、力のあるドラゴンが一撃でやられた事で黙ってしまった。


『で? 返事は?』


『……し、従わせて頂きます』


『いやぁ、アンタなら従ってくれると思ったわ。それより次は北の方にある山に行くから、アンタもついてきなさい』


『ウッス!』


 レッドドラゴンを従えたミスティスは、そのまま次の目的地へと向かうのだった。



 そこはウインドドラゴンが多く住む場所だった。


 岩ばかりの場所で、風が強い。ウインドドラゴンは風を司り、その影響か強い風が常に吹いている。まぁ、ミスティスにはそんな事はどうでも良い。


 レッドドラゴンをお供に、ミスティスはこの辺りのボスを倒しに来たのだ。覚えが正しければ、広い縄張りだったはずだ。


『そう言えば、ここらのボスを私は知らないのよね』


『あぁ、若いウインドドラゴンです。少し生意気ですが、姐さんの魅力の前にはイチコロですよ!』


 調子の良い事を言うレッドドラゴンだが、これでも以前は威厳のあるボスだった。過去にミスティスに勝負を挑み、心が折れるまで叩きのめされた過去があるのだ。逆らえる訳がない。


 そんな彼の話では、ここ数年でボスになった若手だというのだ。


『……ちょっと、私に挨拶もなしってどういう事よ?』


『マジっすか! 姐さんに挨拶もしないなんて、とんでもない屑竜ですね!』


 二頭でウインドドラゴンのボスの元に出向くと、相手は若いだけあって覇気に満ちていた。高い場所からミスティスたちを見下ろしていた。


『おいおい、年寄りが俺様に何の用だ?』


 年寄り呼ばわりするウインドドラゴンは、ゲラゲラと笑っていた。


『ねぇ、こいつがボスなの? ちょっと小物臭いわね』


『アレっすよ。前のボスは引退して、有力な連中は人間と契約したんで繰り上げでボスになったんっすよ』


 二頭がウインドドラゴンを見ると、憐れみの視線を向ける。どうにもボスの威厳が無く、周りも敬っていない様だ。


 ミスティスはウインドドラゴンに決闘を挑む。


『どうでもいいから、アンタは降りてきて私と戦いなさい。今日からこの縄張りは私が仕切るから』


『はん! 年寄りの癖に粋がりやがって。なら、この俺様に追いついて見せな!』


 ウインドドラゴンが空に飛びあがり、そのまま二頭から急速に離れていく。その姿を呆れた様子でミスティスは眺めていた。


『あれ? 私はかかって来いって意味で言ったわよね』


『逃げましたね』


『仕方ないわね。鬼ごっこがしたいなら、付き合ってあげようじゃない』


 ミスティスの口が笑ったような弧を描いて開き、その瞳が鋭くなる。レッドドラゴンが心を折られた時を思い出したのか、ブルブルと震えだした。


 ミスティスも空に舞い上がると、そのままウインドドラゴンを追いかけた。数時間後には、泣きながら謝るウインドドラゴンを片手に掴んで戻ってくる。



『次はおばちゃんの所ね』


『あぁ、ガイアの婆さんですね』


 ウインドドラゴンを慰めるレッドドラゴンが、次の目標を聞いて納得している。残っている有力なボスと言えば、ガイアドラゴンで長寿なメスのドラゴンだけだったのだ。


『苦手なのよね。いや、嫌いじゃないけど……』


 流石のミスティスも、おばちゃんには弱い。幼い頃を知られているのもあるが、やんちゃな時に迷惑をかけた事もあるのだ。頭が上がらない。


『それより、何で急に縄張りを広げてんです? 今まで興味が無いって言ってましたよね?』


 レッドドラゴンの問いかけに、ミスティスはサクヤの事を話した。娘的な扱いで面倒を見ている事と、変態飛行と勘違いした編隊飛行についても説明する。


『編隊飛行ですか? 俺もやった事がないですね。お前は?』


『俺も無いです……グスッ』


『私の所にも契約した子がいないのよ。でも約束したから、なら知ってる奴を探そうと思って縄張りを広げたの』


『……マジっすか』

『そんな理由で縄張り広げるなよ』


 二頭が複雑そうな顔をすると、ミスティスはガイアドラゴンの下へと向かう。


 いくつもの洞窟があるその場所は、木は生えていないが草や花で緑色に飾られていた。ガイアドラゴンが住む場所は、大きな木々はなぎ倒される。だが、土を司るだけあり、土地は栄養が豊富なのだ。一番大きな洞窟に近付くと、ミスティスはノックをするように壁を叩いた。


 すると、巨体であるガイアドラゴンが姿を現す。ゆっくりと首だけを出す姿は、まるでカメが甲羅から首を出しているように見える。


『珍しお客さんたちね。お嬢ちゃんも元気そうで安心したわ』


『もう! お嬢ちゃんは止めてよ、おばちゃん。それよりも、おばちゃんの縄張りが欲しいんだけど?』


 明らかに失礼な物言いだが、ガイアドラゴンは別段気にする気配も無い。そればかりか、少し嬉しそうにしていた。


『ようやく仕切る気になったのかい。なら、好きにするといいよ。それよりも、まだ人間の事を引きずっているのかい? アンタ、あれから卵を産んでないって言うじゃないか。もういい年なんだから、割り切ったらどうなんだい』


『もう! その話はしないって約束でしょう!』


 ミスティスとガイアドラゴンの掛け合いに、残された二頭は口を開けたまま聞いている事しか出来なかった。狂暴なミスティスでも、勝てない相手がいるのかと思っているのだろう。


『まぁいいわ。で、これで主だった面子は揃ったわね。後は細かな縄張りを持つ連中を従えるだけよ』


『まだやるんすか?』

『どんだけ強欲なんだよ』

『他の縄張りも仕切るのかい?』


『ここにいる面子で乗り込めば安心よ。変態飛行のために頑張るわよ』


 こうしてミスティスは、ドラゴンの住処の女王に君臨するのだった。



 変態飛行のため、ドラゴンたちは訓練を開始する。


 編隊飛行に参加した事のあるドラゴンの話から、取りあえず空中で見栄えの良い事をすればいいという結論に至っている。


 だから、ミスティスは実行したのだ。


『ちょっと、アンタたちレッドドラゴンって体から火を出せたわよね?』


『ウッス! 出せます』


 以前ボスだったレッドドラゴンが、体から火を出して見る。その姿は、まるで炎のドラゴンであり、禍々しく、それでいて力強く美しい。


 だが――


『足りない』


『え?』


 ミスティスには、どうしても物足りなかった。


『もっと燃え上がりなさいよ! 地上から見るとショボク見えるじゃない! はい、やり直し』


『……マジっすか。これ結構疲れるんですけど?』


 次はウインドドラゴンである。


 元から空中での機動はお手の物の彼らは、空で高度な編隊飛行を見せ付けた。だが、ミスティスは満足しなかった。


『なんか足りないのよね』


『これ以上はスピードが出ないっす』


 大人しくなったウインドドラゴンに、ミスティスは無理難題を押し付ける。


『レッドドラゴンに空中で火の輪を作らせるから、アンタたちがくぐりなさい』


『え!』


『あ! アンタら雷雨も呼べたわよね?』


『いや、あれは凄く大変で、雷雨じゃなくて雲を集めてまして……』


『そんなのどうでも良いわよ。当日は見栄えのいい雲を用意しなさい』


 ミスティスが睨むと、ウインドドラゴンは目を逸らして頷く。


『が、頑張ります』


 続いてはガイアドラゴンである。


 ガイアドラゴンは空中を苦手としている。だが、目立てばいいのならと、おばちゃんは同族を集めて空に大岩を浮かべさせた。魔法で浮かべた大岩は、まるで島が浮いているように見える。


『おばちゃん凄いじゃない!』


『まぁ、これくらいしか出来ないしね。もう少しだけ練習をすれば、もっと大きな岩を飛ばせるわよ』


『私たちも空に水を浮かべるから、これで少しは変態飛行に近付けるかしら?』


『さぁ? 私らも人間の事は疎いからね。契約したドラゴンたちも、知っている知識は人間で言うと古い物になるみたいだよ』


 ドラゴンと人間の時間の感覚は、非常に離れている。数十年単位と、片や数百年から千年という時を生きる生き物では、価値観が違うのだ。


『取りあえず、まだ時間があるからこのまま練習すれば大丈夫ね』


 ミスティスが練習するドラゴンたちを満足げに見ながらそう言うと、小さな子供のドラゴンたちが、見様見真似で真似をしていた。水で輪を作ると、輪の中に飛び込んで水の輪を破壊して遊んでいる。


『……来たわ。これよ! 足りなかったのはこれよ!』


『どうしたんですか、姐さん?』


『爆発の中から飛び出ればいいのよ!』


 ミスティスの構想では、レッドドラゴンたちが大きな爆発を起こし、その中からウインドドラゴンたちが飛び出す事が決まった。


 彼らもドラゴンだ。この程度は出来るだろう。出来るが、とても難しいというだけの事だ。


『もう勘弁してくれよ!』


 ドラゴンの住処で、ウインドドラゴンの悲鳴が響き渡る。



 そうしてお披露目を数日後に控えたドラゴンたち。


 ミスティスは、代表者である者たちを引きつれてルーデルの下を訪れていた。


「ミスティス様! それに立派なドラゴンが三頭も……俺、感動しました!」


 喜ぶルーデルの反応に、ミスティスも満更でもない。


『ふ、約束通り変態飛行を物にしてきたわ。きっと、地上の人間たちの度肝のを抜けるわよ』


 自信満々のミスティスに、全種類揃った野生のドラゴンを前に喜ぶルーデルは告げる。少しだけ言い難そうだが、大事な事だった。


「申し訳ありません。編隊飛行は曲芸飛行が禁止になりました。サクヤは飛んで王宮の広場に降りるだけです。多分、一緒に飛ぶなら曲芸飛行は出来ませんね」


『……え、そうなの? 折角頑張ったのに残念ね』


 ミスティスは少しがっかりする。同じように、おばちゃんと呼ばれるガイアドラゴンも、「残念ねぇ」などと呟いていた。


 その間、ルーデルはガイアドラゴンを見上げて喜んでいた。


 ――しかし、二頭だけは納得がいっていない。


『あんなに頑張ったのに……ちくしょう』


 レッドドラゴンは丸くなって拗ねている。対して、ウインドドラゴンは――


『俺様は、いったい誰にこの怒りをぶつければいいんだよ』


 本気で泣いていた。



 こうして変態飛行は、人知れず封印されるたのだった。

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