お披露目と王
王都の住人たちが見上げる空は、雲一つない晴天だった。
しかし、今は多くの住人たちに影が差す。遮るのは空を覆うようなドラゴンたちの飛行が原因だ。時折ドラゴンたちから太陽が覗くが、住人たちは空を見上げて声を出せずにいた。
雄々しく美しいドラゴンたちに先導され、整列して空を飛んでいる。
それは編隊飛行でなく、一つの大きな流れに見える。ドラゴンたちの動きが、お披露目のコースに沿っていた事もあり、まるで川の流れをイメージさせた。
曲芸飛行はしていない。整列しながら空を飛ぶドラゴンたちは一糸乱れぬ飛行を見せる。そして中央を飛ぶのは、ドラゴンたちの中でも特に大きな白く輝くドラゴンだった。
赤、青、黄色、緑――四種の一回り大きなドラゴンに守られるように空を飛ぶ姿は、まるでドラゴンの王を想像させる。やがて住人たちの上を通り過ぎたドラゴンたちは、王宮の上に集まると円を描く様に旋回し始める。
王都の中央に位置する王宮の真上にはドラゴンの姿を再現した紋章が掲げられている。その紋章をドラゴンたちは空の上で整列して作り出し、その中から一頭のドラゴンが降り立った。
白い鎧に青いマントをなびかせた一人の騎士は、堂々と王宮にドラゴンと共に降り立つのだった。
「魔王……」
「え?」
父の背に肩車された女の子の呟きに、父親はハッとなる。小さな女の子の声が、静寂を終わらせると住人たちが女の子に視線を向ける。
「絵本で読んだの。軍隊を引きつれて魔王が来るの。空を覆うって王宮を襲うって」
その日――
クルトアに魔王と呼ばれる青年が誕生する。
◇
王宮では、空の上に大量のドラゴンが光を遮って薄暗くなっていた。
ルーデルが降り立った場所は、あらかじめ決められた場所だ。曲芸飛行も約束通りしていない事から、普通なら文句は無い。
だが――
「こ、これはいったいどういう事ですか!」
声を最初に上げたのは、フリッツに守られたアイリーンであった。ドラグーンたちは、すぐに王族や重鎮たちを守るために空に上がる。数の差は圧倒的であり、誰もが勝てると思えなかった。
古くからドラゴンと契約してきたクルトアで、ドラゴンに見限られたと思う者もいたくらいだ。
「ドラゴンの怒りを買ったのか!」
「まさか! 攻撃してこないじゃないか」
「誰だ。責任者は誰だ!」
混乱する王宮の広場で、王であるアルバーハは大声を上げる。
「狼狽えるな! 式典はまだ続いておる。白騎士、黒騎士は前に出よ」
お披露目では、次に王の前で代表者が膝をつく。そこで王が騎士たちに声をかける事になっていた。王都の住人たちにクルトアの軍事力を見せるのが目的だ。ここで混乱しては、王都は大混乱になる。
「楽隊は盛大に演奏せよ。これは決まっていた事である」
アルバーハは混乱する場を仕切ると、サクヤから降りたルーデルとアレイストを自分の前にこさせた。空ばかり見ていた重鎮や騎士たちも騒ぎを鎮めて式典に臨んだ。
(……やってくれたな)
内心では文句の一つも言いたいが、ルーデルとアレイストを前に王は表情を温和にして語りかける。
「見事である。今年もそなたら騎士たちの勇姿を見れた事を嬉しく思う」
「はっ! ありがたき幸せ」
「あ、ありがたきお言葉……」
二人が決められた通りに返事をするのだが、アレイストは混乱していた。時折、上を気にしたように見ている。兜を取り、右わきに抱えているので目立たないのが幸いした。兜をかぶっていれば、角が動いて上を気にしている事が周りに知れてしまう。
(それにしても、二人とも酷い顔だな。痣だらけだ)
殴り合った事で、二人とも顔には痣が残っていた。治療はしたのだろうが、きっと間に合わなかったのだろう。
毎年のようにこうした騎士たちはいるが、代表を務める二人がこうなるとはアルバーハも思っていなかった。
(やれやれ、事後処理に頭が痛いな)
この後は、緊急でルーデル対策の会議が始まると確信していた。
◇
式典が終わり、騎士団は解散するはずだった。
しかし、野生のドラゴンたちが帰った後に、ルーデルが拘束されたのである。連れて行かれるルーデルを見て、サクヤが怒りを露わにする。
他のドラゴンたちがサクヤを止める事をしないので、騎士団が周りを恐れながら囲んでいる状況が続いていた。
サクヤが咆哮すると、着飾った騎士たちが恐れながらも構える。式典参加で、まともな装備など所持していないのだ。
「た、隊長! もう駄目です!」
「諦めるな! 陛下が見ておられるんだぞ!」
「いや、でも……」
ドラゴンと向き合うだけでも勇気がいる中で、サクヤは一番の巨体を誇る。騎士たちが恐れても仕方がない。
近衛隊が無理やりルーデルを連れ去ったのも悪かった。近衛隊の対応に、サクヤが怒りを表したのだ。
「近衛隊はどうした!」
「ドラグーンは何してる!」
サクヤの周りで見ているだけのドラグーンたちだが、自分たちのドラゴンが動かないのだ。オルダートとアレハンドが一番前に出て落ち着かせようとしている。
「おいおい、サクヤちゃん。あんまり怒ると顔に小じわが……」
「お前、絶対にやる気ないだろ!」
オルダートのやる気の無さに、アレハンドが注意をする。小じわの部分が気に入らなかったのか、サクヤはまたも咆哮する。
本来なら二人もルーデルに付き添うはずだが、近衛隊に追い出されている。自分たちの管轄だと言い張る近衛隊は、手柄を焦っているようにオルダートには見えた。
「いや、あいつらのために働いてもな」
「馬鹿が、これはドラグーンの面子に関わる事だぞ」
「でもなぁ」
オルダートがサクヤを見ると、本気で怒っていた。自分たちのドラゴンも、サクヤをボスと認めているので、下手に近付かない。力の差が明らかでもあるが、それ以上にドラゴンに人間の細かな法など意味が無いのだ。
自分の契約者が不当な扱いを受けている。
サクヤがそう思えば、それがドラゴンの真実だ。加えて、まだ幼いサクヤには感情の制御に問題があった。
(いや、こんな巨体で子供とかないわ)
困り果てていると、そこに一人の上級騎士が現れる。連れてきたのは、鎧を脱いだアレイストだった。途中まで連れてくると、一人の女性騎士をサクヤの前に送り出す。
女性騎士は、イズミだった。
ポニーテイルを揺らしながら現れた上級騎士に、周りは何事かと道を作る。
「すいません、失礼します」
式典用に着た騎士服のまま、イズミは騎士たちをかき分けて前に出る。オルダートが危険だからと下がらせようとすると、明らかにサクヤの様子が変わる。
「おい御嬢さん、流石にそれ以上は不味い……お」
先程まで羽を広げ、咆哮を繰り返していたサクヤが唸りながらも羽を畳んだのだ。そして、イズミをサクヤが見ていた。
咆哮は止むが、周りは緊張を維持している。対して、イズミは気負うことなくサクヤに近付いていた。
「ルーデルは大丈夫だよ。だから安心して……そう。それにルーデルは強いだろ?」
サクヤに声をかけるイズミを見て、周りは驚いている。独り言を言っているだけに見えるが、ドラグーンにはその光景が別な意味を持つと知っていた。
アレハンドが驚いたような顔をする。
「会話しているのか。ドラグーンでもない上級騎士が?」
「珍しい事だが、なくは無いな。随分と大人しくなって助かるぜ」
オルダートは肩をすくめると周りに警戒を解く様に指示を出す。サクヤがイズミに従ってその場に座り込んだのだ。
緊張状態から解放された騎士たちが、イズミを救世主でも見るような目で見ていた。座り込む新人騎士たちは、疲れた顔をしていた。
ドラゴンと向き合うというのは、それだけ大変だという事だろう。
(まぁ、慣れてないときついわな)
オルダートは部下を呼ぶと、そのまま指示を出してサクヤの見張り以外を帰還させる。今は横になったサクヤが、頭部をイズミに近付けて話をしているようだった。
「……穴? いや、流石にここでは駄目だ。……いや、だから駄目だよ」
サクヤはガイアドラゴンであり、洞窟を好む。待ち時間が暇なので、きっと穴を掘りたいとでもイズミに言ったのだろう。
それを聞いて、オルダートもアレハンドも慌てる。
「お、御嬢さん! 全力で止めてくれ!」
◇
王宮内では、ルーデルの行動で混乱していた。
緊急で開かれた会議は、式典時の服装のままに会議室で行われた。時折、サクヤの咆哮が聞こえ、離れた会議室まで振動が響いてくる。
会議の内容は、今後のルーデルへの対応だった。
ドラゴンを引きつれて現れただけだが、野性のドラゴンを大量に引き連れた事が問題になっていた。本人が言うには、今回だけの事らしい。
しかし、それが本当かどうかも分からない。その気になれば、クルトアを滅ぼせるのではないか? 彼らが恐れるのはそこだった。だが、下手な対応は出来ない。ルーデル自身の地位もそうだが、今や白騎士として有名人だ。
それに、最悪ルーデルを殺してドラゴンが復讐しないとも限らない。いや、サクヤの状態から、その可能性は高いと思われていた。
ルーデルを地下牢に押し込めると、近衛隊がルーデルの移籍を申し出る。
「ルーデル殿は危険です。このまま竜騎兵団に任せてはおけません。ここは、近衛隊にまかせて頂きたい」
目立った戦果を挙げられない彼らは、隊長がフリッツという事もあって焦りが生まれていた。いつまでも王女の後ろ盾があるとは思っていないのだろう。
アルバーハは、フリッツの代わりに発言する幹部を見て彼らの焦りを感じていた。
「ドラグーンになってからの問題行動の数々に加え、今日のお披露目でも理解して頂けたと思います。ルーデル殿を扱いきれていない」
(扱いきれていないか……白騎士を抑えて、自分たちの発言力を得たいのか? 面倒だと思うのだがな)
近衛隊が焦っている事を見抜いたアルバーハは、フィナが警戒していた事を思いだす。今や隊長とはいっても団長クラスの権限を持つフリッツだ。必ずルーデルを彼の下につければ、揉め事が起こると不安そうにしていた。
親衛隊に黒騎士がいる事も彼らには許せないのだろう。今は掃除係りでも、行く行くは昇進する事が決まっているのだ。
ルーデルも一騎士だが、同時に次期大公でもある。十年後、二十年後を見据えると、近衛隊には不安しかないのだろう。アイリーンがいつまでも彼らの後ろ盾であり続けられる保証もない。
同時に、彼らは王宮内で急速に力を持ちつつあった。ルーデルの事も、このまま押し切りたいつもりなのだ。力を維持するために、フリッツ以上の神輿が必要だったのだろう。
(厄介な事になったな。だが……)
「近衛隊の移籍の件、私は賛成いたします」
大臣の一人が賛成を示すと、近衛隊に預けて隔離すればいいと言ってくる。遠まわしの発言だが、飼い殺しにしようと提案しているのだ。
(こやつらも厄介だな)
大臣の中には、アルバーハも手を焼く連中が多かった。ガイア帝国に備える前に、彼らを何とかしなければいけない状態だ。
(今はルーデルの事が先決か)
下手に罰してドラゴンの怒りを買う事を恐れたのは、周りも同じである。賛成を示す者が多くなると、アルバーハはフリッツを見る。
「近衛隊長の意見は?」
フリッツが椅子から立ち上がると、堂々と意見を述べた。あらかじめ、決められた事を言っている気がする。一騎士として見れば、実力もあり成長が楽しみだ。
しかし、思想や立場からどうしても頼りなく見える。いや、アルバーハにとってみれば、フリッツは邪魔であった。
「自分ならルーデル殿を抑えられます。いつまでも自由にさせておく方が危険だと思われます。本人に自覚が足りていない事が原因でしょうが」
「ふむ。では、近衛隊はルーデルを抑えられると?」
「はい」
アルバーハ個人の意見としては、フリッツにそれだけの力があれば任せても良い。しかし、オルダートと比べるとどうしても見劣りがする上に、フリッツがアイリーンとお茶をしているだけだという事を知っている。
仕事を部下に任せているにしても、これではお飾りも良い所だ。近衛隊もルーデルを取り込みたいのだろうが、どうにも内部で意見が食い違っている気がする。
(親衛隊には黒騎士がいる。だが、近衛隊にルーデルを抑えられる訳もない。そうなると、現状維持が妥当だが……)
アルバーハはフリッツや近衛隊の幹部を見た。
「では、今日の様に野生のドラゴンが来ても対処出来るのかね?」
「はい」
フリッツは自信に満ちたように答える。しかし、そこで外から聞こえてきたサクヤの咆哮が止んでいた。アルバーハは近くの騎士に確認させるために外に行かせる。
ルーデルが抜け出した事も考えていたのだが、面白い報告が入ってくる。
◇
「特別監視官?」
イズミは上司から書類を受け取ると、記されていた内容に首を傾げたくなる。
お披露目の騒ぎから数日して、職場に顔を出せば上司に呼び出されたのだ。今では覇気のない上司――上級騎士団団長は、微笑みながらお茶を飲んでいる。
「あぁ、君の特別な才能が認められたのだ」
「特別ですか? しかし、私はそんな特別な才能などは……」
イズミは、自分に周りから突き抜けた才能があるとは思っていない。
「いや、契約していないドラゴンと会話し、なだめる事が出来るのは誇っていい。それに会話できるのが、あの白いドラゴンであればなおさらだ。学生時代から交友もあるらしいではないか」
書類には、監視対象がルーデルと記されている。続いて、サクヤも監視対象であった。
「まぁ、辺境に勤務する事になるが、君には昇進が決定している」
辺境に赴任させる代わりの昇進だろうが、イズミは内容を確認すると驚く。高待遇であるのだ。上級騎士団に在籍しながら、ある程度の権限まで与えられている。
更に、部下を自分で引き抜ける権利まで与えられていた。
辺境での勤務と言っても、何もない所に飛ばされる訳でもない。
「……ですが、何をすればいいのでしょう? 監視するだけとは、意味が分かりません」
「そのままだよ。お披露目の時の様に、暴れる騎士とドラゴンを止めればいい。これは君にしか出来ない事だ。いやぁ、学生時代からの縁とは、これも運命だね」
最近では書類仕事しかしていない団長は、どこか諦めた印象がある。イズミに拒否権もないので、書類を受け取ると、そのまま団長の執務室を出た。
廊下で歩きながら、いきなり中隊長の権限を持った事に驚いていた。
◇
地下牢では、ランプの明かりを頼りにルーデルが手紙を書いている。
「誰宛て? イズミさん?」
格子の前には、白騎士を見張るためにとアレイストが配置されていた。通常業務もあるので、エプロン姿である。似合い過ぎているので、格好に関してルーデルは特に何も言わなかった。
「弟子宛てだ。流石にリュークが大変そうだからな。あまり困らせるなと書いてる」
「……今日の騒ぎの主犯の言葉とは思えないよ。僕も何か意見を出そうかな?」
牢屋に放り込まれたルーデルは、何がいけなかったのか真剣に考える。曲芸飛行もなるべく控えて貰った。最後に王宮の上での編隊飛行が不味かったのか? そんな事で悩みながら、手紙を封筒に入れるとアレイストに手渡した。
「成功したと思ったんだが」
「いや、流石にアレは駄目でしょ。王都の住人からも苦情というか、事実確認で相当困ってるらしいよ。それに今頃は陛下含めて重鎮やフリッツと会議中だし」
自分の事でまた迷惑をかけたと思うルーデルだが、会議に竜騎兵団の面子が参加していない事を不思議に思う。
「うちの団長たちはどうして参加しないで、フリッツが出てくるんだ? 良く考えれば、近衛隊が出てくるのもおかしいな」
「その辺は王宮内での権力かな? アイリーン王女が表だって後ろ盾になってるし、大臣も数人は近衛隊よりだってさ。お茶係りと掃除係りって笑われてるよ」
自虐するアレイストに、ルーデルはイズミの件のお礼を述べる。
「そうなのか? まぁ、それよりもさっきは助かった。ありがとう」
「……ハハハ、物凄くサクヤには睨まれたけどね」
苦笑いするアレイストだが、ルーデルが頼むとすぐにイズミをサクヤの元に連れて行ってくれた。多少の無理をしたようで、ルーデルも感謝している。
「俺は抵抗するつもりは無かったんだ。なのに近衛隊の連中が」
ルーデルが忌々しげな顔をする。抵抗する気は無かった。だが、近衛隊が張り切り過ぎた事で、自分を押さえつけたのだ。そこからサクヤが激怒してしまい、会話すらまともに出来ない状態になっていた。
今はイズミが傍にいるのか、落ち着いた様子だ。離れていても会話は出来るが、感情が乱れればそれも難しくなる。
「やっぱり脳みそプリンが不味かったのかな?」
アレイストは、記憶を失くしたサクヤに恨まれていると思ったのか落ち込んでいた。ルーデルにしてみれば、嫌っている感じではない事は分かっている。ただ、サクヤがライバル意識を持っている事はしっていた。
学園で二人は、事あるごとに喧嘩していた。その名残なのかもしれない。生まれ変わって記憶を失くしても、サクヤはそこにいるのだとルーデルは感じていた。
「俺が思うにライバル関係に近いかな。嫌ってはいないと思うぞ」
「いや、ドラゴンとライバル関係とか、本気でお断りだから」
アレイストは、顔が引きつっていた。
◇
フィナは、学園の自室で机に突っ伏していた。
王宮から帰ってくる時までは普通だったのだが、帰って来るなりこの調子である。
理由は机の上にある書類が原因だ。一枚は破かれ、一枚はくしゃくしゃになっている。だが、最後の一枚だけは破る事もせずに丁寧に返事を書いている。
「ちくしょう……黒髪の奴がぁ」
護衛であるソフィーナは、自分の主を見ながら笑顔で励ましていた。内心では、目論見が外れて落ち込んでいる主人を見て喜んでいる。
「仕方がありませんよ、姫様。これもルーデル殿の頼みですからね」
破かれた書類は、アレイストが提出した物だ。リュークの話を聞き、小隊長として意見を出してきたのである。
「あのお飾りが、調子に乗って私に意見するとは……」
腹が立ったので、来年には更に女性騎士を彼の隊に送り込むと計画しているのだろう。そしてくしゃくしゃの書類だが、これはイズミの行動をまとめた報告書だった。
「それにしても、黒髪が特別監視官とか……私の計画が」
何を考えていたのかは知らないが、イズミが正式に対ルーデルの切り札として認められたのだ。ソフィーナも、一安心である。それに、フィナが手を出しがたい地位に就いた事も、ソフィーナを安心させた。
最後のルーデルからの書類だが、これは手紙といったほうがいいだろう。内容は、予算獲得のために無理をしてきた事を注意する文章だった。
「うぅぅ、私のモフモフランドが……」
「……冗談じゃ無かったんですか?」
「いえ、許可が下りたら実現するつもりでした。でも、師匠が反対するから……」
本気でルーデルに感謝するソフィーナは、フィナからルーデルへの手紙を預かる。すると、王都で聞いた噂をフィナに告げる。こうした事も、フィナは情報源の一つとして聞いているのだ。
「そう言えば、ルーデル殿の噂を聞きましたか? どうやら、王都ではお披露目以降は白騎士よりも、魔王と呼ばれているようですよ」
苦笑いをするソフィーナに、フィナは無表情で机の上を片付けると仕事に取り掛かる。話を聞いてはいるが、手を動かすのを止めないのだ。
無駄に処理能力があるだけに、もっと国のために頑張って欲しいという本音を飲み込んだ。
「魔王、ね」
「お披露目の時は驚きましたが、王宮内は今も忙しいでしょうね。今後の対応は今迄通り竜騎兵団に任せる様ですが、近衛隊も黙っていない様ですし」
「お茶の相手をするだけの近衛隊長に任せる方がおかしいわね。まぁ、姉上が騒いでいるのでしょうけど……動きはあるかしら?」
ソフィーナの目が真剣なものになる。眼鏡を右手の人差し指で押し上げると、光で反射して光る。
「確定ではありませんが、どうやらアイリーン様に近付く派閥があります。国境付近のコウモリたちです」
「……売国奴と言いたいのですか? まぁ、彼らも国境で苦しい立場ですからね。独自に帝国と繋がっていてもおかしくはありませんけど」
「アイリーン様が近衛隊長に熱を上げているのは、最近では王宮で噂になっていますからね。扱いやすいと思われたのかも知れません」
ソフィーナは、王宮にいる同僚から集めた情報を集めている。王宮内で力を失くした上級騎士たちだが、ソフィーナも繋がりはそれだけではない。同じ、お見合い仲間から話を聞けるのだ。
嬉しくない事だが、失敗続きのソフィーナに周りは優しいのである。
彼女がコウモリと言った派閥は、国境付近に領地を持つ貴族たちだ。敵国と隣接する彼らは、小競り合いが絶えない。だが、独自に帝国と繋がって被害を抑える者たちもいた。それが、ソフィーナには売国奴に見えたのだ。
「火種があちらこちらで燻って、いつ燃え上がってもおかしくない状況ですね」
「こちらも動きますか?」
「……いえ、今は待ちましょう。その時が来れば、嫌でも働いて貰います。そう、その時が来れば嫌でもね」
ソフィーナは、書類を片付けていく自分の主に向かい、綺麗なお辞儀をして部屋から出るのだった。




