50.私の選択肢。
「公爵様、奥様。王宮から招待状が届いています」
朝食に、お祖父様とルーシス様、ミラの3人で集まっていると、速達の連絡が届く。
「王宮から?」
「……ルーシス。何かしたのか?」
「えっ。そんな失態をすると本気でお思いですか?」
「最近は気が緩んでいると報告が上がっているが?」
「お祖父様。それは仕方のないことです。こんなにも愛しい妻と一緒にいて気が緩まない夫がいると?」
「…………確かにな」
「あの、手紙を読まれた方がいいのでは?」
王宮からの、それも速達を前にまったく動じない2人にいつかお叱りがこないかと心配でならない。
「ふぅ。どうやらヒトル陛下から呼び出しのようだ。夫婦で参加とあるが……僕1人で行こう。お祖父様、留守の間宜しくお願いします」
「分かった」
「私も行きますので」
本当に。不敬罪にならないか心配ですわ。
ヒトル皇太子は、大神殿の不祥事及びそれに関連する貴族達の脱税、堕落を全て明らかにし、追加徴税により多額の利益を国に回収した功績で、異例の速さで王位を継承した。
そして、即位後は膨れ上がった貴族の解体、制度の見直しに力を入れている。
まるで、ヴァロアナ家の思わくと重なる政策をしているのよね。
かつて、ルーシス様が当たり前のように言っていた理想図を思い起こさせる。
「すぐに支度してきます」
「これ以上綺麗になって外に出るのかっ!?」
「ルーシス。護衛隊を増員するんだぞ」
「大丈夫ですから」
結婚してから、前公爵様であるお祖父様とは塔を自由に出入り出来るようになった。そして、2人の関係性も近づいていた。
「奥様、王宮ですので、正装をご用意致しました」
「さすがね。リン」
侍女頭は公爵夫人専属のままだ。
「こちらはどうされますか?」
「大丈夫よ。指輪は磨いてくれたかしら?」
扇子は断り、夫婦となった日に贈られた指輪を大事にはめる。
「お待たせしました」
ヴァロアナ家は相変わらず黒の馬車を好む。そして、彼の格好も黒を基調としている。
「はぁ。どうしてこんなに愛しいんだ」
「お互い様ですわ」
黒のスーツには、紫のアクセントを取り入れ、前髪を上げる姿に思わず見惚れる。
「どうぞお手を」
「えぇ。お願いしますわ」
エスコートで乗る馬車に揺られ、陛下の待つ王都へと向かう。
「やぁ、久しいね」
「殿下のご招待、大変感謝シテオリマス」
明らかに棒読みではあるが、一応体裁はとりもっている。
「ご招待感謝致します。殿下の栄光があらんことを願いますわ」
「ふぅ、君もそろそろヴァロアナ公爵夫人を見習いたまえ」
苦笑したあと、肩肘をついていた姿勢を正す。
「遅れてしまったが、2人に結婚祝いを用意した」
「お祝いですか?」
ルーシス様は少し意外そうに反応する。
「約束しただろう」
「公爵夫人」
「はい」
「君はヴァロアナ家の夫人としてまだ短いが随分と社会貢献に精力的だそうだね」
「いえ……」
食べていく辛さが良く分かるからこそ、貧しい領地への対策には積極的に取り組んでいた。
「どうやらその才は父親譲りのようだ」
「父ですか?」
「今、全ての貴族を対象に調べている。名ばかりの貴族など不要だからね。本来、公爵夫人になる妻の実家は無条件で格上げしてもいいくらいだが……」
殿下は続けて話す。
「君の父親は貧しいながらも元々管轄だった領民のことにもずっと気を回していたようだね。ろくに管理されていないことに気を遣い、無償で支えていたようだ」
「それは……」
貧しさゆえに領民を守れなかった父なりの贖罪だった。自分達ですら食べていくのにやっとの生活の中、畑でとれた貴重な野菜を配り、かつての管轄だった民達の相談ごとにできる限り対応していた。
手紙の代筆による新しい領主への懇願書。山崩れした土地の補強工事の手伝い。出来ることは何でもしていた。
「本来は、娘の貢献度から考えても伯爵クラスが妥当だが、その働きは侯爵に値する」
「こっ、侯爵ですか?」
「君も異論はないだろう?」
ずっと横で黙って聞いていた夫に異論を問う。
「殿下のご判断に感謝申し上げます」
今度は棒読みではなく、手を前に置いた敬意を表する。
「感謝……申し上げます……」
ミラも同じく、敬意を表しようとするも、その目から思わず涙がこぼれてしまう。
「良い。結婚祝いだと言ったが、いずれは正当な評価としてそうなっていた。ただ、君の父親への順番が早くに回されただけの違いだ」
「あの、両親は?」
「今頃知らせの馬がいっているころだ」
公爵の次の位である侯爵になれば、ミラが両親に堂々と会えるようになる。
「では、何でも1つ望みを言ってくれ」
「???」
「結婚祝いを贈ると言っただろう」
「え?」
「先ほどのは正当な評価であって、祝いではない。この国の王自ら、何でも望みを聞くというのがお祝いだ」
「…………」
見れば2人がミラの言葉を待っている。
「私が決めても良いのですか?」
「当然だ」
「だそうだぞ」
「……では、大聖堂にある浄化石を民にも解放してください」
「それは構わないが、あれも国宝。理由を聞いても良いか?」
「閉じ込めて力を解放させると、以前の大神官様はおっしゃってましたが、日々の生活で民の為に祈り、その癒しの力を存分に発揮させることが石にとっても宜しいかと」
指輪にして、毎日身につけているからこそ気づいた。毎日夫の、家族の、領民の安全を願い続けているうちに、石の輝きは増していた。
「閉じ込められるより、のびのびした方が石にもよろしいのでは?」
にっこりと微笑むその様に、殿下も思わず見とれてしまう。
「……っ。なるほど、のびのびとか。不思議だな。公爵夫人と話していると、こちらまで気が楽になる」
「殿下。それ以上気を許すことは一線を超えていますよ?」
「ハハ、分かっているよ。王に二言はない。公爵夫人の言うように、大神殿の石を公衆の場に置き、毎日神官達は民のために祈るように」
「ありがとうございます」
ヒトル殿下の指示で。浄化石は、誰もが出入りできる噴水場に置かれた。大神殿から近く、神官達は毎日祈祷のためそこで祈りをささげる。その祈祷は、この世の人ざるモノにも、癒しの声となって届く。
「ミラ、実家は楽しめた?」
「はい。ありがとうございます。お迎えに来てくださったんですね」
「当然だろう? 君の護衛騎士は僕の務めでもある」
「ふふふ。あっ、帰りにミルクを買いませんか? あそこの店は新鮮だと聞きましたわ」
「あぁ。あの3匹、いつまでミルクを飲むんだ。もう大きいなんてもんじゃないぞ?」
「きっと兄弟で食べられることが嬉しいんですわ」
「この荷物は?」
ミラが手に小袋を抱えていることに気づく。
「母と、弟と一緒に焼いたんです。昔は何でも手作りでしたから。美味しんですよ? 私の手作りパンも」
「まさかそれも猫達になんじゃ……」
毎朝の朝食を狙う3匹を思い出す。
「いいえ。これはあなたへのお土産ですわ。味見してみますか? まだあったかいですわ。ルーシス」
「〜〜〜っ」
「?」
「だから、そういうことは屋敷でしてくれ。僕はヴァロアナ家の公爵だぞ? 外で顔が緩むのは避けたい」
「まぁ……。では早く帰りましょう」
腕を差し出され、それをいつものようにそっとつかむ。その少し後ろでは、護衛にと騎士達が邪魔をしないよう気配を消して歩く。
「ローさん、今公爵様が緩んだ顔を……」
「全て忘れろ。そして、目撃した民間人がいれば口止め料を。ヴァロアナ家の絶対的な印象を崩さないのが我々の任務の一つだ」
「了解しました……あの、ところでミルクも買われるので?」
「聞こえていただろう。行け」
「はい。それと……」
「なんだ?」
「それはご指示になかったようでしたが、自分、聞き漏れがありましたでしょうか……」
「あぁ、これは気にするな。私個人の買い物だ。街に出たら買って欲しいと頼まれたものだ」
「侍女頭さんですか?」
「……任務に集中しろ」
最後までお読みいただきありがとうございます。お気に入り、評価して下さった方。いいねして下さった皆さんには励まされました。ミラの実家の頑張りが認められたことも筆者としては書くことができてホッとしてます。
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