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脱走王女は自由でありたい  作者: 真部 朝樹
脱走王女は異世界人を拾う

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第5話 初めての依頼


 冒険者になったからには、仕事をしなければならない。


 そんな当たり前のことを、私は今さらながら考えていた。ギルドに登録しただけで報酬がもらえるわけではないし、冒険者という肩書きがあれば食事代を払わなくて済むわけでもない。依頼を受け、仕事をこなし、その対価として報酬を受け取る。冒険者の暮らしは、結局のところ、その繰り返しで成り立っている。


 もっとも、A級冒険者となった今の私にとって、日々の生活費を稼ぐことはそれほど難しくない。危険な討伐依頼を一つ達成すれば、しばらく働かずに暮らせるだけの報酬が手に入るし、指名依頼が舞い込むこともある。もちろん、その分だけ責任も危険も大きくなるけれど、少なくとも明日の食事を心配するような生活からは、ずいぶん遠ざかっていた。


 けれど、タクマは違う。


 昨日の新人研修で、彼の実力はある程度分かった。剣の扱いには多少の心得があるものの、実戦経験はなく、魔法については四元素すべてに適性があるという珍しい結果だったにもかかわらず、魔核の出力が極端に小さかった。本人は初めて魔法を使えたことを喜んでいたけれど、あの小さな火花や水滴では、魔物と戦うことはもちろん、日常の仕事に役立てることさえ難しいだろう。


 だからといって、彼が何もできないわけではない。タクマは元の世界で働いていた人間だし、本人も早く自分の力で生活できるようになりたいと言っていた。


 ならば、まずは仕事をしてみるのが一番だ。


 そんなわけで、私たちは朝から冒険者ギルドを訪れていた。


「それにしても、結構いろんな仕事があるんだな」


 タクマは依頼掲示板を眺めながら、感心したように呟いた。


 もっとも、彼にはまだこちらの文字が読めない。貼り出された依頼書の内容を理解しているわけではなく、掲示板の広さと、そこに並んだ大量の紙を見て驚いているらしかった。


「冒険者って、魔物を倒すだけが仕事じゃないからね。薬草の採集もあれば、荷物の運搬、街道の整備、商店のお手伝いなんかもあるよ」


「なるほど。便利屋みたいなものか」


「ベンリヤ?」


「俺のいたところで、いろんな仕事を引き受ける人たちのことだよ。引っ越しの手伝いとか、家具の移動とか、そういうのもやる」


「ああ、それなら似てるかもしれないね」


 私はうなずきながら、新人向けの掲示板へ目を移した。


 冒険者ギルドには、魔物と戦う能力を持たない人間でも受けられる依頼が数多く存在する。そもそも冒険者の全員が剣士や魔法使いというわけではないし、街の住人にしてみれば、危険な魔物を退治してくれる人も、重い荷物を運んでくれる人も、困ったときに頼れる相手であることに変わりはない。


 そう考えると、冒険者という仕事はずいぶん幅が広い。


 私自身、最近は討伐や護衛ばかりだったから、こうして初心者向けの依頼を眺めるのは久しぶりだった。


「これは農家のお手伝い。こっちは倉庫の片づけ。あとは……迷子の猫探し?」


「猫探しもあるのか」


「あるよ。しかも、意外と大変なんだから」


「そうなのか?」


「猫って、狭いところに入ったり、高いところに登ったりするでしょ。魔法で探しても、なかなか見つからないことがあるんだよ」


 以前、半日かけて探した猫が、依頼人の家の屋根裏で昼寝していたことを思い出した。あのときは、報酬よりも先に猫へ文句を言いたくなったものだ。


 そんな話をしながら依頼書を見ていると、比較的条件のよさそうな一枚が目に留まった。


「あ、これなんかどうかな」


「どんな仕事?」


「商人さんのお手伝い。倉庫から商品が入った木箱を十箱運んで、お店の棚に並べる仕事だって」


「品出しか」


「シナダシ?」


「店の商品を棚に並べたり、補充したりすることだよ」


「ああ、そういう言い方をするんだね。うん、まさにそれ」


 タクマは少し興味を持ったようで、依頼書へ顔を近づけた。


「場所は?」


「街の東側。倉庫とお店はそれほど離れてないみたい」


「報酬は?」


「一万五千ディールだね」


「一万五千ディール……」


 彼はその金額を口の中で繰り返したあと、私へ顔を向けた。


「リカ、それってどのくらいの金額なんだ?」


「どのくらい?」


「いや、まだこっちの物価が分からないからさ。仕事の内容に対して妥当なのか、判断がつかなくて」


「ああ、そういうことね」


 私は少し考えた。


「安い宿に一泊して、普通の食事を三回くらい食べられる金額かな。ちょっと贅沢したら、ほとんど残らないと思う」


「なるほど。一日分の生活費くらいか」


「そうだね。新人向けの依頼としては、そんなに悪くないんじゃないかな」


「ちなみに、作業時間はどのくらい?」


「…………」


 私は依頼書に視線を戻した。


 作業内容と場所、報酬については書かれている。でも、具体的な終了時刻までは記載されていなかった。


 そもそも、木箱を十箱運んで商品を並べるのに、普通はどのくらい時間がかかるのだろう。


「……さあ?」


「さあ?」


「いや、分かんないものは分かんないよ。こういう仕事、ほとんど受けたことないし」


 タクマは一瞬きょとんとしたあと、苦笑した。


「そっか。じゃあ、受付で聞いてみよう」


「うん。それが確実だと思う」


 私は何食わぬ顔でうなずいた。


 冒険者の先輩として案内しているつもりなのに、仕事の選び方についてはタクマの方がずっと慎重だった。まあ、私は私で、危険な魔物の見分け方や、森で迷わない方法なら教えられる。得意分野が違うということにしておこう。


 私たちは依頼書を持って、受付へ向かった。


     *


「エリナ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「おはよう、リカ。タクマさんも、おはようございます」


「おはようございます」


 エリナはいつもの笑顔で迎えてくれた。朝の受付はそれなりに忙しい時間帯だけれど、ちょうど前の冒険者の手続きが終わったところらしく、私たちの前には誰も並んでいなかった。


「今日は依頼を受けに来たの?」


「うん。これなんだけど、作業時間がどのくらいなのか分からなくて」


 依頼書を渡すと、エリナは内容を確かめ、すぐに心当たりがあるような顔をした。


「ああ、この商人さんですね。この方、夕方から露店を出す人なんですよ」


「へえ、そうなんだ」


「だから、十五時くらいまでには終わらせてほしいんじゃないですかね。もちろん、正確なところは依頼人に確認してもらう必要がありますけど」


 タクマが横から尋ねた。


「ということは、作業が早く終われば、その時点で依頼完了になるんでしょうか?」


「はい。依頼された作業をすべて終えて、商人さんから完了の確認をいただければ大丈夫ですよ」


「分かりました。ありがとうございます」


 タクマは丁寧に頭を下げた。


 エリナは少し感心したように目を細めた。


「タクマさん、初めてなのにしっかりしてますね」


「いえ。仕事を受けるなら、先に確認しておきたいだけですよ」


「ふふ。いいことだと思います」


 エリナは依頼書を机に置き、登録証を確認しようとしたところで、ふと手を止めた。


「ところで、リカも行くの?」


「うん。そのつもりだけど」


「……この依頼に?」


「そうだけど?」


「街の中の運搬と品出しだよ?」


「知ってるよ」


 エリナは依頼書を見て、それから私を見た。


「……リカが付き添う必要、ある?」


 私は一瞬、言葉に詰まった。


 確かに、危険な場所へ行くわけでもないし、魔物が出るような仕事でもない。昨日の研修を終えたタクマなら、一人で受けても問題はないだろう。


 でも、初めての依頼なのだ。言葉が通じるとはいえ、文字も読めず、この世界の常識にもまだ慣れていない彼を、いきなり一人で送り出すのは少し心配だった。


「いや、最初だし。先輩としての責任がね?」


「ふーん」


 エリナが、妙に含みのある笑顔を浮かべた。


「……何?」


「別に?」


「その顔やめろ」


「何も言ってないじゃない」


「言ってなくても分かるの!」


 エリナは肩を震わせながら笑い、依頼書に必要事項を書き込んだ。


「はいはい。じゃあ、タクマさんを主担当、リカを同行者として登録するね。報酬は一件分だから、二人で分けることになるけど、それでいい?」


「うん。私は別に報酬はいらないし」


「そう。じゃあ、問題ないね」


 エリナはそれ以上からかわず、依頼の詳細を説明してくれた。


 倉庫から木箱十箱を店舗へ運び、中の商品を棚に並べること。台車は依頼人が用意していること。商品の配置については、現地で指示を受けること。


 タクマは説明を聞きながら、必要なところで質問を挟んでいた。私は隣でその様子を眺めていたけれど、彼が確認しているのは、どれも仕事を始める前に知っておいた方がよさそうなことばかりだった。


「では、行ってきます」


「はい。気をつけて。リカも、先輩として頑張ってね」


「……もちろん」


 エリナの笑顔が最後まで楽しそうだったのは、きっと気のせいではない。


     *


 依頼先の倉庫は、街の東側にあった。


 大通りから少し外れた一角には、商人たちが使う倉庫や作業場が集まっている。荷車が行き交い、木箱を積み下ろす音があちこちから聞こえてきた。露店で使うらしい天幕を干している人もいて、街の中心部とはまた違った活気がある。


「そういえば、運搬の依頼なんて六年ぶりくらいかもしれない」


 何気なく呟くと、タクマが横目で私を見た。


「……そりゃどうも」


「何、その反応?」


「いや、そんな大先輩に荷物運びを手伝わせることになるとは思わなくて」


「別にいいじゃない。たまには初心に帰るのも悪くないし」


「そういうものか?」


「そういうものだよ」


 私は少し笑った。


 新人だった頃は、こうした仕事をこなしながら実績を積んでいた。重い荷物を運んだり、薬草を集めたり、商店の掃除を手伝ったり。早く討伐依頼を受けられるようになりたくて、掲示板の前で何度もため息をついたものだ。


 あの頃は、魔物と戦えるようになることが冒険者としての成長だと思っていた。今になって自分から荷物運びに参加するとは、当時の私が知ったら驚くだろう。


「ところで、タクマ」


「ん?」


「さっきから仕事の条件を細かく確認してたけど、やっぱり前の仕事でもそうだったの?」


「ああ。住宅の営業をしてると、最初に聞いてた話と実際の条件が違うことなんて珍しくなかったからな」


「そうなんだ」


「家を建てるって、決めることが多いんだよ。予算とか、間取りとか、設備とか。途中で希望が変わることもあるし、工事が始まってから話が違うってなると大変だから、先に確認できることは確認しておくんだ」


「なるほどねえ」


 私はうなずいた。


 タクマが以前、住宅の営業をしていたことは聞いている。けれど、家を売る仕事が具体的にどんなものなのか、まだよく分かっていなかった。


 ただ、話を聞く限り、単に商品を勧めるだけではないらしい。相手の希望を聞き、条件を整理し、いろいろな人と相談しながら一つのものを完成させていく。そういう仕事だったのだろう。


 そんな話をしているうちに、目的の倉庫が見えてきた。


     *


 依頼人は、四十代くらいの商人だった。


 少し日に焼けた顔をした愛想のいい男性で、私たちを見るとすぐに笑顔を浮かべた。


「おお、ギルドの人か。待ってたよ」


「おはようございます。依頼を受けたタクマです。よろしくお願いします」


「私はリカ。今日は付き添いで来たの」


「付き添い?」


「タクマの初仕事だからね」


「なるほど。新人さんか。そりゃ、よろしく頼むよ」


 商人は私たちを倉庫の中へ案内してくれた。


 中には大小さまざまな木箱が積まれ、壁際には麻袋や布の束が並んでいた。乾燥した薬草や香辛料の匂いが混ざり合い、いかにも商人の倉庫という雰囲気だった。


「今日運んでほしいのは、こっちの十箱だ」


 商人が指さした先には、同じくらいの大きさの木箱が十個並んでいた。


「店はここから歩いて十分くらいのところにある。台車を使って運んで、中の商品を棚に並べてほしい。夕方から露店を出すから、できれば十五時までには終わらせてくれると助かる」


「分かりました」


 タクマはうなずき、木箱を一つ持ち上げて重さを確かめた。


「中身はどんなものですか?」


「日用品が中心だな。食器や布、それから小物類だ」


「割れ物もありますか?」


「ああ。陶器が少し入ってる」


「なるほど。でしたら、先にお店の方を見せてもらってもいいですか?」


 商人は少し不思議そうな顔をした。


「店を?」


「はい。商品をどこに並べるか確認してから運んだ方が、作業が早いと思うので」


「……なるほど。確かにそうだな」


 商人はうなずいた。


「じゃあ、先に案内しよう」


 私は少し意外に思った。


 てっきり、すぐに木箱を運び始めるものだと思っていたからだ。


「タクマ、先にお店を見るの?」


「ああ。運んでから置き場所を考えると、二度手間になるだろ?」


「……それもそうだね」


 私はうなずいた。


 言われてみれば、そのとおりだった。


 私なら、とりあえず全部運んでから考えていたかもしれない。


     *


 商人の店は、大通りから少し入った場所にあった。


 それほど大きな店ではないけれど、日用品や雑貨が所狭しと並んでいる。棚には布製品や食器、小さな道具類が置かれ、奥には在庫を保管するための部屋もあった。


 タクマは店内へ入ると、すぐに商品を運び始めるのではなく、入口から奥までゆっくりと歩いて回った。


 棚の位置を確かめ、通路の幅を見て、どこに何が置かれているのかを確認している。


「こちらの商品は、どれが一番よく売れますか?」


「そうだなあ。布や日用品はよく売れるね。あとは小さな陶器なんかも人気がある」


「なるほど。お客さんは、入口から入って奥まで見ていくことが多いですか?」


「いや、入口の辺りだけ見て帰る人も結構いるな」


「そうですか。だったら、よく売れる商品はもう少し入口に近い場所に置いてもいいかもしれませんね」


「ほう?」


「お客さんが探しやすいですし、店の奥まで入らなくても手に取れるので」


 商人は少し考えた。


「……確かに、今は奥の棚に置いてあるな」


「もちろん、今の配置に理由があるなら、そのままでもいいと思います。ただ、今回の品出しに合わせて少し変えてみるのも一つの方法かと」


 タクマはそう言って、店内の通路を指さした。


「あと、ここは少し狭いですね。荷物を持った人が通ると、棚にぶつかりそうです」


「ああ、そこは前から気になってたんだ」


「でしたら、この棚を少しだけずらしてみませんか? 通りやすくなると思います」


 商人は腕を組み、しばらく店内を見回した。


「……なるほど。悪くないな」


 私は二人のやり取りを聞きながら、少し感心していた。


 タクマはこの世界の商売について、ほとんど知らないはずだ。それなのに、商人へ質問を重ねながら、店の使い方を考えている。


 しかも、自分の意見を押しつけるのではなく、相手の話を聞きながら提案していた。


「じゃあ、せっかくだし、その配置でやってみるか」


 商人が笑った。


「頼めるかい?」


「はい。では、まず棚の位置を調整してから、商品を運び込みましょう」


 タクマはうなずいた。


 それから、私へ顔を向けた。


「リカ、ちょっと手伝ってくれる?」


「うん。何をすればいい?」


「この棚、少しだけ動かせるかな?」


「それなら簡単だよ」


 私は棚に手をかけた。


 それほど大きな棚ではなかったので、魔法を使うまでもない。中の商品を一度下ろしてから、タクマの指示した位置へ動かした。


「もう少し右……そう、そこ!」


「ここ?」


「ああ。ありがとう。これで通路が広くなったな」


 タクマは満足そうにうなずいた。


 私は少し不思議な気分になった。


 ……あれ?


 いつの間にか、私が指示される側になっている。


 まあ、別にいいけど。


     *


 店内の準備が整うと、私たちは倉庫へ戻った。


 タクマは木箱を一つずつ確認し、運ぶ順番を決めていく。


「まず、奥の棚に置く商品から運ぼう。手前のものを先に並べると、後で通りにくくなるから」


「なるほど」


「それと、割れ物は最後に運んだ方がよさそうだな。ほかの荷物と一緒に積むと危ないし」


「分かった。じゃあ、私は箱を運べばいい?」


「ああ。お願いできる?」


「もちろん」


 私は言われたとおりに木箱を運んだ。


 タクマは台車への積み方を考え、重い箱を下に、軽い箱を上に置いていく。私はその横で、木箱を持ち上げたり、荷崩れしないように支えたりした。


「リカ、その箱はこっちにお願い」


「はいはい」


「次はその奥の箱。あ、そっちはまだ開けなくていいよ」


「了解」


「ありがとう。じゃあ、台車を押すから、横を見ててくれる?」


「うん。任せて」


 ……何だろう。


 ものすごく普通に指示されている。


 普段の依頼では、私が誰かに指示を出すことの方が多い。討伐でも護衛でも、危険な場面では自分が判断しなければならない。


 でも、今日はタクマが作業の順番を考え、私はその指示に従っている。


 しかも、それが意外とやりやすい。


 次に何をすればいいのか迷わないし、無駄な動きも少ない。


 私は何となく面白くなってきた。


「ねえ、タクマ」


「ん?」


「何だか、大工の親方みたいだね」


「……大工の親方?」


「うん。みんなに指示を出して、仕事を進める人」


「いや、そんな大したことしてないよ」


「そう?」


「ああ。やることを順番に決めてるだけだから」


 タクマは笑った。


 私は少し考えた。


 ……それができるのって、結構すごいことじゃないのかな。


 そんなことを思いながら、私たちは最初の荷物を店へ運んだ。


     *


 品出しの作業も、タクマの指示で進んでいった。


 彼は商人と相談して決めた配置を確認しながら、商品を棚へ並べていく。


「リカ、その布はこっちの棚にお願い」


「うん」


「次は陶器を並べよう。あ、重ねすぎない方がいいな」


「分かった」


「あと、その上の段の商品を下ろせる?」


「それなら、ちょっと待ってね」


 私は風魔法で商品をふわりと浮かせ、指定された場所へ移動させた。


 タクマが一瞬目を丸くする。


「……やっぱり便利だな、魔法って」


「ふふ。そうでしょ?」


「でも、あんまり無理して使わなくていいからな」


「大丈夫だよ。これくらいなら何ともないし」


 私は笑って答えた。


 タクマは少し感心したようにうなずき、すぐに次の作業へ戻った。


「じゃあ、空いたところにこの商品を並べよう。入口から見える向きにして……そう、その感じ」


「了解」


 私は言われたとおりに商品を並べた。


 商人も時々様子を見に来て、配置について意見を出してくれた。


「おお、ここに置くと見やすいな」


「そうですね。入口からでも分かりやすいと思います」


「確かに。今まで何となく並べてたが、少し考えるだけで変わるもんだな」


 タクマは笑った。


「お客さんが買いやすい配置になっていればいいんですけど」


「いやいや、十分だよ」


 商人は満足そうだった。


 私はそんな二人のやり取りを聞きながら、商品を並べ続けた。


 最初は、ただの荷物運びだと思っていた。


 でも、実際には店の使い方を考えたり、商品を見やすく並べたり、いろいろなことをしている。


 しかも、タクマは楽しそうだった。


 剣の研修では少し緊張していたし、魔法の適性検査では戸惑っていた。


 でも、今は違う。


 商人と話しながら、自分で考え、次々と作業を進めている。


 私はその姿を見て、何だか嬉しくなった。


     *


 十箱分の商品をすべて並べ終わった頃、まだ昼を少し過ぎたばかりだった。


 タクマは店内を見回し、商人へ確認した。


「これで、最初にご依頼いただいた分は全部ですね」


「ああ。間違いないよ」


「商品の配置は、これで大丈夫でしょうか?」


「うん。いい感じだ。前よりずっと見やすくなったよ」


 商人は満足そうに笑った。


「それにしても、もう終わったのか。十五時くらいまでかかると思ってたんだが」


「二人で作業できましたからね」


 タクマはそう答えた。


 私は少し得意になった。


「ふふ。なかなかいい連携だったでしょ?」


「ああ、本当に助かったよ」


 商人は笑った。


 それから、何かを思い出したように手を叩いた。


「ああ、そうだ。まだ時間があるなら、もう一つ頼めないか?」


「もう一つ、ですか?」


 タクマが尋ねた。


「ああ。別の倉庫に、まだ運んでおきたい商品があるんだ。そっちは店の裏に置いてくれればいい。品出しまではしなくていいから」


 私は少し考えた。


 運ぶだけなら、そんなに難しくないだろう。


「それくらいなら……」


「ありがとうございます」


 私が答えかけたところで、タクマが口を開いた。


「ただ、追加の作業になりますので、少し内容を確認させてもらってもいいですか?」


 商人はうなずいた。


「ああ、もちろんだ」


「荷物は何箱くらいありますか?」


「十箱ほどだな」


「大きさや重さは、さっきのものと同じくらいですか?」


「そうだね。少し大きい箱もあるが、極端に重いものはないよ」


「運ぶ距離は?」


「ここから歩いて五分くらいの倉庫だ」


「なるほど。店の裏に置くだけで、商品の整理は必要ないんですね?」


「ああ。それで十分だ」


 タクマはうなずいた。


「分かりました。でしたら、追加分の報酬についても相談させてください」


「もちろんだ。最初の依頼とは別の仕事だからな」


 商人はあっさり答えた。


 私は少し驚いた。


 てっきり、追加の荷物もそのまま運ぶことになると思っていたからだ。


 商人は少し考えた後、金額を提示した。


「五千ディールでどうだい?」


 タクマはすぐには答えなかった。


「そうですね……。運搬だけとはいえ、十箱ありますし、積み下ろしも必要ですから。八千ディールではどうでしょう?」


「八千か。少し高いな」


「そうですか。ただ、こちらも今からすぐ作業できますし、今日中に終わらせられると思います」


「……ふむ」


「もちろん、難しければ無理にとは言いません。最初の依頼は完了していますから」


 タクマは穏やかに答えた。


 商人は少し考えた後、笑った。


「……分かった。八千で頼もう。さっきの仕事も丁寧だったしな」


「ありがとうございます」


 タクマは丁寧に頭を下げた。


 私はその様子を見ながら、少し感心していた。


 追加の仕事を頼まれたとき、私は何も考えずに引き受けそうになっていた。


 でも、タクマはまず作業内容を確認し、それに見合う報酬を相談した。


 しかも、商人も嫌な顔をしていない。


 むしろ、納得した様子だった。


「リカ、ちょっといいか?」


「ん?」


「追加の依頼って、ギルドに確認した方がいいよな?」


「あ、そうだね。報酬も変わるし、記録を残しておいた方がいいと思う」


「じゃあ、お願いしてもいい?」


「もちろん」


 私はうなずいた。


 こういう手続きなら、私にも慣れている。


     *


 ギルドで追加依頼の手続きを済ませ、私は商店へ戻った。


 エリナには少し驚かれたけれど、事情を説明すると問題なく受け付けてくれた。


 戻ってみると、タクマはすでに追加の倉庫の場所を確認していた。


「おかえり。どうだった?」


「大丈夫。追加分も正式に受けられるって」


「ありがとう。助かったよ」


「ふふ。任せて」


 私は満足してうなずいた。


 タクマは台車を準備しながら、私へ顔を向けた。


「じゃあ、今度は運ぶだけだから、さっきより早く終わりそうだな」


「そうだね」


「リカ、重い箱から先に積もう。あと、こっちの箱は上に置いた方がよさそうだ」


「了解、親方」


「……誰が親方だよ」


「タクマに決まってるでしょ」


 私は笑いながら木箱を持ち上げた。


 昨日まで、剣も魔法もろくに使えなかった人が、今日は私に次々と指示を出している。


 何だか、ちょっと面白い。


 しかも、指示されたとおりに動くと、実際に仕事が早く進むのだから不思議だった。


 タクマは荷物の数を確認し、台車への積み方を考え、運ぶ順番を決める。


 私は重い箱を運んだり、荷崩れしないように支えたりする。


 それぞれが得意なことを担当しているだけなのに、作業は驚くほど順調に進んだ。


 追加の十箱も、思っていたよりずっと早く運び終わった。


 商人は店の裏に並んだ木箱を見て、満足そうにうなずいた。


「いやあ、助かった。これで明日の準備もずいぶん楽になるよ」


「それはよかったです」


 タクマは笑顔で答えた。


「また何かありましたら、ギルドを通してご依頼ください」


「ああ。ぜひそうさせてもらうよ」


 商人はそう言って、依頼完了の書類に印を押してくれた。


 私はその様子を見ながら、何だか誇らしい気持ちになっていた。


 タクマの初仕事は、どうやら大成功だったらしい。


     *


 ギルドへ戻る頃には、午後もだいぶ進んでいた。


 受付には、いつものようにエリナが座っていた。


「おかえりなさい。二人とも、お疲れ様でした」


「ただいま」


 私は軽く手を上げた。


 タクマは依頼完了の書類を差し出した。


「こちらです。追加分も含めて、すべて終わりました」


「はい。確認しますね」


 エリナは書類を受け取り、内容を確かめた。


「……うん。問題ありませんね。基本報酬が一万五千ディール、追加分が八千ディール。合計二万三千ディールです」


 エリナは報酬を用意し、タクマへ差し出した。


「初めての依頼、お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


 タクマは丁寧に頭を下げた。


 それから、手の中のお金をしばらく見つめていた。


「……これが、こっちの世界で初めて稼いだ金か」


 その声は、少し感慨深そうだった。


 私は思わず笑顔になる。


「よかったね、タクマ」


「ああ。ありがとう、リカ」


 タクマは笑った。


「それにしても、思ったよりいろいろできたな」


「そうだね。しかも追加の仕事まで取れたし」


「まあ、あれはたまたまだけどな」


「そんなことないよ。ちゃんと話をまとめてたじゃない」


 私は首を振った。


 エリナも感心したようにうなずいた。


「そうですね。初仕事で追加依頼まで受けるなんて、なかなかいい出だしだと思いますよ」


「ありがとうございます」


 タクマは少し照れくさそうに笑った。


 私はその様子を見ながら、何だか嬉しくなった。


 昨日の研修では、剣も魔法もまだまだだった。


 でも、今日のタクマは違った。


 商人の話を聞き、店の配置を考え、作業の順番を決め、追加の報酬まで交渉していた。


 私は魔法で重いものを運ぶことはできるけれど、ああいう仕事の進め方はあまり得意ではない。


 それなのに、タクマはごく自然にやってのけた。


 ……もしかしたら、彼は私が思っている以上に頼りになる人なのかもしれない。


「そうだ、タクマ」


「ん?」


「報酬は全部タクマが持ってていいからね」


「え? いや、それは悪いだろ。リカも結構働いてくれたし」


「いいのいいの。私は付き添いだし、生活費にも困ってないから」


「でも……」


「それに、これはタクマが初めて自分で稼いだお金でしょ? 大事にしなよ」


 タクマは少し考えた。


 それから、ゆっくりとうなずいた。


「……分かった。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


「うん」


 私は満足して笑った。


 そのときだった。


「あ、そうだ」


 エリナが何かを思い出したように手を叩いた。


「リカ、今日このあと暇?」


「ん? 特に予定はないけど」


「じゃあ、飲みに行かない?」


「飲みに?」


「そう! タクマさんも誘ってさ。歓迎会!」


 エリナは楽しそうに笑った。


「せっかく新しい仲間が増えたんだし、初仕事も無事に終わったんだから、お祝いしようよ」


「それ、いいね」


 私は思わず笑顔になった。


 タクマは少し戸惑ったように私たちを見る。


「えっと……俺もいいんですか?」


「もちろんですよ。主役がいなかったら歓迎会にならないじゃないですか」


「まあ、それはそうですけど……」


「決まり! じゃあ、仕事が終わったら、いつもの酒場に集合ね」


 エリナは嬉しそうに言った。


「……あれ? エリナ、まだ仕事中じゃないの?」


「だから、終わってからって言ったでしょ!」


「ふふ。そうだった」


 私は笑った。


 タクマもつられたように笑っている。


 初めての依頼を終え、初めての報酬を手に入れたタクマ。


 今日はそれだけでも十分に特別な一日だったけれど、どうやらまだ終わりではないらしい。


 私はタクマの顔を見た。


 昨日まで、彼はこの世界で何ができるのか分からず、不安そうにしていた。


 でも、今は違う。


 今日の仕事で、彼は自分の力がこの世界でも役に立つことを知ったのだ。


 剣が強いわけでも、魔法が得意なわけでもない。


 それでも、誰かの役に立つことはできる。


 そして、私は今日、そのことを誰よりも近くで見ていた。


 ……うん。


 やっぱり、付き添ってよかった。


 先輩としての責任も、ちゃんと果たせたと思う。


 たぶん。


 さて。


 今夜は、どんな歓迎会になるのかな?


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