025 焦りは禁物だが
ただやみくもに資料を読み漁っても仕方ないと思った私は、まず父の教えを乞うことに。
幸い仕事が終わった時間だったのか、父は王宮内にある薬師の控室にいた。
同じ職場で働いてはいるものの、こうやってここで顔を合わすのは、王宮に就職をした日以来だ。
お互い、働きすぎなのも考えものだなとは思う。
父は珍しく訪ねてきた私を見ると、どこか嬉しそうに眼を細めた。
「どうしたんだい、ルクレツィア。ここを訪ねてくるなんて珍しいじゃないか」
「お父様に聞いていただきたい症状の患者がいまして……」
一気に尋ねようとする私に、父は手を前に突き出し制止する。
そしてもう一度穏やかな顔をした後、私を窘めた。
「ルクレツィア、一旦落ち着いてゆっくりと話を聞こうか」
父は書き物をしていたテーブルから立ち上がると、お茶の用意を始めてくれた。
父お手製のハーブティの香りが部屋の中に広がる。
その匂いを吸い込めば、焦っていた気持ちが落ち着いていくのが分かった。
父の言わんとしていることは分かる。
焦れば焦るほど、きっと何かを見落としてしまうから。
我が家では、報告は落ち着いて一つずつ丁寧に。
それがずっと守られてきたのだ。
「で、どうしたんだい?」
父が淹れてくれたお茶に口をつけたあと、私は一つずつ状況を話し始めた。
父は私が話す間は、一切口を挟むことはない。
ただジッと私が話す内容を確認するように、聞いてくれていた。
「ミランダ王女が連れて来た侍女は、確かにその症状からすれば紅檎病なんです。ですが潜伏期間もおかしければ、対症療法でも熱が下がらなくて」
「その侍女の容体は今はどんな感じなんだい?」
「発熱が二日を超え、食事もマトモに摂れない状況は続いているのでかなり消耗してしまってます」
高熱がこれ以上続けば、彼女の体はおそらくもたないだろう。
しかし現状、彼女の体力回復に努め、対症療法として熱を下げるほかやりようがないのだ。
「本来発熱から発疹までは十日かかるのに、発疹が出たのが今日。それはたしかにおかしいね」
「ですよね。私もそう思います。だからお父様、この症状に似た他の病気を知らないか確認したくて」
「うーん。どうだろうね。この国ではその症状なら紅檎病でしかないけれど、隣国なら……」
父はそう言いながら顎に手を当て、考え込む。
でも私もある程度の知識は持っている。
他国でさえ、このような症状の病気は聞いたことがない。
「んー」
「新しい型の病気なのでしょうか」
「なんとも言えないが……。本当に何か見落としているものはないのかい?」
「見落としているものですか?」
侍女の体は、診察も兼ねて清拭したけれど、他の症状は見つからなかった。
一瞬アレルギーか何かの反応かとも思ったけれど、いくら重篤とはいえここまで発熱するだろうか。
しかも熱さましで飲ませたお薬にはまったく反応がないという。
「身体にはその他の症状はありませんでした。ただ彼女がこちらに来て口にしたものは全て確認したわけではありません」
「ルクレツィアが言った症状で、パッと思いつく病気はないなぁ」
「それではやはり紅檎病でしょうか?」
「だが解熱薬の効果はなかったのだろう?」
「……はい」
薬が効かない。
症状も悪化していくばかり。
なんだか嫌な感じね。
あの時に戻ってしまった感覚がどこかあった。
「どうしたらいいんでしょう」
「そうだねぇ。まずこのオーレンの葉を試してみなさい」
父は数多く並ぶ薬棚から、煎じてある葉を取り出してきてくれた。
オーレンの葉は、紅檎病だけではなく他の病の熱を下げる作用がある。
あの流行病でも使われた薬だ。
「これで熱が下がらなければ、その時はまた考えねばならないね」
「そうですね」
「でもいいかいルクレツィア、先入観を持って治療にあたってはいけないよ。よく患者さんを見ること。これが一番大事さ」
「はい、お父様」
もう一度一から考え直そう。
まずはオーレン草を飲ませて、一旦様子を見て、熱が下がったら明日から他の病気を念頭に置いて調整するのがいいわね。
私はひとまず父から薬を受け取ると、足早に侍女の部屋へと急ぐ。
すると偶然というには少し違和感を覚えるようなタイミングで、ミランダ王女たち一行と廊下で鉢合わせてしまった。
父の部屋はただでさえ、王宮の隅だというのに。
この人たちの部屋とは正反対じゃない。
何とは言わないけれど、私の行動を監視して報告している人がいるみたいね。
「これは薬師令嬢、うちの侍女はその後どうかしら」
王女自ら私に声をかけてきたものの、少したりとも侍女を心配している感じはない。
むしろそう、どこか嫌味のようにさえ思える。
「本日診察をさせていただきましたが、熱が大変高く、また体力が落ちてしまっているため、ひとまず本人の体力を戻すようさせていただいております」
「そう。で、診断は?」
頭を下げながら報告をしていたものの、王女のその言葉に私は彼女の顔を見上げる。
王女の口角は上がり、明らかに私を試しているのが見て取れた。
腹が立つ。
私が診断を下せていないことも、分かっているのね。
でもそんな些細なことよりも、自分の侍女が病気だというのにこの態度……。
そんなにまでして私に突っかかるのが楽しいのかしら。
私には全然分からない感覚だわ。
「……まだ診断には至っておりません」
「そうなの? あなたがとても優秀だとレオナルド殿下に後押しされたから任せたと言うのに」
「……申し訳ございません」
「あなたが分からないのならば、うちの医師たちを呼んでもらうのだけど?」
「尽力させていただきます」
もう一度私は深々と頭を下げた。
すると王女はこれ見よがしに、私の頭上で大きくため息をつく。
「別にあなたに任せるのはいいのだけど、うちの侍女に何かあったらあなたたち薬師の責任ですからね」
笑みを含んだ言葉。
その声に自分の感情が黒く染まっていく。
だけど今の私には、王女たちが廊下を通りすぎるまで頭を下げ続けることしか出来なかった。




