八歳の俺に、行くあてはない
涙は止まっていた。
泣き疲れたのかもしれない。
俺は二つの墓の前に座っていた。
ガイルたちは少し離れた場所にいる。
ずっと。
何も言わずに待っていた。
やがて。
重い足音が近づいてくる。
ガイルだった。
俺の隣には座らず。
少し後ろで立ち止まる。
「坊主」
「……うん」
「これからどうする」
分からない。
本当に。
何も分からなかった。
家はモニスにある。
でも。
あそこへ戻ったところで。
父も母もいない。
金がどれくらいあるのかも知らない。
八歳の俺が。
一人でどうやって飯を食う。
どうやって生きる。
前世では三十六年生きた。
働いた。
金も稼いだ。
一人暮らしもできた。
でも。
この世界の俺は八歳だ。
仕事もない。
身分制度も。
税金も。
子供が一人で生きる方法も。
何も知らない。
「……分からない」
正直に答えた。
ガイルは何も言わない。
俺は木剣を見る。
「でも」
「ん?」
少し迷った。
今。
そんな話をすることなのか。
自分でも分からない。
でも。
これだけは。
消したくなかった。
「昨日」
俺は言った。
「父さんに言ったんだ」
「何を」
「聖騎士になりたいって」
ガイルの返事がなかった。
俺は顔を上げる。
大男は。
俺ではなく。
遠くの空を見ていた。
その横顔から。
何を考えているのかは分からない。
少しして。
ガイルが小さく呟いた。
「…………聖騎士、か」
その声だけが。
妙に耳へ残った。
「何?」
「いや」
ガイルは俺を見る。
いつものぶっきらぼうな顔に戻っていた。
「聖騎士になるのは勝手だ」
「……うん」
「だが」
ガイルが腕を組む。
「なるまで、どうやって生きる」
答えられない。
「歳は?」
「八歳」
「最初の選定試験は十歳だったな」
「うん」
「家は?」
「モニス」
「頼れる親戚は」
「……分からない」
本当に知らない。
父方にも。
母方にも。
親戚はいるのかもしれない。
でも。
俺は会ったことがない。
「モニスへ戻って、一人で暮らすか?」
「…………」
無理だ。
分かっている。
でも。
何も考えたくなかった。
今後の人生なんて。
そんなもの。
今日考えられるわけがない。
「分からない」
また。
同じ答えになった。
ガイルは頭を掻いた。
「だろうな」
そこへジルが近づいてくる。
「ガイル」
「ああ」
「まさかとは思うけど」
ジルが俺を見る。
「この子を連れていくつもり?」
「とりあえずな」
「私たちの仕事は安全じゃない」
「分かってる」
「八歳よ」
「見れば分かる」
「そういう話じゃないでしょう」
ジルが睨む。
ガイルは面倒そうに息を吐いた。
「じゃあ、このまま置いてくか?」
ジルが黙った。
「まず次の町までだ」
ガイルが続ける。
「そこで役所なり、教会なり、頼れる場所を探す。それまで一人にするよりはマシだろ」
「……それは」
「それに」
ガイルが俺を見る。
俺の腰の木剣へ視線を落とす。
「お前」
「?」
「聖騎士になりたいんだろ?」
「……うん」
「だったらなおさら、こんなところで野垂れ死ぬわけにはいかねえな」
ジルが。
何か言いたそうにガイルを見る。
「ガイル……」
「なんだ」
「……何でもない」
そのやり取りに。
少しだけ引っ掛かった。
でも。
今の俺には。
それを考える余裕はなかった。
ガイルが俺へ言う。
「どうする」
選択肢なんて。
ほとんどなかった。
モニスへ帰る。
一人で?
この世界について。
何も知らない八歳の俺が?
無理だ。
ここはゲームじゃない。
宿屋へ泊まるにも金がいる。
飯を食うにも金がいる。
夜道を一人で歩けば。
昨日と同じことが起きるかもしれない。
前世で三十六年生きた記憶があっても。
それだけで。
八歳児が生きていけるほど。
この世界は優しくない。
「……行く」
俺は答えた。
「しばらく」
ガイルが頷く。
「決まりだな」
それだけ。
弟子にしてやる。
剣を教えてやる。
そんな言葉はなかった。
ただ。
行く場所のない俺を。
次の町まで連れていく。
それだけだった。
でも。
今の俺には。
それで十分だった。
◇
馬車が動き始める。
俺は窓際へ座った。
腰には木剣。
向かいにはガイル。
ジル。
ダイス。
昨日まで。
名前すら知らなかった人たち。
そして。
窓の外。
丘の上に。
二本の墓標が見える。
**セルウィス・ライラス。**
**ステラ・ライラス。**
少しずつ。
小さくなっていく。
俺は。
ずっと見ていた。
瞬きするのが惜しかった。
目を逸らしたら。
二人が本当に消えてしまうような気がした。
でも。
馬車は止まらない。
墓標は。
どんどん遠ざかっていく。
やがて。
二本の木板が。
朝日に紛れて。
見えなくなった。
俺は膝の上へ木剣を置いた。
柄を握る。
「……行ってくるよ」
誰にも聞こえないくらいの声で。
そう呟いた。




