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剣術競技会

 ガッ!


打ち合った木剣に、腕ごと押し戻されかけた。


『重っ』


正面から押し返すのはやめる。


半歩ずれ、剣先をわずかに下げた。


ウォルスの肩が動く。


そこだ。


空いたところへ打ち込もうと、身体が前へ出る。


その瞬間、俺は柄を返した。


下から木剣を弾き上げる。


「うおっ!」


ウォルスの手から離れた木剣が、地面を跳ねた。


乾いた音を立て、足元へ転がる。


「……これで四回目かよ」


ウォルスが、不満そうに俺を見た。


俺は木剣を下ろし、痺れの残る右手を軽く握る。


まともに受けたのは一度だけ。


それでも、まだ手が痛い。


「肩」


「またそれかよ」


「踏み込む前に動いてる」


「分かってんだよ。直すのが難しいんだろうが」


ウォルスは木剣を拾い、土を払った。


「次は読ませねえからな」


「楽しみにしてる」


最近、ウォルスが朝練へ混ざるようになった。


もっとも、来たり来なかったりだ。


昨日はいなかったくせに、今日は俺たちより先に来ていた。


その横で、ノアが杖を使って魔力を細く流している。


やがて杖を下ろし、ウォルスへ顔を向けた。


「ウォ、ウォルスも魔術、やってみる?」


「いや、やめとく」


返事は早かった。


「使えないわけじゃないんだろ?」


「ああ。でも、俺の柄じゃねえんだよな」


ウォルスは木剣を脇へ置いた。


そして、地面へ両手をつく。


「……何してんの?」


腕立て伏せを始めた。


「そっちかよ」


ウォルスは答えない。


黙々と身体を上下させる。


さっきまで俺と打ち合っていたとは思えない。


『体力あるな……』


俺がノアへ向き直ろうとすると、地面の方から声がした。


「そういやさ」


「何?」


「お前も出るんだろ?」


「何に?」


ウォルスは腕を曲げたまま、こちらを見る。


「剣術競技会」


「……なんだ、それ?」


動きが止まった。


「知らねえのかよ」


「初めて聞いた」


「昨日、上級生が騒いでたぞ。毎年やってるんだってよ」


剣術競技会。


名前だけなら、何をするのかは分かる。


詳しく聞こうとしたところで、朝食の鐘が鳴った。



     ◇



その日の授業の終わり。


エルディンが、教卓へ一束の紙を置いた。


「最後に、来週の行事について話しておく」


教室を見渡す。


「学院恒例の、剣術競技会だ」


前の席で、ウォルスが勢いよく顔を上げた。


こちらを振り返る。


ほらな。


顔がそう言っていた。


「剣に覚えのある者なら、学年も学科も問わん。参加したい者は申込書を出せ」


教室がざわつく。


「上級生ともやるんですか?」


誰かが聞いた。


「ああ。年上だからって、手加減してもらえると思うなよ」


ウォルスが楽しそうに膝を揺らしている。


俺も教卓の紙へ目を向けた。


「ただし、魔術は禁止だ」


エルディンが続ける。


「身体強化もなし。純粋に剣だけでやる」


魔術なし。


身体強化もなし。


『剣だけか』


ガイルと別れてからも、毎朝振ってきた。


それが、どこまで通じるのか。


少し興味が湧いた。


「支給の木剣と防具を使う。有効打一本で勝ち。審判の判定には従え」


紙の束が前の席へ渡される。


「細かい規則はそこに書いてある。出る奴は目を通しておけ」


用紙が順番に回ってきた。


俺は二枚取り、一枚をノアへ渡す。


「当日は街からも客が来る。学院ができた頃から続いてる行事だ。出るなら、ちゃんと準備しろよ」


学院中の剣自慢が集まる。


なら、あいつも出るだろう。


頭に浮かんだのは、姿勢のいい少年だった。



     ◇



授業が終わると、ウォルスがすぐにやってきた。


「で、どうする?」


俺は申込書へ名前を書く。


アドリス・ライラス。


冒険者学科。


「出るよ」


「だよな」


ウォルスが満足そうに頷いた。


「お前なら、結構いいところまで行けんじゃねえか」


「お前は?」


「出るに決まってんだろ」


自分の申込書を目の前へ突き出してくる。


もう書き終わっていた。


「大会じゃ、今日みたいにはいかねえからな」


「じゃあ、また朝練来ないと」


「起きられたらな」


「そこは変わらないのかよ」


ノアが小さく笑った。


「あ、アドリス。僕、応援に行くね」


「ありがとう」


「け、今朝の手合わせも、すごかったから」


「本番でもあれくらいやれればいいけどな」


「う、うん。楽しみにしてる」


俺は席を立った。


ウォルスと並び、教卓へ申込書を出す。


エルディンが二枚の紙を見る。


「分かった」


それだけ言って、ほかの申込書へ重ねた。


教卓を離れる。


少しだけ、身体が軽かった。



     ◇



放課後。


俺は訓練場へ向かった。


競技会までは、朝だけじゃなく授業後も剣を振るつもりだ。


木剣を構える。


足を置く。


踏み込む。


ブンッ。


今朝のウォルスとの打ち合いが頭をよぎった。


あいつの一撃は重い。


上級生なら、もっと強い奴もいるだろう。


足を引き、構え直す。


もう一度。


「アドリス」


声がした。


顔を上げる。


訓練着の少年が、木剣を持ってこちらへ歩いてきた。


背筋が伸びている。


歩いているだけなのに、妙に様になっていた。


「セドリック」


「お前も訓練か」


「ああ。競技会に出ることにしたから」


セドリックが足を止めた。


「そうか」


口元が、少しだけ上がる。


「俺も申し込んだ」


「だろうな」


「何だ、その言い方は」


「お前が出ないわけないと思って」


セドリックは否定しなかった。


俺の横へ並ぶ。


「過去の優勝者には、聖騎士学科の出身者が多い」


「へえ」


「三騎士の一人、クオン様も優勝者だ」


木剣を下ろした。


「クオン様も?」


「ああ」


銀色の髪。


白銀を纏った騎士。


ディアドラで見た光景が蘇る。


あの人も、ここで木剣を握っていたのか。


「お前も、あの方に憧れているのか?」


「うん。初めて聖騎士になりたいと思ったのは、あの人を見た時だった」


「そうだったのか」


セドリックが少し目を細める。


「父上は、歴代でも最強の騎士だと言っていた」


「……だろうな」


俺が見た人間の中でも、別格だった。


「俺は、あの方のような聖騎士になりたい」


セドリックが木剣を握り直す。


「だから、まずはこの競技会で優勝する」


「いきなり一番を狙うんだな」


「出るからには当然だろう」


迷いがない。


いかにもセドリックらしかった。


俺も木剣を見る。


クオンが立った場所。


セドリックが、一番を狙う場所。


ただの腕試しのつもりだったのに、少し欲が出てきた。


「じゃあ、簡単には譲れないな」


セドリックがこちらを見る。


「アドリス」


「何?」


「俺と当たるまで、負けるなよ」


俺は木剣を持ち上げた。


「そっちこそ」


セドリックが笑った。


俺も笑う。


それから互いに距離を取り、剣を構えた。


手合わせはしなかった。


日が傾くまで、訓練場には二人分の風を切る音だけが響いた。

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