人生初めての夢
一話あたりの分量が多いため、8/19に分割対応をしました
翌朝。
窓から差し込む光で目を覚ました。
「アドリス!」
ステラの声が飛んでくる。
「起きたなら準備しなさい。もう行くわよ」
「……はーい」
眠い。
だが。
今日が何の日だったか思い出した瞬間、眠気が吹き飛んだ。
聖騎士団の凱旋式。
俺は昨日より明らかに速い動きで服を着た。
自分でも少し笑える。
聖騎士。
十歳の適性試験を経て。
選ばれ。
訓練を積み。
さらにその中でも生き残った人間だけがなれる。
この国でも上位の戦闘力を持つ者たち。
『そりゃ見てみたいだろ』
前世でも年末になると格闘技をよく見ていた。
人間がどこまで強くなれるのか。
そういうものを見るのは昔から嫌いじゃなかった。
まあ。
聖騎士と格闘家を同列に並べるのは何か違う気もするが。
◇
大通りは昨日以上の人で埋め尽くされていた。
子供。
老人。
商人。
冒険者。
獣人。
窓から身を乗り出している者までいる。
やがて。
遠くから角笛の音が響いた。
続いて太鼓。
歓声が一気に大きくなる。
「来たぞ!」
誰かが叫んだ。
俺も人の隙間から通りを見る。
最初に現れたのは、王国旗を掲げた騎士たちだった。
銀色の鎧。
揃った足取り。
何十人もの聖騎士が、石畳を規則正しく進んでくる。
『……格好いいな』
八歳児の感想そのものだった。
でも。
本当にそう思った。
街道で見た冒険者たちとは、また違う。
統率。
装備。
空気。
明らかに訓練された集団だった。
そして。
歓声が一段大きくなった。
巨大な獣が現れる。
象に似ている。
だが、象よりもさらに大きい。
灰白色の皮膚。
太い四本脚。
額からは二本の角が伸びている。
その巨獣が、豪華な車をゆっくりと引いていた。
「あれ……」
俺は目を細める。
車上に、三人いる。
全身を重厚な鎧で覆った大男。
長い耳を持つ女。
そして中央。
銀色の長髪を風になびかせた男。
三十代半ばくらいだろうか。
端正な顔立ち。
見ようによっては、少女漫画に出てきそうな優男にも見える。
だが。
なぜか。
一番目が離せなかった。
「父さん」
「ん?」
「あの三人は?」
セルウィスの顔が少し誇らしげになる。
「三騎士だよ」
「三騎士?」
「ああ。聖騎士の中でも、特に優れた三人だけに与えられる称号だ」
俺はもう一度見る。
なるほど。
確かに。
沿道の人々の反応が違う。
名前を叫ぶ者。
頭を下げる者。
子供を肩車して見せる父親。
あれだけ騒いでいた冒険者らしき男たちまで、黙って三人を見ている。
「あの真ん中の人は?」
「クオン様だ」
セルウィスが答える。
「現在のアレスで最強とも言われている」
『最強』
思わずもう一度クオンを見る。
だが。
俺には分からない。
ただ立っているだけだ。
剣すら抜いていない。
魔術を使っているわけでもない。
それでも。
『……強そうだな』
理屈じゃない。
そう感じた。
クオンが沿道へ軽く手を上げる。
歓声が爆発した。
「クオン様!」
「三騎士万歳!」
「お帰りなさい!」
人々が笑っている。
嬉しそうに。
誇らしそうに。
その光景を見て。
俺の口から、勝手に言葉が出た。
「僕、聖騎士になりたい!」
言ってから。
固まった。
『……おい』
何言ってんだ、俺。
八歳児か。
いや。
八歳児だった。
だが中身は三十六年生きた男だ。
勢いだけで将来を決める年齢じゃない。
そもそも。
剣術の才能があるかすら分からない。
魔術を使えるかも分からない。
身体能力だって、今のところ普通の子供と大差ない。
聖騎士なんて。
どう考えても簡単になれる職業ではない。
でも。
セルウィスは笑った。
馬鹿にするでもなく。
困るでもなく。
本当に嬉しそうに。
「そうか」
俺を見る。
「じゃあ、頑張らないとな」
「……うん」
ステラも満面の笑みだ。
「だったら王立学院ね!」
「母さん、そこに戻る?」
「当然でしょう。聖騎士になるなら王国史も政治も戦術も知らなきゃいけないんだから」
「まだ適性試験も受けてないよ」
「大丈夫よ」
何が大丈夫なのだろう。
でも。
不思議と嫌ではなかった。
パレードの最後尾。
一人の聖騎士が沿道の子供たちへ向け、掌を掲げる。
小さな炎が生まれた。
赤い火が鳥のような形へ変わり。
空を一周して消える。
子供たちが歓声を上げた。
俺も。
目を離せなかった。
強くなりたい。
魔術を使いたい。
聖騎士になりたい。
前世の俺なら。
まず給料を調べただろう。
勤務時間。
福利厚生。
退職金。
危険手当。
そんなものを全部比較して、それから考える。
でも。
今は違った。
ただ。
『やってみたい』
そう思った。
たぶん。
それだけでよかった。
◇
パレードが終わったあとも、俺は妙に浮ついていた。
露店を見ながら歩いていても、頭の中にはさっきの聖騎士たちが残っている。
そんな俺を見ていたセルウィスが、突然立ち止まった。
「アドリス」
「なに?」
「ちょっと寄っていこう」
連れていかれたのは、小さな木工店だった。
棚には木製の食器や玩具が並んでいる。
そして。
店の奥。
何本かの木剣が立てかけられていた。
「父さん?」
セルウィスは一本を手に取った。
俺の身長と比べる。
「これくらいかな」
「え?」
差し出された。
子供用の木剣。
装飾なんてない。
革紐を巻いただけの簡素な柄。
「聖騎士になるんだろ?」
「いや……」
急に恥ずかしくなる。
「まだなるって決まったわけじゃないよ」
「知ってる」
「適性だって分からないし」
「うん」
「剣術の才能もないかもしれない」
「そうだな」
「じゃあ――」
セルウィスが笑った。
「夢を見るのに、適性試験の結果が必要なのか?」
俺は黙った。
「父さんは魔術師になれなかった」
セルウィスは続ける。
「冒険者にもならなかった」
「……うん」
「でも人生は続いた」
木剣を俺へ差し出す。
「最初に選んだものが、最後まで正解である必要なんてないんだよ」
その言葉が。
妙に深く入ってきた。
前世の俺は。
一度選んだ道を変えなかった。
大学。
会社。
営業。
嫌じゃなかったから。
困ってもいなかったから。
そのまま歩いた。
そして気づけば。
先の景色まで見えてしまったような気になっていた。
でも。
『選び直してもよかったのか』
そんな当たり前のことを。
俺は二度目の人生で教えられていた。
俺は木剣を受け取った。
軽い。
ただの木だ。
それでも。
なぜだろう。
少しだけ重く感じた。
「……これがいい」
「決まりだな」
セルウィスが代金を払う。
横ではステラが嬉しそうに頷いている。
「帰ったら勉強も増やさないとね」
「なんでそうなるの?」
「聖騎士になるんでしょう?」
「母さん……」
セルウィスが吹き出す。
俺も笑った。
◇
昼を過ぎた頃。
俺たちはアレスの城門へ向かっていた。
腰には買ってもらった木剣を差している。
当然、本物の武器ではない。
それでも。
少しだけ歩き方が変わってしまう。
「気に入ったみたいだな」
セルウィスが言った。
「まあね」
「帰ったら素振りでもするか?」
「父さん、剣術分かるの?」
「全然」
「駄目じゃん」
ステラが笑う。
「ちゃんと先生を探しましょう」
「適性試験の前でも?」
俺が聞く。
セルウィスは肩をすくめた。
「やってみたいんだろ?」
「……うん」
「なら、やってみればいい」
城門を抜ける。
首都アレスが少しずつ遠ざかっていく。
王立学院の尖塔。
大通り。
香草ソーセージ。
初めて見た魔術。
冒険者。
三騎士。
クオン。
昨日まで。
俺はこの世界が面白いと思っているだけだった。
未知がある。
それが楽しかった。
でも今日。
初めて。
自分から手を伸ばしてみたいものができた。
聖騎士。
なれるかどうかなんて分からない。
剣の才能も。
魔術の適性も。
何一つ分からない。
それでも。
『なってみたい』
そう思った。
前世では。
何になれば得なのかを考えた。
二度目の人生では。
何になりたいのかを、少しくらい考えてみてもいいのかもしれない。
馬車へ乗り込む。
向かいにはセルウィスとステラ。
いつもの父と母。
膝の上には、父に買ってもらった木剣。
俺は窓の外へ目を向けた。
遠くには、モニスを囲む山々が見えている。
初めての首都旅行は。
最高だった。
――そのときの俺は。
心の底から、そう思っていた。




