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ノア・ダスウィル

 しばらくして。


白髪交じりの髪を後ろへ撫でつけた男性が、数人の教官を連れて現れた。


胸元の徽章が、ほかの教官とは違う。


この人が主任らしい。


「五属性を発現した受験者というのは?」


「この子です」


主任が俺を見る。


頭から足元まで確認するように、ゆっくりと視線を動かした。


「名前は?」


「アドリス・ライラスです」


「使用した杖に異常は?」


「ありません。属性変換を補助する術式も確認されませんでした」


主任が、周囲の教官たちを見回す。


「五属性を実際に見たことがある者は?」


誰も答えなかった。


演習場のざわめきが。


さらに小さくなる。


少なくとも。


この場にいる教官の中には。


五属性を実際に見たことがある人間はいないらしい。


主任が、別の試験杖を俺へ差し出す。


「悪いが、もう一度やってもらう」


「はい」


「今度はこちらが順番を指定する。準備はいいか?」


「大丈夫です」


杖を構える。


主任が俺の手元を見た。


「雷」


周囲の魔元素を取り込む。


自分の魔力で干渉し、雷属性へ変換。


杖先で、黄色い光が弾ける。


バチッ!


「水」


雷属性への干渉を解く。


次の瞬間には、水属性へ切り替える。


薄青色の水球が、木製の的へ命中した。


「地」


土が盛り上がり、小石が動く。


「火」


赤い火球が、的の中央を打つ。


「風」


吊るされた布が、大きくはためいた。


今度こそ。


演習場から、音が消えた。


俺にとっては。


毎朝、ダイスにやらされている訓練と変わらない。


今日は順番を間違えても、杖で頭を小突かれる心配がない。


それくらいだ。


でも。


教官たちの顔には。


先ほどとは違う驚きが浮かんでいた。


「……五属性だけではないな」


主任が呟く。


最初の教官が頷いた。


「はい。属性を切り替えるたびに、制御がほとんど乱れていません」


「指示を受けてから、魔元素を捉えるまでの迷いもない」


別の教官が言う。


「必要な量だけを取り込み、すぐに次の属性へ合わせている」


主任の目が細くなる。


「ごく稀な複数属性の術者でも、一度属性変換を行えば、その干渉の癖がしばらく残る」


杖先へ視線を落とす。


「別の属性へ切り替えるには、普通なら一度制御を整え直す必要がある。それを、この短時間で……」


「しかも五つ全てで、形成が安定しています」


五属性そのものが珍しいことは知っていた。


切り替えの精度がおかしいことも、ダイスから何度も言われている。


でも。


大人の魔術師たちがここまで驚くとは思わなかった。


主任が、俺の名前を記録用紙へ書き込む。


「アドリス・ライラス」


「はい」


「試験終了後、追加の確認を行う。係員の指示に従ってくれ」


「……分かりました」


悪いことをしたわけじゃない。


たぶん。


俺は試験杖を返し、指定された待機場所へ向かった。


その途中。


隣の列から、名前を呼ぶ声が聞こえた。


「次! ノア・ダスウィル!」


「あ」


学院の前で見かけた少年だ。


杖を両腕で抱え。


誰かにぶつかって、何度も頭を下げていた少年。


ノアは、びくりと肩を震わせた。


それから、おそるおそる試験用の杖を受け取る。


「名前を」


「ノ、ノア・ダスウィルです」


「使える属性は?」


「ひ、火です」



教官が木製の的を示した。


「大きな術を作る必要はない。拳ほどの火球でいい」


「は、はい」


ノアは杖を両手で握った。


「い、いきます」


目を閉じる。


次の瞬間。


俺は、思わずノアを見つめた。


『……多い』


周囲に漂っていた魔元素が。


一気に、ノアの身体へ集まっていく。


俺が火球一つを作るときとは。


取り込む量が、まるで違う。


でも。


本当におかしいのは、その後だった。


ノアの体内から流れた魔力が、取り込んだ魔元素へ干渉する。


その瞬間。


ほとんど取りこぼすことなく。


次々と、火属性へ変わっていく。


『何だ、あれ』


火属性への変換が速い。


いや。


効率が良すぎる。


ノアが込めた魔力に反応し。


取り込まれた魔元素が、止めどなく火へ変わっていく。


杖先に、赤い光が灯った。


最初は。


俺が作ったものと変わらない、拳大の火球だった。


それが。


一回り。


また一回り。


見る間に膨らんでいく。


「おい」


教官の表情が変わる。


「その大きさで止めろ!」


ノアの腕が震えた。


「と、止まって……」


それでも。


火球は止まらない。


拳大から。


人の頭ほどへ。


さらに大きく膨れ上がる。


周囲の子供たちが、悲鳴を上げて後ずさった。


「術を解け!」


教官が叫ぶ。


ノアは必死に杖を握っている。


けれど。


火属性へ変換される魔元素の流れが、細くならない。


小さくしようとしているのに。


どんどん大きくなる。


ノアが周囲を見た。


近くには。


同じ試験を受けている子供たちがいる。


教官も。


係員も。


大勢いる。


その瞬間。


ノアが歯を食いしばった。


両腕に力を込め。


杖を、無理やり空へ向ける。


「《イ、イグニス》!」


轟ッ!


巨大な炎が放たれた。


火球というより。


炎の塊だった。


木製の的を大きく外れ。


青空へ向かって駆け上がっていく。


遅れて。


熱い風が、演習場を吹き抜けた。


子供たちの髪や服が激しく揺れる。


上空まで昇った炎が弾け。


赤い火の粉となって、光のように散っていった。


演習場が静まり返る。


ノアは杖を持ったまま、立ち尽くしていた。


顔が真っ青になっている。


「す、すみません……」


周囲から、小さな声が聞こえた。


「外したのか?」


「危ないよ、あいつ……」


「近づかない方がいいんじゃない?」


子供たちが。


ノアから少しずつ距離を取っていく。


でも。


違う。


『外したんじゃない』


俺には見えていた。


術を放つ直前。


ノアは、的を見ていなかった。


周りにいる人間を見ていた。


そして。


炎が誰かへ向かう前に。


最後の瞬間、自分で杖を空へ向けた。


教官が、ノアの前へ立つ。


「魔力量は、同年代の水準を大きく超えている」


記録用紙へ、何かを書き込む。


「魔元素の取り込み量も多い。さらに、火属性への変換効率が異常に高い」


ノアが俯く。


「出力だけなら、十歳の域ではない」


周囲が、また小さくざわつく。


「だが、形成が安定していない。出力を絞ることも、狙った威力で止めることもできていない」


「す、すみません……」


「謝る必要はない。できないことを知るのも、この試験の目的だ」


教官は、炎が消えた空を見上げた。


「少なくとも、周囲へ当てないように射線を変えた判断は悪くなかった」


ノアが、僅かに顔を上げる。


「今日は、これ以上出力しなくていい。係員のところで杖を返してきなさい」


「は、はい……」


ノアは肩を落とし。


杖を抱えるようにして、試験場所から離れていった。


俺は。


気づけば、ノアの後を追っていた。


「なあ」


ノアが、びくりと振り返る。


「え、え?」


「今の、すごかったな」


「…………」


褒められると思っていなかったらしい。


ノアが目を丸くする。


「火力もすごかったけど」


俺は、空を見上げた。


「最後。誰にも当たらないように、上へ逸らしただろ」


「み、見えてたの?」


「うん」


「ち、違うよ。僕は、止められなかっただけで……」


「でも、人には当てなかった」


ノアが口を閉じる。


抱えた杖へ視線を落とした。


「ぼ、僕の近くにいない方がいいよ」


「何で?」


「う、うまく止められないんだ。小さくしようとしても、どんどん大きくなって……」


杖を握る指に、力が入る。


「け、怪我をさせるかもしれない」


ただ、気が弱いだけじゃない。


自分の術が。


誰かを傷つけることを怖がっている。


「じゃあ、一緒に練習しようぜ」


「え、え?」


ノアが、また顔を上げた。


「俺には、お前みたいな火力は出せない」


これは本当だ。


どれだけ頑張っても。


今の俺には、あれほどの炎を作れない。


「でも、制御なら得意だ」


「…………」


「お前は大きくするのが得意で、俺はそんなに大きくはできない」


ノアは大きくしたいわけじゃないだろうけど。


「俺は小さく扱える。でも、お前は小さくは扱えない」


俺は笑った。


「なら、ちょうどいいだろ」


「ちょ、ちょうどいい……?」


「お互いに、持ってないものを持ってる」


ノアが、俺の顔を見る。


「王立学院に入るつもりなんだろ?」


「は、入れたら……」


「じゃあ、二人とも入れたら一緒に練習しようぜ」


「い、いいの?」


「何が?」


「ぼ、僕と一緒に練習しても……」


「もちろん」


俺はノアへ手を差し出した。


「俺はアドリス」


ノアは、差し出された手をしばらく見つめていた。


それから。


おそるおそる、自分の手を重ねる。


その手は。


まだ、僅かに震えていた。


「ノ、ノア・ダスウィル」


一度、自分の名前を言い直してから。


小さく笑った。


「あ、ありがとう」


それが。


俺とノア・ダスウィルの出会いだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。

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