第30話 絶対零度
不定期投稿になりやすいですが月1回更新できるようにしていきます!
ペイジンと黒猫ニィの周囲を、猛烈な勢いで回転する吹雪が巨大な円を描くようにして囲い込んだ。その壁は高く、外の景色を完全に遮断するほど濃密で、逃げ場を許さない氷の檻と化していた。
ペイジン「ひぃッ!!寒い.....」
あまりの低温にペイジンの指先は感覚を失い、吐き出す息さえも目の前で凍りついていく。ガタガタと震える体を抱きしめるのが精一杯で、先ほどまで握っていたステッキを拾い上げる余裕さえない。
ニィ「退路を絶たれたみたいニィ....!」
ニィは毛を逆立てて周囲を警戒するが、上下左右、どこを見渡しても白銀の嵐が吹き荒れている。この円の内側から出ることは、死を意味するほどの極寒に身を投じるのと同義だった。
クリスタ「もう、どこにも行けない。あなたも、私と一緒にここで凍るの」
吹雪の円の中央で、クリスタが静かに手を広げる。彼女の周囲だけは風が止んでいたが、その瞳には凍てついた孤独が深く沈んでいた。
ペイジン「そんな.....。一緒に凍るなんて、冗談じゃないわよッ!」
ペイジンは震える声で叫び返すが、足元の石畳からは霜が這い上がり、彼女の靴を地面に縫い付けようとしている。
ニィ「ペイジン、なんとかしてこの吹雪を突破しないと、本当にここで氷像にされてしまうニィ!」
追い詰められた一人の少女と一匹。逃げ場のない白い監獄の中で、クリスタの悲しみに満ちた魔力だけが、どこまでも冷たく膨れ上がっていった。
クリスタ「私の力でこの世界の子供たちに極寒の夢を見させるの.....冷たく氷みたいな....絶対零度を...ッ!!」
クリスタが両手を高く掲げると、周囲を囲む吹雪の壁がさらに巨大な渦となり、空を覆い尽くさんばかりに逆巻いた。彼女の瞳からは青白い光が溢れ出し、その冷気は魂の芯まで凍えさせるような重圧を放っている。
ペイジン「そんなことさせないッ!!」
ペイジンは凍える足に力を込め、目の前の少女を真っ直ぐに見据えた。寒さで震える唇を噛み締め、恐怖を振り払うように叫ぶ。
ニィ「ペイジン、あの子の魔力が限界を超えて、街の外まで広がろうとしてるニィ!これ以上やらせたら、本当に世界中が眠ったまま凍りついてしまうニィよ!」
クリスタ「みんな、静かに眠ればいい。悲しいことも、苦しいことも、全部凍らせて.....私が守ってあげるの。この永遠の氷の中で.....ッ!!!」
クリスタの背後から放たれた絶対零度の余波が、広場の建物を次々と白銀の結晶に変えていく。ペイジンの目の前で、石畳がダイヤモンドダストを巻き上げながら鋭い氷の牙へと姿を変え、一斉に牙を剥いた。
ペイジン「守るなんて、そんなのただの押し付けよ!子供たちが求めてるのは、冷たい夢なんかじゃない、温かい明日なんだから!」
ペイジンは地面に落ちていたスリーピィーステッキを必死に手を伸ばして掴み取った。ステッキの先が微かに熱を帯び、彼女の周りだけわずかに氷が溶け始める。
クリスタ「黙って.....!温かさなんて、いつか消えるわ!氷だけが、永遠なの.....ッ!!」
クリスタの絶叫と共に、円を描いていた猛吹雪が内側へと凝縮し、巨大な氷の嵐となってペイジンを飲み込もうと襲いかかった。
クリスタが振り下ろした手に応じるように、周囲の猛吹雪から巨大な氷の塊が次々と生成され、弾丸のような速さで撃ち出された。
ペイジン「ああっ……!?」
逃げ場のない吹雪の円の中で、ペイジンは避ける間もなく正面からその衝撃をまともに受けてしまった。鈍い衝撃音と共に、ペイジンの小さな体は後方の氷壁まで吹き飛ばされる。
ニィ「ぎにゃあああッ!!!」
隣にいたニィもまた、飛来した氷の欠片に叩きつけられ、地面を何度も転がった。
ペイジン「う……、くっ……!!」
ペイジンは背中の激痛に顔をしかめ、冷たい地面に膝をつく。服の至るところが破れ、氷の礫で切った頬から微かに赤い血が滲むが、それさえも瞬時に寒さで凍りついていく。
ニィ「ペイジン! 大丈夫ニィ!? 意識をしっかり持つニィ!」
ニィはふらふらと立ち上がるが、その体も氷の衝撃で深いダメージを負っていた。
クリスタ「無駄よ……。私の絶対零度からは、誰も逃げられない。その痛みも、熱も、すぐに消してあげる……」
クリスタは無感情に告げると、さらに巨大な、尖った氷柱を頭上に形成し始めた。それは倒れ伏したペイジンたちを今度こそ完全に貫き、永遠に固定するための処刑装置のようだった。
ペイジン「……まだよ。こんなところで、凍らされてたまるもんですか……!」
ペイジンは震える手で、手放しかけていたステッキを再び強く握りしめる。視界がかすみ、全身が凍りつきそうな極限状態の中で、彼女の瞳だけはまだ諦めという色に染まってはいなかった。
クリスタ「懲りないね.....なら、こいつはどうかしら?」
クリスタが冷たく言い放つと、彼女の周囲に浮かんでいた無数の氷柱が合体し、巨大なドリル状の氷塊へと姿を変えた。それは猛烈な勢いで回転し、周囲の空気を吸い込みながら殺人的な冷気を撒き散らしている。
ニィ「危ないニィ!!!さっさと早く逃げるニィ!!直撃したら今度こそ粉々だニィッ!!」
ニィは必死にペイジンの服を引っ張り、絶叫に近い声を上げた。しかし、絶体絶命の瞬間、ペイジンは逃げるどころか、その場に棒立ちになったまま妙に力の抜けた表情を浮かべた。
ペイジン「( ᵔᢦᵔ )」
ニィ「何浮かれてるニィッ!!??この状況でその顔はあり得ないニィ!!脳まで凍りついたのかニィッ!!??」
突如として現れたペイジンの謎の笑みに、ニィのツッコミが夜の広場に響き渡る。だが、クリスタの攻撃は容赦なく放たれた。巨大な氷のドリルが、空気を切り裂く轟音と共に二人を飲み込もうと迫る。
ニィ「ぎゃあああああ!!!!」
ニィの悲鳴が猛吹雪の中に消えていく。回避行動を一切取らなかったペイジンと、それに巻き込まれた黒猫の運命は、文字通り白銀の爆発の中に消し飛ばされたかに見えた。
巨大な氷のドリルが直撃する寸前、間一髪でほうきが勝手に跳ね上がり、二人は雪煙の中へと逃れた。
ニィ「死ぬかと思ったニィ……!ペイジン、さっきのあの顔は何だったんだニィッ!!」
ニィが鼻に雪をつけたまま猛抗議すると、ペイジンは頭を掻きながらバツの悪そうな顔で答えた。
ペイジン「あ!ごめん...いや、クリスタに氷や雪綺麗だなーって....」
ニィ「はぁぁぁぁッ!!??この状況で何を見惚れてるニィ!殺されかけてるんだニィよッ!!」
ペイジン「だって、あんなにすごい魔法、見たことないんだもん。冷たいけど、キラキラしてて……本当はもっと、別のことに使えばいいのにって思っちゃって」
クリスタ「……綺麗……?」
二人のやり取りを聞いていたクリスタの手が、ぴたりと止まった。その瞳に宿る絶対零度の光が、困惑に揺れる。自分の力を恐れ、拒絶し、あるいは止めろと叫ぶ者はいたが、この極限状態で見惚れる者など一人もいなかったからだ。
ニィ「感心してる場合じゃないニィ!綺麗すぎて死んじゃったら元も子もないニィッ!!」
ペイジン「わかってるわよ!でも、あんなに綺麗なものを作れる子が、世界を凍らせるだけの悪い子だなんて、どうしても思えないんだもん!」
ペイジンはステッキを握り直し、吹雪の向こうに立つクリスタを真っ直ぐに見据えた。その瞳には、恐怖ではなく、純粋な好奇心と少しの同情が混じった温かい色が灯っていた。
ゴオオオオオオオオオオッ!!!
その時、クリスタが両手を突き出すと、それまでとは比較にならない規模の絶対零度のブリザードが放たれた。大気が凍りつき、白い闇となって視界のすべてを飲み込んでいく。
ペイジン「ぐ....ッ!!」
バリバリバリッ!!!
凄まじい音を立てて、ペイジンの足元から肩口にかけて瞬時に氷の結晶が這い上がり、その自由を奪っていく。一歩も動けないまま、極寒の嵐が容赦なく体温を奪い去ろうとする。
ニィ「ぎにゃあああッ!!凍る、凍ってしまうニィ!!」
ヒュオオオオオッ!
ニィもまた、暴風に煽られながら必死にペイジンの服にしがみついた。周囲の空気そのものが凍り、呼吸をするたびに肺の奥がナイフで切り裂かれるような鋭い痛みが走る。
クリスタ「……これが、私の本当の姿。綺麗だなんて言ったこと、後悔させてあげる……ッ!!」
ドォォォォォン!!!
クリスタの背後で巨大な氷の翼が羽ばたき、さらに密度の高い冷気の波動が円形に広がった。広場の時計塔が凍結の重みに耐えかねて、みしみしと不気味な音を立てて歪み始める。
ペイジン「……く……あ、きらめ……ない……わよ……!!」
カチ、カチ……。
ペイジンの身体を覆う氷が厚みを増していく中で、彼女の手の中にあるステッキの先だけが、吹雪に抗うように赤く、熱い輝きを放ち続けていた。
ペイジン「どうして...そんなに夜を凍らせるの?」
ヒュオオオオオオッ!!
ペイジンの問いかけは、吹き荒れる嵐の音に掻き消されそうになりながらも、真っ直ぐにクリスタへと届いた。クリスタの肩が微かに震え、氷の翼がさらに鋭く逆立つ。
クリスタ「....夢を見ればまた失う。悲しみに凍えるならば初めから眠らなければいいッ!!!!」
ドォォォォォン!!!
彼女の叫びに呼応して、周囲の氷壁が爆発的に膨れ上がり、天を突くような巨大な氷の檻が広場を完全に封鎖した。クリスタの瞳からは、絶望と怒りが混ざり合った青白い涙が溢れ出す。
ペイジン「でも、それじゃあ朝も未来も訪れないよッ!!!!」
バリバリバリッ!!!
ペイジンは全身を縛り付ける氷の枷を無理やり引き剥がそうと、力を込めた。ステッキの宝石が真っ赤に燃え上がり、周囲の冷気を蒸発させて白い霧を立ち昇らせる。
ニィ「ペイジン、無茶ニィ!これ以上魔力を使ったら、君の体まで持たないニィッ!!」
ペイジン「いいの!あの子、あんなに悲しい魔法を使ってるんだもん!放っておけるわけないじゃないッ!!」
ジュウウウッ!!
ペイジンの放つ熱と、クリスタの絶対零度が真っ向から衝突し、広場には凄まじい衝撃波が駆け抜けた。氷が溶け、再び凍りつく音が、まるでお互いの心がぶつかり合う悲鳴のように響き渡る。
クリスタ「未来なんていらない.....!明日が来るのが怖いから.....だから、全部止まってしまえばいいのッ!!!」
パキィィィィィィン!!!
クリスタがさらに両手を振りかざすと、広場の上空に巨大な「氷の月」が形成され、その冷たすぎる光がペイジンたちを射抜いた。
ペイジン「スリーピィーステッ....キ...ッ!!....ステッキを持ってる片手が....ッ!!!」
パキパキパキッ!!!
ペイジンの右腕を、残酷なまでの速度で氷の結晶が侵食していく。ステッキを握る指先から肘にかけて、白銀の氷が皮膚を覆い、その熱を奪い去っていく。あまりの冷たさに、ステッキの輝きが微かに陰りを見せた。
ゴオオオオオオオオッ!!!
クリスタ「まだ抗うの……? なら、その熱ごと凍りつきなさいッ!!!」
クリスタが両手を前へ突き出すと、先ほどを遥かに凌ぐ規模の絶対零度のブリザードが放たれた。それはもはや風というより、空間そのものを凍結させながら進む死の奔流だった。
ドォォォォォン!!!
ニィ「ぎにゃああああッ!! 体が、動かないニィッ!!!」
ニィの黒い毛並みは一瞬で真っ白な霜に覆われ、ペイジンの肩の上で小さな氷像のようになって固まってしまう。ペイジン自身の身体も、足元から腰、そして胸元へと氷がせり上がり、自由を完全に奪われていく。
ペイジン「ぐ……ッ! あ……あぁ……ッ!!」
バリバリバリッ!!!
吹雪の衝撃が全身を叩き、ペイジンの視界が白く染まっていく。クリスタの放つ絶対零度は、彼女の心臓の鼓動さえも止めようとするかのように、容赦なくその体温を削り取っていった。
クリスタ「これで終わりよ。誰もいない、静かで綺麗な、永遠の夜へ……」
絶叫に近い吹雪の音の中で、クリスタの悲しげな瞳だけが、凍りついていくペイジンをじっと見つめていた。
クリスタ「なぜ私の邪魔をするんだッ!!!!」
ドォォォォォン!!!
クリスタの絶叫と共に、広場の石畳が激しく爆ぜ、天を突くような氷の柱が何本もそびえ立つ。彼女の周囲には、もはや近づくことさえ許さない絶対的な拒絶の波動が渦巻いていた。
ペイジン「だって...君が本当はすごく寂しいんじゃないかなって.....気づいちゃったからだよ.....。」
氷が胸元まで迫る極限状態の中で、ペイジンは静かに、そして温かく微笑んだ。その瞳には恐怖の色はなく、ただ目の前の少女を包み込もうとする慈愛だけが宿っていた。
キラリ……。
ペイジンの手の中で、消えかけた星の魔法が最後の微かな輝きを放つ。それは冷たい吹雪の中で今にも消えそうな、けれど決して凍ることのない小さな灯火だった。
クリスタ「……ッ!!」
その微笑みが、クリスタの凍てついた心の深淵を真っ直ぐに射抜く。クリスタは一瞬の動揺を打ち消すように、心の奥底からの絶望をそのまま氷雪となって解き放った。
ゴォォォォォォッ!!!
蒼い光が夜空を裂いて、凍てつく風がペイジンの身体を完全に包み込む。それは世界から一切の熱を奪い去り、すべての感情を停止させるための終焉の光だった。
クリスタ「もう眠らなくていい。全てを凍らせて...悲しみを断つ。私の仕事よ。」
クリスタの声は、吹雪の音に混じってどこまでも虚しく響いた。
ペイジンの瞳に、静かに涙が浮かび上がる。その涙が頬を伝い落ちるよりも早く、ペイジンの周囲の大気が結晶化していく。
パキィィィィィィン……!!!
スリーピィーステッキの先にあった小さなねむり星が、無情にも氷の結晶の中に閉じ込められていく。温かな魔法の残滓は、絶対零度の闇に塗りつぶされていった。
バリバリバリバリッ!!!
そして、ペイジンとニィの身体は、逃れようのない巨大な氷の棺に閉ざされてしまった……。
広場には、ただ激しい風の音だけが虚しく響き渡る。氷の棺の中で静止したペイジンの微笑みは、クリスタの孤独を照らし続けるかのように、白銀の世界に深く、深く沈んでいった。




