半年祭まで
いつもは6時半に起床するライラだが、もうこの時期は、窓の遮光カーテンを寝る前に半分ほど開けておくと、朝方、差し込む日差しで、6時前には自動的に目が覚める。
ガバッと寝床から起き上がると、早速、ポイポイと寝巻を脱ぎ、動きやすい運動用ウェアに着替える。
全身タイツのようなそれは、ピッタリと身体のラインを強調するが、ストレッチ性は抜群で、且つ軽く動きやすい。
フンフンと軽く鼻歌交じりで、いつものように 頬をペシペシ叩きながら壁にかけてある大きな楕円形の鏡で身嗜みチェック。手櫛で髪をチョイチョイと整え、そのまま頭のツノを撫でる。両側頭部の巻角は、すでにもう表面はツルツルに磨かれているが、半年祭までには更にピッカピカに磨き上げる予定だ。
そっとドアを開け、まだ仄暗い廊下を通り、トントンと軽快に階下へ降りると、リビングから屋外のテラスへ。
ダンスシューズを履いて、まずは深呼吸、そして日の光を一杯に浴び、グッと大きく伸びをしてストレッチを始める。
ヒョイと片足を上げ、軽々とI字バランスをするライラの柔軟性と、ブレない体幹の強さは幼少期から日々積み重ねた訓練の賜物だ。
「訓練」というのは勿論、踊りの、ではない。最重要人物と同居しているアルフとライラは言うまでもなく教会警備隊の選りすぐりだ。決して「アズマ好みの褐色肌爆乳美人姉妹(コバリ談)」だから選ばれた、という訳ではないのだ。
朝のこの時間はまだ肌寒いが、入念にストレッチしたライラの褐色の肌はすでに薄っすら汗ばんでいる。準備完了、とフーーッと息を吐き、テラスの端にポジションを取る。
スッと伸びあがると同時にその場でターン、グッとお腹を引き締め、体幹の軸を意識しアタマの上から吊られているような感覚を保ちながら、クルリと回る。
クルクルとその場で回り、回転軸を確認したのち、フンっと気合を入れ、ライラはリズミカルにステップを踏み、クルリクルリと回転しながらテラス全体を移動する。
昨年、ライラは4大祭のひとつ、平和記念祭で踊りを奉納したが、今年はいよいよ半年祭でも、主要キャストである「白花弁」役で舞うことになった。
「白花弁」はその名の通り、風に舞う花弁をイメージしたもので、常に回転しながらホール全体をグルグルと移動する。まさに白い花のような踊り手たちが、延々回り続ける姿は圧巻だ。稽古を始めた頃、それなりに鍛えているライラでも、踊り終盤になるとさすがにフラついていたのだが、慣れというのは大したもので、最近では顔を切らなくても、目が回ってフラつくような事も無い。
何にでも慣れるのね、人って、と思いつつスムーズな荷重移動のための運足を意識しながら回り続けるライラ。
しばらくテラスでクルリクルリと回転移動していると、リビングにアルフの姿が見えた。もう朝ごはんの支度の時間だな、とゆっくり回転を止め、室内からこちらを窺っているアルフに優雅に会釈する。
「おはよう!」とテラスから、室内へと戻り、元気に挨拶するライラ
「おはよう、朝から精が出るわね」とサラダ用の野菜をちぎって盛り付けながら、アルフが微笑む。ライラは洗面所でジャブジャブ手と顔を洗い、キッチンへ戻り朝食の支度を手伝う。
コバリとアズマの行動予定は基本的に機密事項なので、詳細には知らされないが、教会警備隊からアルフには定期的に連絡が入る。その情報については食事の際などに共有している。
「今日、中央から北方地区へ移動するらしいわ」
「北方? トニトルサ?」
オープンサンドをパクパク食べるライラ
「そうね」
「そして、ガレーネ・タウ」
そんなライラのコップに冷えた羊乳を注いであげるアルフ
「紅天龍にお目通り、なのね」
さすが、アズマさん!と、グイッと羊乳を呷り、ちょっと興奮気味のライラ。
かつては神様同様の崇敬を受けていた紅天龍は、現代においても人気は高い。特に北方の民族にとっては変わらず崇拝の対象だが、現代では天龍の棲息する地域は「特区」に指定され、基本的に龍の巫女の一族と、一部の関係者しか出入りできない。一般人にとっては、実物を目にする機会はほぼ皆無だ。
コバリに言わせると
「まぁ、神様というよりは、正直、知能の高い恐竜、といったところなんだけどね」とのことだが、古のころ、宙を舞い雨を降らせる巨大な龍を目の当たりにした者には、神にも等しい存在に感じられたことだろう。
モグモグ食べながら、んーと考えるライラ。
トマス博士やマリア・クシナダ最高顧問に、コバリとアズマ、稀人はほぼ神様みたいなものだけど…
やっぱり神様といえば、聖イリヤ、テンマ様に
キリヤ様だなぁ…
1年に1週間だけ、開祖キリヤ・キサンティが目覚める半年祭まで、あと少し。
「ああ」
「いらしてたのですね」
エピクラデゴルファの教会警備隊支部の最奥、シェルター兼用の応接室、いつの間にか現れ、長椅子に座るアズマに勢いよく抱き着こうとしていたマリアだが、一人掛けソファに腰掛けニコニコ微笑むミロクに気付いて、抱き着くのは思い止まり、
「ご苦労様です」と、畏まってペコリと頭を下げる。
ヨイショと身を起こすミロク
「いえ、あなたこそ」
で?という感じでマリアを見る
「潰せなかったでしょ?」
「そうですね」赤縁メガネの位置をチョイと直し、ウーンと腕組みするマリア
「間違いなく手ごたえはあったんですけどねぇ」
まあねぇ、とミロク
「触れる、からといって」
「潰せる、ということではないのよ」
そのことについては、既に一同、聞いてはいた、が、やはり実際に経験すると奇異な感覚だ、とマリア。
「理屈では分かってるんですけど…」
と自分の拳をジッと見つめ、グーパーと開いたり閉じたりする。
その間、せっかくだから、とコバリが余分に用意してあった茶碗に、マリアとミロクにとポットからお茶を淹れ、テーブルに並べる。
ミロクは一人掛けソファから、萌黄色のマキシ丈ワンピの裾を翻し、コバリの隣へと軽やかに移動する。その光景を見て、やはり先程の少女、というか少女の形をした何か、に似ているな、と思うアズマ。
ま、顔は覚えてないんだけどね。
「庭の監視カメラを確認したのですけど」
コバリからソーサごとお茶を受け取り、一口啜るマリア
「やはり怪しい人物は映っていませんでした」
そりゃあね、とミロク
「人の記憶を弄れるヤツだもの」
「監視カメラの映像記録を改竄するのなんて、どうってことないでしょうね」
への字口のマリア
「システムに侵入された形跡はなかったようですけど…」
基本的に教会警備隊、各支部のセキュリティシステムはトマス博士以下、中央技術研究所の開発した特別製で完全なクローズド。記録の改竄など不可能だ。
小首を傾げ微笑むミロク。
「難しい事は良く分からないけど、システムには侵入していないのでしょうね」
への字口のまま、顔を顰めるマリア。キレイな顔が台無しだ。
うー、と唸りながら、隣のアズマを睨む。
イヤ、俺もわからんよ、こっち見んなや。
「そんなにややこしい話ではない」
お茶請けの焼き菓子をポリポリと齧りながらコバリ
「ミロクと同じように」
「電磁波の精密操作が出来るなら、特定方向から見る光学的なビジョンをいじるのは、そんなに難しくはない」
カチャリと茶碗をテーブルに置くと、アズマとマリアに
「ちょっと見てて」と茶碗を指差す
と、急に茶碗が消える。
おぉ、と歓声を上げるアズマとマリア
「こんな感じね」
いや、お前もできるんかい、とアズマ
この程度の範囲ならね、とコバリ。さすが「万能」だ。
「ミロクのように」
「触覚までは再現できないけどね」
フフンと少し得意げなミロクが、お茶を啜る。
物質は電荷を持つ電子と陽子からなる原子で構成されているので、触る、というのは結局、原子外殻のマイナス電荷を持つ電子同士の相互作用だ。
ミロクは超精密な電磁波操作で、あたかも少女がそこにいるかのように外観と触角を再現している。言うは易いが途轍もない難易度だ。
観測の結果、そこに存在するようにしか考えられない、が実際はいない。
哲学的ッスねぇ、そうだなぁ、とウンウン頷く能天気組。
まぁ、2人とも哲学の勉強なんてしたことは無いのだが。
そんな2人をカントやハイデガーぐらいは読めや、とジトッと睨むコバリだが、この世界には「純粋理性批判」や「存在と時間」の書籍自体が無いわね、と言葉を飲み込む。
まぁ、哲学の前に数学、物理学、経済学など学ぶべきことは多々あるので、そちらを優先だな。と1人ウンウン頷くコバリ。
皆がお茶をいただき、ちょっと落ち着いたところで
「アイツが『無貌』なのは、今に始まったことじゃない」
「顔を覚えていないのは気にしなくて良い」
アズマを促すミロク
「覚えている会話の内容を教えて」
接触時間はリアルタイムでは0.5秒程度だから、記憶の改竄は無かったのではないか、とミロク
えーっと、と覚えている会話の内容を時系列に沿って要約して語り始めるアズマ
今日は何しに来たのですか?
―君と話すために
どこから来たのですか?
―南の方から、とだけ言っておくよ
―中央では何をしてきたんだい?
観光ですかね
―何か仕事もしたのだろう?
難しい事はコバリにまかせてあります
等々…
―マリア・クシナダは最強ではあるが万能ではない
と言ったところで、マリアが無表情になる。ご立腹のようだ。
イヤ、俺が言った訳じゃないよとビクビクするアズマ
一通り話し終えた後
「なるほど」と頬杖をつくミロク
「アイツはアズマをスカウトしに来たってことなのかしら」
フンッと鼻で笑うコバリ
「ま、本気ではないでしょうけど」
そりゃそうだろうなぁ、とアズマ
じゃあ、アイツは何しに来たんだろう?とは素朴な疑問だ。
「嫌がらせでしょう」
いつの間にか立ち上がり、ソファの脇に無表情で腕組み仁王立ちのマリア。
ご立腹継続中のようだ。
んーっとミロク
「まぁ、情報収集と情報操作、でしょうけど」
「ホントのところは、おしゃべりしたかったんでしょうね」
「あなたと」
とジッとアズマを見つめるミロク。
いやぁ、となんか照れるアズマ。
コバリはソファに凭れかかり腕組みし、考え込んでいる。
やはり、最後の言葉が気になるようだ
―人類が全て、いなくなった後
―ボクは1人、この星に立つ
「アズマの言う通り」
「その先に何があるというのかしら?」
「単なる捨て台詞だろう」ソファに凭れ目を瞑るミロク
「アイツの言う事を1から10まで真に受けるな」
隣のミロクをチラリと見て、そうですねぇ、と再びソファに凭れるコバリ
おや?と違和感を抱くアズマ。外見上、特に変化はないが、アズマには若干、コバリが緊張感を高めたように見える。つまりミロクの言葉を信用していない、ということだ。
相変わらず、慎重なヤツだ。
と、頃合いを見計らったかのように、ドアをコンコンコンとノックする音が響く。
どうぞ、とコバリが声を掛けると、すかさず扉が開き
「失礼します」とゲンマを先頭に、リーンとエリアーナが入って来る。
もちろん、既にミロクの姿はない。いつの間にかテーブル上のミロクが使っていた茶碗も無くなっているが、たぶんマリアが片付けたのだろう。
そのマリアと言えば、相変わらず腕組み仁王立ちのまま、ゲンマ達を睥睨する。
「ご苦労様」
「状況の説明を」
凄まじく不機嫌だ。怖い怖い、とアズマ。エリアーナとリーンも内心ビビッているが、さすがに表情には出さない。
ゲンマは端的に、関係各所に連絡済みである事。現在周辺に異常は無い事を報告する。
「高速鉄道路には先行して軌道装甲車を走らせ、安全確認しています」
「私共も、この後、直ちに出発します」
それでよろしいのですよね?という感じでコバリとアズマに目配せするゲンマ
コクリと頷き、スッと手を挙げるコバリ
「マレッサは」
「ここから中央へ戻して」
一瞬、止まるゲンマだが
「承知いたしました」と、コバリに頭を下げる。
非戦闘員を同行させるような旅では無くなった、ということだ。
天龍と会えるかも、と楽しみにしていたのになぁ、気の毒に、と不憫に思うアズマだが、致し方なし、だろう。
「あと、場内の監視カメラの映像を一通り確認しましたが」
「特に異常はありませんでした」
まぁ、そうでしょうね、とマリア。
客観的な状況だけ見ると、いきなりマリアが庭で暴れた、というだけのように見えない事も無い、が誰もそんなことは考えない。侵入者がいた、とマリアが言うのなら、それはいたのだ。教会警備隊と中央軍にとってマリアの言葉は絶対だ。
「ですが」薄っすらと微笑むゲンマ
「上空を警備していた隊員に2名、写真の生体回路持ちがいました」
ほぅ、とマリア
「何か、を目撃している可能性はあるのではないかと思います」
見た、としても0.1秒程度の事だろう、本人は自覚していないかもしれない
「教会報道部に解析をお願いするのね?」とコバリ
「両名とも既に中央へ向け、飛んでもらっています」
文字通り、高速グライダで移動中とのこと。
「あと30分以内には到着するでしょう」
仕事が速い、とウンウン頷くマリア
「中央では、マコル・ハイナルが」
「手ぐすね引いて待っていることでしょう」
さて、と金髪ツインテを揺らし、勢いよく立ち上がるコバリ
「私達も出発するとしましょう」
生真面目な表情を装っているが、楽しそうだな、と思うアズマ。
良くない傾向だ。
コイツが面白がる状況はロクなものじゃない、と今までの経験から分かっているのだ。
あー、なんかやだなぁ、とユルユル立ち上がるアズマの左腕にガッチリ組付いて、ホラホラ行きますよ、と急かすマリア。
スンッとした表情のまま、グイグイと胸をアズマの肘に押し付けてくるが、こちらに来てからアルフとライラの爆乳に日々鍛えられているアズマに、最早その程度の逆セクハラは効果無しだ。
こっそりそんな悪ふざけをしているマリアだが、アズマとマリアの両名とも表面上はスンッとしているので、ピッタリ寄り添う両名を傍から見ているゲンマとエリアーナからは、敵襲を警戒しているのかな?マリア殿、とか思われている。
ここでエリアーナが、アズマの将来のお相手候補はコバリ様だけではないな、と気付いて内心ハッとするが、アズマとゲンマの縁組については、いずれにしろ天龍族の上層部と、テンマやコバリとの交渉事になるので、私が変な気を回す必要はないな、と考えるのを止める。
基本、マリアのアズマへのセクハラは放置することにしているコバリは、リーンと並びプラットフォームへの通路を闊歩する。
「まずは先行して、軌道装甲車を出します」
「2km程先行、離れたところで、出発です」
「出発したらトニトルサまではノンストップ、1時間ほどです」
「そう」
「到着後の予定は?」
「首長と教会警備隊北方支部長が駅でお待ちです」
「ああ」
「まぁ、大きな変更は無いわね」
「左様で御座います」
などと確認しながら進むコバリとリーンの後を、マリアに引っ張られながら続くアズマ
プラットフォームには、ズラリと教会警備隊の小隊が重武装で畏まって並び、コバリ達を待ち構える。そのちょっと後ろの隅っこに、見るからにテンションダダ下がりのマレッサも見送りのため並んでいるが、ここは声をかけるところではないな、とアズマはちょっとだけ目礼して、コバリに続いて装甲列車へと進む。
プラットフォームへ着く前に流石にアズマから離れたマリアだが、一同を見回し「先に周辺を見てきます、何かあれば連絡を」と言い残し、パッと姿を消す。ちなみに指揮権は先程リーンへ返している。
リーンの後ろには、いつの間にかクレネが控えており、コバリに会釈する
「慌ただしい出立になってしまいましたね」
あからさまにガッカリしているクレネに
「書庫にはまたゆっくりと立ち寄らせていただきたいと思います」
とコバリが同じく残念そうに声を掛ける。
「それはそれとして」
「写し、は直ぐに送っていただけるかしら?」
もちろん、コルラス・キクロス・ブルッホのオリジナルのことだ。
クレネはパッと表情を明るくして、承知いたしました、と恭しく頭を下げる。
「皆様、お手数をかけました」
とコバリとアズマは改めて、リーン以下、居並ぶ一同に会釈すると、装甲車両に乗り込む。
ゲンマとエリアーナはアズマ達の乗り込む2階建て装甲車両の1階に陣取り、出発準備が整ったところで、特別装甲列車は滑らかに動き出す。
装甲車両2階の特別室から、プラットフォームを何気なく見下ろすアズマ
と、ギョッとして、目を凝らす。
居並ぶ教会警備隊員の後方、誰にも咎められることなくそれは居た。
栗色の巻き毛がフワフワ揺れる。若草色のマキシ丈ワンピースの少女。
ブンブンとアズマに無邪気に手を振る。
結構な距離があり、且つ分厚い防弾ガラスに遮られているにも関わらず、
アズマにはそれ、が何を言っているのか聞こえた気がした
-近いうちに、また会おう




