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2 コレ、始末書です? (1)


 ――翌日。


「今日からコイツが第三魔法騎士団に加わることになった。アレク、挨拶を」

「アレクサンドリア・ソーリエです。どうぞアレクと呼んでください。皆さん、よろしくお願いします!」

「制服などの貸与品はまだ間に合ってないが、今日から正式に配属となっている。しばらくは俺の元につけることになるが、異存はないな?」


 ――シラハと話し合った結果、私は「男性として振る舞う必要はない」が「女性であることを殊更(ことさら)アピールする必要もない」ということになった。要は、自然体で良いということだ。

 考えて行動することの苦手な私としては、ありがたい限りである。おそらく――いささか不本意ではあるけれど――シラハも私のそんな性質を見抜いたのだろう。


 そして騎士の制服も、女性用を着ることになったのだった。

 シラハ曰く、ユーリが私を女性だと認識していないのは「現実から目を背けているだけ」らしい。無理やり私が女性であるという現実を突きつけることはしないが、優しい嘘で覆い隠す必要もない――現実をありのままに、というのが基本方針とのことだ。


 特に嘘をつく必要もなく、王城勤めの立場も手に入り、さらに気の置けないユーリのもとで働ける……そんな願ったりかなったりの条件に、私も不満はない。

 というわけで、密やかなシラハとの協力関係はいたってスムーズに樹立されたのであった。




「よぅ、アレク! これからよろしくな!」

「昨日の補佐官との試合、見てたぞ。あの火炎弾、同時に複数の軌道を制御するのはどうやってるんだ?」

「隊長との幼馴染って言ってたけど、あんたも貴族なのか? 出身は?」


 朝礼が終わった途端、私の周囲に同僚たちが押し寄せた。彼らの表情は揃って友好的で、私を歓迎してくれていることが伝わってくる。

 女性が一人も居ないので多少むさ苦しいのが難点ではあるが、私の故郷の兵舎だって似たようなものだ。今更だろう。


 むしろ、昨日あのまま女性近衛騎士の登用試験に受かっていたら、きっとこんな歓迎は受けられなかったのだ。あの時の周囲の冷たい視線を思い出す。

 そう思うと、ユーリとの出会いは本当に幸運だった。




「えっと……」


 そんなことを考えながらそれぞれの質問に答えようと口を開いたところで、彼らから遮るようにぬぅっと私の前に影が立ちはだかった。


「死体に群がる屍鬼(グール)どもかお前たちは。鬱陶(うっとう)しい、散れ散れ!」

「えぇー、俺たちだってアレクちゃんと仲良くなりたいー! 話したいー!」


 ぶーぶーと上がる不満を、ユーリは一蹴する。


「ダメだ。()()()()()()()()()。俺は今から、アレクに王都の案内をしてくる」


 そんなことを言いながら、ユーリはギュッと右腕で私の身体を囲い込む。その感触に、私はどうしても頬が熱くなることを止められなかった。

 彼としては、ただ親友を引き寄せただけのつもりなのだろう。でも、身長差があるために私の身体はユーリにぴったりと抱き込まれていて、ほぼ抱き締められているような格好になってしまっている。




 ――昨日から思っていたが、大人になったというのにユーリは私との距離が近すぎる。

 子供の頃はただのじゃれ合いにしか思わなかったけれど、圧倒的なイケメンにそれをされるとこう……恋愛関係とは別に、否応なく心がときめいてしまうのだ。

 自分のものではない優しい体温と耳元にかかるユーリの吐息。周囲の生温い視線が、居た堪れない。


 そんな感情に振り回されて、余裕のない私は気づいていなかったのである。――彼の見せた、子供じみた独占欲に。



○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



「うちの部隊の仕事のひとつに、王都の治安維持がある。だから、王都の地理は出来る限り早く頭に入れておいた方が良い」


 そんな説明をしながらユーリが転移したのは、王都の衛兵たちの詰所だ。

 実際に王都を見回り、住民の困りごとに当たるのは衛兵の仕事。それを統括し、全体感をもって行動の方針を定めるのが騎士の役割だ。

 そんな関係があって、衛兵の詰所には王城と繋がる転移陣が設置されている。……といっても、その転移陣を「人の転移」のために使っているのはユーリくらいのものだろうけれど。


 ブレもなく一瞬で私を連れて転移したユーリの顔を見上げて、思わず溜め息をついた。

 物質の転移と生き物の転移では、難易度はまるっきり違うのだ。瞬間転移ができる魔法使いなんて、ユーリ以外に一体何人いることか。

 だというのに今回、ユーリは自分だけでなく私まで連れてあっさりと転移を成功させたのだ。もはや意味がわからないレベルである。


 ――そういえば、転移対象が意識を失っていれば生き物も物質と同じように転移できると聞いたことがある。もしかして私は、この一瞬のうちに眠らされていた……?


 ごく当たり前のことをしたと言わんばかりの淡々としたユーリの反応に、そんな突飛(とっぴ)な発想すら浮かんでしまった。確かに小さいころから彼の転移魔法には驚かされてきたものだけれど、こんなに成長していたなんて。




「ユーリは研究者になると思ってたんだけどなー」

「どうした、いきなり」


 驚きのあまり洩れた私の何気ない呟きに、ユーリは首を傾げた。


「久々のユーリの魔法を見て、昔を思い出しただけ。まさか騎士団長になっているとは思わなかった。あの頃は戦闘訓練を嫌がって、書庫に籠もって本ばっかり読んでたのに」

「そんな読書に夢中な俺を引き摺り出して、無理矢理稽古に付き合わせていたお前がよく言う」


 呆れたように言いながらも、「……でも」とユーリは続けた。


「俺が今こうして騎士団長になれているのは、間違いなくあの時の経験のおかげだ。確かに元々は魔法研究の道に進みたかったが、外界と切り離された研究棟に入ってしまうと当主の仕事ができなくなる……元々の夢を絶たれた状況で新しい進路を見つけられたのは実際、幸運だった」

「そっかー。ユーリは次期当主だもんね」


 ()()()()()大変だ、と軽率に言いかけて、私は慌てて口を噤んだ。

 彼の家が継承権で大きく揉めた、という話は何となく聞いている。その結果、彼はウチの領地に静養に来ることになった……ということも。

 詳しい事情はよく知らないものの、彼の家の事情は軽々しく話題にしてはいけないとなんとなく察してはいた。




「ただ、魔法騎士というのは意外と子供の頃やりたかったことに近い」

「そうなの?」


 不自然に言葉を切った私を気遣うように、ユーリはさりげなく会話を繋げる。その辺の繊細な気の回し方は、子供の頃から変わっていない。


「ああ。俺が研究者になりたかったのは、役に立つ魔法を編み出したかったから。――実は魔法騎士の仕事の中にも新規魔法の考案というのがあるから、やりたかったことができているんだ。むしろ研究者の方だともっと体系とか理論といった部分に重きを置くことになるから、こちらの方が性に合っているとすら言える」

「へぇ……そんなもんなんだ」


 あまり気の利いた相槌も打てない私を相手に、ユーリは楽しそうに頷く。


「もちろん、研究するのは実戦で使える魔法がメインになってはしまうけどな。俺の短距離転移もその成果のひとつだ」

「あぁアレ、すごかったよ! 事前の詠唱も発現前の魔力の歪みも感じられなくて、ビックリした」

「短距離を移動するための魔法なのに発現に時間をかけていたら、意味がないからな。発動シークエンスにはかなりこだわった」




 ――なるほど、感覚で魔力操作をしている私にはわからない苦労である。

 先程の転移のときの淡々とした反応からは打って変わって、ユーリの顔は得意げだ。きっと、そんな言葉では表しきれない並々ならぬ苦労と努力をしたのだろう。


 そういった積み重ねを厭わないところがユーリのすごいところで、研究者に向いていると私が感じている所以(ゆえん)でもある。


 もちろん優秀な騎士になるにも日々の訓練は必要だ。でも、体を動かす鍛錬は楽しいからね。私だってそれならいくらでもできる。そんなに難しい話ではない。

 一方の頭を使って考える学問は、疲れる上に体も動かせないのだ。特別な才能がなければ、できるものではない。……まぁ私が勉強が苦手なだけ、ってのもあるかもしれないけど。




「短距離転移自体は昔からユーリの得意技だったけど、ここまで進化したとはねぇ。前は詠唱に時間掛けてたし、視線の方向で転移先があからさまだったから、使われても全然怖くなかったのに」

「アレクには、よく叩きのめされていたよな。懐かしい」

「今はどうかな? あの転移に自分がどこまで対応できるか、すごく気になる。帰ったら、また手合わせしない?」


 自分としては当然の提案をしたつもりなのに、ユーリは一瞬虚をつかれたような顔をした。

 一瞬言葉を切ってから「やれやれ」と、呆れの混じる笑みでユーリは首を振る。


「アレクは全然変わらないな」




 そんなふうに言われても馬鹿にされたと感じないのは、眩しそうに目を細めて笑うユーリの表情の所為だろう。

 単純な喜びだけでなく、懐かしさや切なさの混ざる何処か憂いを帯びた笑み。それはかつての彼からは目にしたことのない、複雑な感情だった。


「ユーリは変わったよね」

「そうか?」

「うん。なんていうか……すごい、大人になった。見た目だけじゃなくて、中身も。まぁもちろん、すごいイケメンになってたことにも驚いたけど」


 冗談交じりの誉め言葉は、わりと正直な私の本音だ。他意なく伝えたつもりだったけれど、それでも異性の容姿を褒めるのはやっぱり少し恥ずかしい。




「イケメン、と……そう言ってくれるか、アレク」


 女嫌いの彼はもしかすると見た目を褒められるのは嫌だったかも……一瞬よぎったそんな懸念は、あっという間に杞憂に終わった。私の言葉に、ユーリはパァッと顔を輝かせる。


「アレクにそう言ってもらえると、嬉しいな。いや、先ほどは変わらないと言ったが、アレクもそういう意味では変わったな。かつてよりさらに強くなったし、それに……」


 私の目をまっすぐに見つめて、ユーリは先を続ける。


「綺麗になった」

「っ~~~!」


 何の照れもなく率直に向けられたそんな言葉に、私の頭は一気に沸騰寸前まで煮えたぎった。


「きっ……き、綺麗になった、って……ユーリ……!」


 間違っても国宝級のイケメンが私を相手に言って良い言葉ではない。

 それなのに、ユーリは大真面目に頷く。


「ああ、綺麗だ。……誰よりも、一番」

「男だと思っている相手に言って良い言葉じゃないでしょ、ソレ……」


 顔が赤いのを誤魔化すために冗談交じりにそう返せば、ユーリはきょとんとした顔で首を傾げる。


「綺麗であることに、男も女も関係ないだろう。俺はアレクを綺麗だと思ったから、言っただけだ」

「それ、迂闊(うかつ)にほかの人に言わないようにね?」


 あまりに動じないユーリに、つい本気で念押ししてしまった。こんな美形に「綺麗だ」と迫られたら、性別関係なく誰もが皆平等に狂わされる自信がある。

 そんな私の懸念などまるで伝わらず、ユーリは真顔で大きく頷く。


「大丈夫、俺が綺麗だと思うのはアレクだけだから」

「はぁ~~~~っ」


 悪びれない天然のタラシ発言に、私はもう一度大きく溜め息をついたのだった――。




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