7 最初から惚れていたんだと思う (2)
心を落ち着けるため、大きく一つ息を吐いた。
今ここでセリシアにそれを指摘したところで、穴の多いこの推察では彼女に白を切られておしまいだ。さて、どう攻めるのが良いか――。
しかし、考える時間はそんなになかった。ユーリウスが黙り込むとほぼ同時に、地面が揺らぐほどの轟音が鳴り響いたからだ。
部屋の窓枠がびりびりと震え、調度品が床に投げ出される。
「きゃあっ……!」
「何事だ!」
倒れこむセリシアを抱き起こしながら、ユーリウスは辺りを素早く見渡す。窓越しに音の発生源らしき地点で、使用人が慌てたように右往左往している姿が見えた。
どうやら建物が崩落したらしい。この音と振動を見るに、被害はそれなりに大きそうだ。
「様子を見てきます」
「待って! 行かないで、ここに居て!」
「いえ、騎士としての務めですので」
妙に焦った様子のセリシアに必死の形相で縋りつかれるが、いなして立ち上がる。彼女の様子を不審に思う余裕は、なかった。
「これは……!」
現場に駆けつけて、ユーリウスは思わず息を呑んだ。地面を抉るように空いた大穴が、眼前に拡がる。
もうもうと土埃を上げるその姿は、この穴がまだ空いたばかりだということを如実に示していた。そして、そこから覗く広大な地下空間。
石造りのそこに打ち捨てられたように転がる少女の身体を見た瞬間、ユーリウスの感情がすっと冷えていくのが感じられた。
即座に周囲を見渡すと、ユーリウスはあたりに居る者すべてに届くように高らかな声で宣言する。
「ここは今から、第三魔法騎士団の管理下に入ります。これから応援も呼びますので、皆さん落ち着いて行動してください。優先事項は第一にご自身の身の安全、次に怪我人の搬送、そして現場の保全です。最初の二つの事項に関わらない限り、現場には触らないでください」
「ユーリウス! アナタ、何を勝手に……!」
「勝手にではありません。大きな事件や事故が起きた場合、治安維持のためにいずれかの騎士団が指揮にあたる――これは、法律で定められたことです。そして、それに従うのは王国民の義務だ。母上、大人しく従ってください」
淡々と告げる言葉に、セリシアはさっと顔色を失う。しかし、すぐに持ち直したように彼女はゆっくりと扇を拡げた。
「貴方の言い分は分かったけれど、スティンガーの嫡子としての振る舞いを忘れないことね」
「どういう意味ですか」
「原因は何であれ、騎士団に屋敷の立ち入りを許すなんて家にとっては醜聞にしかならないわ。その影響を考えなさいと言っているだけよ。ここはスティンガー家当主の元妻であり嫡男の母である私の実家なのよ? 自身の行動がどのような影響を与えるのか、熟慮しなさいと言っているだけ」
自分の経歴に傷をつけたくなかったら、見なかったフリをしろ――それはあからさまな脅しであったが、ユーリウスの決断を左右するものではなかった。
「ご忠告、感謝します。……ですが、お気遣いなく。騎士となった時点で、そうした覚悟はできております。母上も、この後状況を説明できるようにご準備願います」
「ユーリウス……っ!」
呪い殺そうとするかのようなセリシアの憤怒の視線を受けても、ユーリウスは一切怯まない。
それよりも、先ほどから漂うアレクの魔力の残滓の方が気にかかっていた。この気配から察するにこの大穴はおそらく、アレクの魔法によるものだろう。
『爆砕の騎士』なんてあだ名をつけられてはいるが、アレクは短絡的な人間ではない。そんなアレクが行先も告げずに連絡を絶ち、そして貴族の屋敷の一角を吹き飛ばすなんて、何かがあったとしか思えなかった。
そして隠されるように留め置かれた少女たちの姿を見れば……、ここで非合法な何かが行なわれていたことは推して知るべしだ。
「それでは、私は任務にあたりますので」
「待ちなさい!」
苦手なはずのセリシアの金切り声を歯牙にもかけず、ユーリウスは淡々と己の為すべきことを始める。
仕事をするうえで一人の貴族女性など、彼にとっては何の障害にもならなかった。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「一度冷静に向き合ってみれば、自分が何故彼女をそこまで恐れていたのかわからなくて驚いたよ。俺はただ、母上の幻影に怯えていただけだったと気づくことができた……まぁ、だからといって女性嫌いは治ってないがね。相変わらず彼女たちの顔は塗り潰されたままだ」
最後の言葉を苦笑いで締めくくると、そこでユーリウスは一息ついた。
相変わらず、アレクからの反応はない。それでも自身の感情を吐き出したユーリウスは少しだけすっきりした爽快感を覚えていた。
あらためてアレクに目をやると、その額にしっとりした汗が浮かんでいる。そこに貼りついた銀色の髪に何気なく手を伸ばしたところで、ユーリウスはふと動きを止めた。
再会してから、何度も目にしてきたアレクの姿。
だというのに、今まで気にしたこともなかったその華奢な体躯に、今更ながらに胸を突かれたような驚きを覚える。
俺の親友は、こんなにも弱々しかっただろうか――不思議な気持ちでその顔を覗き込んで、ユーリウスは思わず息を呑んだ。
――細い首すじ。銀糸のようにさらさらで真っ直ぐの美しい長い髪。力を入れたらぽっきりと折れてしまいそうな、ほっそりとした手首。
生命力に溢れ、くるくると表情を変える元気いっぱいの普段のアレクと比べ、静かに眠る今の姿は胸が潰れそうなほどに頼りなく……そして、童話で語られる深窓の姫君のように美しい。
「っ!」
不埒なことをしようとしていたわけでもないのに妙にどぎまぎとした気持ちを覚え、ユーリウスは反射的に伸ばした手を引っ込めていた。
もう一度まじまじとアレクを観察する。俺は……俺の親友を視界に入れるだけで、こんなにも胸を高鳴らせていただろうか?
胸を焦がす渇望感と、焦燥感に似た感情が背筋を走り抜けていく。その感情が一体何に由来するものなのか……混乱しながらも、ユーリウスは必死で思考をまとめようとする。
「んぅ……」
思考がアタフタと右往左往する中で、小さなため息にも似た声がアレクの唇から洩れた。
ずっと聞きたいと願っていたはずの、目覚めを告げるアレクの声。その声に、ユーリウスは弾かれたように立ち上がった。
「先生! アレクが目を覚ましそうなんです。早くこちらへ……!」




