1 私、女ですけど!? (3)
「散らかっていてすまないが、ここが俺の執務室だ。適当に座ってくれ」
ユーリの言葉に促されて腰を下ろす。
ふと部屋の奥に目をやれば、不器用な手つきで茶缶を開けはじめたシラハが目に入った。
澄ました顔とは裏腹にその手つきはあまりに危なっかしい。今にも茶葉が散らばって大惨事になりそうだ。黙って見ていられず、思わず言葉が飛び出す。
「あ、お茶なら私が淹れましょうか? 茶葉はそれですね?」
「……ええ。では、お願いします」
その提案に、何故か一瞬だけシラハの眼光が妖しく煌めいた。
もしかして、ここで気を利かせるかどうかも試験対象だったのだろうか。少しだけ引っ掛かったが、気にせずテキパキとお茶の準備を進めることにする。
あまりそういった令嬢の心得はないが、まぁ茶葉をばら撒きそうなシラハに任せるよりはマシに違いない。
「お茶の準備できたよー。はい、ユーリ。……シラハさんも」
「ああ」「どうも」
間もなくお茶の支度がととのい、二人に声を掛けた。
自分も椅子に腰かけ、お茶を飲む。……うん、良い香りだ。実家で使っている茶葉よりも格段に質が良い。ちょっと渋味は出てしまったけど。
少しの間、ゆったりとした時間が流れていく。
「さて、先ほどの登用試験の結果だが……」
やがて、あらためてユーリが切り出した。知らず知らず、私の肩も緊張で力が入る。
「合格だ。期待した通り、十分な実力を持っている。団員の多くが先ほどの試合を見ていたことだし、反対する者もいないだろう」
「やったー!」
とうとう決まった、念願の王城への就職。喜びのあまり、天井に向かって勢いよくこぶしを突き上げた。
その歓喜の傍らでちらりと違和感がよぎったが、そんな些細な引っ掛かりはあっという間に目の前を過ぎ去ってしまう。
「じゃあ、これからよろしくお願いします、ユーリ。隊長ってことは、今後は敬語を使った方が良いのかな?」
「やめてくれ、アレク。シラハが変わっているだけで、ウチの隊の男どもは基本皆、ざっくばらんだ。今まで通りの言葉遣いで構わないから」
私の中の疑念が徐々に膨れ上がっていく。
……決定打となったのは、最後のユーリの言葉だった。
「それじゃ、これからよろしくな。第三魔法騎士団へようこそ」
「ちょっ……! ちょっと待って……!」
今まで見過ごしてきていた違和感の正体が、脳内を駆け巡っていく。
……ああ、そうだ。今更気がつくなんて、どう考えても遅すぎる。どうしてこんな単純なことに気がつかなかったのだろう。彼に試験会場を案内されてからずっと、周囲には男性しかいなかったというのに。
「これって、カメリア王女の近衛騎士の選抜試験じゃなかったの!?」
「姫様の?」
予想外なことを言われた、という表情でユーリは不思議そうに首を傾げる。
「そもそも女性でなければ、姫様の近衛騎士試験の受験資格はないぞ?」
……一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。
彼の言葉を脳が処理するよりも先に、私の喉から悲鳴のような叫びが飛び出す。
「いやっ、私っ……女ですけどーっ!?」
今日一番の私のツッコミが、執務室のガラスをビリビリと震わせた……。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
私の魂の叫びが虚しく静寂に飲み込まれたタイミングで、シラハがさりげなく進み出た。
「隊長、少しだけよろしいでしょうか」
この噛み合っていない会話を目の前にして、彼だけは涼しい顔で落ち着いている。
そんな彼に思わず縋るような視線を向ければ、ユーリも静かに頷いて先を促す。
「受験資格については別として、どうやらアレク殿の配属希望先は姫様の近衛騎士として処理されている様子です。無用な軋轢を避けるためにも、こちらでアレク殿を採用すると近衛騎士団には話を通しておいた方が円滑ではないでしょうか」
「確かにそうだな」
「今ならあちらの団長も、選抜試験の合格者に訓示を述べている頃。その終わりに声を掛ければ、丁度良いかと。その間に私がアレク殿に第三魔法騎士団についての説明をしておきますから」
「む……」
少しだけユーリはこの場を離れることに躊躇いを見せたものの、シラハの指摘ももっともだと判断したらしい。
「そうか、頼んだ」と、素直に執務室を後にする。
その背中を見送ってから、シラハはくるりとこちらに向き直った。
事態についていけていない私を前に、彼は隠し切れない満足げな笑みを浮かべながら右手を差し出す。
「さて、第三魔法騎士団への入団おめでとうございます。残念ながら、貴女の志望していた近衛騎士の選抜は最終試験がもう終わってしまったようで……団長にも話した通り、ちょうど今、合格者たちに訓示が送られているところです。不本意かもしれませんが、第三魔法騎士団に入る以外、貴女に就職のアテはありません」
「っ、まさか……わかっていて、黙っていたんですか!?」
そのうさんくさい微笑みにハッとしたが、シラハは否定も肯定もしない。ただ視線で私を制して、もう一度口を開く。
「どんな手を使ってでも貴女を手に入れたいと思ったのは、認めましょう。時間がないので、単刀直入に言います――貴女には、団長の『リハビリ相手』になっていただきたい」
「『リハビリ相手』って……ユーリ、何処か悪いんですか?」
「精神的な話です。……親友なのに、貴女はご存じなかったのですか? 団長は病的なまでに女嫌いで、女性相手では身体的な接触はおろか言葉を交わすことすら拒否感を示す始末だと」
「ユーリが……? まさかそんな……」
笑い飛ばそうとして、出会ったばかりの彼の姿を思い出した。
女性どころか、すべての人間を敵だと思い込んでいて、他人が近寄ることを全力で拒んでいたユーリ。
あれから少しずつ彼は心を開いて周囲に馴染むようになったけれど、もしかしてあの頃の人間不信をまだ引きずっているのだろうか。
「事実です。だからこそ、普通に接することのできる貴女に、驚きました。女性の貴女を前に彼は至近距離で親しげに言葉を交わし、肩を抱き、そしてあろうことか貴女の淹れたお茶すらも躊躇うことなく飲み干された――」
「お茶……?」
「ええ。訓練の結果、ある程度でしたら団長も女性の前で紳士的にふるまうことができるようになった。でも、何をやってもお茶だけは駄目でした。女性がお茶を淹れる姿を見ただけで、今にも卒倒しそうなまでに青ざめてしまう。団長は何も言いませんが、何かトラウマがあるのでしょう……」
そこまで言って、「だからこそ」と、シラハは真っ直ぐに私に向き直る。彼の眼光に光るのは、ユーリに対する純粋な忠誠心だ。
「貴女の存在が希望なんです。侯爵家の跡取りとして、彼も結婚を迫られている年頃。貴女と共にいれば、結婚の障壁となっている病的な女嫌いも改善されるかもしれません。もちろん貴女が直接団長を口説いてくださっても構いませんが……」
ちらりと私の顔を見て、シラハは言わなくても良いことを最後に付け足す。
「まさか女性と気づいてすらいなかったとは……」
先ほどの衝撃が蘇り、気づけば掴み掛からんばかりの勢いでシラハに詰め寄っていた。
「ねぇ、シラハさん! 正直に答えてほしいんですけど、私ってそんなに男らしく見えます?」
「いえ、可愛らしい女性だと思いますよ……?」
「目を逸らさないで、こっちを向いて言って~!?」
ははははは、と私の悲鳴を聞いて愉快そうに笑うシラハの反応に、「あ、コイツ性根がねじ曲がっているタイプの人間だ」と私は遅ればせながら悟ったのであった……。




