5 それってどういう意味で? (3)
「お言葉ですが、セリシア様」
――もうこれ以上は、我慢できなかった。
ハーベストに言われた『夜会を楽しむ三原則』なんて、知ったことか。この場の波風を立てないことよりも、目の前のユーリの心を守ることの方がよっぽど大事だ。
「ユーリウス様は立派な方です。常に努力と研鑽を積まれ、環境に甘えることなくたゆまぬ努力を続けているのですから」
彼女の視線からユーリを守るように、一歩前へ出る。身長差があるため実際にはあまり壁になれていないけれど、こういうのは心持ちが重要だ。
「武術があまり得意ではなかった彼が騎士団長に足るだけの実力を身につけることができたのは、毎日の地道な鍛錬を欠かさなかった結果。仕事においても自らが先頭に立って指揮を行ない、部下の面倒見も良い――騎士団の者は皆、団長のことを慕っています。……でもそれは、ユーリウス様がスティンガー家の次期当主だからではありません。彼の積み上げたそうした努力の結果や人間性を、皆が尊敬しているからです。いくらお母さまとはいえ、私の大切なユーリウス様を貶めるようなことを口にしないでください!」
――あ、ユーリに釣られて私も『大切な』という表現を使ってしまった。でも、威勢よく啖呵を切った手前、訂正するのもばつが悪い。
勢いに任せて一気にまくし立てた私は、唖然とした表情のセリシアに「失礼します」とカーテシーをしてから今にも倒れそうなユーリを連れて歩き出した。「あ、ちょっと」と慌てたような声が背中から聞こえたけれど、聞こえなかったふりをして足早にその場を立ち去る。
些か一方的な話の切り上げ方だったが、完全に礼を失するようなことはしていないはずだ。カーテシーは慣れていないけれど、家庭教師から「体幹がしっかりしていて非常に美しい」と褒められたほどだし。
いけ好かない相手に対してカタチだけでも敬意を表した私は、だいぶ大人になったと思う。
「顔色が随分と悪いけど、大丈夫? バルコニーに出て、少し外の風に当たろうか。何か、冷たい飲み物を取ってくるよ」
「ああ、すまないな。……ありがとう」
セリシアから離れると、幾分かユーリの顔色は戻ってきた。それでもまだ、本調子ではなさそうだ。
私が取ってきた果実水をしばらく悩むような顔で眺めてから、ユーリはそれをぐいと煽る。露わになった喉仏には、ぐっしょりと滴るほどの汗が光っていた。
「いや、本当にアレクには恥ずかしい姿を見せてしまって……汗顔の至りだ。その、気がついたかもしれないが、俺はあの人が苦手でな……」
「まあ。それは見ればわかるよ。私もあの人好きじゃないなー……なんていうか、悪意をマシュマロにくるんで渡してくる感じで」
「随分と独特の表現を使う」
フッ、と軽く息を吐いたユーリの表情は、しかし少し軽くなっていた。
「でも、確かに的を射ているかもしれない。……この際だから、聞いてくれるか。実は俺が女性嫌いになったのは、彼女が原因なんだ――」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「アレクも知っているとおり、俺は次男だ。四つ上には優秀な兄が居て、誰もが長男であるディオンがスティンガー家を継ぐものだと思っていた。正直俺は、あまり出来が良くなくてな……」
覚えているだろう、とユーリは手をひらひらと振る。
「勉強もそれほど好きではなかったし、体を動かすことも苦手だった。なにしろ当時の俺は随分と……太っていた」
きまり悪そうに頬をかくユーリに、私は苦笑いで頷いた。あまり他人の外見をとやかく言うのは好きではないが、実のところそうなのだ。
見るからに運動ができなそうで、オドオドしていて、人目を避けて隅っこで小さくなっているような少年――今のユーリからは想像できない、そんな姿が彼の少年期であった。
しかも私と出会ったばかりの頃は人間不信で、ロクに言葉を交わすこともままならないというオマケつき。大事そうに本を抱えてジトっとした目でこちらを睨み黙りこむ小太りの男の子を前にして、どう話しかけたものかと思い悩んだのも懐かしい。
……まあ、結局。
遊び相手に不足していた私は、迷惑そうな反応の彼をかまわず連れまわしていたのだけれど。
「自分によく似た金色の髪を持つ兄のことを、母は溺愛していた。二番目の出来損ないなど気にかけず、兄のディオンをいかに立派な後継者にするかということばかりに心を割いていた。……小さな頃はそれも寂しかったがね、成長するにつれてそれも慣れていったよ。そして十を超えた頃には、適性のあった魔術にのめり込むことで、環境のわずらわしさから距離をとることにしていたんだ」
ところが、と小さなため息をついてユーリは平坦な声で続ける。
「十二になってすぐのことだ。突然、転機が訪れた。スティンガー家の後継者が俺に変更されたんだ。その理由は、驚くべきものだった……兄は、父の子供じゃなかったんだ。かつて一世を風靡していた若手俳優と母の不貞の結晶、それが兄だった」
小さく笑い、ユーリは夜の闇に沈む庭園を見下ろす。
「後からそれを知って、俺はストンと腑に落ちたよ。何故母が、兄ばかりを偏重するのか。父と同じ髪の色を持つ俺のことを、どうして疎ましがるのか――その答えが明らかになった気がしてね。きっと、母にとって大事な子供は兄だけだったんだろう」
「そんな……」
言葉を失った私を見て、ユーリは申し訳なさそうな顔をする。本当に傷ついたのは彼だろうに。不甲斐ない私の所為で彼の方に気を遣わせてしまっているのが、もどかしい。




