89.後継
シュタープたちは王都へと戻り、簡単に報告を済ませると団長であるアルガスを弔った。
アルガスは市井の民にすら名が知られるほどの有名人でもあったため、それなりの規模の葬儀が執り行われることとなった。
シュタープとしては、アルガスがそのようなことを好むような人間でないことも知っていたため、僅かに難色を示したが、それを決めるほどの権限を持っているわけでもなかったので、上の判断に従うこととなった。
そして、それらが無事に終わった後、シュタープは副長であるバイラムと今後のことについて話し合うこととなった。
「……そうか、そんなことが」
改めて起こった出来事についてシュタープは詳細を報告する。
バイラムからしても、あのアルガスが命を落とすような事態になったということは並外れた何かが起こったのだろうことは予想できていたが、シュタープから聞いた話はそれを遥かに上回る異常さだった。
以前にシュタープやブロンテから聞いてはおり、それを疑っていたというわけでもないが、バイラムにとってそもそも幻獣の存在などというものが眉唾ものであり、さらにその幻獣同士が喰らい合い、さらに力を増幅させるなど、およそ理解の及ばない話であった。
「ただ、俺には団長が何をしたのかはよくわからなかった。あれはスピラとは桁違いの何かだった。おそらくはあれが―――アニマ」
あのときアルガスが使った魔法、それについてシュタープは知らなかった。見たことのない何かであった。だからアニマだという確信があるわけでもない。ただ、状況的にそうなのだろうと考えているだけだ。
これまでにアルガスがスピラを使う場面は何度か見たことがある。あまり魔法が得意ではないシュタープにとって、それですら想像を絶するほどの威力だった。
だが、今回見たあれはそのスピラでさえ比べ物にならないほどの威力だった。アルガスの命を燃やし尽くす程に。
「そもそも、そんなことあるのか? 団長はそう言っていたが、魔法を使って命を落とすなんて俺は聞いたことがない」
「ふむ、確かに。私も聞いたことはないな。ただ……」
「ただ?」
バイラムもそれは同じだった。バイラムは決して魔法が苦手というわけではなかったが、剣で戦うのが得意ということもあり、魔法というものにそれほど精通しているわけではない。だから、アルガスのようにスピラを使えるわけでもない。
シュタープと比べれば知識はあるものの、所詮はその程度だ。
ただ、アルガスから魔法についての話はいくらか聞いたことがあった。その中に、スピラの失敗という話もあった。スピラの行使には高度で繊細な魔力の操作が必要であり、それを失敗すると多量の魔力を喪失してしまうらしい。場合によっては全ての魔力を持っていかれて失神してしまうと聞いた。
それによって魔力が回復するまでしばらくは魔法の行使を行えなくなるということもあるらしいが、命の危険があるようなことはないとアルガスは言っていた。
これが、スピラを上回る何かの話であればどうなるのか。
バイラムも詳しいわけではないが、噂のようなものとして聞いたことがある。
「私も一応ではあるが、魔法にはスピラのさらに上があると聞いたことがある」
「……ああ、俺は一度だけ団長から聞いたことがある。それがアニマ、なのだろうが」
「私も噂程度にしか聞いたことはないが、以前に団長もそのようなことを言っていた記憶がある。私にわかるのは本当にそれだけだ」
今回アルガスが使ったものがそれなのかはバイラムには判断がつかない。だが、話を聞く限り、スピラよりも強力なものなどそれくらいしか思いつかないのだ。
そして、そのアニマがどういったもので、何が起こるのか全くわからないのだ。
「そうだとしたらそれについて考えるのも詮無きことだ。スピラですら使いこなせるのは一流の魔道士だけだ。それもごく限られた少数にすぎない。それを私たちのような者が考えたところでどうにもなるまい」
「……そうだな。俺たちは魔法の専門家じゃない」
バイラムの言葉にシュタープも頷く。魔法の極みにあるそれについて考えたところで、それを使えるようになるわけでもないのだ。魔法を扱うにはそれなりの才能が必要となる。魔法の天才と呼ばれたアルガスのように。
「まぁ、それはいいとして、これからの話をしよう」
切り出したのはシュタープだ。シュタープにはアルガスに託されたものがある。それについて今後どうするかバイラムと話し合わなければならない。
「聞いたところによると、団長からは君が次の団長になるように、と言われたらしいじゃないか」
「それは……そうなんだが」
シュタープは渋い表情を浮かべる。
それは間違いなく事実ではあり、アルガスの想いがそうであるならばそれに応えたいという気持ちはある。
ただ、それでいいのだろうかとも思う。
ちらりとバイラムの表情を窺う。
「バイラムは、どう思う?」
「ふむ、いいのではないかな?」
「……そうなのか?」
特に何の含みもなさそうに頷くバイラムに聞き返す。
それに対してシュタープに自信がないというのはもちろんある。騎士として勇名を轟かせたアルガスの後を継ぐというのは誰にだって荷が重いのだから。
それでも、自分がやるしかないというのであれば、それをやってみせるだけの気概はあるつもりだ。
ただ、バイラムがどう思っているのかはわからない。
「……副長であるバイラムがそのまま団長になるのが筋じゃないか?」
シュタープが気になっているのはそこだ。
以前にバイラムがよく面倒を見ていたアーカムという男を覚えている。バイラムは彼に対して熱心に指導していた。話を聞いたところ、アーカムが次期赤騎士となり、団長となることを期待しているのだと言っていたことがある。
つまり、赤の団団長というものにそれなりの想いがあるということだろう。
であれば、それを差し置いて自分が団長となってしまうと無駄な軋轢が生まれることもあり得る。
「いや、私は団長には向いていない。そう考えるならば団長の遺志を抜きにしても君の方がよほど相応しい」
「そういうものか? だけど、アーカムのときは」
「それは全く別の話だ。アーカムを次の団長に据えたいという、まぁ言ってしまえば私の我が儘だな。私自身が団長という座にこだわりがあるわけではない」
なるほど、と頷く。
執着していたのは団長というものではなく、アーカムだということなのだろう。
だからこそ、あの事件が起こり、バイラムとゼフィの仲が拗れてしまったのだ。あの事件により、アーカムがここを去ることになってしまったから。
シュタープとしては、アーカムがここを去った理由はそれだけではないのではないかとも感じている。確かに片目を失ったことにより、それなりに問題は発生する。今までどおりに戦うことも難しくなったかもしれない。だけど、難しくはなったができなくなったとは思わない。アーカムは隻眼であってさえ赤の団の中で優れた存在であった。
特に、剣のみならず魔法を扱う力においてもアルガスに次ぐほどの才を発揮しており、前線で戦わずとも後方から魔法を使う指揮官として十全にその実力を発揮できたはずだ。
アーカムがここを去ったのは、それ以外の理由もあるのではないだろうか。
だから、なのかもしれない。シュタープでさえそれに思い至ったのだから、バイラムがそれに気付かないはずはない。ただ、その気持ちのやり場をなくしたせいで、ゼフィに強く当たることになってしまったのだろう。
それでも、バイラムは理不尽なことを言っていたわけではない。だからこそゼフィも自分の責任を感じていたのだ。
「何にせよ、団長から任されたのだ。であれば君がやるのが筋ではないかな?」
「まぁ、それはそう、なのだが……」
「私も君であれば相応しいと思う。……私よりも君の方が人望はあるだろうしな」
「……なんだ、気にしていたのか」
団長であったアルガスが前線に出たがる性格であったため、バイラムは後方での支援、事務的な仕事に回ることも多かった。それゆえに団員と共に戦う機会があまりなかった。それと比べるとシュタープはやはり事務仕事が得意な性格でもなく、共に任務に赴くことも多く、団員たちとの交流の機会も増えていった。
さらに、赤騎士アルガスの勇名もあり、アルガスとしてはどうしても騎士の鑑としての姿が求められることも多かった。その名前を守る必要もあり、アルガスには高潔な騎士を演じなければならない部分もあった。だからこそ、バイラムはそのアルガスに苦言を呈し、諫める役割、いわゆる嫌われ役を担う必要もあった。
そういったバイラムの役割や、ゼフィへの振る舞いからどうしてもバイラムについて一線を引いてしまうという団員もいた。もちろん、そういったことは理解されているので嫌われているという程ではなかったが、親しみやすいとは言えなかった。
だから人望という意味で言うならば、やはりシュタープこそが次の団長に相応しいとバイラムは考える。
「私は私の役割を全うするだけだ。別に嫌われたからといってどうということはない」
「やっぱり気にしているじゃないか」
「……とりあえず、陛下への報告は私がやっておこう。それ以降のことは全て君が……いや、団長が行ってください」
「……」
突然、バイラムの雰囲気が切り替わり、シュタープは思わず渋い顔になる。
バイラムがそういったことに器用な人間だとわかっているが、シュタープはそこまで割り切れない。
それでも受け入れざるを得ないかと、大きくため息をつく。
「……それで、魔人の話も聞いておきたいのですが」
「ああ、魔人か……」
聞いておきたいと言われても何を話せばいいのかは難しい。
赤の団において、最も多く魔人と接したのは間違いなく自分であることは理解している。
魔人が何かと問われたならば、やはり人間と同じだと答えるしかない。もちろん見た目は違う。能力も違う。そういった意味でいうならば人間とは全く別物だと言えるが、精神的な面から見ると、自分たちとなんら違いはないと思えた。
「話してみると人間と変わらない、と思う。特に価値観などは人間そのものだと言っていい。俺は肩を並べて戦う機会があったが、連携も意思の疎通も何の問題もなく行うことができた」
「ふむ、限りなく人間に近い、ということですか?」
「……」
その問いにシュタープは眉根を寄せる。なんとなくだが、その言葉がしっくりこないように感じたからだ。
「いや、あれは人間だ」
自分で言っておかしいとは思う。ただ、表現するならばこの言葉が相応しいと感じられたのだ。
バイラムはそのシュタープの言葉の意味を読み取ろうと考え込むと、やがてなるほど、と頷いた。
「団長の言うように魔人が人間であるならば、彼らの目的は平穏な暮らし、といったところでしょうか」
「それはあるだろうな。見つかってしまえばいろいろと問題が生じてしまう。だから隠れ住んでいるのだろう。以前に会った男は森を転々としていると言っていたな。……そういう意味で仲間意識はかなり強いと感じた。仲間を大切に思っていると」
「……ふむ」
「何か思うところがあるのか?」
そのバイラムの反応が気になった。
シュタープとしては魔人というものに対して特に危機意識は抱いていなかった。共に戦い彼らが極めて強い力を持っているとも感じていたが、先程言ったように彼らのことは人間と同じだと考えている。
そして、同様に彼らは頭もいいと感じている。魔人がどれだけいるのかわからないが、仮に戦闘になれば彼らがどれだけ強かろうが数の問題で彼らが勝つことはない。もちろん、局地的な戦いでは魔人が勝つだろうが、最終的には間違いなく人間が勝利を収めるだろう。
その程度のことは魔人たちも理解しているはずだ。だから、無駄な戦いを挑んでくることはないはずだ。
だから、魔人は敵ではない。
そのシュタープの考えに、バイラムは疑いを挟む。
魔人は極めて危険な存在だと。
「……なぜだ? 魔人は決して愚かではないぞ?」
「だから、ですよ」
その言葉にシュタープは首を傾げる。
バイラムは別にシュタープの感覚が間違っていると思っているわけではない。シュタープが感じたとおり、魔人は頭がよく、仲間想いであり、わざわざ意味もなく自分たちを危険に晒すような愚は犯さないのだろう。
だが、意味があれば話は違ってくる。
仲間想いであるということは、仲間のためにそれらの道理を無視するということだ。たとえ自分たちの身が危険になるとしても、それを承知の上で引けないことだってある。損得だけではないのだ。
「……たとえばの話ですが、彼らの仲間が人間に囚われたり、あるいは殺されたり、などという事件があったとしましょう。彼らはどう動くと思いますか?」
「そういう話か……」
シュタープは顔を歪める。
そうなったら彼らはどうするか。仲間が囚われれば取り戻すために戦うだろう。仲間が殺されればその復讐をするだろう。
そして、話がそこで終わるかと言えば終わるはずはない。
そのままにしておけば同じことが起こるのだから。だから同じことが起こらないようにしなければならない。だけど、そんなことは無理だ。それがこの世界の仕組み、社会の仕組みとして起こってしまっているならば彼らにできることはなにもない。
なにもないのであればなにもしないのか、と言う話になればそんなはずはないだろう。きっと何かをせずにはいられないはずだ。それが無謀だとしても。
「……願わくばそういった事件が起こらなければ、と思います」
「ああ、そうだな」
「今のところ彼らに目立った動きがないということは、そのようなことは過去になかったのだと思いますが」
「……」
過去になかった、そうだろうかとシュタープは疑念を抱く。
「目立った動きがない? 本当にそうか?」
「……どういう意味でしょうか?」
「これまで魔人がこれほど表に出てきたことがあるのか? 俺は詳しいわけではないが、歴史上これだけ魔人の動きが見えたことはあるのか?」
「どうでしょうね。私も詳しいわけではありませんが。……団長は何か思うところがあるのですか?」
「ただの勘、だがな。……なんとなく世界が動いている、そんな感じがしている」
その勘が外れることを願って、シュタープは軽く肩を竦める。
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