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41.家

 フェイヴァーの家で過ごして数日が経った。フローリスがうまく家人に通達していたようで、マイアとの接触は最低限となり、マイアが想像していたよりも過不足ない丁寧なもてなしを受けることとなった。

 そして、ゼフィたちの準備が整い、三人は家を出ることとなった。


「……兄様、お気をつけて。イリスも」

「ああ」

「うん」


 少しだけ心配そうにそう言うと、二人は安心させるように軽く微笑む。

 そして改めてマイアに向き直ると軽く一礼する。


「それからマイアさんもお元気で。難しいでしょうが、またいつかお会いできることを楽しみにしています」

「ええ、この家ではお世話になりました。本当に感謝しています。私も、またあなたに会いたいと思っているわ。きっと、また」

「はい。……あなた方のゆく道に精霊のご加護を」


 三人は王都を出ると、南へ足を進める。一日ほど進むと、分かれ道に辿り着く。西へ行けばアルトミー、南へ行けばホームス、そして東へ行けばパスエイドだ。マイアの指示に従い、三人は東のパスエイドへの道を進む。さらに数日が経つと、その道は森の中へと続くことになる。


「こっちよ」


 マイアはその森の中、東へと続く道を進まず、南の細い脇道を指し示す。


「……こんなところに道があったのか」

「別にここからじゃなくてもいいんだけどね。わかりやすいのはここかな」


 この森を通る人間は少なくない。王都とパスエイドを結ぶ真っ直ぐな道だから、森の中では最も多いと言っても過言ではないだろう。王都からも比較的近いことから、冒険者や傭兵たちも多く訪れる森である。

 ただ、深い森ではあるため、この主要な道の近辺はともかく最深部まで訪れるような人間はまずいない。


「村……いや街、か?」

「街だと思うわ。かなり昔に滅んだのでしょうね」


 やがて森の中にぼろぼろの家がいくつも見えてくる。どれも最近というようなものではなく、長い時間放置されたものであることが窺える。単に劣化しているというだけではなく、深い森の中に埋もれてしまっているからだ。たとえ誰かがここまで辿り着いたとしても、何か理由でもなければわざわざこの先に進もうとは思わないだろう。

 長い時間を掛けて、その森の中を進んでいくと、その先には大きな屋敷が待ち構えていた。おそらく、かつてはそれなりの貴族がここに住んでいたのだろうと容易に想像ができる程度には大きな屋敷だった。

 もちろん、相当に月日が流れており、外観が全て綺麗に整えられているとは言わないが、それでも、この廃墟の中で普通に存在していることがまるで奇跡のように思えるくらいには立派な建物だった。


「……たいしたもんだ」

「ふふっ、別に私たちが建てたわけじゃないけどね。でもみんなで修築には苦労したからそう言ってもらえたなら嬉しいわ。……さぁ、入って」

「ああ、お邪魔するよ」

「……失礼します」


 マイアに導かれるままに二人は後に続いて屋敷へ入る。

 イリスはきょろきょろと内装を興味深そうに眺めていた。ゼフィにもその気持はわかる。この屋敷の内装はこの国にある一般的なものとは少し異なっているからだ。


「……すごい」

「変わっているでしょう? 一応私たちの故郷に少しでも似せてみようと頑張ってみたのよ。あくまでできる限りってところだけど」


 誇らしげにそう言うが、その表情からはそう聞こえなかった。隠そうとはしているのだろうが、どうしても郷愁の想いを隠しきれてはいなかった。

 そんなマイアの様子を見て、申し訳なさそうに顔を伏せる。イリスがただもの珍しく眺めていたそれには、そうするだけの意味がある、という当たり前のことに気付くことができなかったからだ。


「ごめんなさい……」

「あなたが謝るようなことじゃないわ。私の方こそ変な気を遣わせてしまってごめんなさいね」

「いえ、私が……」

「―――そこまでにしておこうか」


 掛けられた声に振り向くと、そこに立っていたのはアガトだった。

 ゼフィは思わず顔をしかめる。別にアガトに対して思うところはない。こうしてこの場に招かれている以上敵意のようなものがあるとはさらさら思っていない。ただ、声を掛けられるまで全く気配を感じることができなかったという事実に動揺を隠しきれなかったのだ。

 そんなゼフィの様子を見てアガトは軽くにやりと笑う。それを見てゼフィはそれがわざとだったということに気付く。

 アガトは改めてイリスに向き合うと優しい声で語りかける。


「マイアの言っている通り、君が気にすることじゃない。そしてマイア、君もそこまで気を遣う必要はない。これから共に暮らしていくのだからそれではお互いに疲れてしまうよ」


 もちろん、最低限お互いを尊重する必要はあるが、と付け加えて言うとアガトは歩き出し、扉を開く。その扉の先の大広間には十を超える数の住人が待ち構えていた。大きな机を囲うように全員が席についている。

 マイアに遅れて入ってきた二人にその内の一人の少女が挨拶をするように軽く頭を下げる。その姿を見ると、イリスも安心したように表情を緩める。


「―――ようこそ、諸君らがこの家の初めての客人だ。歓迎しよう」


 椅子から立ち上がった大柄な男、クロノが仰々しい仕草で演技掛かった声を出す。そんなクロノを見て何人かは呆れたように冷めた視線を浴びせる。その仲間たちに向かってクロノは大きく舌打ちをする。


「……はぁ。まあいい、なんだ、とりあえず歓迎するぜ。今日はゆっくり休んでくれ、と言いたいところだが、簡単に自己紹介だけは頼む。せっかくこうして集まってるしな」


 そう言ってクロノは仲間たちに向かってぐるりと視線を回す。それを受けて一同はゼフィとイリスに興味深そうな、あるいは警戒するような、様々な感情で視線を送る。

 一歩前に出たゼフィは軽く頭を下げると挨拶を述べる。


「初めまして、ゼフィ・フェイヴァーです。この度は我々の来訪に了承していただき感謝しています。ご迷惑なこともあるでしょうが、短い期間、よろしくお願いします」


 その思ったよりも丁寧な挨拶に一同はどう反応していいかわからずお互いに視線を交わす。無言の時間が流れる中、すぐに同じようにイリスも頭を下げる。


「初めまして、イリス・ディオナイズと申します。ミューと一緒に居たいという私のわがままを聞き入れてくださってありがとうございます。皆様とも仲良くしていければと思っています。どうぞよろしくお願いします」


 その言葉を聞き、ゼフィはそういえばイリスが家名を名乗っているのを初めて聞いたということに不思議な気持ちを覚えていた。

 出会ったときからそうであったように、イリスは出自については基本的には隠しており、必要がなければあまり話そうとしなかった。だからその家名についても口にすることはなかったし、ゼフィとしても聞き出そうとは思わなかったため、ただのイリスとして共に過ごしてきた。だからこれはイリスなりに心を開いて交流できるように自分から歩み寄ろうとしているのだろう。

 もちろん、そんなイリスの想いまでは汲み取ることはできなかったが、ミューに対する想いについてはこれまでの成り行きについて全員が承知していたため、その言葉を聞いてその空気を緩める。だが、どう言葉をかけていいものかと戸惑い、全員の視線がクロノに集まる。


「……ん? 俺はもう知り合いなんだからお前らがちゃんとやれよ」


 にやりと笑うと突き放すようにそう言う。その表情からわざとそう言っていると察した者たちは嫌そうに顔を歪める。やがて、渋々というように一人の男が立ち上がる。


「初めまして、俺はコウ。……正直に言うと俺たちの中でもまだ歓迎するって感じにはなってないんだが、だからといって邪険にしたりなんてつもりはない。まぁいきなりというのは難しいかもしれないが、少しずつやっていこうぜ」


 わずかに青黒い顔に爽やかな笑顔を浮かべながら男は軽い調子でそう言う。おそらくはその場を和ませるという意味もあったのだろう。

 細身で長身なその背には、マイアと対をなすような漆黒の二枚の羽が生えている。見るからに美しいといったマイアと比べれば神聖さのようなものは感じられないが、どことなく神秘的な様相を呈している。

 コウが再び席に着くと、隣の少女に小声で囁く。少女は表情を変えないまますっと立ち上がると、軽く頭を下げる。


「……ケイリ、よろしく」


 言葉少なにそう述べた少女はそのままじっと立ち尽くす。

 ゼフィたちはその少女を興味深そうに観察する。ケイリには他と違い、人間との差異が感じられなかったからだ。角や羽があるわけでもなく、目や耳に変わったところもない。もちろん、服で隠せる範囲で何かあるのかもしれないが、それについては認識することはできなかった。

 やがてケイリがほんの微かにだけ笑うとその体が変化する。外見に変わりはないが、その体が透き通っているのだ。その変化に驚き目を見開く二人を見て満足そうに少しだけ微笑むとケイリは席に着く。

 そうして順に自己紹介を進めていき、最後に小柄な少女が立ち上がる。だが、ゼフィの聞いた話が確かであるならば、彼女は小柄で童顔ではあるものの少女ではないとのことだ。


「久しぶりー。まさかここで再会とは思ってなかったよ」

「……ああ、久しぶりだね。また会えて嬉しいよ」


 ゼフィがそう返すと不思議そうに首を傾げる。


「あれ? ゼフィは驚いてないみたいだね。もしかして気付いてた?」

「あのときは全く気付かなかったけどね。後になって考えてもしかしたら、とは思ってた」

「えー、そうなんだ。驚いてもらえなくて残念。でもイリスちゃんは気付いてなかったみたいだし良しとするかぁ。イリスちゃんも久しぶり」

「は、はい、お久しぶりです。……私は全く気付いていなかったので驚きました」


 以前に街で出会った女性、彼女が被っていた大きな帽子を脱ぐと、その下からは兎のような長い耳が覗いていた。その姿を見れば普通の人間でないことは一目瞭然だ。


「じゃあ改めまして、私はメロ。困った事があったらなんでも言ってね」

「はい。よろしくお願いします」

「あんまり期待はするなよ」


 横からそう口を出したのはクロノだった。その言葉にメロは不満そうに顔を歪める。


「メロはふらふら外を出歩いてることが多いから頼りにはならない。そいつよりはずっとここにいるやつら……まぁミューはまだわからないこともあるだろうから困ったときはレアなんかを頼るといい」


 突然に名前を出されたレアは僅かにだけその眉を動かす。それは顔に出そうとするまいとしたが、それを抑えきれなかったという様相だ。

 イリスには先の自己紹介の折にも感情を出さないようにしていたように見えた。不快そうにも見えたそれは、嫌悪感から来るようなものではなく、どちらかというと恐怖のようにも感じられた。事前に聞いた話では人間を恐れているという者がいるとのことなので、おそらくは彼女もその一人なのだろう。

 イリスはちらりとクロノの顔色を窺う。彼がそんなことに気が付いていないわけはないので、そのように話を振ったのはわざとなのだろう。人間を恐れるレアに敢えてイリスを関わらせようというのだ。


「……よろしくお願いします。レアさん」


 だからイリスは頭を下げ、できるだけ優しく聞こえるようにそう言った。目を合わせてはもらえなかったが、レアが頷くように小さく頭を動かしたことは見えた。

 それを満足そうに眺めたクロノは、ぱんと大きく一つ手を叩く。


「よし、じゃあ今日はこのぐらいにしとこう。詳しいことは明日からな。二人は部屋を用意してあるからそこを使ってくれ。ミュー、案内なんかは任せたぞ」

「うん」


 ミューは嬉しそうに頷くと、足早にイリスの側へ近寄ってくる。イリスもまたそれを笑顔で迎える。


「また会えて嬉しいです」

「うん、私も。ミューに会えて嬉しい」


 イリスを招くという話にはなっていたが、実際にイリスがどうするかについて確信はなく、なんらかの不都合があり、ここに来てもらえないこともないではないことだとミューとしては少し不安だった。だからこうしてイリスがここにいることが嬉しかったし、安心を覚えていた。


「……これからどうするのか、どうなるのか。わからないことばかりだけど、これからよろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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