22.記憶
フェイヴァーの家に滞在しながら、街に出て買い物をして旅の準備を整えたり、数少ない知人に挨拶に回ったり、冒険者組合などで情報を交換したりなどで日々を過ごしていた。
そんなある日、応接室に呼び出されたゼフィは一人で座って待っていた。少し経った頃にその部屋にフローリスが入ってくる。そして、その後ろにイリスもついてくる。
ゼフィが座っている正面にフローリスが座った時に、ゼフィは驚いて目を丸くする。イリスがフローリスの隣に座ったからだ。別に自分の隣に座ると思っていたわけではないが、特に関わりのないはずのフローリスの隣に座るとは考えてもいなかったので、その驚きを思わず顔に出してしまったのだ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや、俺も今来たところだよ」
そう言ってゼフィはまだほとんど口を付けていない温かい茶を手に取る。使用人はゼフィのものと同じように二人の前に茶を並べると部屋を出ていく。
三人だけになった部屋でしばし沈黙が訪れる。
「……情報を集めていたようですが、何か有益なものは見つかりましたか?」
「いや、目新しいものは特にはないね。やっぱり王都にいるままじゃ難しそうだ」
沈黙を破るようにフローリスが尋ねると、ゼフィは調べたままを正直に話す。それ自体はフローリスにも当然知られているであろうことなので隠す意味もないからだ。
「何を探しているのか、教えてもらうことはできないのでしょうか?」
「……それは」
そこで横から話し掛けて来たのはイリスだった。まさか二人の話にイリスが入ってくるとは思っていなかったので思わず口ごもる。だが、よく考えてみれば、イリスは二人のことを知って、さらに予めフローリスの同意を得た上でここにいるのだ。
当たり前の話だが、これは三人の話なのだ。
「私は……私はゼフィさんの力になりたいと思っています。そして、フローリスさんの力にも」
そう言うと、イリスは首飾りを外す。そして、その美しい金色の髪と眼が明らかになる。
それを見て、ゼフィは再びぎょっと目を見開き、フローリスの方に目を向ける。だが、フローリスはそれについて特に気にした様子を見せなかった。それは、どういう経緯なのかはわからないが、二人でそのことについてすでに話したということなのだろう。
それでイリスが本気なのだとゼフィは悟る。大きく溜息をつくと、少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
「……長い話になるかもしれないかもしれないけど、いいかな?」
二人が同時に頷くのを見て、ゼフィは始まりからゆっくりと話し始める。
「フローリスは俺がこの家に来た時のこと覚えてる?」
「……はい、覚えています」
「俺は覚えてないんだけど、かなり衰弱して死にかけだったらしい」
その言葉にフローリスは頷く。フローリスの覚えている限りでもその衰弱はひどく意識があったかどうかも怪しいところであった。だからゼフィの言っているとおり、覚えていなくとも何の不思議もない。
「だけど、それだけじゃなくて、俺はそれまでの記憶も全て失っていたんだ」
記憶を失っていたゼフィは何もわからず、ただ養父に教えられるままに剣を学んでいった。養父としては魔法も修得させるつもりであったようだが、なぜだかゼフィには魔法を使うことができなかったため、剣だけをひたすらに鍛えたのだ。
そうして養父の想いを継いでゼフィはそのまま騎士になることにした。騎士になりたいと言った時に、普段は笑わない養父がとても嬉しそうだったのを覚えている。
ただ、魔法が使えなかったゼフィが騎士になるのは簡単ではなかった。それは主に実力という意味ではなく資格という意味だったが、それだけに障害となるものは多かった。騎士は断念しようと思ったこともあったが、養父がそれに相当に骨を折ってくれたので、諦めることなく騎士になることができた。
「そして、騎士になって一年……今から二年ほど前に俺はある任務に就くことになった」
その任務はとある貴族の護送だった。ゼフィはどんな人間が馬車に乗っていたか知らなかったし、今でも知らないが、多くの人間が危機に陥ることになった。
今にして思ってみれば、そこに集められた人間は自分を含め訳ありの者が多かった。だからもしかしたら、という程度ではあるが、その者たちが死ぬことも想定されていたのかもしれない。仮に、その貴族がそれに巻き込まれただけだとしたらそれは申し訳ないとしか言えないが。
「その任務で俺たちは壊滅状態に陥った。なんとか魔獣を倒すことはできたが、その時にいた騎士の仲間にも死者が出たし、勝てたのは奇跡みたいなものだった」
「……っ」
ゼフィは淡々と話していたが、イリスが息を呑む音が聞こえて少しだけためらう。生死に関わる生々しい話はすべきではなかっただろうかと。だが、イリスは強い視線を向けて話を続けるようにと促してくる。ゼフィは軽く頷くと話を続ける。
「その時だね。幸か不幸か限界ぎりぎりの状態になって記憶が戻ったんだ」
「……やはり、記憶は戻っていたんですね」
「うん、そうだね。言うべきだった、と思う。ごめん」
「いいえ、私だって薄々は気付いていました。だけど、聞けなかった。……兄様が旅をしているのはその記憶が理由ですか?」
ゼフィはフローリスのその問いに頷いて肯定すると、すぐにその理由に話しを移さず先程の続きを話し始める。
「その後、色々あってその力が認められたのか厄介払いされたのか、俺は赤の団に所属することになった。そこには二年くらいいたことになるね」
先程言われたとおり、旅をしているのには理由がある。にもかかわらず騎士を続けたのは、ここまで育ててくれて、騎士になるために苦心してくれた養父への恩を返したいと思っていたからだ。その時には養父はすでに亡くなってしまっていたが、それでも義理を果たしたかったのだ。
そして、理由はもう一つある。赤の団と呼ばれる精鋭の組織であれば自分の欲しい情報も手に入るかもしれないと思ったからだ。
「……だけど、その情報は手に入らなかった?」
「そう、二年赤の団にいたんだけどね。だからこのまま王都にいては何も進展がないと考えたんだ。それに、ちょうど赤の団でも厄介者扱いだったから」
二年間、赤の団の任務としてそれなりに遠出をすることもあった。例えば一年前にはユーロのいるアリアスの街まで遠征に出ていたこともあったし、他の場所に行くこともあった。だけど、旅先ではあまり自由が効かないこともあり、それほど多くの情報が得られるわけでもなかった。
他には騎士としての権限を使って、可能な限り関係のありそうな書類や文献などにも目を通して見たが、必要な情報は得られなかった。
だから赤の団で二年、その前の一年間を合わせて三年間騎士として働いたことで養父への義理はそれなりに果たせたと考えて、騎士を辞めることにしたのだ。
「そして、ホームスに向かい東の森を抜けた村でイリスと出会った」
「……それで、兄様が求めている情報とは?」
「それは……いや、順を追って説明するよ」
話が現在の状況に至ったところで、フローリスが核心を尋ねる。一瞬、ゼフィはそのまま答えようとするが、そのまま話を続けることにする。
それは、思い出した記憶についてだ。
「俺が小さい頃、両親は事故で亡くなっていてね、俺は孤児を集めた施設で育った。元はお偉方たちの都合で作られた形だけの物だったらしいんだけど、それに敵対する者たちが難癖をつけたらしくてね。そのおかげでそれほど悪い環境じゃなかったよ」
「……孤児院」
「だけど、やっぱりあまりお金は使いたくなかったらしくてね、職員、というか世話をしてくれた多くは引退したご老人たちだったんだ。悪い人間じゃなかったんだけど古い人間でね、気合とか根性とか格闘技とかを教えてくれたよ」
ゼフィは懐かしむように話す。
実際、言葉にしたとおりそれは悪い思い出ではなかった。もちろん苦しい思いをすることもあったが、愛情のようなものが感じられたこともあって苦しくとも不幸だとは思わなかった。
そうして短くない月日が経った頃、その事件は起こった。
「交流会、みたいなものがあってね、施設の子ども何人かと他の場所にいる子どもの団体とが一緒になって出掛けるなんてことが時々あったんだ。……そのとき俺は参加しなかったんだが、その一団が……まるごと消えたんだ」
「……消えた?」
「うん、全員が。子どもたちだけじゃなくて引率をしていた大人も全員だ。―――そして、その中にいた俺の妹も」
その言葉に二人の息が止まる。何かを探しているということはわかっていたが、それが家族だということは考えもしていなかった。だけど、ある意味ではとても単純な話だ。ゼフィはいなくなった妹をずっと探しているのだ。
「俺は妹を探した。施設を飛び出しずっと探し続けた。そして、ここに辿り着いた。証拠のようなものがあるわけじゃないが、確信のようなものはあるんだ。きっと俺は近づいているって」
その後、ゼフィはアストラに拾われて五年が経ってしまった。近くまでは辿り着けているはずだとは思っている。だけど、不安もある。そう思い込もうとしているだけなのではないか、本当は妹はこの世界のどこにもいないのではないか、と。
「……これが、俺が探しているもの、旅をしている理由、かな。そういう意味ではイリスに近いのかもしれないね」
「そう、ですね。私の目的も……」
話には納得できた。それでも、今ここにいる妹として、フローリスは複雑な表情を浮かべる。聞きたいことは色々ある。ゼフィの記憶が戻った今、自分は、フローリス・フェイヴァーとは一体どういう存在なのだろうか。
それを聞くのが怖い。
ゼフィは優しい人間だ。それはわかっている。きっとそれを尋ねれば優しい答えをくれるだろう。大切な妹だと答えてくれるだろう。だけど、おそらく自分はそれを信じられない。そう思ってもらえるようなことはしていないのだから。
だから―――。
「ゼフィさんは、フローリスさんのことを、あなたのもう一人の妹のことをどう思っているのですか?」
「それは……。それは、もちろん大切な妹だと思っているよ」
だから、ゼフィはイリスの質問にもそう答える。それはフローリスもわかっているのだ。
「本当に、そうですか?」
「……え?」
そのイリスの強い問いに、横で聞いていたフローリスが思わず声を漏らしてしまう。
「ゼフィさんは、あなたが探している妹に対してもそんな風によそよそしく接するのですか?」
「それは……」
よそよそしくない、とは言えない。自分でもその自覚が少しはあるのだ。外側から見ているイリスにはなおのことそれがよく見えるだろう。だけど、どう接すべきなのかわからないところもあるのだ。
それがあまりにも図星だったから、思わず苦笑を浮かべてしまう。
「イリスは大人しい感じだけど時々押しが強くなるね」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、イリスは正しいよ。だから正直ちょっと痛いところだね」
ゼフィはちらりとフローリスに視線を送る。フローリスは慌てたようにその視線を逸らしてしまう。それはとても不安そうに見えた。いや、それはたぶん違う。彼女はきっと、ずっと不安だったんだろう。
どうすればいいか、それに先程自分はこう答えた。大切な妹だと。だからきっとよそよそしいのだ。
「……言い直すよ。俺にとって家族は大切な存在だよ。だから、フローリスは俺にとって大切な、ただの妹だ」
その言葉にフローリスは先程とは違うなんとも言えないような表情を浮かべる。でもゼフィはそれでいいと思う。先程までのように不安そうな顔をされるよりはずっといい。
すぐにはうまくはいかないかもしれない。だけどフローリスも自分の妹なのだから、きっとなんとかなるだろう。
「ありがとう、イリス」
「私は私の友達に悲しい顔をしてほしくないから。それに言いました、私はゼフィさんの力になると」
「……そうだったね。なら改めて俺も言うよ。イリスの力になると」
イリスは笑顔を浮かべると、首飾りを元に戻す。それと同時に髪と瞳の色も茶色へと戻っていく。それをフローリスは少し残念そうな目で眺める。その綺麗な黄金を隠してしまうのはやはりもったいないと思ってしまうのだ。
そして、イリスは思い出したように最後に一つ言葉にする。
「あと一つだけ聞いていいですか? 記憶を思い出したというのならゼフィさん、あなたは本当は―――」
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