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アルルーナ、片思いをする

恥ずかしながら私は、レイザンに一目惚れをしてしまったのだ。


何か話さなくてはと思うが、頭がいつものように働かず湯気を立てていたら、父がレイザンに話しかけてくれた。

「娘がご迷惑をおかけしました。レイザンさんは大会に出場なさってるのですか?」

「ええ、ちょうど一試合目が終わったところです。旅の途中に面白そうな大会をやっていたので、ちょっと力試しをと思いまして」

そんな会話を聞きながら、動かない頭をうんうんと回してなんとか声を出したのだが、今考えてもひどかった。


「あの、私の護衛になっていただけませんか」


思い出すだけで目が回りそうだ。

驚いた父の顔。そんな顔見たことないわ。

ポカンとしたレイザンの顔。格好良い。

試合も見ていない剣闘士をなんで護衛にするのか。せめて2試合目を見てからにしなさいよ。私のアホ。


さすがに父は何かを察したようで、渋い顔をしながらレイザンに説明をした。

我々が書籍館の者であること、娘の護衛を探しに来たこと。

書籍館と聞いてレイザンが「あの!」とびっくりしていた。

「どうでしょうか。旅の途中とのことで、難しいかもしれませんが……」

「いいですよ」

さらりとレイザンは言った。

「書籍館に雇って頂けるなんて光栄です。あの、可能なら俺……私の妹も一緒に雇って頂けるとありがたいのですが」

「妹さんも一緒に旅を?」

「はい。今は街を観光してると思います。一応お嬢様の従者のようなことは一通りできる奴ですので」

レイザンの妹に関しては後日面接をすることにし、とりあえずレイザンに雇用の予約を取り付け、そこで別れた。


二人になったあと、父は私に言った。

「お父さんはまだ認めてないからねアルルーナ」

「さて、なんのことでしょうか……?」

父のことなんかどうでもいい。まだ胸がドキドキしている。

これが恋!

小説で何度も読んだけれど、こんな気持ちになるなんて。

今、過去に読んだ恋愛小説を全部読み返したい気分。

フワフワしている娘に、ため息をつく父。

その時父は、「ちゃんと戦える護衛も追加で雇わなくては……」と頭を抱えていたらしい。


しかしその心配は杞憂だった。

レイザンは大会を余裕で勝ち進み、遂には優勝してしまった。

これには私も父も驚きで、優勝するようなすごい人を雇うつもりではなかったので、周りの貴族の視線が痛かった。

大会の途中、レイザンの戦いぶりに目をつけた貴族の誘いはすべて「先約があるので」と断られており、先程の私達の会話を聞いていた誰かが噂を流したことで、我々がレイザンを雇うことが既に広まってしまっていたのだ。



試合のあと、レイザンは父と私の所まで来てくれた。

「申し訳ありません。思ったより勝ち進んでしまって、お時間を取らせてしまいました」

「いえ、いいの……それより、貴方とっても強いのね……」

もう雇われたから敬語はやめてくれとレイザンに言われ、喋り方を探りながら話す。

「こちらの方々には見慣れない剣筋だったのが有利に働いたんでしょう」

「それにしても強い。まだ余裕があったんじゃないのか?」

父のその言に、レイザンは周りを見てから「まあまだ、多少は」と答えていた。

それは周りへの牽制で、もう既に護衛は始まっているのだと気づく。



書籍館の他の職員と同様、レイザンも住み込みで働いてくれることになったため、部屋の準備などが終わったら雇用開始と決まった。

これから彼が護衛についてくれるのかと思うと、ドキドキして数日はなんと読書が手につかないほどになり、家族を驚かせたのを覚えている。

しかし、父が『娘の護衛を任せられるか見極める!』と言って、何ヶ月もレイザンを自分の護衛としてしまった。

腹は立ったが、正直心臓がもつかわからなかったので、慣れるのにはちょうどよい期間だったと今は思う。

当時は許せなくて父の事を数週間無視したが。

レイザンの妹のカンナは、態度はアレだが仕事は早く正直で、何より面白い子だったのですぐに仲良くなることができた。



その後、護衛としてなんの問題もないレイザンをいつまで囲ってるのだと、父は他の家族全員から詰められ(特に私)、さすがに言い訳も尽きて諦めたことでやっとレイザンは私の護衛になった。

レイザンはカンナと違いちゃんと私を『お嬢様』として扱ってくれる。

しかし、それは妹のカンナより小さい子を見るような、そういった優しさに感じる。

確かに私はレイザンとは5つも離れているし、まだ15歳だ。

その後王子との婚約もありながら恋心を忘れられず、かと言って私のような子供に何を言われても困るだけだというのがわかっているので、護衛と雇い主以上の関係は望まなかった。

ただ雇い主のお嬢様としてふるまえる特権はある。

今はその特権だけでも嬉しくてたまらないのだ。



「お嬢様、何冊持っていく気ですか」

「レイザンならあと一冊くらい持てるでしょう?」

「お嬢様の護衛に支障が出ます」

「じゃあ私が持つわ」

「そんな令嬢がいますか!」

「いるわよ、ここに。自分で持ってたほうが好きなときに読めるし、いいわねそうしましょう。じゃあこれが最後の一冊」

本に関しては止めても無駄だとレイザンも知っているので、ため息をついている。諦めたようだ。

「それはカンナに持たせましょう」

「じゃあもう一冊持てるわね」

「お嬢様!」

私が笑うと、レイザンも仕方ないといった様に笑ってくれる。

それが幸せでたまらない。


この幸せに勝てる幸福をくれるような相手は、果たして見つかるのだろうか?

私は書籍館からあまり出たことがなく、外国に行くのはこの旅が初めてになる。

世間知らずだと我ながら思う。

世間知らずな小娘が、幼い憧れを恋だと思い込んだものは、世界を知って少し大人になれば消えるものなのだろうか。

父や祖父はそれを期待していると思う。

私の家族は私を愛してくれている。それがゆえに、より堅実な未来を望んでいる。

書籍館への寄付は約束された収入ではない。

相談依頼は波があるし、負担が大きい案件もある。

それだったら、安定した収入のある貴族と結婚してほしいという気持ちはよく分かる。


だからってあの元王子は無いと思うけど。ほんとに。


レイザンはただの旅人で、今はうちの雇われだ。父には認められないらしい。

私も一応それは納得しているから、元王子との婚約も受け入れた。

でもやっぱり元王子は好きになれなかった。

特に、本を読まないところが嫌いだった。

レイザンは本をよく読む。東海諸島にいた時から大陸の本に興味があったらしい。

何冊か私の好きな小説を貸したら、感想が私と似ていてとても嬉しかったのを覚えている。



「夕食に遅れてしまうわね。まだ選び足りないけど……」

「旅先で出会う本に期待しましょう。ここにはまた戻って来れるんですから」

「そうね……」

書籍館にある本たち。旅先に連れて行く本たち。

連れて行く本たちは確実に読むけれど、置いていく本は戻ってきたとしても一生のうちに読むかどうかわからない。

なかなか足が進まない私にレイザンが焦れてきたな、と思ったとき。


「レイ兄!警備が不審者を見たって!!」

カンナが書庫に飛び込んできた。

「詳細は?」

「人数は数人、多くない。見回りが外壁をよじ登る影を見たらしくて、今5人がかりで捜索してる。場所は南東の壁。庭園の樹木に隠れて進んでるんだと思う」

「そういえばユナがさっき、元王子が今晩私を襲撃に来る準備をしてるって言ってたわね」

私がそう言うと、兄妹は揃ってこっちを見る。


「「なんでそういうことは早く言わないんですか!?」」


二人同時に怒られた。

「だ、だって人を集められなくて解散したって聞いたから……」

「元王子に人を貸す貴族はいっぱいいるでしょう。……だとするとプロかもしれない」

「レイ兄、武器はどうする?」

「持ってる。いいからお前も捜索に行ってこい」

兄妹は不思議な会話をしている。レイザンが剣を下げているのは見たらわかるのに、なぜカンナは武器を聞いたのだろう?

もしかしてレイザンは剣より得意な武器があるのだろうか。


「お嬢様。私から離れないでください。本は一旦ここに置いて」

抱きかかえていた本を取られて、手がすがるものがなくなり少し不安になった。

改めて、狙われていると言われると緊張してしまう。

レイザンがいるから大丈夫だとはわかっているのだが。


私は言われるがままに歩き、書庫の中でも少しひらけた場所に移動した。

「お嬢様、元王子に味方する貴族に心当たりはありますか?」

「メイサン侯爵、あとはユーディナ伯爵やレルナム伯爵あたりかしら……」

「優秀な領軍がいるような家でしょうか」

「伯爵家はそうでもないわ。ただ、メイサン侯爵家は武家として有名よ。先年のマーヒトガイヒとの小競り合いを収めたのもメイサン侯爵軍だった」


「ありがとうございます。では、しばらくの間目を閉じて耳をふさいでいて頂けますか」

そう言うと、レイザンは剣を鞘からすらりと引き抜いた。

私からは見えないが、刺客が近くにいるらしい。

「レイザン……」

つい、彼の名を呼ぶと。

彼は微笑んで。

「ご安心を。お嬢様には指一つ触れさせませんので」


いやだかっこいい。

言われたとおり目と耳をふさいで、今の顔と声を反芻した。

なんだか大きい音がしているが、知ったこっちゃない。

今は反芻に忙しいのだ。

なんてかっこいいのかうちの護衛は。そのかっこよさを叫びながら王都を練り歩きたいくらいだ。


しばらくすると、しゃがんで耳と目をふさぐ私の肩を誰かが叩いた。

「お待たせしましたお嬢様。もう良いですよ」

そおっと瞼を上げると、とても近くにレイザンの顔がありビックリして尻もちをついてしまった。

「あ、申し訳ありません。ちょっと私の後ろにお見せできないものがありまして」

「……殺したの?」

「いやいや!ただ血ぐらいは出ておりますので、ご覧にならないほうが良いかと」

嫌なものを見ないようにと、レイザンは私を抱きこむようにして歩いてくれる。

本当は襲われそうになったことにもっと衝撃を受けるべきなのだろうけど、この体勢のほうが衝撃で、ドキドキを通り越してフラフラになってしまい、医務室へ連れて行かれてしまった。

それを見た書籍館の職員達に襲われたショックだと勘違いされてしまい、職員達はたいそう王子に憤っている。

ごめんなさい。私そんなに神経細くないの。

レイザンに関すること以外は。



レイザンが捕らえた刺客は4名で、後日母の息がかかった治安部隊に引き渡したところ、メイサン侯爵家に雇われた者だと白状したそうだ。

その夜私は家族と書籍館の職員皆に心配されながら、「もう大丈夫」と言い張って一人で寝た。

それでもやっぱり衝撃(レイザンの胸に抱きこまれたこと)が強すぎてなかなか寝られず、温めたミルクでも飲もうと寝室のドアを開けると、そこにレイザンが立っていた。

驚きで声が出なかった。というか私寝間着なんですけど!!??

「どうされましたかお嬢様?」

心配するように屈んで声をかけてくる。

貴方のせいですが!!??


「な……んでここに?」

なんとか声を振り絞った。

夜は仕事時間じゃないはずなのに。それに、寝室の前に立つような護衛は頼んでいない。

「まだ刺客が隠れていたら、と皆心配しておりまして。私の方から護衛時間を延ばさせて欲しいと館長に頼んだのです」

「そんな、ごめんなさいね。明日から旅になるのに、寝ないと辛いでしょう」

「今晩だけですから。たいしたことはないです。それより、どこへ?」

「ええと、眠れなくて……厨房でミルクを温めようかと」

「私がやりますから、お嬢様はベッドでお待ち下さい」

そう言ってレイザンは私を寝室に押し込んだ。

何から何まで申し訳ないわ……と思いながらベッドに入って待っていると。


え?レイザンが?ここにミルクを運んできてくれるの??

私の寝室に??レイザンが??


混乱して無意味にバタバタしていると、カンナが温めたミルクを持って入ってきた。

「そりゃそうよね」

「レイ兄じゃなくて悪かったですねー」

カンナはミルクを置いたあと出ていくことなく、ベッドの横に立っていた。

なんとなく、近くの椅子を促すと、カンナは素直に座った。


「レイザンもカンナも、ごめんなさいね。夜遅くまで仕事させてしまって」

「いいんですよ。ルルおじょーさまは今日大変だったでしょう。大丈夫ですか?つらいことはないですか?」

「……ひとつあるわね」

「何でもおっしゃってください。私で良ければ」

「あのね、あなたのお兄さん、かっこよすぎるのよ……」

「……またそれですか……心配してソンした……」

カンナにはずっとこの話をしている。誰かに聞いてほしくて、でもあまり友達もいなくて。いつも一緒のカンナにはつい吐き出してしまう。

ユナにはもちろんしているが、うるさいと言ってあまり聞いてくれないから嫌。


「あのですね。自分の兄なんで、全っっっ然共感できないんすよね。呼んできましょうか?」

「絶対やめて。何でも聞くって言ったじゃない」

「じゃあ、今日の事件は大丈夫なんですね。なんだか憔悴してるように見えて、皆『あんなお嬢様見たことない』って心配してたんですよ」

「あれはだって、レイザンが私をぎゅってするから……」

そう言うとカンナがとても渋い渋面を作った。

「うちの兄も悪いですけど、それはただ仕事上せざるを得なかっただけだと思いますけどねー」

「それはわかってるわよ。わかってるから、いいのよ……」

そう。向こうにその気がないのはわかりきっているのだ。

ミルクを吹いて冷ましながら、ちびちびと飲む。少し膜ができている。


「……おじょーさまは、今はまだちっちゃい女の子ですけど」

「それは言いすぎじゃない?あなたと3つしか違わないじゃない」

「だってそう見えるんですもん。レイ兄だってそうだと思いますよ」

そう言われると、ガックリきてしまう。

「でもこの2年で、だいぶ大人になりましたよね」

「身長はあまり変わってないけれどね」

「もう少し大人になったら、レイ兄もドキドキしちゃうような女性になるかもですよ」

「そうかしら」

「そうなるよう、私も協力しますから」

そう言って笑うカンナの顔は、兄にそっくりだった。

こんなに力強い味方はいないわね。


「じゃあおじょーさま、ゆっくり飲んで寝てくださいね。旅の出発は延期してもいいって旦那様も言ってましたから、昼まで寝てもいいですよ」

「ありがとうカンナ。レイザンにもお礼を言っておいて」

「……ご自分で伝えたらどうですか?」

カンナが悪そうに笑う。こんな顔はレイザンはしない。

また彼に会うのはドキドキして寝られなくなるかもしれないが、会いたいという気持ちが勝った。

寝間着の上にショールを羽織って、カンナと一緒に寝室のドアを開ける。


「お嬢様?カンナ、何かあったのか」

「ルルおじょーさまがレイ兄に言いたいことがあるって」

レイザンが私を見る。少し緊張したが、いつもどおりの喋り方を思い出しながら話した。

「レイザン、今日は本当にありがとう。貴方がいなかったら私は今ここにいないわ。貴方がいてくれて、良かった」

レイザンは少しビックリしたように目を見開いている。

返事を聞いたらまた眠れなくなってしまいそうなので、聞く前に戻ってしまおう。

「おやすみなさいっ」

そして寝室に戻って、ベッドに潜り込んだ。

寝る前に読んでいる本をぎゅうぎゅうに抱きしめて、目を閉じる。

ああ、婿探しなんてしたくない。

ここで本を読んでいたい。レイザンと一緒に。




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