其の二
本日投稿その2です。
◆◇◆◇◆
茜色に染まった空の下、一条大路を一台の牛車が進む。
既に黄昏時。怪異に遭遇することを恐れてか、通常よりも早めに進む車は、しかし堀川に掛かる橋のたもとで動きを止めた。
その進路上―――橋の上には、大きな影がひとつ。
二メートルを超える体躯。赤銅色の肌。婆沙羅髪の内から伸びる一本の角。
こちらを見据える瞳には鬼火が灯っている。
「ひ、ぃ……っ!?」
牛飼童が、悲鳴を上げる。その傍らで、護衛役の男がうめき声を漏らした。
護衛役の震える手が太刀へと伸びるが、鬼気に呑まれて抜刀できない。
そんな彼等を嘲笑って、鬼の口が弧を描いた。
赤い亀裂が耳まで裂ける。
露になった乱杭歯の隙間から、吐息が炎となって漏れ出でた。
「……ヨコセ」
そう言って鬼が手を伸ばす。捧げもの一つで見逃してやろうと、厄災は告げた。
断るならば全員喰ろうてやる、とも。
「あ……あぁ」
「私が参ります」
震え上がった二人の傍らに、一人の少女が立った。
牛車から下りてきたその娘は、足の震えを誤魔化すように、大きく一歩踏み出して―――
『【切っ掛け】が発生しました。【GM:夢草子】が担当します』
◆◇◆◇◆
言うまでもないことだが、鴻臚館は、マレビト達にとって非常に重要な機能を持つ拠点だ。
サッカーコート四面分ほどの広大な敷地に、【道標】や宿舎、食堂、仕事の斡旋所といった様々な施設が設けられている。
そうした施設の一つ。練武場で、ツカサが薙刀を構えていた。
対峙するのは、彼女と同じく薙刀を携えた老爺だ。
その凪いだ湖面のごとき眼差しを前にして、彼女は細く、鋭く息を吸う。
踏み込んだ。
「は――ッ!」
振り下ろした薙刀が、斜めに打ち払われる。
間髪入れず、石突きを跳ね上げるように柄を回す。が、老爺の方が迅い。
「くっ」
下方から斬り上げられた刃を、上体を逸らして躱す。鼻先を掠めるように走った白刃に目を細め、ツカサは強引に後ろへと跳躍した。
「――――」
着地。無理な跳躍をしたためか、わずかに体勢が崩れる。それを数瞬で立て直し、老爺の追撃に備えようと―――
「え!?」
突如、ツカサが動揺の声を上げた。
その理由は、傍から見ていたセキには一目瞭然だ。
(指南役の初動を見逃したか)
動揺するツカサのすぐ傍に、老爺の姿がある。
死角に入り込んでいるのだろう。相対者の接近に、ツカサは気が付けていない。
そして、そんな彼女の首元に刃が当てられたのは、次の瞬間のことだった。
「着地の瞬間に意識が逸れたのう」
「……参りました」
離れてお互いに一礼。
ツカサは、「ありがとうございました」と頭を下げた後、大きく息をはく。
その様子を眺めながら、セキは首を傾げた。
「何か、昔より強くなっている気がする」
指南役を見つめる。
背格好は以前と同じだ。能力値的にも変わってはいないだろう。
だが。
(着地の瞬間、一瞬ツカサの気が逸れたと同時に動いた)
一瞬で移動したのは、セキが使用する【疾風足】と同様の歩法系特技の効果だろう。
それ自体は、それほど驚くような話ではない。
問題は、単にツカサを追いかけたのではなく、「気が逸れた」のに対応したという点。
彼女が誘い込むつもりだったのなら、おそらく追撃はしていまい。
「一年前と動きが違うでござるか?」
「相対者の心の機微を読み取って動く、みたいなことはなかったと思う」
傍らに立つ忍者に、セキは答える。
とはいえ、一年前の指南役の動きをハッキリと覚えているワケもない。何となくそんな気がするだけだと、彼は続けた。
「まあ、それはどうでも良いとして―――」
セキは、嘆息をついた。
「新しい特技を試す暇もなかったな」
レベルが存在しない『陰陽洲』で、最も分かりやすい成長は、【心】【技】【体】の上昇だ。
対応する能力値と特技枠の増加に繋がるそれを、「レベルアップ」と呼ぶ者もいる。
そのために必要となるのが、成長点と呼ばれるポイントだ。
「これで十連敗。何だかお爺ちゃんを相手にしているみたいです」
厄災―――小鬼一〇〇体撃破の達成により、成長点を得たツカサ。
彼女がそれを割り振り、増えた枠に実装するため新たに取得した特技。その使い勝手を試すため、繰り返し指南役に仕合を挑んでいるのだが、いずれも十秒保たずに勝負がついてしまっている。新技を使う暇もない。
「せっかく新しい特技を教わったのに」
「そもそも、教わった相手に使おうというのが、無……いや、仕合だと手加減なしでござるから、あまり落ち込む必要はないでござるよ」
「鴻臚館の指南役は皆伝級の技量だしな。新技の試しは、別のところでやるか」
肩を落とすツカサに、兵蔵が苦笑交じりに言葉を向ける。
それに肯きながら、セキは「いっそ『先生』で試すか」とも思う。
何にせよ、ツカサの新特技お披露目はもう少し先になりそうだ。
◆
鴻臚館の一角に設けられた斡旋所。
平安京の内外から舞い込んでくる様々な依頼を取りまとめ、情報を整理し、式占による予想難易度を付した上で、マレビト達に斡旋を行うのが主な役割だ。
「依頼の内容は、『調達』『配達』『討伐』『護衛』『特殊』の五種に分類されるでござるよ」
「セキと一緒に行った『はじめてのお使い』が配達や調達依頼、夜廻りが討伐依頼ということですか?」
「正解」
兵蔵の説明を受けたツカサの言葉に、セキはそのとおりと頷いた。
より正確に言うのであれば、夜廻りは何度達成しても依頼簿から消えることがないため、『恒常』という属性がつくことになる。
「昨日、兵蔵と一緒に行ったのは、討伐依頼ですよね?」
「システムを通してないマレビト間のやり取りだから、分類の対象外になる。
仮に当てはめるなら、表向きは討伐依頼だな。ただ、どちらかというと」
「えっと、『騙して悪いが』ですか?」
「グフゥ」
独特の言い回しを口にしたツカサに、忍者が小さく呻く。
どこで聞いたのかと問えば、「お爺ちゃんから教わった」と彼女は笑った。
なるほどと、セキは意地の悪い笑みを浮かべる。
「『騙して悪いが』は、仕事という形でおびき出した相手を襲う系の罠だから、昨日のあれは、正しくそのとおりだな」
「……その節は、本当に申し訳なかったでござるよ」
「あ、いえ! ありがとうございました。わたしのために」
昨日の一件については、兵蔵が既に本当の事を説明している。
改めて頭を下げる忍者に、ツカサは、慌てたように手を振った。
それから、改めて受付台に置かれた冊子へと手を伸ばす。
冊子を開くのに連動し、虚空にウィンドウが展開される。
そこに記載されている依頼一覧を指でスクロールし、「あれ?」と彼女は首を傾げた。
「この『緊急特殊』って何ですか?」
「おや。緊急案件が出ているでござるか」
新米巫女の言葉に、自称中堅手前の忍者がどれどれと一覧を覗き込む。
そこには、彼女の言葉どおり『緊急特殊:救出依頼 難易度:四』との表示がされていた。
「文字どおりの緊急案件ということでござるよ。
ここにある救出依頼のように、すぐに対応しないといけないものに付く属性でござる」
「もし、誰も受けなかったらどうなるんでしょう?」
「仕事の一覧からは消えて、誰も受けないまま事が終わるでござるな」
救出依頼なら、関係する人物がいなくなるといった結果が生じるだろう。
そう続けられた言葉に、少女は少しだけ考えて、セキへと目を向けた。
「セキ。わたし―――」
「難易度が四だと、例の弁慶モドキ並みの厄災と遭遇する可能性もあるけど。
……それでも良いならやってみるか?」
「某も、及ばずながら力を貸すでござるよ」
「……っ! はい!」
嬉しそうにツカサはうなずいて、仕事の受注のために斡旋所の世話人へと声を掛けた。




