自分の力
ダニールと2人で話し合ったスヴェンは、早急にオライアス公爵領へ向かう事を決断した。
そこですぐゴーシュにキアラと一緒に滞在する旨の手紙を書くと、ダニールには引き続き当面の仕事を頼んだ。
「僕は一旦森へ戻って、キアラにも伝えて来る。すまないがダニール、もう暫く頼むよ」
「仕事の方は別にいいんですが‥アルクの王女に身分を明かさないのですか?オライアス領へ行ったら、ごまかすのが難しいかと思いますよ。ゴーシュが伯爵位を持つ騎士である事は知られていますし、その伯爵が主君と呼ぶのは誰なのか、近隣諸国では知らない者はいませんからね」
「暗示の魔法を使うから問題無い。公爵邸からは出ないつもりだしね。キアラには‥一ヶ月の務めが終わってから話すと約束している。だからもう暫くは‥このままでいい」
「スヴェン様、共通の敵と分かった以上、お互いに信頼関係を構築する必要があるのですよ。その為には偽りの無いご自身のお姿を伝えた方が、よろしいかと思いますが?」
「キアラが頼っているのは、魔術師としての僕だ。今はその関係を崩したくない」
少しだけ不安そうな表情を浮かべたスヴェンを見て、ダニールは溜息を吐きながらボソッと呟いた。
「恋とは‥どの様な人でも弱くなる物なのですね‥。それはいかに完璧王子といえども同じ事‥か」
「なんだ?どういう意味なんだ?」
「いいえ、早いとこ告白すべきだと思っただけです。ゴーシュには転移魔法が使える様、魔法陣を描いた羊皮紙を同封致します。それと、通信用の魔法石も携帯する様伝えておきます」
「そうしてくれ。では悪いがダニール、後は頼んだ」
そう言うが早いか、スヴェンは駆け足で部屋を出て行った。
後に残ったダニールはもう一度溜息を吐いた。
「さて、私の方もアルクに揺さぶりをかけますか‥」
スヴェンの執務室に1人残ったダニールは、何かを睨み付ける様な鋭い表情に変わっていた。
森に戻ったスヴェンは、ついでに持って来たお菓子を携えて、家の中にいる筈のキアラを探した。
キアラは台所で夕食の支度をしている。
スヴェンの姿を目にしたキアラは、柔らかく微笑みながら「おかえりなさいスヴェン」と一言言った。
「ただいま」
と言いながら、胸の奥が暖かくなるのを感じる。
そこにキアラがいるだけで、何の変哲も無い台所の空気が、酷く居心地の良い物に感じてしまうのだから不思議なものだ。
「ちょうどシチューが出来上がった所です。冷めないうちに夕食にしましょう」
「うん。美味しそうな匂いがしているね。それじゃあこれは食後のデザートにしようか」
「それは‥?」
「君に食べさせたいと思って持ってきたんだ。甘い物は好きかい?」
「ええ。大好きです!ありがとうございますスヴェン!」
パアッと花が咲いた様な笑顔で、嬉しそうに菓子を受け取るキアラを見て、こんなに喜んでくれるなら、もっと早く持って来れば良かったなぁと思う。
キアラは最初に出会った時より、明らかに笑顔を見せる回数が増えた。
それだけ心を開いてくれているのだと思うと、嬉しく思う反面、正体を明かしていない自分に後ろめたさを感じて、胸の辺りがズキンと痛んだ。
それから2人で夕食を摂りながら、スヴェンはオライアス領へ行く事を話した。
ゴーシュが既にオライアス領へ滞在している事と、黒い魔物の正体を探る事、それからキアラも一緒に連れて行く事を話すと、キアラは目をパチクリしながら、驚きの表情を浮かべた。
「私も一緒に‥行っても良いのですか?」
「調べるには数日かかると思うんだ。その間君と離れる訳にはいかない。それに君も正体を知るべきだ。多分君とは真逆の力を持つ者だと思うからね」
「真逆の力‥?」
「そう。君の力は精霊アルクの、光に属する力なんだ。その証拠に癒しの力を与えられる。反対に魔物というのは人に害をなす者を言う。それを利用するという事は、何かしらの契約を結ぶ必要があるんだ。その契約がまともな物でない事は、呼び名の黒い魔物という点から想像出来るさ。まあ、調べてみない事には分からないが‥」
「‥つまりスヴェンは、私の力が魔物に対抗する力になると考えていると‥?」
「うん。王妃の中の黒い魔物は、君の力を恐れているんだと思う。だから君は監禁されて、常に監視されていたんだと考えたんだ」
「それなら、私を殺した方が手っ取り早かったのではないでしょうか?」
「いいや、そうしたくとも出来ない訳があるんだ。まずアルクの聖女を殺す事は出来ない。君の癒しは民の信仰の元であり、それを失くすと王家は権威を失墜しかねないからね。既に王妃に対する不満が膨らんでいるこの状況で、君を殺したとなると各地で暴動が起きる事は誰でも想像出来るよ。どんなに魔物の力を使っても、国全体というのは不可能だからね」
「‥‥成る程。そういう理由から、私は生かされて来たのですね」
「これはゴーシュがアルクで調べて来た事から、推測したに過ぎないけどね。まあ、とにかく行って調べてみよう。多分2、3日中には、出発する事になると思うよ。それまでには荷造りをしておいて欲しい」
「分かりました。準備をしておきます」
「うん。僕の方も準備を整えなければいけないからまた明日出かけるけど、くれぐれも訓練は程々にしてくれよ」
「はい」
何の役にもたたないと思っていた自分の力。
それをスヴェンは対抗する力だと言う。
突然の事で戸惑いはしたが、自分に出来る事があるのならば、喜んで受け入れよう。
そしてアルク様の言った通り、弟である王太子に会わなければならない。
その前に長らく顔を合わせていなかった父との対面も、避ける事は出来ないだろう。
その晩キアラはいつもの様にスヴェンを胸に抱きしめながら、あの時父の言った言葉を思い出しては、中々寝付けず蘇る悲しみも抱いて目を閉じた。
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