第2話
マーサがいなくなって、新しい侍女が来た。
この侍女は鞭を携帯し、やれ姿勢が悪いだの、声が小さいだの、難癖付けては私を鞭打ち喜んでいた。
背中はいつもミミズ腫れだらけ。毎日が恐怖でしかない。
家庭教師も侍女と結託し、問題を一問間違える度、侍女を呼んで鞭打った。
「どうしてこんな酷い事を?」と聞くと
「王妃様の教育方針です。キアラ様はお行儀がなっておりませんので」
ケラケラと笑いながら、キアラ様と言った。
どうやら"王女様"とは思っていない様だ。
この侍女は義母が嫁いで来た時、一緒に着いて来た侍女だった。
日々の恐怖に怯え、ただ"生きている"というだけだ。
段々と積み重ねられる恐怖は、毒になり苦しみに変わる。
そうして毎日何の希望も持てず過ごしているうちに、ある異変に気が付いた。
「城の人達がおかしい!」
皆一様に、能面のような貼り付けた笑顔で働き、雑談1つしていないのだ。
まるで何かに操られているかの様に。
私は何かゾッとする物を感じ、自分に出来る事を考えた。
「お祖母様相談してみよう」
ちょうどその頃から母方の祖母は寝込む事が多く、私は"お見舞い"の名目で祖母に会いに行く事を決めた。
渋る侍女には、子供の頃母から贈られた数える程しかない大事な宝石を握らせて付き添いを断った。
祖母の家に着くと、会いたくて堪らなかったマーサがいた。
2人で抱き合い、ひとしきり泣き、落ち着いた所でマーサに事情を聞く。
「突然城から放り出されたのです。理由を聞くと、王妃様から私は王女様の侍女に相応しくないからとの事で。そこで途方に暮れていた所、前王妃様のお母上様を思い出し、頼る事にしたのです」
なんと!また義母からの指示だったのか。
義母とは儀礼的な会話を交わす程度にしか、相手にして貰えていないというのに。
思い起こせば義母が嫁いで来てから、何かが少しずつ狂い始めた様な気がする。
派手好きな義母は国政にも介入し、国民は税を搾り取られ、貧困に喘いでいる。
思い違いであって欲しい。でも、思い違いでない事はとっくに分かっている。
焦りを感じ、直ぐに祖母に面会し、これまでに遭った事、今起こっている事、そして私の考えている事を話した。
祖母はベッドに横たわりながら、初めから終わりまで黙って聞いていた。
話終わると静かに言った。
「昨日、夢にアルク様が現れたの。貴方が来たら西の魔の森へ行って、魔術師に良い方法を聞きなさいと。私は只の夢だと思っていたけど、どうやらそうでは無かったみたいね」
「えっ!?それではまるでお告げの様ではありませんか?」マーサが不思議そうに言う。
「アルク様はこうも言っていたわ。これは運命であり、逃れる事は出来ないと。あちらの世界に近くなった年寄りには、話しやすかったのでしょうね」
「‥お祖母様‥」
「さあ!やる事は決まったわキアラ。あなたはどうする?」
「皆を救いたいです。好き勝手に税を搾り取られる国民も救いたいです」
「それでは今すぐ出発しなさい。ただ一度、城へ帰る必要があるわ。貴方がここからいなくなったら、マーサがここにいる事が知られてしまうもの」
「私などどうなっても‥」
「いいえ!!マーサがいてくれたから、私は安心して涙を流す事が出来たの。私にとって、マーサはかけがえの無い人よ」
「‥王女様‥」
「さあ、涙を拭いて。計画を立てましょう」
午後には城に戻って、私は夜を待った。
少年の服と帽子、いくらかの現金。携帯食料。それを入れる小さな厚布で出来た、肩掛けのカバン。
私は疲れたからもう寝ると言って侍女を退がらせ、足音が聞こえなくなってから準備を始めた。
幼い頃「これだけは覚えておきなさい」と父に教え込まれた城からの抜け道を慎重に思い出す。
聖女の使う部屋は、真っ先に逃げられる様、抜け道へと繋がっているのだ。
足音を立てない様、シーツを割いて靴に巻き付け、一歩ずつ前進する。
そうして私は城から抜け出し、途中男の子のフリをして、荷馬車に乗せて貰い、魔の森へ辿り着いた。
「誰も悲しんでくれないなんて言ってはダメね。マーサとお祖母様がいるじゃない。アルク様だって見ているわ。もう一踏ん張り!!」
そう言って自分を奮い立たせ、また前へと進む。
しばらく歩いた時だった。バン!!と何か見えない壁の様な物にぶつかり、身体が弾き飛ばされ宙に舞う。
地面に叩きつけられた瞬間、キアラは意識を手放した。
…
どうするつもりですか?スヴェン様」
「どうするかは話を聞いてからだね。多分訳ありだろうから」
人の話し声が聞こえる。
キアラはぼんやりと目を開けてみる。暖かく清潔な布団にくるまれて、ボーっとした頭で周囲を見回しながら考える。暖かく清潔な布団‥ここは天国なのだろうか?
「私、死んでしまったのかしら‥」
呟いた途端、ギッという音と共に数人の足音が近付いてきた。




