圭の追想(4)綾乃からの連絡 大学入学と榊原教授との出会い
翌日になった。
綾乃からの電話では、綾乃の母は、とりあえず、一命は取りとめたとのこと。
ただ、いつどうなるかわからない状態であること。
当分は病院に入院させるとのこと。
子供は綾乃一人しかいないので、当分は実家にいるほかは無いとのことだった。
「本当に心配かけてごめんなさいね・・・」
「坊ちゃんだって大変なのに・・・」
「お父様のお世話をしっかりと」
「食事のしたくとか、家事の仕方はノートに書いて送りますから・・・」
綾乃は、涙声でいろいろと圭を心配する。
圭は綾乃を心配させたくなかった。
「大丈夫だよ、何とかするから」
「綾乃さんは、今は、出来る限りの親孝行をしっかりしてあげてね」
「またこの家に戻ってきてね、待っている」
綾乃は、電話の向こうで泣いていた。
しかし、綾乃は、圭の家に戻って暮らすことはなかった。
綾乃の母親は、数ヶ月して亡くなり、これからは父の世話をするとのことだった。
それでも、綾乃は一度だけ、この家に置いてある荷物を取りに来た。
そして、いろいろと圭に話しかける。
「坊ちゃま・・・少しやせたかな・・・」
「しっかり食べています?」
「好き嫌いはいけませんよ・・・」
「寂しくなったら綾乃に電話してくださいね」
「あっ・・・彼女が出来たら必ず教えてください」
「そういうこともすごく心配なの」
圭は、首を傾げた。
「え?何で心配なの?]
綾乃は、圭が聞いてもはっきりと言わない。
「今は言えないけど・・・」
「うん・・・本当に言えない・・・」
圭は、ますます首を傾げる。
「綾乃さん、全くわからないけど・・・」
綾乃は、結局何も答えなかった。
「いいの、坊ちゃま」
「それよりしっかり食べてくださいね」
「今度来た時にやせていたりしたら、怒りますよ」
圭にとって、綾乃の言っていたことは、まったくわからなかった。
圭の大学の入学式会場は、日本武道館だった。
大勢の学生に囲まれ、厳粛な雰囲気のなか、行われたことを覚えている。
学長の話の中に
「あなた方のご両親もお喜びで・・・」という部分があり、心の中に突然母の笑顔が浮かんできたりもした。
すぐに、学生生活が始まり、圭は父の友人という榊原教授に会いにいった。
「うん、君のお父さんから、先月連絡があった」
「本当にうれしそうだった」
「君のお父さんとは研究仲間で若い頃から知っている」
「本当に研究熱心で優秀な学者だ」
「また、人情味のある熱い男だ」
「何回私は窮地を助けてもらったことか・・・」
「何かあったら、必ず私に相談してくれ・・・力になりたい」
榊原教授は少し涙ぐんでいる。
その榊原教授は、突然話題を変えた。
「あ、そうだ、君は何かサークルに入る予定はあるのかね・・・」
圭は、素直に答えた。
「いえ、今まで、中学・高校とあまりサークルは入ったことはありません」
榊原教授は、驚いたような顔。
「そうか・・・もし差し支えなかったら、私の主催するサークルに来ないか?」
「若いうちに、いろんな人間関係を知るのも大切なことだ」
「もちろん、君の肌に合わなかったら後でやめても良い」
「心配するな、もしそれで君がやめても、私の君への支援は変わらない」
「安心して来て欲しい」
榊原教授の誘いは、熱心なもの。
圭は、その熱心さに、気持ちが動いた。
「はい、そういうことなら、特に決めてはありませんので」
榊原教授は、具体的な説明をはじめた。
「そのサークルは、歴史研究会という」
「いろんな史書を学年、学歴を問わず研究したり、史跡を皆で訪ねて実地研修したりする」
「男性と女性が同数ぐらいで、他の大学から入ってくる者もいるくらいだ」
「総勢50名ぐらいかなあ・・・けっこうコンパでは盛り上がるぞ」
さっき涙顔だった榊原教授は一転、満面の笑みになっている。
圭は、その笑顔に押されてしまった。
「はい・・・おまかせします」
特に歴史がどうのこうのでなく、榊原教授に圧倒されてつい言ってしまった。
「そうなったら、話が早い」
「早速部室に行こう」
榊原教授は、教授室を出て早足で部室に向かっていく。
圭は、とにかくついて行くほかはない。