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涙は風の中  作者: 舞夢
圭は白檀の香りの中、過去を思い出す
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圭の追想(2)盲腸の手術と綾乃 そして父の異変

圭の盲腸の手術の日が来た。

「どう?怖くない?」

圭は綾乃から、心配そうに声をかけられた。


圭「大丈夫・・・お父さんは?」


綾乃「ごめんね・・・とても忙しくて来られないって・・・」


圭「そう・・・」


圭は、父を母が生きている間は、ほとんど家で見たことはない。

時々、家にいる時も、ずっと机に向かっていた。

母と、庭でボール遊びをしている時に、顔を出して

「少し騒がしい・・・研究の邪魔になる」

難しい顔で、叱られたことを覚えている。

それ以来、父の前で遊ぶことも話をすることも、ためらうようになった。

そんな父に手術が怖いから来てほしいとか、とても言えやしない。


「大丈夫よ・・・綾乃がついている」

「盲腸はそんなに重い手術ではないの・・・」

「えっとね・・・ここを少し手術するだけよ・・・」


綾乃は、自分のセーターを少しめくり、お腹の一部分を指差して盲腸の位置を教えてくれた。


「あら・・・そんなにじっと見ないで・・・恥ずかしい・・・」

綾乃のお腹は真っ白に輝いていて、とてもきれいに見えた。


綾乃は、不安そうな圭に、顔を近づけた。

「そうだ・・・綾乃が おまじないしてあげる、目を閉じてごらん・・・」


圭が目を閉じると、まぶたに ふっと柔らかいものが触れた。


「うん、これで大丈夫・・・」

綾乃は圭の髪をなでながら、やさしく微笑んでいる。


                    

綾乃のおまじないが効いたのか、圭の手術は無事に終わり、何日か入院してから家に帰った。

それからの圭は、綾乃さんには、以前のように意地を張ることもなく、素直に話せるようになった。

勉強でわからないことがあれば、綾乃の部屋に行き、教えてもらったりもした。

中学、高校は父の勤める大学の付属の学校に入り、親しい友人や良い先生に恵まれ充実感のある学生生活を送った。



大学の受験が近くなった頃、久々に家に戻ってきていた父から、圭は廊下で呼びかけられた。


「すまないが、特別の話がある」

「夕飯を食べたら私の部屋に来てくれ」


圭は父から声をかけられるなど、滅多にないことだった。

夕飯を綾乃と食べた後、少し緊張しながら、父の部屋のドアをノックした。

久々に近くで見る父の顔は、やせて顔色も悪かった。


「実は・・・来月から入院することになった」

「医師から、胃がんの診断を受けた」

「摘出がうまくいけば、回復もするだろうが・・・」


圭は、本当に心配になった。

「はい・・・付き添いはします」


しかし、父は首を横に振る。

「それは、しなくて良い、今のお前は受験に専念しなければならない」


圭は、必死に父に付き添いをせがむ。

「はい、でも心配です」


しかし、父は圭の付き添いを認めない。

「大丈夫だ、必ず戻ってくる」

「ただ・・・」


圭は不安を覚えた。

「ただ・・・?」


父の顔が少し曇った。

「もし 万が一戻れなかった場合のことを、伝えておく」

父は金庫を開け、家の権利書や預金通帳、生命保険証書・・・様々なものを取り出して圭に見せた。

「この家の財産は、全てお前のものだ」

「お前しか子供はいない」

「私に万が一のことがあったら、今お前に示した財産を使って、実りのある人生を送って欲しい」

父は涙ぐんでいた。


圭が父の涙を見たのは初めてだった。

「はい・・・わかりました・・・でも、必ず戻ってください、もう一人にしないでください・・・」


父は少しだけ笑った。

「約束する・・・お前もしっかり勉強して、大学に受かってくれ・・・」


圭は、その時の父の笑顔が、今でも心に焼き付いている。


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