圭の追想(1)子供時代 家政婦綾乃との出会い
圭は、ぼんやりとしながら、母が亡くなってから、今までのことを、振り返る。
白檀の香には、そういう効果もあるのかもしれない。
母が亡くなり、家族は父と圭だけになった。
父は大学で研究職についていたため、とても家事が出来る状態ではなかった。
葬式の後、大人たちが話し合い、当分の間は、住み込みの家政婦を頼むしかないということにになった。
その家政婦は、母の葬儀が終わり、数日してから家に来た。
「こんにちは、坊ちゃん・・・私、綾乃という名前です。これからよろしくね・・・」
年齢で言えば、当時で三十代前半だったと思う。
圭は、今でも、その時の綾乃のやさしい笑顔が、心に残っている。
母のいなくなった寂しさと、父と話ができない圭は、毎日落ち込んでいた。
そんな圭に、綾乃は、何度も涙ながらに声をかけた。
「寂しかったら私の前で泣いてもいいのよ・・・寂しい時は一緒にいようね・・・」
しかし、圭は、亡くなった母への想いが強かった。
圭はどうしても、「母の代役」の綾乃には、心から、うちとけることができなかった。
そんな時期が1年ぐらい続いた。
圭は目を閉じた。
「あの当時は本当に悪いことしちゃったなあ・・・」
部屋に広がる白檀の香りの中、圭の心の中に深い後悔と哀しみが広がってくる。
圭が、綾乃と話をするようになったのは、小学校の4年生の頃。
当時、学校での授業中や家にいる時でも、時々お腹に強い痛みを感じることがあった。
しかし、なんとか我慢すれば痛みは治まった。
父親も帰宅が遅く、母でもない綾乃に痛みを言うなど、もってのほかだと圭自身が意地を張っていた。
しかし、ついにある日、圭は、学校からの帰宅途中にお腹に強い痛みを感じた。
家に着いた時には痛みが激しく、玄関に上がれない状態でうずくまってしまった。
綾乃は驚いて急いで車を頼み、近くの病院に圭を連れて行ってくれた。
圭は、医師により急性盲腸炎と診断され、そのまま入院することになった。
「もしかして、もっと前から痛かったでしょ・・・・」
鎮痛剤を飲まされて、ベッドに寝ている圭を、綾乃は涙ながらに見つめる。
圭「うん・・・」
綾乃「まったく・・・どうしてそんなに意地を張るの・・・貴方のこと本当に心配しているのに・・・」
圭「ごめんなさい・・・」
綾乃「貴方のこと、心配でしょうがないの、だから・・・」
綾乃は、その涙に濡れた頬を、ゆっくりと圭の頬にあてた。
そして、低い声で子守唄を歌った。
圭は、その時「綾乃さんは、本当に自分のことを心配してくれる」とわかった。
そして、その時に、圭自身の我慢の限界が来た。
圭の目に、突然、涙があふれてきて、止まらなくなった。
とうとう声をあげて泣きだしてしまった。
「こんな小さいのに、我慢のし過ぎなの・・・」
「寂しいよね・・・こんなに痛いのにお母さんもいない、お父さんにも話が出来ない・・・」
綾乃も泣き出している。
「いいの・・・私に任せて・・・貴方の寂しさも辛さ、哀しみ全部私にちょうだいね・・・」
圭自身、どれくらいの間 泣いていたのかは覚えていない。
いつのまにか綾乃の手を握ったまま眠りこんでしまった。




