銀座香苑からの届け物
圭は、歩き疲れたこともあり、映画を見ることは取りやめにして、杉並の自宅に帰った。
圭は、小さな頃に母を、そして1年前、ほぼ大学入学と同時に父を亡くしたので、今は一人住まい。
洗濯物など一通りの家事を終え、くつろいでいると玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰かなあ・・・」
時計を見ると既に夜8時を過ぎている。
「どちらさまでしょうか?」
圭は、インタフォンを通してたずねた。
「銀座の香苑と申します」
若くて涼やかな少女の声が聞こえてきた。
圭「はい・・・それで何か・・・」
「奥様よりお届け物を頼まれました」
圭が、多少の戸惑いを感じながら玄関を開けると、紺色の上品なスーツを着た、少女が立っている。
圭自身より少し若く見える。
まだ高校生のようだ。
瞳は大きくまた愛らしい。
整った顔立ちで、肌は抜けるように白く、なめらかに輝いている。
頬を少し赤らめながらも、笑みを絶やすことがない。
「少し驚かれたようですね」
圭は確かに驚いた。
「はい・・・どうして、この家がおわかりなのですか?」
「その前にこれを・・・」
その少女は、圭に、小さな包みを差し出した。
圭は、そのまま「銀座香苑」と書かれた包みを受け取った。
「ありがとうございます・・・私はこれで・・・失礼いたします」
「不思議でしょうが・・・詳しい話は、またいずれ・・・」
少女は 少し含み笑いを浮かべながら帰っていった。
不思議な話といっても、この状況は、圭にとっては、なかなか理解ができない。
とりあえず部屋に戻り、包みを開けてみることにした。
ソファに座り包みを開けると沈香と藤そして白檀のお線香が入っている。
「お香か・・・懐かしいな」
圭は、お香については、子供の頃 母親が好きだったこともあり、いろんなお香を教えてもらった。
いろいろあるお香の中でも、沈香と藤そして白檀が得に好きだった。
母親が、8歳の時に病死してから、時々母を思い出しては、お香を焚いて一人で泣いていたこともあった。
「やはり、こういう時は気持ちを落ち着けないと・・・となると・・・白檀だな」
圭は、お香を焚くことにした。
白檀ならではの深みのある不思議な香りが部屋に広がっていく。