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19 【和葉】  ボビーくん

 理科準備室は少し暗く、薬品棚や標本、様々なもので雑然としていた。

 予想通りの再テストと担任の嫌みをなんとかくぐり抜けて、理科準備室に入ると、西園は実験台脇の椅子に座って本を読んでいた。


「すみません、お待たせしました」


 和葉が言うと彼は「大丈夫」と人の良い笑みを浮かべて、本を閉じる。その手元には和葉の袋が置いてあった。


「まずはこれを返すな、菅原」


 そう言われて和葉は袋を受け取った。不思議な文様が刺繍された袋は変わらず手に柔らかい感触を伝えてきて、中を覗いても何もなかった。 


「短刀に関してはしばらく預らせてくれ。見たことのないデザインだし、ちょっと調べてみたい」


 西園の言葉に和葉は頷いた。調べて貰えるなら願ってもないことである。「ちょっと今から人殺して来ます」的なナイフを使う予定はないため、預けることに異議はない。


「で、先生。結局昨日は消えなかったんですよね? 何を入れました?」


 和葉は実験台を挟んで反対側の椅子に座りながら興味津々に尋ねると、彼は頷いた。


「消えなかったと言えば消えなかった。菅原の持っていた短剣を一つ入れてみたが朝もそのままあったな」

「消えなかったと言えば?」


 何かを含んだ言い回しを尋ねると、西園は昨夜のことを詳しく説明した。曰く、袋の中の短剣が消え、目を離した隙に元通り袋に入っていたと。

 和葉は首を捻った。袋の中のものが一晩のうちに消えて戻ってくることなど今までなかった。何故なのだろう。

 西園は和葉の手の中の袋を見て言う。


「菅原は、この袋の中の物はどこに消えているんだと思う?」


 西園の質問に、和葉は考え込む。不思議な袋だと思う。最初は単純に、隣人から貰った袋の中身が消えることが不思議で、気になって色々入れてみただけだった。

 恐らく子供にとってのびっくり箱という認識が一番近いのかもしれない。予想外の物が現れたり消えたり。だから気になるのかとも思う。


「最初に思ったのが、未来に消えたのかなって思ったんです」


 和葉が入れた体操服がまた戻ってきたり、入っていた不思議な衣装がまた消えたり。

 昔とある小説を読んだことがある。地面に開いた穴が何でも呑み込むため、そこにゴミや隠したい物を捨てていた人々がいた。ところがその穴は未来の自分たちへと繋がっていた穴で、最終的に全てのゴミ等がまた戻ってきたと。


「でも何かおかしいなぁって思ったのが、金貨が現れたときですね」


 最初に袋に入っていたびしょ濡れの衣装は捨てられた物ならば納得がいくが、高価な金貨を捨てるだろうか? また和葉が送っている物がもし未来に送られたとして、未来から和葉の体操服がまた戻ってくるというのがよく分からない。


「だから結論としては『よく分からないので試してみたい』という感じです」


 そう言って笑う和葉を見て、西園も目を細めた。

 信じると一度言った以上、彼女がそのつもりならば手伝えることはしようと思っている。


「分かった。あの短剣のことも何か分かったら伝えるよ。他になにか気になる事はあるか?」

「ありがとうございます」


 西園の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべる和葉であったが、重ねて言ってみた。


「気になる事というか、一つほど」


 そもそも何故社会準備室ではなく理科準備室なのかというと。


「ちょっとあれを袋に入れてみたいんですけど、いいでしょうか?」


 そうして和葉が指した物を見て、西園は前言撤回をしようかと一瞬だけ思った。




 * * * * * * * * * *




「ただいまー」


 帰るのが遅くなった和葉に、母が台所から返事を返す。


「おかえり、和葉。遅かったわね」

「うん、ちょっと西園先生と話してたの」


 再テストという言葉は封印して、その後の事実だけ答えると、母は台所から顔を出す。


「あら、去年の担任の? あんまり迷惑かけるんじゃないわよ……って何それ」


 和葉が大きなゴミ袋のようなものを背負っているので、怪訝そうに母は尋ねた。


「実験道具」


 一言で答える和葉に、何を言っているんだかという表情で母はおたまを手に台所に戻る。


「早く手を洗って、ご飯にするわよ」

「はーい」


 和葉は意外と重いゴミ袋を、自室へと持ち込むと急いで食事へと向かった。

 透明なゴミ袋の中には、中が見えないように昔の黒いゴミ袋が二重にしてある。西園先生も気遣いの人だなぁと思いながら、和葉はテーブルに着いた。

 西園が聞いたら、むき出しでそれを運んだら帰り道で職務質問されるに違いない、と苦笑するだろうが。




 * * * * * * * * * *




「……できた!」


 うわぁ予想以上に怖い。

 自室に戻って組み立てたものは、和葉の部屋の片隅にひっそりと座っている。和葉は勝手にそれをボビーと名付けた。


「よろしく、人体模型ボビーくん」


 左右半々に筋肉と骨格が見えているボビーくんは全くの無表情である。こちらこそよろしくと笑いかけられても困るので和葉はそれを覆うように布をかけ、足の一部を袋の中に入れてみた。


「まさか本当に貰えるとは思いもしなかった」


 呟くように言う。



 和葉が理科準備室で指したものは、大きな人体模型であった。頭を抱えた西園は「何でそれを!?」と言ってきた。多分どん引きしていた。


「どれくらいの大きさまで消えるのかなぁと思いまして」


 そう言う和葉に半眼で「まさか短剣で驚かされたから、逆に人体模型で驚かせようとしてじゃないよな」と西園が聞くが、「そんな訳ないじゃないですか」と真顔で答えておいた。何でばれたのか分からない。

 しばし頭を抱えていた西園であったがとりあえず首を振る。


「さすがにそれは理科の備品だから無理だ」


 そう言ってから少し考えて、西園は携帯を取り出し、誰かにかけた。どうやら理科の先生と電話をしているようだった。

 電話を終えると西園は理科準備室の片隅にある大きな箱を漁りだし、そこからこの人体模型ボビーくんを取り出した。


「こっちは先代人体模型で一部壊れているところがあるけど、もう捨てるだけだから持ってってもいいと言っているが……本気でこれを入れる気か?」

「カーネルおじさん人形とどっちがいいかは迷ってるんです。でもカーネル人形は手に入れる手段もないし、インパクト的にもこっちのほうがいいですよね?」


 同意を求められた西園は黙って視線を逸らしたのであった。



 部屋の片隅に人体模型を備えた女子校生は、携帯電話のアラームをかけるとベッドに入った。明日は土曜日だが半日授業なため、午後は調べ物をしに行こうかと考えつつ、和葉はあっという間に襲ってくる睡魔に身をゆだねる。

 眠る寸前ちらりと横目で見た部屋の片隅には、ボビーくんを隠すように覆った布が見えた。




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