エピローグ そして、歴史は動き出す・・・・・・
バゼック王国、最大の事件から一ヶ月がたった。
「ファ、ファミット!?」
「そうじゃよ~?なんじゃ、気付いておらなんだか」
金髪エメラルド眼の美女はテーブルに優雅に頬杖をつくと呆れたようにデュレックを見つめため息を付いた。動いたせいでさらさらと肩から金髪が垂れるのを、デュレックは開いた口がふさがらずじっと見つめた。
この頃、暑くなってきた太陽の光がじりじりと暑い。
ウィル・バンドットによる国王とデュレックの暗殺未遂、及び、王位継承権の略奪という大事件は国民達によって国中、そして国外にまでその話が広がった。大陸の国々がその事件に驚きを示したが、それと同時に、バルコニーでみごと反逆者を捕らえた王子と、病で弱った体を物ともせずに堂々と平和を宣言した偉大な王の姿も国中、いや大陸中に広まった。
だが、国王アーゲリオンはバルコニーでの演説の後、城に入ると同時に意識を失い、再び倒れてしまった。ヴィヴィの処方した薬のお陰で容態は安定したが、長い間、毒物を飲まされ体を蝕まれていたため、あの時立っていたのですら奇跡的な事であった。
国民の動揺は国王によって収束を見たが、その後の城内は国王が倒れ、ウィルが連行され、状況を把握し切れていない人々が行きかう混乱の中、デュレックは騎士や大臣達をまとめるため、すぐにヴィヴィたちの側を離れて指揮を執った。その後、ヴィヴィ達に会える暇もなく王子としての責務を全うした。
それから、一ヶ月。
デュレックはやっと、こうしてヴィヴィに会うことが出来た。
ヴィヴィは国王の治療のため、後宮の離れに部屋を用意し、容態が良くなるまでいてもらう事となっていた。その国王もつい先日、ベッドからやっと起き上がれるようになり、徐々に政務に復帰しつつある。
お互いやっと時間が空き、デュレックはヴィヴィの部屋を尋ねた。本当は、ジュエルとガースに同行を願い出たのだが、二人とも『忙しい』との事で断られたため、デュレックは一人でヴィヴィの部屋に来ていた。
あのバルコニーでヴィヴィを抱きしめて以来、初めて会う。
デュレックは緊張して部屋を訪ねた。ドキドキと扉が開くのを待っていたが、現れたヴィヴィは平静な態度で、しごくそっけなく部屋に招き入れてくれた。
その顔には以前のように仮面はなく、終始デュレックの顔を見ないようにしているようであった。
その事に少し緊張がほぐれると同時に、残念に思いつつ案内されるまま部屋の外にある庭のテーブルに案内され、そこで、この美女に再び会うこととなった。
事件の混乱の中で、この美女の事をすっかり忘れていたデュレックは、ヴィヴィの部屋にいた事に驚きを隠せなかった。だが、その後、ともに席についた美女の口から真実を伝えられさらに動揺している。
「ファ、ファミットって。北の森にいたファミット?」
北の森で別れた、少女の姿を思い出す。確かに髪の色、瞳の色、先が尖った耳、白い肌は同じだ。顔も良く見れば面影がある。
だが、あの少女が目の前にいる美女だとは信じられなった。姉とか、母親だとか言われた方がまだ信じられる。
デュレックが口を開けたまま、まじまじと見つめているとファミットと名乗った美女はクスリと笑って、テーブルのカップを持ち上げて一口飲んだ。
「そうじゃよ?デュレック王子に茶を入れたのも~、服を直したのも~、あのカワユイ女の子は、ぜ~んぶ私、北の森の魔女事、ヴィア=フォミットじゃ。ついでに言うと、敵が来た時にデュレック王子を助けたあの美しい鳥も~」
「ええ!?」
先ほどよりも、信じられない発言にデュレックは思わず声を上げる。人間とエルフ族のハーフは姿を変えられるのか。
確かに、あの鳥から聞こえてきた声はこの声だった気がする。
だが、にわかに信じがたい。そんな目で見ていたのが分かったのか、ファミットはカップを置いて、顔の横に手を挙げ指を一本立たせる。と、くるっと小さく回した。
すると、ファミットの体がふいに光り輝き、一瞬の後にその姿は少女の姿に変わった。デュレックが驚きで声が出ない間に、また少女が満足に笑い、またくるっと指を回す。と再び光に包まれ、その姿はあの金色の鳥の姿になる。
「どうじゃ~。信じたか~?」
「あ、ああ」
鳥の口から美女の声が聞こえる。
デュレックは目の前で起こっている事が現実なのか、理解しきれないまま面白そうに聞いていたファミットの声に呆然と頷いた。
それに満足したのか、ファミットはすぐにまた、美女の姿に戻りテーブルに着く。
デュレックはとりあえず落ち着こうと、少し冷めてしまった茶を一口飲んだ。口いっぱいに芳醇な茶葉の香りが広がる。この香りは、川を挟んだ隣国のものだ。徐々に動揺が無くなり思考が回復してくる。
何度か、口に茶を流し込む。
と、横からヴィヴィのため息が聞こえてきた。
「先生。ふざけないでください」
「ああ~、スマンスマン。あんまり反応がいいからの~」
「先生が現れた時、本当に驚いたんですから。来るなら来るって、先に行ってくれればいいのに」
「でも、そのお陰で助かったんじゃし~、結果お~らい」
「・・・・・・まあ、それはそうですけど・・・・・・」
「それに、年寄りには楽しみが必要じゃろ~。王都にも着たかったし、10年間必死に隠れていたのに、突然現れたデュレック王子に正体ばれないよう、必死に頑張っている弟子をからかう機会なんかないしの~」
「先生!」
ヴィヴィは真っ赤になって声を上げた。ファミットはその姿を見て、ニヤニヤしている。
正体がばれないようにしていたとはどういう事か。
デュレックはカップを置いて、ヴィヴィに詰め寄った。
「ヴィヴィ、正体がばれないようにって、一体。そういえば、ウィルも10年前に君を北の森に連れて行ったって。どういう事なんだ」
10年間、必死に探し続けていたアンジェリーナ。それが、ヴィヴィだった。バルコニーで別れた後もずっと気になっていたのだ。
会って話したかった。この10年間一体どうしていたのか。
デュレックはヴィヴィを見つめた。
ヴィヴィは困った顔でデュレックを見て、気まずげに目線を逸らす。少し顔を赤いまま、俯いて口を閉ざしたままであった。
「もう、潮時じゃヴィヴィ。話しておやり」
ファミットはからかう風でもなく、静かにヴィヴィに言った。
ヴィヴィは顔をあげ、ファミットの顔を見る。そして、一度、深く息を吸いゆっくりとデュレックの方を見た。
「デュレック殿下。10年もの間。探して頂いた事に感謝致します。連絡もせずに申し訳ありませんでした」
そう言って、ヴィヴィはゆっくりと頭を下げた。デュレックは目を閉じて横に首を振った。
「いや、謝らないでくれ。顔を上げて。君が生きていたことが何より俺は嬉しい。でも、どうしてどうして魔女に?」
「はい。お話します。少し、長くなると思いますが・・・・・・」
そう言って、ヴィヴィは話し始めた。
それは、10年前に遡る。
デュレックがヴィヴィの虐めを知り、自分から遠ざけようとした時。デュレックの突然の冷たい態度に、ヴィヴィこと、アンジェリーナはデュレックの心配をしていた。
取り巻き達に、アンジェリーナの悪口を言っていたことも知っていたがデュレックが本心で言っていないのは顔を見て何となく察していたため、それで心が傷つくことはなかったという。
たまたま、目にした事はあったが聞かなかった事にしたほうが良いと思いその場を離れた。
何か気に障るような事をしたのかと思ったが、それ以来、話もまともにできなくなったためアンジェリーナは少し悩んでいた。だが、いずれ機嫌も直るだろうと思い、ゆっくりと待つことにしたという。
デュレックは動揺した。
「えっ、じゃあ。どうして城を出たんだ?俺はてっきり、君を傷つけてしまったのだとばかり」
「それは、思い違いです」
それは、初めは些細なことであったという。
ヴィヴィが怪我をしたり、疲れている時にまわりに風が急に吹き荒れるような事があった。それから少しずつ。おかしな事がアンジェリーナの周りで起こるようになっていった。
危害が加えられそうになると突風が吹いて周囲にいた人が大怪我をしたり、突然、お茶の席で火の手が上がり、一緒にいた令嬢が火傷を負ったり。時には、部屋の物が突然動き出し、側に人に当たったり。その場は偶然で済まされた。
だがこのままでは、死人を出してしまうかも知れない。そう思ったアンジュリーナに何処から聞きつけたのか、ウィルが良い案があると話しかけてきた。
互いにデュレックの側にいても話しことが殆ど無かった相手なだけに、初め不思議に思った。ウィルから聞かされた話は、デュレックが聞かされた北の森の魔女の話と全く同じ内容であった。
直ぐには信じがたい内容だったが、デュレックが信頼しているウィルの事を疑う事をしたくなかった。
そして、アンジェリーナは半信半疑のまま、ウィルにつれられ密かに城をでて北の森に向かった。
ウィルと連れ立って、アンジェリーナは人の目を避けて森に入った。だが、森に入ってしばらくした後、いつの間にかウィルとはぐれてしまっていた。いくら呼びかけても、ウィルの姿は見つかる事はなく、助けに来てくれる気配もない。そうこうしている内に、だんだんと森は暗くなっていった。
この時、アンジェリーナは騙されたのだと理解した。
急いで森を出ようとしたが、この時すでにどちらから来たのかすら分からなくなっていた。軽装なドレスな上、食料も何も持ってこなかった。このままでは、死んでしまう。
とにかく歩き続け、森をさ迷いつづけた。そして、アンジェリーナは疲れ果てて倒れてしまう。
そして、気がつくと、そこは魔女の館のベッドの上であった。
「精霊たちが私に森の中でヴィヴィが倒れているのを知らせてくれたのじゃ。明らかに貴族の令嬢じゃったし、見つけた時は本当にびっくりしたの~」
ファミットはそう言って、両手を汲んでうんうんと頷いた。
アンジェリーナは発見された時、だいぶ衰弱しており、しばらくベッドに寝込みきりになった。数日たったのちにやっと起き上がれるようになり、そこで、ファミットに自身の身に起こった事を話す。そこで、自身に魔力があることが分かり、おこった現象は魔力の制御不足によるものであることが分かった。
「ま、ヴィヴィの場合。魔力があると言っても、精霊たちが反応するくらいの小さいものだったけどの~。私は帰れと言ったんじゃが」
そこで、ファミットはちらりと、横のヴィヴィに視線を向けた。ヴィヴィは目を伏せ汲んだ自分の手を見つめていった。
「もう、城には戻れないと思ったんです」
「どうして」
「魔力を持った私が、王妃には相応しくないと思ったのです・・・・・・」
かつて、アルバニス大陸に多くいた魔女達はその力を恐れられ迫害され、大陸から立ち去った過去がある。奇異の存在はどの時代でも反感を買う。
それでなくても、アンジェリーナは自分の力を制御できない。こんな自分が、国の王妃になるなど、それにデュレックの側にいれば傷つけてしまうかもしれない。
もう、城には戻れない。ならば、何処に。
そう思って、アンジェリーナはファミットに弟子入りする事にした。
ファミットも断る理由もなかったため、アンジェリーナの気が済むまで弟子でいることを了承した。
「ま、そんなこんなでヴィヴィは私の弟子になった訳じゃ。魔法はそれほどでもないが、薬草の扱いは私をこしたの~。弟子の証拠として、名も授けた。それが、ヴィヴィじゃ」
魔女や魔法使いの一族は姓を持たない代わりに、血縁や弟子に同じ文字の名を代々受け継がれていく。ファミットの場合はヴィア。そして、アンジェリーナにはヴィヴィという名を与えた。
ここで、魔女ヴィヴィ=アンジェリーナが誕生した。
「でも、なんで知らせてくれなかったんだ。せめて、生きていると手紙でも送ってくれれば」
「それは・・・・・・」
ヴィヴィは何かを言おうとして、また口をつぐむ。すると、その答えをファミットが代わりに言った。
「お前を心配したんじゃよ~」
「俺を?」
「ああ、ウィルがどういう理由でヴィヴィを追い出したのか分からなかったが、デュレックに関係しているのは明らかだった。生きていると知られればお前に何が起こるかわかなかったしの~。
それに、ヴィヴィが生きていると知れば、王子はずっと待っている。二度と戻るつもりがないから、待たせるのが不憫になったんじゃ~、ま、結局、10年間も探し続けていたけどの~」
「だから、死んだことにしようと?」
ファミットの最後の言葉を引き継いでデュレックが問うと、ヴィヴィは静かに頷いた。
しばらく、デュレックはヴィヴィを見つめた。沈黙が落ちる。
箱を開けてみると実にあっけない。彼女らしい理由だった。
デュレックはふっと口元を緩ませた。その気配に気がついたのか、ヴィヴィは怪訝な顔をしておずおずと顔を上げた。
デュレックはヴィヴィの顔を見て笑った。
「怒っておいでではないのですか?」
「怒りたい気分だよ。でも、生きてたんだし、それに、俺の事を思ってしたんだろ?そう思うと、怒ろうにも怒れない」
そう笑顔で言った。
ヴィヴィはデュレックをじっと見つめた。徐々に瞳に涙が浮かんで泣きそうな顔になるが、涙がこぼれる前に顔を俯けてしまう。そして、小さく呟いた。
「ごめんなさい。・・・・・・ありがとうございます」
「いや、謝るのは俺のほうだ」
デュレックは椅子を立ち上がり、ヴィヴィの側に膝間付いた。そして、そっとヴィヴィの頬に手を添えて顔を上げさせる。じっと涙に濡れた顔を見つめた。
「10年前、俺もお前を守ってやれなくてごめん。許してくれ」
ヴィヴィはじっとデュレックの顔を見て、そしてゆっくりと頷いた。そして、少し震えるように言った。
「10年間探し続けていただいてありがとうございます」
そう言って、ヴィヴィ=アンジェリーナはニコリと微笑んだ。髪は茶色ではなく灰色、瞳は青ではなく紫。その顔は大人っぽく美しい女性だ。だが、その微笑は確かに10年前の、ずっと好きだった少女の笑顔であった。
デュレックも微笑んだ。
そうして、互いに微笑んだ後、デュレックはふと疑問に思った事を言った。
「でも、どうして仮面なんてかぶってたんだ?それに、口調もなんか違うし」
「あ、あれは・・・・・・。その・・・・・・」
「あれは、ヴィヴィの魔女の正装じゃよ」
「魔女の正装?」
またも言いよどむヴィヴィの横から、ファミットは笑いをこらえるように言った。目の前をみるとヴィヴィは恥ずかしそうに顔を伏せていた。デュレックが首を捻っているとファミットは話を続けた。
「ヴィヴィは魔女になるには、どうにもこうにも顔に表情がでやすくての~。まあ、それでも良いが。魔女とは多少の畏怖の気持ちと、神秘的な雰囲気を持ってもらわねばならん。
だが、思っていることが全部顔に出てしまっては台無しじゃろ~。ヴィヴィはどうしても自分の気持ちを隠す事ができなくての~。じゃから、人前に出る時は感情を抑える魔法をかけた仮面を付けていたんじゃ。ま、それでも隠し切れない時はあったの~」
そう言って、ファミットはニヤニヤ笑っていた。ヴィヴィはなおさら顔を赤くして俯いてしまう。
そういえば、仮面が外れた瞬間から、雰囲気が変わった気がしていた。仮面を付ける事によって魔女という顔を手に入れていたのか。
「ま、いくら感情を抑える魔法をかけているとはいえ、羞恥心はどうにもならなったらしいからの~。その姿も恥ずかしくて、森の近くの街や村の連中としか会わなかったがの~」
「ああ、だから街に入るのあんない嫌がったのか」
「だ、だって!恥ずかしいではありませんか・・・・・・」
ファミットにヴィヴィは真っ赤な顔を上げて声を上げた。デュレックはあまりにもあっけない理由に口が引きつった。
「そ、それだけ?じゃあ、北の森の魔女だって言ったのは?」
「ああ~、それは私がただ単にそっちのほうが面白そうだと思ったからな~、お前が寝ている間に設定とか考えるの楽しかったぞ~」
「せ、設定・・・・・・」
ファミットの楽しそうな声を聞いて、デュレックは思いっきり脱力してしまった。ヴィヴィも恥ずかしそうに頭を抑えている。
そんな、二人をファミットは楽しげに笑ってみていた。
それに呼応するように庭で楽しげに鳥が鳴いていた。
その後、真っ赤になったヴィヴィをなだめてから、改めてデュレック達は事件の事について話した。
ウィルや、事件に加担した騎士達はその後の調べで、案外素直に他の共謀者について自供した。
加担した貴族は以外に多かった。多くは、ウィルと同じく王族の遠縁にあたる者たちや、ここ近年現れた、新興貴族達であった。彼らはいずれも、ウィルが王位についた後に厚遇を受ける約束をしていたらしい。その者達は現在、牢獄で裁判が来るのを待っている。
ウィルも現在裁判待ちの状態にあり、その身は王都近郊にある監獄に収容されている。
あのバルコニーにいた時に見られた威勢や自信は見る事無く、大人しく調べを受けている。ただ、食事を取ろうとはせず、どんどんやせ細っていった。
その報告を受けてデュレックは一度様子を見に言った時があった。真っ暗な牢獄の中、中央に置かれた椅子にだらりと座ったウィル。
その目は、まったくデュレックを捉えなかった。ただただじっと自分の両手を見つめて、絶望と諦め、そして喪失感がにじみ出ていた。
幼い頃から兄のように慕っていたウィルの姿をそれ以上見ている事ができず、デュレックは早々に牢を出てしまった。それ以来、デュレックはウィルには会いに行っていない。ただ、無理やりにでも水と食料をとらせるように言い伝えている。
たとえ、酷い裏切りをうけたとしても罪は公平に裁かれるべきなのだ。
それよりも問題だったのは、バンドット卿だった。
毒にやられていたが、それはヴィヴィによって直ぐに直された。それよりも、息子の起こした大変な事件の法がよほどこたえた様だった。
あれからベッドに寝たきりになっていたようだが、つい先日、デュレックはやっと面会することができた。元々小柄な老人では合ったが、さらに小さくなったように感じた。
バンドット卿は涙を流して、デュレックに謝罪した。土下座をして、自身を死刑にしてくれと泣き叫ぶ姿にデュレックは哀れでならなかった。デュレックがどんなにバンドット卿は悪くないといっても、首を横にふるばかりである。
バンドット卿は責任を取るため、地位と領地、財産の全てを放棄し、妻との離婚まで言い出し、そして、自らも牢獄に入ると言い出した。が、デュレックの説得とほかの大臣達に止められ、何より領地から来た叔母が泣きながら別れるのを拒んだため、今は縁者の王都の屋敷で夫婦共に預かってもらっている。
話を聞きつけてやってきた叔母も大分衝撃をうけていたが、兄である国王から慰めを受けて大分落ち着いているようであった。
そして、国王の暗殺未遂について。
驚いたことに、国王に使われていたのは水晶花の種子から作られた毒だった。
水晶花の種子は、自らの生存率を高く保つために毒を持っている。一粒で致死量になるほどの毒だ。服用すれば、急激な老衰が始まり死に至る。見た目には体が衰えていくようにしか見えないため毒物と判断するのが難しいらしい。
国王はそれを少しずつ与えられていたため、徐々に衰えていくようにしていた。
ヴィヴィからその話を聞かされた国の医師達は、まさか国宝花である水晶花が毒物の正体である事に驚きを隠せないでいたようだ。
ちなみに、解毒を作るには水晶花の花びら、茎、根を使用する。
そして、もっとも重要な事は解毒をつくるのも、毒をつくるのも普通の人では出来ないという事だ。
「つまり、毒をつくったのは。ファミットやヴィヴィと同じ魔法を使えるってことか?」
「・・・・・・はい。あの毒は魔力のあるものでなければつくれないんです」
「という事は、あの少年か?」
デュレックは白いフードをかぶった少年を思い浮かべた。デュレックが刺した剣によって傷を負っていたが、その後、鳥によってどこかに消えてしまった。
デュレックはファミットとヴィヴィに答えを求めるように見ると、ヴィヴィもファミットを見つめていた。
ファミットは足を組んで、口に指を当ててなにやら考えていうようだった。
「いや、毒をつくったのはあの子ではないじゃろな~」
「じゃあ、また別の誰かか?ファミット。あの少年は誰なんだ?」
「・・・・・・ん~。なんと言ったらよいか・・・・・・」
そう言って、ファミットは考え込む。しばらく黙っていると、ファミットは悩んだように言った。
「あの子は私とともにこの大陸に来た魔女の弟子みたいなものじゃ。恐らく、毒を作ったのもその魔女の仕業。あの娘は深くこの国を、王室を憎んであるからの~」
「魔女?王室を憎んでいるって。いったいどういう事なんだ?」
「ん~、デュレック王子」
「あ、何だ?」
言葉を遮られデュレックはファミットを見た。ファミットはそれまでの微笑みは消え、鋭い視線でデュレックを見ている。それは、それまでのふざけた様な、面白そうな姿ではなく、威厳ある魔女の姿だった。知らず、畏怖を感じる。
デュレックが知らず唾を飲み込むとファミットは静かに言った。
「すまぬが、あの者たちについては、手を出さないで欲しい」
「は?いや、しかし・・・・・・」
「理由は深くは言えん。だが、これは私達が長年抱えていた問題じゃ。今まで放っておいた私にも責任がある。どうか、あの者たちについては私がなんとかする。二度と、国に手出しをさせぬようにな。だから、頼む」
ファミットは静かに目蓋を閉じ頭を下げた。
デュレックは何もいう事ができなかった。ただ、目の前の魔女の姿に頷くしかなかった。
それを見届けると、ファミットはニッと笑って立ち上がった。
「さて、私はそろそろ北の森に帰るかの~」
突然、ファミットはいつものおどけた感じに戻ると、う~んと両手を挙げ背伸びをして言った。
「えっ、帰るのか?」
「ああ、念願の王都にもこれたし、大分見て回ったしの~。ここに居ても仕様がないし~。今すぐ帰るかの~」
「今すぐ!?」
「まあの~、思い立ったが吉日じゃしな~。ヴィヴィはどうするのじゃ~」
「・・・・・・私は」
ヴィヴィは言葉をきって、ちらりとデュレックを見つめた。だが、直ぐに首を横に小さく振ってファミットに言った。
「国王陛下も回復されましたし、もう私が付いていなくても大丈夫です。共に帰ります」
「えっ?」
デュレックは思わずヴィヴィを見つめる。まだ、話したい事は山ほどある、10年間分伝えたい事があった。
「も、もう少しここにいたらどうだ?せっかく帰ってきたんだし。姉さん達や母達も会いたがっていた。ジュエルもだ。それにご両親にだって」
そうしたくはないが自然と懇願するよう、追いすがるように言ってしまう。そんなデュレックをヴィヴィはじっと見つめて言った。
「いえ、ジャンドーク家のアンジェリーナはもう居ません。私の帰る場所は・・・・・・、北の森なのです」
ヴィヴィははっきりと言った。その顔は悲観にくれているわけでも、意固地で言っているわけでもない。誠実に真剣にまっすぐデュレックの目を見て言った。
デュレックはその瞳を見つめた。ただ、じっと見つめた。
ヴィヴィは未来を進んでいる。
やがて、デュレックは静かに目蓋を閉じそして、ゆっくりと開いた。そこには、先ほどまでの追いすがるような瞳はなかった。代わりに決意を決めた、先を見た光があった。
デュレックはヴィヴィの瞳を見つめて言った。
「わかった。でも、ここもヴィヴィの帰る場所のひとつにしてくれないか?」
「それは・・・・・・」
「俺が、ここにヴィヴィの、アンジェリーナの帰る場所を作る」
デュレックは立ち上がって、ヴィヴィの前に立った。そして、先ほどと同じように目の前に膝間付いた。そして、ヴィヴィの手をぎゅっと握った。
ヴィヴィは驚いた顔をした。その顔を見て、デュレックは言った。
「あと何年かかるか分からないが、俺が王として認められる時。北の森に迎えに行く。だから、待っててくれないか?」
「それは・・・・・」
デュレックは答えを聞かず、ヴィヴィの手に唇を落とす。
二度、三度名残惜しくて何度か口付け顔を上げる。そこには、顔を真っ赤に染めたヴィヴィの顔が驚いた顔のままデュレックを凝視していた。
その顔を見て、デュレックは満足そうに微笑んだ。
「なあ、待っててくれるよな?」
もう一度、同じことを聞く。
ヴィヴィは困ったような顔をしていた。その顔をデュレックはじっと見つめる。けして、諦めないといわんばかりにその顔は自身に満ち溢れていた。やがて、ヴィヴィは諦めたように小さく微笑んだ。
「分かりました。北の森で待っています。でも、待っているだけですよ。デュー」
そう言って、あの頃と同じように笑った。
数年後、バゼック王国に歴史上もっとも賢君だと称えられる国王が誕生した。
その国王の側には常に美しい魔女の姿があったという。魔女は国王を支え、そして、王国を歴史に残る大繁栄へと導いた。
その時代が、この時始まった事をまだ誰も気付いてはいない。
ただ一人、側で微笑んで見守っていた北の森の魔女だけが、その予感をしていたのかも知れない・・・・・・