ひかりのお仕事
翔が仕事を取り続けるなら、自分はそれを支える側でいなければならない。
ひかりは、そう自分に言い聞かせながら最近の激務を乗り越えていた。
今日は、バラエティ番組のプロデューサー・田中との食事会。
黒田と共に席につき、新しくデビューするグループ、もちろんLUCENTを売り込む場予定だ。
お酌。
相槌。
話題の振り方。
ひかりは、隣にいる黒田の立ち振る舞いを盗み見るようにしながら、必死に真似をする。
最初はぎこちなかった手つきも、言葉を選ぶ間も、気づけば、少しずつ板についてきている。
(……私、前よりちゃんとマネージャーしてるな)
そう思える瞬間が日に日に増えていく。仕事がうまくできるようになるのは嬉しかった。
しかし、ひかりの見た目が華やかなせいで、場の空気が変な方向に傾きかけることもある。
露骨な視線。冗談めかしながら性的な距離の詰め方。
そんな時は、黒田が大きな声で笑いながら、
「まだ若いんでね」「仕事の話だけでお願いしますよ」
そう言って、さらりとかわしてくれていた。
昨今の不祥事もあるので、黒田が出てくると相手もすぐに引き下がってくれる。
(……いつか、一人でもできるようにならなきゃ)
マネージャーとして独り立ちするなら、自分で回避する術を持たないといけない。
ひかりは、いつも頭の中で使えそうな言い回しを考えていた。今までは黒田が助けてくれるので使う場面はなかったが。
しかし、今日は少し違った。
田中は、仕事はできるがセクハラで有名なプロデューサー。さっきからやけに距離が近い。笑顔ではあるが、必要以上に視線を絡めてくる。
そして、黒田が席を外した、ほんの一瞬。
ひかりを横の席に呼びつけると、田中は身体に手を伸ばす。伸びてきた手が、ひかりの腕に触れそうになった。
「ダメです」
その瞬間、ひかりはにっこり微笑えんだ。冗談めかしながら、伸びてきた手を、ぺしん、と軽く叩く。
場の空気が一瞬、止まる。
ひかりは笑顔を崩さず、そのまま続けた。
「私、こう見えて結構高い女なんです」
冗談めかしながら拒否の姿勢。
「えー、ひかりちゃん。俺いくらでも払えるよ」
田中は程よくアルコールが回ってるのか顔が上気している。
酔っ払ってる田中の手を体に触れさせないように、逆に手を両手でギュッと握りしめるひかり。
「私のほしいものはお金じゃないので。残念です」
悪戯っぽい笑顔で伝え、その気持ちの悪い手を下におろした。そして、ひかりは酌をする為にコップを手渡す。田中は思わず受け取って酌を受け入れた。
「それより、すっごく可愛い子がいっぱいいて、雰囲気もいいお店知ってるんです。
黒田と私でご案内しますけど、どうです?」
「いいお店?」
「ええ。きっと素人の私なんかよりも、もっと楽しんでもらえると思います」
ひかりの言葉に田中は一瞬きょとんとしたあと、大きな声で笑った。
「あっはっはっはっ! ……キミいいね。たしかに高そうだ」
そう言って面白いものを見つけたようにひかりを見ながら自分の顎を触る。田中はひかりに性的な眼差しを向けるのはやめて、飲み会の前に渡されたひかりの名刺に目を通した。
「んー、よし。いくつか番組見繕ってあげるよ。石見ひかりさん」
田中は仕事仲間と認めたのか、ちゃん呼びをやめてニコリと微笑む。
「LUCENTにとびきりの番組お願いしますね」
「もちろん。仕事は手を抜かない主義なんだ。キミも見に来てね」
「はい!」
ひかりは楽しそうな田中を見てホッと息を吐いた。なんとかこの場は乗り切れたようで肩から力が抜けた。
しばらくして帰ってきた黒田を連れて三人は、二軒目へと向かった。
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ひかりはある一軒の女の子のいる店のドアを開けた。ここは最近仕事でよく使うようになったお店だ。
男の番組プロデュサーたちは何故か女の子が大好きな傾向にある。黒田はそう言ってひかりに店探しを託していたのだ。
そんな中、ひかりはこのお店を見つけた。
華やかな香りと笑い声が広がりどこか気品もあるお店。
若くて可愛い女の子たちが並び席に案内してくれる。たくさんの人を連れてくる黒田とひかりは、この店の最近の上客なのか対応がいい。
田中の好きそうな女の子をつけてもらい、楽しく話しながら仕事の約束を取り付けていく。
そんな中、一際落ち着いた雰囲気を纏った女性が、ひかりたちの席についた。
三十代後半だろうか。初めて見る女性。
妖艶で、余裕のある笑み。
「初めまして。いつもご贔屓にしていただきありがとうございます。この店のママを務めさせていただいております、さくらと申します。よろしくお願いします」
さくらママは黒く綺麗な長い髪を耳にかけてゆっくり頭を下げた。ひかりはそのママと目が合うとにっこりと微笑んだ。




