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106.途中から安定の食べ歩き

ちくちくちくちくっ…………


刺繍の基本。無事にその全てを覚えたヤマトは、あとは慣れだと布に針を通し続ける。思うがままに無地のハンカチへ色を足し続け、


「やめろっつの」


「、……ぁ」


こうやってヴォルフから取り上げられる程の没頭――を通り越しての過集中だろうか。プルが居るからこそ出来る“無防備”であることは間違いない。


朝食になっても現れず、ノックに返事も無かった。寝ているのかとも思ったが、昨日厨房へ「明日の朝食はお米が食べたいです」とリクエストしていた。その流れで「もし寝ていたら起こしてください」と頼まれた。


なので躊躇い無く部屋に入れば、実際には起きており刺繍に夢中での夜更かし。


プルとラブはいつも好きに寝ており、そもそも“ペット”なので「飼い主を寝かせてやれ」と責めることはしない。己の判断でしっかり寝て自己管理をするプルとラブが正しい。


夜更かししたヤマトが悪い。


「ありがとうございます。集中していました」


「……」


「怒らないでください」


「怒ってねえよ」


動かした片手。頬に添えたその手の親指でヤマトの目元をなぞるヴォルフは、この“美術品”に隈があることが許せないのかもしれない。面喰いの性か。


擽ったいと片目を瞑るヤマトは、相手が“友人”――特にヴォルフなので不快感は無い。ヴォルフのこれは心配から来る行動と理解しているので、存分に好きにさせている。


顔。中でも最重要な『目』の周辺に触れることを許すなんて、相当の信頼がないと出来ないこと。


その真実を知っているヴォルフは、意識してか無意識か……不可避の優越感に口角を上げ満足そうな様子。『主』から許された接触――無自覚でも『騎士』としては歓喜して然るべき。


それでもヴォルフは『騎士』ではなく自由を愛する冒険者な訳で。


「、いひゃいっ!」


むいぃっ。引っ張られた頬。別に痛くはないが、戯れならばノるべきとの判断。


解放された頬を擦っていると鼻で笑われた。


「健康云々っつーならちゃんと寝ろ」


「抓った意味は」


「なんとなく」


「刺繍、楽しくて」


「女かよ」


「だったら?」


「知ってんだろ」


「ふふっ。ご飯、食べましょう」


皆まで聞かない。聞き出さない。話すなら、聞く。それだけ。


この距離感が酷く心地良い。


ふたりで食堂に入ると、既に食べているルーチェとランツィロット。どちらも無言。これが彼等の通常の距離感なので、どちらも気まずさは無く気にも留めない。


「おはようございます」


「はよー。寝坊?」


「刺繍で夜更かしです」


「なんで」


「楽しくて」


「ふーん」


「ヤマト。隈が出来ているぞ。蒸しタオルを当てた方が良い」


「ご飯を食べたら寝ると思います」


「……まあ。ウチでは、昼まで寝ていたからな」


「ぽかぽか陽気には抗えませんよね」


だからこそ。ヤマトを中心に、こうやって途端に会話が生まれる事が酷く歪である。


同時に「まあヤマトだし」で全ての説明もつくのだが。一体、ヤマトは何だと思われているのか。


今に始まったことでは無いか。


着席したヤマトは、運ばれて来た料理を早速食べ始めた。肉たっぷりのピラフとサラダ、香り高いオニオンスープ。


至福。


「昼……つか14時くらいか。そっから活動すんなら、昼飯は各自? なら――ヴォルフ。昼、一緒するか?」


「受ける依頼によるだろ」


「お前なら何受けても昼には終わるじゃん。ギルド前で待っとく」


「あぁ。――ルーチェは」


「ヤマトを見ておく。一応、“世話役”だからな」


「いじめないでください」


「嫌だと言っただろう」


「うぅ……――あ。ルーチェさん、ドワーフの国詳しいですよね。他の広場も見たいんですけど、案内を頼んで良いですか?」


「特に詳しくはないが。案内くらいなら、問題無い」


「ではお願いします。序でに出立の準備もしたいので、次の国で必要になるもののアドバイスとか」


「次……確か……貴族共が通う学園があったな」


「学園」


「王都の貴族人口が多いらしい。家庭教師だけでは追い付かないのだろう。庶民にも門戸は開かれているが、入学出来る子供は大きな商家くらいだ」


「格差が広がりますね。教育はお金が掛かりますし、治安を考えても“そう”しなければならないでしょう」


「そろそろ『学園祭』とやらの時期だった筈だ」


「めっちゃ興味ある行きたい」


「ヴォルフが不機嫌になるだろうな」


「つーか学園祭っての、身分証無しで入れんの? 子供が犯罪に巻き込まれないように〜って、チェック厳しいだろ」


「ヴォルフさんとランツィロットさんが居るのに?」


「おい、ヴォルフ。お前、強制らしいぞ」


「……」


「顔こっえー」


「ルーチェさんは国に戻りますよね。学園祭のお土産、いりますか?」


「そんでスルー」


「不要だ」


「ですよね」


その言葉で会話を終わらせ、食事の続きを。腹が膨れるに連れ、増していく眠気。




食休み中に寝そうだなー。その時は、ヴォルフさんがベッドに運んでくれるだろうけど。


ご飯後だから俵担ぎじゃないことだけ祈っとこう。寝る。むり。ねむい。




しかし表には出さず。『食事』と云う至福の時間を堪能するヤマトは、しっかりとデザートまで食べてから即寝落ち。食べて直ぐ寝るなんて、とても身体に悪い。


良い子は真似しちゃいけません。







大人用の巨大アスレチック。観光スポットとして作ってみたら、思いの外観光客にドハマリしたらしい。童心を大切にしている大人の多いこと。


因みに子供用アスレチックもあるが、数分で飽きて子供同士で好きに遊ぶのが定石。ものづくり体験コーナーもある。追加料金を払えば子供好きのドワーフ職員がシッターをしてくれるので、大人達は存分に遊んでいるそうな。


「いやSASUKEやん」


「ん?」


「いえ。このアスレチック、名前とかあるんですか?」


「HANZO」


そっちかー。と笑いを堪えるヤマトは、遊び心で忍者繋がりでの命名をしたのだと。これも“黒髪黒目”が関係しているのだと察した。カリオの、過去の親友発案なのだろう。


不思議そうに見て来るルーチェに説明はせず、率直な感想を。


「ここ、もっと早く知りたかったです」


「あれだけやらかしておいて、探索はしなかったことが心底不思議なのだが」


「流石に別の広場で迷子になっては、見付けてもらう迄に時間が掛かりそうだったので。ちょっと恥ずかしいですし」


「羞恥心があったのか」


「ありますが」


だからなぜそんな誤解を……とは口にせず、さっそく入場料――挑戦料を払いフェンスの中へ。


この大人用アスレチックは同じコースが3本あり、子供が間違って進入しないようコース毎に高いフェンスで囲われている。フェンスには結界に似た魔法を施しているので、魔法や物理での妨害も無い。


遊びなので妨害する必要は無いのだが、遊びだからこそ“あそび”で妨害しようとする迷惑な者もいる。そういった者達は、絶えず巡回している警備隊が流れるように拉致るだけである。


都度、挑戦料を払えば何度でも挑戦可能。一度の挑戦は5分間。大多数が「記念に〜」とノリで挑戦しているので、短い時間制限で怪我をされては施設側としても困る。あくまでも“遊び”の範囲に留める為に、最適な時間。


コースとコースの間には観覧席もある。屋台ブースもあるので、殆どの観客は食事しながら観覧している。このHANZOで移動サーカスのスカウトもあったのだとか。


完全制覇――このアスレチックでは『完全踏破』と言うらしい。この違いは、恐らく『ダンジョン“踏破”』から来ているのだろう。カルチャーの違いによる単語の変化か。


因みに。ゴールを果たすと、賞品として『ドワーフ特製プロテイン』を貰えるとのこと。筋骨隆々のドワーフ特製……謎に興味を引かれてしまう。


「準備をするのでは」


「遊びたいです」


「……ふっ。そんな、子供のような顔で」


フェンス越し。可笑しいと口元に手を当て笑うルーチェは、年齢の差もありヤマトを“こども”と認識している。規格外だが、子供。神族疑惑はあるが、子供。


子供の無邪気はいつ見ても面白い。


「ルーチェさんは挑戦しませんよね。プルとラブ、お願いします」


「あぁ。設備を壊さないように、加減してやれ」


「私を何だと」


「神族」


「只人ですが、この造形美の神々しさだけは認めます」


誇らしげに。しかし全力でのお巫山戯。


会話が聞こえていた近くの者はエルフからの『神族』発言にぎょっとしたが、確かにその“造形美”は神々しいので謎に納得してしまう。しかし同時に、ヤマトの『只人です』発言は信じていないらしい。


こんな『美術品』がヒトであってたまるか。――と。気持ちはわかる。


フェンスの外に出たプルとラブが、ルーチェに登った。それを確認したヤマトは、いそいそとスタート地点へ。前に並んでいるのは、ふたり。友人同士で、どちらがより先へ進めるかと夕食を賭け始めた。微笑ましい。


観客達も踏破出来るか否かを賭けている。近くの者達で、好き勝手に。最低限のルールとして、賭け金は『銀貨1枚』のみ。賭ける者は10人以内を1グループとし、各グループで進行役を選ぶ。


こういった小さな賭博を一々取り締まったり進行しては、警備隊も職員も仕事が出来ない。なので、喧嘩が起きない限りは好きにさせている。


「、――おい。あの“黒いヒト”挑戦するらしいぞ」


「踏破」


「俺も」


「同じく」


「誰か失敗に賭けろよ」


「いや踏破するだろ、あの“黒いヒト”なら」


恐らく滝での件を見ていた観光客。『精霊の領域』に招待され無事に戻って来れる者が、只の“お遊び”で失敗するなんて考えられない。完全踏破、一択。


となれば、賭けの内容が変わってくる訳で。


「2分」


「1分」


「只人っつうならせめて40秒は掛かってほしい。41秒」


「精霊から招待された実力者なら35秒で」


「ソロSランクが『怖い』っつってたから30秒」


「謎に期待を込めて20秒」


どの程度の時間で踏破するか。の、賭け。どんどん『只人』の範囲を外れていっているが、その事実に彼等は気付いているのだろうか。


恐らく気付いた上での「どうせ出来んだろ」なのだろう。


一般人にとって“ソロSランク”は「なんかめっちゃ強くて人類最強クラス」と云う認識であり、『精霊の領域』は「なんかめっちゃ凄くて恐ろしい空間」なのだと想像することが精一杯。そのソロSランクから怖がられ『精霊の領域』から無事に戻って来たヤマトへその考えを向け、そう認識しても仕方がない。


そんな“よく分からない認識”をされているヤマトが彼等の言葉を聞いていたら、一体どのような表情を見せどのような言葉を口にするのか……


観覧席の最前の端に座ったルーチェは俯き、口元を隠してぷるぷると震えている。簡単に想像がついた。


確実に、困った笑みで眉を下げながら『もう少し“ヒト”の枠に収めてほしいです』とでも言う筈。無理だろうなと、ヤマト自身でも思いながら。


さて――俺も賭けに参加するか。と口を開き、


ぽむっ。


頭の上で小さく跳ねたプル。その淡い水色の手……手?がとある方向を指し、視線を向けてから小さく笑ってしまう。


しかし。口にするべき単語が決まった。それは、ひとつ。


斜め後ろで賭博の進行をする、気の良い進行役。「あとふたり入れるぞー」と言っているので、銀貨を差し出しながら口を開いた。


「開始直後に、棄権」


「は?」


きょとんとされた。気持ちは分かる。


取り敢えず逆さにした帽子で銀貨を受け取ってはくれたので、良し。周りも不思議そうな表情を向けて来たが、直前の挑戦者が失敗したので皆ヤマトへ顔を戻す。


コース毎に設置されたタイマー。ヤマトが挑戦するコースのタイマーがリセットされ、HANZOの職員によるスタートコールと共にタイマーが動き出し――




「棄権します」




――ルーチェの一人勝ちとなった。


ぽかんっ……と口を半開きに固まる職員、観覧席の全員。そんな彼等を気にも留めず。


スタート台から降りたヤマトは悠々とフェンスの外へ出て行き、そんな理解不能の行動に出た理由である『お目当て』の前へ。


「ひとつ。ください」


「持ってくか?」


「貴族じゃないので払わせてくださいね」


「まいどーっ」


既にHANZOの事など思考の外。


受け取った『お目当て』――モツ串焼きを食べる顔は、それはもう幸せそうに緩んでいる。ドワーフの国らしく、酒に合いそうなピリ辛の濃い味。お米も欲しくなる。


至福。


ヴィンセントの領地で処理してもらった、魔獣の内臓。「お近付きの印に」とカリオへ渡したモツが、なぜ串焼きにされ立売箱で販売されているのかは不明だが……


きっとカリオの遊び心なのだろうと。買う者が居ないのなら、カリオ自身が食べるつもりだったのだろうと。


そう考えたヤマトは立売箱の残りを全て購入し、アイテムボックスの中へ入れた。とても美味しい。大満足。


さてと――腰を上げたルーチェ。斜め後ろにある逆さの帽子の中の銀貨を全て取ってから、集まって来る視線へ得意気な笑みを。


「ああ云う奴だ」


自分勝手。マイペース。傲慢。ソロSランクが怖がる、自称流れ者。“黒髪黒目”――噂に過ぎないが……遠い過去から現代に至るまで、助言ひとつで世界の技術に発展や革新を齎してきた色。


つまり、『なんかよく分からん存在』。


「……ならしゃーねーか」


そのルーチェの一言が全てを物語っていた。……と、後に周りの者達は語った。


そんな――やはり“よく分からない認識”をされているヤマトは、横に来たルーチェに目元を緩めてから足を動かす。


漸く、本来の目的である『旅の準備』に取り掛かるのだろう。


「稼げました?」


「聞こえていたのか」


「いえ。こういった催しには、賭け事が付随しますから」


「それを分かっていて、棄権するとはな」


「私が、他者へおもねる必要が?」


「無いな」


「ふふっ。――因みに。棄権しなかったら、何秒に?」


「10」


「そろそろ“ヒト”の枠に戻りたいです」


「、ふ……ふふっ」


「? なんです?」


「ふっ……、いいや。気にするな」


「? わかりました」


何も分かっていないな。


その言葉は口にせず。褒めるようにその“黒”を撫でたルーチェは、この予測不能の“黒髪黒目”を予測出来る唯一の要素――それは“食”なのだと。改めて確信し、それを予測出来た事実にも満足。


相変わらず……




この阿呆な“友人”はとても愉快だ。この阿呆を理解し始めている俺も、中々に影響を受けているのだろう。


退屈しないから構わないが。




だからと言って『世話役』として派遣される事は変わらず不快なので、これからもルーチェはその点に関しては説教し正座もさせるのだろう。


『世話役』ではなく、技術を認められ求められた“友人”として。


「――そう云えば。準備と言うが、アイテムボックスに色々入れているだろう。買うものはあるのか?」


「んー。七輪は買ったので、特に無いですね」


「は、……なら。なぜ」


「『準備をする』こと自体が楽しいです」


「……そうか」


「はい」


やはり理解出来ないな……と。小さく首を振ったルーチェは、通路の先。メインの広場へ戻って直ぐ、視界の端に映り込んだ滝へ視線を動かした。


この国を発つ前に、もう一度『精霊の領域』へ行くのだろうとは確信している。羨ましい。恨めしい。


しかし。とても“らしい”ので、好きにすれば良い。




閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。


お前が『ヒト』の枠内だったことあった!?な作者です。どうも。


まさかの棄権。

皆さんの予想を裏切れたのなら満足。

主人公のマイペースさが心底愛しいですね。

ほんと何したかったのこいつ(困惑)


観覧席全員、ブーイングが起きない程には意味が分からなかったようです。

ルーチェが賭けたグループ以外は賭けは無効となったので、賭け金は無事に持ち主の手に戻りました。

本当に意味が分からなかったし、夜にベッドに入っても意味が分からなくてちょっと寝不足になった。

あの“黒いヒト”は何をしたかったのだろう。

(A.モツ串焼き食べたかっただけ)


タイミング良く立売箱が来たので棄権しましたが、棄権せずに挑戦していたら果たして何秒でクリアしていたのか。

ルーチェから『設備を壊さないように』と言われたので、めちゃくちゃセーブしての15秒以内の可能性がある。

こいつ、まじでヒト???


いや嗅覚えっっっぐ。

屋台出てるのにピンポイントでモツ串焼きの匂い嗅ぎ分けたの、いっそバカかもしれない。

単純に周囲を観察してたら立売箱の売り子現れたから、何の料理だろうと魔法で探っただけなんですけどね。

「モツ!?」てなったので棄権した。

“食”への執着心、異常。


『HANZO』の最速踏破時間、獣人冒険者の49秒くらいなら私が嬉しい。

すばしっこくて力持ちの動物、何がいますかね?猿?

因みにランツィロットとヴォルフは挑戦したこと無いです。

興味が無く、多分挑戦したらめちゃ速くて人外認定される。いやだ。


刺繍で過集中し徹夜してしまった主人公。

元の世界の時から過集中していたので、生まれ持っての悪癖です。

治さないとなと思いながらも悪癖なので治らない。

止めてくれたヴォルフに感謝。


活動報告に読まなくても良いおまけ。


次回、お土産完成。

地味に役立つ魔道具。

お揃い。


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