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“解呪の魔女”は恋をした ~ウサ耳の呪いを解いたら、コワモテ騎士様に溺愛されました  作者: es


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9/12

09_夜の散歩


 ──月が中空に上った。

 魔女は窓から(まど)かな月を見上げた。そろそろ出かける準備をしなければならない。

 薬を量る手を止めて、席を立つ。

 カディスにかけられた呪いを解くためには、満月の夜に摘みとった、特別な釣鐘草が必要だ。でも、それさえ揃えば、解呪の魔法そのものはさほど難しくない。

 依頼達成まで、もうすぐ。


 そうしたら───

 カディスの愛らしいウサギの耳は消えて、彼は王都に帰還するのだろう。そして二度と会う事はない。


 たった五日間の同居。それが終わってしまう。その事がこんなにも寂しいのは、彼のひたむきな誠実さを知ってしまったからだ。

 おそろしい外見さえ、今は気にならない。彼と過ごす時間はとても楽しかった。


 でも。

 ヨハンナは、寂しさをそっと胸にしまった。

 この五日間がどれほどかけがえのないものだったとしても、王都に会いに行ったりだとか、積極的な行動を取れるとは思えなかった。

 小心者のヨハンナは、彼に冷たくされたら……と想像しただけで体がすくんでしまう。ただその場に立ち尽くすだけで、足を踏み出す勇気なんか全然湧いてこなかった。




 +++++




 カディスとの最後の晩餐はとうに終わった。夕食に出したのはチーズたっぷりのポテトグラタンで、これもカディスはしみじみと味わっていた。

 食後のお茶も飲み、食器の片付けも済んでいる。

 薬の調合で時間を潰していたけれど、そろそろ出掛ける頃合いだろう。


 ヨハンナは身支度を整えた。といっても、ケープを羽織ってブーツを履き、籠とランタンを持つだけだが。


 キィ、と小さく軋む扉を開けて外に出ると、辺りはすっかり夜の帳に覆われていた。

 見上げた満天の星空に、ひときわ明るい月が輝いている。完璧な満月だ。

 よし、と気合いを入れて数歩進む。すると、先に納屋で休んでいたはずのカディスが、古びた扉の向こうから姿を見せた。


「……夜の森は危険だ。ついて行こう」

「いえ、大丈夫ですよ。何かあったら魔法で逃げますし、問題ないです」


 ヨハンナはこう見えても魔女だ。よほど不意をつかれない限り、大抵はどうにでもなる。


「夜遅いので、ヴェルダー様は、どうかお休みになってください」

「いや、俺も同行する」


 重ねて遠慮したのに、カディスはキッパリと首を振った。ベリー摘みの時のように、ヨハンナから籠を取り上げ、もう片方の手で彼女の右手を軽く握った。


「一緒に行かせてくれ」

「……わかりました」


 低い声には、断固たる意志が宿っていた。ヨハンナは降参して頷くほかない。

 でも、手を繋ぐ必要ってあるのかな……

 だが考えたところで、彼の大きくて頑丈な手を振りほどけないのは学習済みだ。

 夜で良かった、と心から思う。みっともなくうろたえたのも、赤くなった頬も、彼には見えないだろうから。


 深呼吸。なるべく平静に。胸の内で呟いて、長身の騎士を見上げる。


「……釣鐘草を採取する前に、少し寄り道してもよろしいですか?」

「ああ」


 月夜に浮かぶ白いウサギの耳が、ピッとこちらを向いた。本体は前を見たまま、小さく頷く。


「ありがとうございます」


 ヨハンナは微笑して礼を言った。




 月光を浴びながら、二人は森の小道を歩く。

夜の森は静かだった。時折、フクロウの声や葉擦れがする以外は、静寂が辺りを包む。


 ポツポツ会話しながら小道を進むと、木立が途切れ、目の前が開けた。一つ目の目的地だ。

 カディスの鋭い目が見開かれた。

 夜の闇にほんのりと輝く野原。ここはヨハンナが大切にしている、お気に入りの場所の一つだった。


「……これは」

夜蛍草(やけいそう)と言います。今の季節に、夜のあいだだけ咲く花なんです」


 ヨハンナは足元の花を指さした。


「夜蛍草の花弁って、向こうが透けて見えるほど薄いのです。この真ん丸の蕾の中に、小さな発光体が入ってるんですよ。綺麗ですよね」


 ヨハンナは隣の男を見上げて、ふふ、と悪戯っぽく笑った。夜蛍草という名前の通り、黄色に少し緑を混ぜたような色合いの、蛍に似た燐光が、野原を埋めつくすように揺れていた。


「ヴェルダー様にはお世話になったので、この野原を見ていただきたかったんです……お礼になるか、わかりませんけれど」

「いや、とても美しい。ありがとう」


 騎士は目を細めて、魔女に視線を落とす。そんなカディスに、ヨハンナも自然な笑みで応じる。

 最初の頃は、この視線にあれほど怯えてたのに、今はちっともこわくない。


「……そろそろ、花が咲くかと思います」


 ヨハンナが言い終わるのと同時に、薄い花弁がいっせいに開いた。

 蕾の中にあった燐光は、ふわりと空中に放たれ、音もなく風に舞う。無数の光は、まるで番を探して飛ぶ蛍火のようだ。その幻想的な光景を、ヨハンナは隣の騎士と手を繋いで眺めていた。


「この森はたしかに美しい。だが……一人で暮らすには、少し寂しいのではないだろうか」


 隣の騎士がポツリと呟く。

 見上げると、彼は深い眼差しで魔女を見つめていた。


「魔女殿はなぜ、森の奥で一人で暮らしておられるのか。差し支えがなければ、ご家族の事などお聞かせ願えるだろうか」

「ええと、構いませんが…………そんなに面白い話ではないですよ。実は私、人間だった頃はあなたと同じく城勤めでした。これでも王宮魔法師の末席にいたのです」


 彼の問いに、囁くような声でヨハンナは答えて、小さく笑った。


「田舎の村の生まれでしたが、王都からいらした神官様が『君には適性があるから』と、私を魔法学院に推薦してくだったんです」


 神官の力添えもあって、ヨハンナは魔法学院に入学出来た。

 以来、必死に勉強した。ついていくのは大変だったが、知識を得る事も、魔法を覚える事も、何もかも新鮮で楽しかった。


 神官の見立て通り、ヨハンナは才能があったのだろう。卒業時には、学年でも優秀な成績をおさめていた。


「学院を卒業して、私は晴れて王宮魔法師になりました。その数年後、故郷の村が魔獣に襲われて、幼馴染が呪いにかかってしまったのです」


 初恋の男の子でした、とヨハンナは呟いた。


 故郷の村が魔獣に襲われ、幼馴染が呪われたと知って、必死に解呪方法を調べた。

 やっとその方法をつきとめ、急いで村に戻り、彼を治そうとした瞬間。


 ヨハンナは、"魔女"の力に目覚めた。




 ────"魔女"という異質。それは、強大な魔力を宿した女たちのことをいう。

 だが、一口に魔女といっても生き方ははそれぞれだ。魔獣から人々を救った魔女もいれば、悪逆非道の限りを尽くした魔女もいる。

 しかし実際は、ヨハンナのようにひっそりと生きる者が大半だろう。


 そんな魔女の性質は、生まれもったものではなく、後天的な"変質"によって生じる。

 魔法の素養がある女たちの一部が"変質"し、強大な魔力を獲得して"魔女になる"のだ。

 "変質"の引き金となる出来事は、魔女によってさまざまだが、法則性はいまだわかっていない。

 一つ判明しているのは、"変質"の切っ掛けが魔女の特性を決める、という事だった。


 ヨハンナの場合。

 それが幼馴染の"解呪"だった。



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