02_ウサ耳な強面騎士
息をつめて、男の頭を見上げる。
めちゃくちゃかわいい。
真っ白なウサギの耳が、風にそよそよと揺れている。
ヨハンナは、ウサ耳にがっちり目を固定した。その下の凶相を直視した瞬間、反射でドアを閉め、今度こそ小屋に立て籠ってしまう……と危惧したからだ。
男はかなりの長身である。ウサギの耳を見ようとすると、ほぼ真上を向く姿勢になって、首が痛い。
……しかしウサ耳の癒し効果は絶大だった。アニマルセラピーすごい……!
ヨハンナは歓喜に震えた。これならいける。
魔女は勇気を振り絞って、おそるおそる眼光鋭い男に問いかけた。
「…………"解呪"のご依頼、でよろしいでしょうか?」
「いかにも」
「その、……ウサギの耳の呪い、ですよね。確認ですが、それは本当に呪いなのでしょうか」
「"緋炎の魔女"殿はそう申された。貴女に依頼すれば、必ずや呪いは解けるだろう、とも」
「ちなみに、ウサギのしっぽは……?」
「生えていない。生えたのは、耳だけだ」
しっぽはないのか。
それは非常に残念なような……いやなくてもいいんだけど。
「……こちらが"緋炎の魔女"殿の紹介状だ」
くるくる丸められ、紐で結ばれた羊皮紙を差し出される。
そっと受け取って開くと、見慣れた文字で「解呪たのむ。いそぎ」と走り書きで書いてあった。"緋炎の魔女"の正式な紹介状だ。
ヨハンナは暫し思案する。
──目の前の男は見た目こそおそろしく凶悪だが、けして粗野ではない。自分への態度はごく丁寧だ。
よくよく見ると、男がマントの下に着ていたのは王国騎士団の制服だった。それも皺一つなくビシッと着こなしている。
背すじの真っ直ぐ具合もすごい。背中に鉄板が入ってるのかと思うくらい垂直だ。かなり鍛えられた体つきなのは言うまでもない。
気ままな一人暮らしのヨハンナは、いたく感心した。
これほど隙のない身なりと所作なら、それにふさわしい立場の人物だろう。たとえ極悪人みたいな顔でも。
正式な客であれば、いつまでも玄関に立たせておくわけにはいかない。
「……事情をお伺いしますので、どうぞお入りください」
真っ白なウサ耳から目をそらしたヨハンナは、男を中へと案内した。
「かたじけない」
男の頭上で、ウサギの耳がせわしなく動いている。ヨハンナはほっこりした。
来客用の椅子をすすめ、キッチンでお茶を用意する。特製の薬草茶をポットに入れ、魔法で沸かしたお湯をいれる。
この薬草茶は、血行を良くする効果があって体に良い。ベースにした薬草はやや苦味が強いため、バニラで軽く香りをつけた、女性におすすめの売れ筋商品だ。
あたためたカップに薬草茶をそそぎ、応接用のテーブルに運んで、男の前にコトリと置く。
「……どうぞ」
「ありがとう」
男は顔に似合わぬ優美な所作でカップを手に取り、香りを楽しんで、丁寧に口をつけた。
大したもてなしではないのに、きちんと作法にしたがって飲んでくれた。ヨハンナは嬉しくなる。
…………しかし顔が怖い。
どうしたものかと考えて、ふと妙案を思いついた。
今やってるように、愛らしいウサギの耳にひたすら視線を固定して、話を進めていくのはどうだろう。これが呪いなら、"解呪の魔女"がじーっと見ていたっておそらく不自然ではない……はずだ。
よしこれでいこう。
魔女は男の向かいの椅子に腰かけると、真正面のウサギの耳を見つめ、さっそく聞き取りをはじめた。
「それでは……お名前と年齢、所属をどうぞ」
「カディス・ヴェルダー。28歳。ブラント王国騎士団長をしている」
「……騎士団長閣下でしたか」
強面の外見がすごく生かされてそう。
「それと、独身だ」
付け足された一言は、なぜか力がこもっていた。
その情報いるのかな。まあいい。次。
「呪いをかけられた状況など、詳しく教えていただけますか?」
「…………ああ。あれは、先週の出来事だった。俺は魔獣を追って、東の大森林の奥深くに迷いこんでしまったのだ」
男──カディス・ヴェルダーは、低い声で訥々と語りはじめた。
「気がつくと俺は隊からはぐれ、たった一人で魔獣を追跡していた。相手は大きな蜘蛛の魔獣で、かなり手こずったが、一人でも何とか倒すことが出来た」
蜘蛛の魔獣は相当手強い。あれを一人で倒したなんてすごい。ヨハンナは、ぜったいに彼を敵に回さないと誓った。
「それで、ここはどこだろうと辺りを見回すと……上手く言えないが、そばに不思議な雰囲気の泉があった。
その近くの大岩の上に、真っ白な狼が座っていて、俺を睨むように見下ろしていた」
……白い獣。
その一言でだいたいの予想はついた。けれど、先に全部の経緯を把握したかったヨハンナは黙って先を促す。
カディスの低い声が小屋に響く。
「目があったのはほんの数秒であったと思う。狼はふいに岩の向こうに飛び下りて走り去った。
あれは何だったのだろう、と訝りながら、俺は来た道を戻った。
そして運良く自分の小隊を発見し、合流したのだが……その時に……このウサギの耳を指摘されてな……」
最後は苦し気に言って、カディスはガクリとうなだれた。ウサ耳もへにょりと倒れてしまう。
「ええと……大丈夫ですか?」
「ああ。取り乱してすまなかった」
騎士団長は、瞬時に背すじをビシッと伸ばす。やっぱりものすごく姿勢がいい。
「俺は騎士団で"魔神"と呼ばれ、おそれられた男だ。かわいいウサギの耳が生えていると、部下や城の者たちにどうにも示しがつかぬ。
だから一刻も早く、この呪いを解いて貰いたいのだ。どうかお頼み申す、"解呪の魔女"よ」
そうでしょうね。かわいいですもんね。
うんうんと心で頷いていると、カディスは真剣な眼差しでこちらを見据えた。
うっかりそれを見てしまった魔女は、思わずビクゥっとのけぞった。それ、裏社会の殺し屋の目つきですよ……!
ウサギの耳をじーっと見つめて耐える。深呼吸だ。
よーし落ち着いてきた。ウサ耳すごい。
気を取り直し、自分の推測を伝えるべく、魔女はおもむろに口を開いた。
「……ヴェルダー様、その白い狼は十中八九、聖獣だと思われます」
「聖獣……?」
「はい。あなたはおそらく、聖獣の領域に入ってしまわれたのでしょう」
ヨハンナは確信をもって頷いた。




