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01_訪問者

新連載です。よろしくお願いします。

 


 ヨハンナは、森の奥の、掘っ立て小屋のような一軒家にたった一人で住んでいる。

 若い女の一人暮らし。それも森の奥なんて危険だ、と思われるかもしれないが大丈夫。小心者のヨハンナは、安全に細心の注意を払っているからだ。


 ヨハンナは、小屋のまわりに、最高強度の結界をガチガチに張り巡らせていた。魔法を使う者が見れば、鉄壁の要塞のように映る事だろう。

 野盗も大型動物も、魔獣さえも、容易に近づく事はできない。安心安全だ。


 ……まあ、野盗に関しては心配いらないかもしれない。この小屋から一番近い村まで、人の足で五日はかかるからだ。それくらいここは辺鄙な場所であった。


 そんな山奥なので、結界が役に立ったと言える出来事は一度きりしかない。冬眠から目覚めた熊が、腹をすかせてやってきた時の事だ。

 とある春、庭先に見上げるほど大きな熊が現れ、ヨハンナは飛び上がるほど驚いて、小屋の中で息を潜めていた。

 しかし熊がどんなに結界を殴っても、体当たりしても、結界はびくともしなかった。強度は十分すぎるほどだった。


 ヨハンナは、一人でいても別に寂しいとは思わない。

 誰にも気兼ねせず、のほほんと暮らす生活は、たいへん気楽で良い。人付き合いは苦手だし、森で暮らす方が自分には合っている。


 とはいえ、引きこもりにもお金は必要だ。

 自給自足では限界があるし、霞を食って生きているわけでもなし。

 お金がなければ本も買えない。ヨハンナは趣味で魔法の研究をしているので、魔法書が買えないと困るのだ。

 そこで思いついたのが、森の薬草を採取し、魔法薬を作って売ることだった。


 ヨハンナは、いわゆる魔女である。

 ゆえに魔法は得意だ。それに勤勉な性格でもあった。

 創意工夫し、改良したヨハンナの魔法薬は、麓の町などでそれなりに売れた。特にぎっくり腰に効く魔法薬は、「痛みがすぐ消える」とお年寄りに評判が良い。


 魔法薬を調合し、それをツキイチで商店に卸し、代金を受け取る。そのお金で必要なものを買い揃える。

 本が手に入れば読みふけり、小屋にひきこもって魔法薬作りや研究にいそしむ。そんな生活。

 町へ下りる時も魔法で一瞬だ。

 今の生活を評価するなら、十点中の十点。ヨハンナは、山奥のお一人様を心から愛していた。




 ちなみに、ヨハンナの本来の専門は魔法薬ではなく、まったく別の分野だ。

 しかし専門の方はほとんどと言っていいほど需要がないため、副業が本業になりつつあって、それが少し悲しい。

 でも嘆いても仕方ない。稼がないと魔女だって飢えてしまう。

 というわけで、今日も朝から気合いを入れて、薬草をゴリゴリ擦り潰していると────


「ん。珍しいですね……来客でしょうか」


 作業する手を止めて呟く。

 小屋の前に誰かいる。

 ドアの向こうだから姿は見えないが、小屋のすぐ外にいるということは、結界が効かなかったのだろう。ヨハンナは目を閉じて気配を探った。


「魔法証紋付きの、紹介状は……正しくお持ちのようですね……」


 紹介状を所持しているなら、不審者の可能性は低い。久しぶりの専門方面の依頼だろう、とヨハンナは推察した。


 小屋を守る結界は、ある条件で無効化する仕様になっている。その唯一の条件が、魔法証紋付きの紹介状なのだ。

 ヨハンナの知人が作成したそれを持つ者は、結界を自由に行き来できる。あの客人もきっとそうなのだろう。

 そして、紹介状を持ってきた者の大半は、ヨハンナの専門分野の知識を必要としていた。




 こんこん、と控えめなノックの音。

 薬草の粉末がついた手を布で軽く拭いて、魔女はドアに歩みよった。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」


 ヨハンナは人見知りだ。少し緊張しながら、そうっとドアを開けた。次の瞬間。


 バァンッ!!と即、全力でドアを閉めた。


(ひぃえぇぇええ!何あれ!こわいこわいこわいーーーっ!)


 ヤモリのように、ピタリとドアに張りついて息を殺す。心臓はバクバクいってるし、冷や汗が止まらない。


 ────扉の向こうに立っていたのは、フードを目深に被った屈強な男。

 まるで抜き身の剣のような人物だった。


 フードの下にのぞく、ひとを射殺しそうな鋭い眼光。左頬にざっくり入った古傷。それらが男の人相をおそろしく極悪なものにしていた。

 人付き合いが苦手なヨハンナの、もっとも苦手とするタイプである。


 とりあえず、ヨハンナはすうはあと呼吸を整えた。

 少し冷静になる。

 魔法証紋の強い魔力の気配は、ヨハンナにも馴染み深いものだ。

 同じ魔女でありながら、長く王宮魔法師をつとめる"緋炎の魔女"。彼女は古くからの友人であった。


 "緋炎の魔女"は、時々こうして、ヨハンナに依頼人を寄越してくれる。

 ────仕事を回してくれる事自体は、非常にありがたい、けれど。


 こんな……激しく苦手な人相の男まで送りこんでくるの、ほんっとやめて…………


 ヨハンナは泣きたくなった。

 叶うなら、ドアの外の男には即刻帰っていただきたい。だが、"緋炎の魔女"の紹介を無下にしたら……その後の報復が怖い。

 想像して、彼女はカタカタ震えた。


 …………「顔がこわい」という理由だけで依頼を断ったら、"緋炎の魔女"は笑顔で小屋に乗りこんできて、自分を徹底的にしばき倒し、泣こうが喚こうが依頼を完遂させるだろう。


 つまり……どうせやる事になるのだ。


 涙目になりつつ、ヨハンナは意を決した。

 震える手でドアを開け───再度、そこに佇む男を見上げる。

 そして、彼女の目が、ある一点に釘付けになった。ヨハンナの(はしばみ)色の瞳が限界まで見開かれる。


 凶悪な人相の男は、いつのまにかフードを下ろしていた。魔神のような厳めしい顔が、午後の光に照らされ、殺気のような空気を放つ。


 でもそこじゃない。頭のてっぺん。

 存外形のよい頭の上に、何やら不思議なものが乗っている。しかもそれはピコピコ動いている。

 これって…………幻覚?


 丸くなった魔女の瞳が、じっとそれを見つめる。

 ────とてつもなく愛らしい、ふわふわで真っ白なウサギの耳が二つ。


 時間が止まった。


 凶悪な顔にまったく似合わない、ウサギさんの耳。違和感しかない。いっそ視覚の暴力と呼びたい。それくらい何かが間違っている。


 可憐な二つの耳を穴が空くほど見つめていると、地獄の底から這い上がるような低い声が、のどかな森に響いた。


「……このウサギの耳が生える呪いを、どうか解いていただけぬだろうか。

 何卒、お頼み申す。"解呪の魔女"よ」


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