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第66話 魔法具




「──さて、やるか」


 その日のお昼頃。

 私は腕を捲り、そう呟いた。



「待て、何をするつもりだ」


 そんな私の肩は、後ろから伸びた手にガシッと掴まれる。



「もう、邪魔しないでよ、サイレス」


 文句を言いながら振り返ると、そこには仏頂面の私の配下が立っていた。


「邪魔をするも何も、うちの店で何をやらかすつもりだ?」


「やらかす……とは心外ね。私は発明しようとしているの」


「お前のやることは大抵、ここらでは異常だ。せめて店主である俺に何をするか話してからやってくれ。皆を避難させる時間くらいはほしい」


「ねぇサイレス? 主人に向かってその言い方は無礼だと思うの」



 完全に信用されていないことには驚いたが、まさか店の従業員を避難させることまで考えられていたなんて、流石の私もちょっとだけショックだ。



「別に、魔法具を作るだけよ」


「──は?」


「いやだから、魔法具を作るだけって、」


「何だそれは」


「はい?」


「まほうぐとは、何だ」


「はいぃ?」



 魔法具を知らない。

 ──魔法具を知らない!?



「え、ちょっと待て! 魔法具を知らないとか、流石に冗談であろう!?」


「俺は冗談を言う性格ではないし、口調戻っているぞ」


「…………本当に、知らないのね」


 この時代の文化の低さを久しぶりに実感して、私は一旦ソファーに腰掛ける。



「まずは魔法具という物が何なのか、説明するところから始めた方がいいかしら?」


「頼む」


「魔法具とは──」



 魔法具とは、魔力を流し込むことで効果を発揮する道具のことだ。

 効果は様々な物があって、火を起こしたり水を出したりといった家庭的な効果はもちろんのこと、魔法を発動する際に魔法具を経由させ、威力を増幅させるといった機能もある。


 事前に魔力を溜め込んでおくことで、魔法を扱えない者でも魔法具を扱うことは可能だ。その場合は魔力を貯蔵することができる、『魔石』と呼ばれる素材が必要になるが、それも私くらいの腕になれば手動で作れるので問題はない。


 しかし、作業工程がとても面倒臭い。

 ただ水を作り上げるだけの道具でも、半日は軽く消費する。


 作るのは手間だが、その労力に見合った効果を齎してくれるのが、魔法具である。



「…………なるほど。アーティファクトか」


 今度は私が首を傾げる番だった。

 聞きなれない単語がサイレスの口から飛び出したが、私の時代にそんなものは無かったはずだ。



「アーティファクト? 何それ?」


「古代の神殿から発掘される、それをまんま同じ性能の道具だ。魔法を扱えない者でも使用できるということで、とても高価な代物となっている」


「へぇ〜、多分あの時代で作られた産物でしょうね。それが魔法具と思ってくれて構わないわ」


「つまり、シェラローズはそのアーティファクトを作れると?」


 その質問に、親指を立てることで答える。



「先に聞いておいて正解だった。……シェラローズ、よく聞け。あれを作れる者はこの世に存在しない」


「なんだと?」


「長年、国の研究者が同じ物を作れないかとやってきたらしいが、今のところそれが成功したという話は聞かない」


「魔法具という言葉が通じない時点で、何と無くは察していたけれど……やっぱり錬成者もその技術も、今は滅んでしまったのね」


 魔法具を作る者のことを、私達は『錬成者』と呼ぶ。

 彼らが作り出した歴史は素晴らしいものだ。それを簡単に失ってしまうなんて、本当にこの時代は勿体無いことをしている。




「ずっと部屋に引き篭もって作業するのは、エルシアにまたあらぬ疑いをかけられるでしょう? 私のいた時代でも魔法具を作れる人は希少だったから、変に怪しまれないちょうどいい作業場は無いものかと探していたところ、サイレスの店に行き着いたの」


「その程度の理由でうちを利用するなと言いたいところだが……危険では無いのだな?」


「大丈夫よ。私の腕を信じなさい」


「そうか。それならあんし」


「失敗しても、爆発してこの部屋が吹き飛ぶだけだから」


「却下する」


「なぜ!?」



 私が驚愕していると、とても微妙な顔をされてしまった。


「部屋が壊されるかもしれないと聞いて、はいそうですかと明け渡すわけがないだろう」


「爆発しても魔法で元通りにできるわ! だから安全よ!」


「それでもダメだ。帰れ。存分に怪しまれながら作業するといい」



 私の配下が辛辣だ!

 魔王だった頃の配下なんて、私が新しい魔法具の研究をすると言えば、すぐさま目を輝かせて食い付いてきたというのに……この差は一体何だ!?



「お願い! 絶対に失敗しないって約束するから! ほんと時間が無いのよ!」


「……どうしてそこまで本気になる。何を企んでいる?」


「企むなんて、そんな大きなことじゃないわ」



 ──よく聞きなさい!

 と、私は胸を張る。



「私が魔法具を作る理由、それは!」


「それは?」


「ティアとティナへの誕生日プレゼントにするためよ!」


「……………………はぁ、だろうと思った」



 サイレスは頭痛を堪えるように、額に手を置いた。



「何度も言うが、アーティファクト……つまり魔法具は希少な物だ。それを誕生日に贈るなんて、たとえ貴族でもしない。普通は自分の物にしようとする。それほどの物なんだ」


「でしょうね。でも問題はないわ! 適当にそこら辺で拾ったと言えば、皆も納得するはずよ!」


「公爵家の人間はそこまで単純じゃないだろう……」


 サイレスの目に光が灯っていない。

 いや、光が無いのはいつも通りだが、いつにも増してその瞳は澱んでいる。



「何が何でも、それを贈りたいんだな?」


「ええ。ここまで話しても嫌だと言うなら、力づくでやらせてもらうわ」


「一日だけ待ってくれ」


「…………え?」


「この店には地下室がある。もう使っていなくて埃だらけだが、明日には自由に使えるよう、掃除しておこう。だから今日は我慢しろ」



 地下室……それがこの店にあったなんて知らなかったが、確かに作業するのであれば、誰にも邪魔されない場所の方が好ましい。


「いいの?」


「アーティファクトを作れる者がいると知られる方が厄介だ。……それに、力づくでやられるのも嫌だからな」


「ありがとうサイレス! やっぱり貴方は頼もしい配下ね!」


 彼に歩み寄り、頭……は流石に身長差のせいで届かなかったので、腰辺りを軽く叩いた。



「…………お褒めに預かり、光栄だ」


 その時のサイレスは、とても微妙そうにしていた。




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