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第43話 作戦決行



「…………来たか」


 裏路地のスラム街に足を踏み入れた私達の前に、黒ローブを全身に纏った細身の男性が現れる。


「シェラローズ様……」


 何の前触れもなく姿を見せた男に、騎士達は一瞬で警戒態勢になり、シルヴィア様は体ごと私の盾となってくれた。左手は私を庇い、右手はすでに剣の柄を握っている。視線は現れた男を一点に見つめ、絶対に見逃さないという強い感情に呼応したのか、彼の魔力が周囲に湧き出る。


「貴様、何者だ……」

「名を聞く前に、まずは自分からと教わらなかったのか? 王国の団長よ」

「私を知っている、か。貴様もベッケンの仲間か?」

「ふむ、そうだと言ったら、お前達はどうするのだ?」

「抵抗しないのであれば身柄を拘束し、抵抗するのであればこの場で斬り捨てる」

「それは勘弁してほしいな。俺にはまだとあるお方に恩返しが出来ていないし、その方のためにやるべきことがあるのだからな」


 二人の視線からは、他の兵士が怯えるほど濃厚な殺気が飛び交っていた。

 このまま見守るのも面白いことになりそうだが、こんなスラムの入り口で騒がれたら作戦どころではない。


 絶対に守ると、その意思がシルヴィア様から伝わって「嬉しい」と場違いなことを思ってしまうが、残念ながら彼らの意思は必要ないのだ。




「──二人とも、そこまでにしてください」



 私は二人の間に立ち、黒フードの男に体を向ける。


「待たせて悪かったわね──サイレス」

「ああ、全くだ。寒さで凍りついてしまうのではないかと、心配になっていたところだ」


 暗殺者は時に、過酷な状況に身を置くこともある。敵から身を隠して侵入するため、ほぼ凍り掛けた極寒の川の中を泳いで移動することも珍しくないらしい。


 そんな彼が、この程度の寒さでやられるわけがない。


 ──つまり、ただの冗談だ。




 基本無口なサイレスが冗談を言うのかと驚く反面、ちょっと待たせられたことに文句を言いたいのだろうなと苦笑する。


 騎士達との作戦会議が思った以上に白熱し、予定よりも到着が遅くなってしまったことには申し訳なく思う。だから今度、ティアとティナの二人を連れて店の売り上げに貢献するという約束をしたところで、サイレスも許してくれた。


「シェラローズ様、その者は?」

「私の協力者です」

「……作戦会議の時に言っていた信頼出来る協力者とは、この男のことだったのですね……総員、警戒を解け」


 充満していた敵意は嘘のように消え去る。


「無礼を詫びる。申し訳ない」

「……別に構わない。急に現れた俺も悪かった。それで、お前がシェラローズのナイト様か?」

「ああ、そうだ。私がシェラローズ様をお守りする」

「それには及ばない。こいつは俺が守るからな。今回の作戦でもそのような話だったろう」

「くっ……シェラローズ様に怪我でもさせてみろ、私が許さない」

「心配ご無用というものだ。元より必ず守り抜くつもりだ。彼女は、我らの大切な人なのだからな」

「何だと……?」

「何だ」


 二人の間に、様々な感情がバチバチとぶつかり合っているのは、果たして気のせいだろうか?

 どちらも私のことを守るつもりらしく、それを譲らないから互いに牽制し合っている……と、そんなところだろう。


 まぁ、やる気があるのは嬉しいことだ。



 ──現実逃避?

 知らんな。



「それでサイレス。現状は?」

「……付いて来い。道すがら説明する」


 スラム街の入り口でずっと立っているのも変に見られるため、まずは移動しながら説明を聞くことになった。


「奴らは静かなものだ。中では何人か動いている者もいるようだが……」

「ベッケンとそれに近しい存在。つまり、今起きているのは、あなたの報告を聞く者だけってことね?」

「その通りだ。他はぐっすりと眠っている。侵入するなら今が好機だろう」


 眠っていると言っても、彼らは裏社会に何年も身を置いている『ならず者』だ。


 ちょっとした物音がすれば起きるだろうし、不振な行動をしているのを見つければ大声で全てに知らせようとするだろう。動いているのは少数だとしても、細心の注意を払って行動しなければ全てが失敗に終わってしまう。




「では、各自持ち場に付け。一匹たりとも逃すな」


 シルヴィア様がそう告げると同時に、騎士達は事前に伝えて合った通りの場所に散開して行った。


 彼らには『絶対に逃さないこと』を重要視してもらい、最悪抵抗されたら殺しても構わないと許可してある。どうせいくつもの犯罪に手を染めている者達だ。捕まったところで終身刑か極刑の二択。今殺すも後に殺すも同じことだ。


 作戦会議の時にそう言って退けた私に、騎士達は顔を引き攣らせていた。彼らの中で『怒らせたらヤバい人』と認定されたのだが、シルヴィア様だけは私の考えに頷いて同意してくれた。それでも6歳の少女がえげつない言葉を言ったという事実に、少しばかり驚いている様子ではあったが……。




 ──っと、話が逸れた。


 騎士達が散開したと同時に、私達も動き出す。


 シルヴィア様は途中まで行動を共にする。私とサイレスが入る場所の近くまで行き、そこで待機。後は騒ぎが起こるまで待ち続け、私達が戻ってくるまで『通信機』を使い各方向への指揮を執る。いわば司令塔の役目を担ってもらう。


 サイレスは入り口辺りで待ち合わせているベッケンの部下と中に入り、私は隠密魔法で全ての気配と音を遮断して彼の後を付いていく。


 この時に注意するべきなのは、どこかに触れないということだ。そこに気配は無くとも、私は存在する。誰かに触れるなんてことがあれば、すぐ違和感に気づかれるだろう。


「シェラローズ、そろそろだ」

「ええ、わかったわ」


 待ち合わせ場所が近くなった合図。

 私は立ち止まり、深呼吸の後に詠唱を開始する。


「【我は隠者となりて幻惑の彼方に消え失せり】」


 ヴゥゥン、という低音が聞こえた後に、全ての音が遠ざかるような感覚を覚える。これで私の気配は全て隠れた。


 その証拠にシルヴィア様だけではなく、隠密行動に長けているサイレスまでもが目を見張り、周りをキョロキョロと見回している。


「ふふっ、驚かれましたか?」

「…………声は聞こえるのに、そこに何も感じない、不思議な感覚です」

「この俺でも感じ取れないほど精密な隠蔽魔法。……いや、むしろこれは相手を惑わし幻術を見せる『幻惑魔法』に近い現象だ」

「幻惑だと……! 『失われた魔法(ロストマジック)』ではないか。シェラローズ様がそんな物を覚えられるわけがない……」

「ああ、その通りだ。だが、こいつならば……そう思ってしまうのだから、本当に不思議だな」


 これはサイレスの言った通り『隠蔽魔法』ではなく、どちらかと言えば『幻惑魔法』に分類されるものだ。


 ちなみに失われてなどはいない。私が書店で購入した300年前の魔導書にも、ちゃんと記述が残されていた。確かに繊細な魔力操作が必要で、扱える者は数少ない希少な魔法だが、身に付けてしまえば様々な用途で活躍する便利な魔法となる。


 この『幻惑魔法』は現代の者達が勝手に忘れただけであって、失われていない由緒正しき魔法なのだ。


「…………よし、時間になった。ちゃんと付いて来い」

「わかっているわよ。……ではシルヴィア様。後はお願いします」

「はい。シェラローズ様も、お気をつけて」


 こうして私達は、闇ギルド討伐作戦に動き出した。




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