第42話 騎士の信念
顔だけではなく、体全体が熱くなるのを感じる。
心臓は大きく脈動し、鼓動もいつもよりかは早い。
シルヴィア様の顔を直視出来ず、思わず顔を背けたくなるが、それをしてしまったら彼に対して失礼だろう。
私は理性をどうにか保ち、シルヴィア様の近くまで歩み寄ってお辞儀する。
「シルヴィア様。お久しぶりです。このような時ですが、こうしてあなた様と会えたこと、とても嬉しく思います。そして、今日は私のためにお集まりいただき、心からお礼申し上げます」
「私も再び会えることを楽しみにしていました。……あの時よりもお綺麗で、一瞬見惚れてしまいました」
「──っ! い、いえ、そんなお世辞は……」
「お世辞ではない。本当に綺麗だと、そう思います」
心臓が飛び跳ねそうになった。
咄嗟に右手で胸を抑え、ゆっくりと深呼吸を数回。
……まだ頬か紅潮しているのを感じるが、先程よりは落ち着きを取り戻せた。
「ヴィードノス殿より、今日はシェラローズ様の指示に従うようにと伝えられました。……聞くところによれば、今回の件は全てシェラローズ様が計画したとか。それは本当なのですか?」
私達の会話を側から聞いていた騎士達から、どよめきが起こった。
こんな6歳の令嬢が、闇ギルドの一つを潰そうと計画していたのは、彼らを驚かせる理由として十分だったのだろう。しかし、まだ半信半疑といった様子だ。
疑問を感じているのはシルヴィア様も同じだったらしく、彼は先程まで私に向けてくれていた優しげな瞳から、こちらの本心を見抜くようなギラついた瞳へと移り変わっていた。
子供に向けるような視線ではない……が、こちらの方が私も平常心を保って会話出来る。
「はい、今回の件は全て私が計画いたしました」
表向きでは父親が発案したということになっているが、真の発案者は私だ。そして、父親も信頼する者達には真実を話していたらしい。
……と言っても、知っていたのはシルヴィア様のみ。他の騎士の驚きを察するに、彼らは初耳だったのだろう。
「失礼ですが、シェラローズ様はまだ6歳だと聞きました。どうしてこのような危険な行為に?」
「危険だろうが、そうでなかろうが、私は守るべき者のために行動すると決めています。今回の件も、約束を果たすために必要だった。それだけのことですわ」
「…………」
シルヴィア様はまだ納得していない様子だった。
約束と言っても、それはすでに『約束』の域を超えている。もしそうだとしても、6歳の力を持たない令嬢が先立って行動するようなことではない。
……彼はそう言いたいのだろう。
「シルヴィア様。一つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」
「……? はい、何でしょう?」
「あなた様は──何のために剣を取りますか?」
シルヴィア様の目が開かれる。
まさか私に騎士としての覚悟を問われるとは思っていなかったのだろう。彼の驚いた様は、すぐに理解出来た。
「……あの子達は、泣いていました。抵抗出来ないよう身体中に痣をつけられ、叫ばないように喉を潰され、本当の家族を失った。だから私が守るのです。二度とあの子達を不幸にさせないため、力ある私が、行動出来る私自身が動かなければならない」
私は、私の部屋がある方向を見つめ、再びシルヴィア様を見つめる。
「力無き者を守るため、力ある者が立ち上がる。それは単純に救いたいと思ったから。だからシルヴィア様達も剣を取った。そうではないのですか?」
彼は私の瞳を一点に見つめ、やがて静かに瞠目し、ゆっくりと頷いて肯定してみせた。
「…………ええ、その通りです。私も守るべき者のために剣を取った。それだけは間違いない」
シルヴィア様は剣を抜き、騎士としての敬礼をした。
次々に剣が鞘から引き抜かれる音が聞こえ、振り向くと──会話を聞いていた騎士達もシルヴィア様と同じようにしていた。
──そこに、彼らの『信念』が見えた気がした。
「試すようなことをして申し訳ありません。ですが、我らが剣を預ける者は、我ら自身が定める。そう決めているのです」
「いえ、謝る必要はありません。……それをしてくださるということは、私は合格でしょうか?」
「勿論です、シェラローズ様。6歳だからと侮っていたわけではありませんが、あなたは想像以上に聡明なお方だ」
シルヴィア様はニコリと微笑む。
それは、最初に出会った時に見せてくれた笑顔と同じで、なぜか私の胸は苦しくなった。
「将来、あなたがどのような道を歩むのか。楽しみです」
「……私はただ、あの子達の親代わりとして恥ずかしくない行動をしているだけです。期待されても、困ってしまいます」
シルヴィア様達からの信頼を得ることに成功した。
騎士というのは真っ直ぐで、どこまでも信念を貫こうとする正しい人物。
彼が、彼らが理想の騎士であることが知れて嬉しい気持ちになると同時に、彼らの前でしょうもないミスは出来ないなと、私は気持ちを引き締めた。
彼らは私は認めてくれた。この場にいる者の中で、私は『6歳の少女』ではなく『公爵家の娘』として見られている。
それを自覚して、今回の計画を話すとしよう。
「それじゃあ、エルシア」
「かしこまりました、お嬢様。……では皆様、まずは屋敷へご案内させていただきます」
エルシアは騎士達に一礼して屋敷へ入るよう促し、私も彼女の言葉に続けて口を開く。
「決行まで、まだ時間があります。ここでは冷えるでしょう。中で温かいお茶でも飲みながら、最後まで作戦の説明をさせていただければと思います」
騎士達と何度も意見交換し、最後の時まで煮詰めた会議は、あっという間に時間が過ぎてしまう。
そろそろサイレスと合流する約束の時間となり、私は両親とエルシアに見送られて屋敷を出発した。
──その時、とある一室の窓から小さな顔が二つ、真っ直ぐにこちらを見つめていたことに、私が気付くことはなかった。




