第38話 愛してる
「これおいしい!」
「ティナ。これすき! これも!」
「おお、そうですか。それは嬉しい。これも食べますか?」
「「わーい!」」
私がサイレスと共に表に戻ると、そこには真っ白な毛並みを持つ二人の可愛らしい少女達が、口いっぱいにケーキを頬張っている光景が視界に入ってきた。
どちらも幸せそうな表情をしており、店員達もそれを微笑ましく眺めている。
──え、なにこの空間? と私の頭上に「?」が浮かんだのは仕方のないことだろう。
「あ、シェラローズさま!」
「シェラローズさま、おかえりなさい……!」
扉を開けた状態で固まっている私に、双子がタタタタッと駆けて来た。
「ただいま二人とも。待たせちゃったかしら?」
「ううんっ! おじちゃんやお姉ちゃんたちがあそんでくれたから、楽しかったよ!」
「けーき、おいしかった! あ、あとねっ、ジュースも、おいしかったの!」
最初の怯えた様子は消え去り、二人して心から楽しそうな笑顔を浮かべている。思わず胸がきゅんとなり、私は胸を抑える。
「シェラローズさま? 大丈夫……?」
「くるしそう。いたい?」
「……いいえ、大丈夫よ。もう治ったから、大丈夫」
どうでも良いことで心配させてしまった双子の頭に、ポンッと手を乗せる。途端にふにゃりと顔を柔らかくするせいで、また胸を抑えそうになったが、そこは僅かに残った理性で耐えた。
「……愛されているな」
その様子を後ろから見ていたサイレスがポツリと呟いた。彼の無機質な表情が微かに綻んでいるのは、きっと気のせいではないのだろう。
指摘したら反論されそうなので、その心は私の中にだけに留めておく。
「愛しているもの」
「あいしているって、なぁに?」
「あなたが大好きって意味よ」
「シェラローズさまは、私たちを、あいしている?」
「ええ勿論。あなた達はどう?」
「あいしてる!」
「うんっ! あいしてるよ!」
私はガッツポーズする。勿論、心の中でだ。
「……ふふんっ」
──どうだサイレス。
これが純真無垢な子供の破壊力だ。
そんな大人でも双子の可愛さには屈服する。抗いようのない可愛さがここにあることを知るがいい。
「……そんなドヤ顔で見るな。無性にムカつく」
「だって可愛いもの。サイレスだってそう思うでしょう?」
「…………そう、だな。本当に、こうなって良かったと思っている」
サイレスだけではない。その場に居る店員──暗殺ギルドに属する全ての顔に影が落ちる。
彼らは一歩間違えれば、この双子をもう一度地獄に送るところだった。たとえそれが本意では無かったとしても、仕事のため、ましてや自分達が生き抜くためにとやっていたことだろう。
それはあり得たかもしれない一つの結末。
誰も幸福になれない、最悪の結末だ。
あの瞬間、サイレス達と相対していたのが私でなければ、二人はきっとそうなっていただろう。
名も知らぬ『依頼者』に引き渡され、笑うことすら出来なくなっていた。もう光を見出すことさえしなかっただろう。
──本当に、こうなって良かった。
サイレスの言葉を借りるわけではないが、私もそう思った。
私がやったのは、ただの自己満足なのかもしれない。
双子のようにある日突然村を襲われ、奴隷に落とされる。ということは多くはないが珍しくもない。今も世界の何処かで不幸になっている子供がいるかもしれない。それら全てを救えるわけではない。私の両手はそこまで広くはないし、全てを救えると自惚れることもしない。
私の両手は、二人を救うだけで十分だった。
私の両手は、それだけ小さかった。
だから絶対に守る。
たとえ小さくても、この二人だけは……。
『運命』と呼ぶに相応しい出会いをした私達の関係だけは、絶対に守る。
「シェラローズさま……?」
二人を抱く力が、無意識に強くなる。
「シェラローズさま……くるしい」
「──っ、ごめんなさい。嫌、だったわよね」
ハッと我に返った私は、すぐに二人から離れて謝罪した。
それに対して、二人は横に首を振り、再び笑顔を向けてくれる。
「ううん。くるしかったけど、シェラローズさまはあったかいから、いやじゃないよ?」
「シェラローズさまといっしょにいると、むねがポカポカするの。だからもっとギュってして?」
──うちの子、最高に可愛い。
魔王でも抗えない。それが身内の可愛さだ。
成り行きと偶然で出会ったような私達だが、確かに私達の間には信頼関係が築かれている。共に居ると温かい雰囲気になれるのも、胸の辺りがポカポカするのも、二人が私に対して大きな信頼を覚えてくれていることの証明だと私は思っている。
「うちの子のためなら、外敵を全滅させられるわ」
「物騒な母親代わりが居たものだな」
サイレスから容赦のないツッコミが飛んできた。
「だってそうじゃない。そもそも、この子達が可愛いのがいけないのよ。ああ、全く……二人を不幸にさせようだなんて、依頼者ってのはとんでもない奴だわ。性格がねじ曲がっていること間違いなしね」
「……まぁ、それには同感だな。ベッケンに依頼する奴は、ほとんどが性根の腐った連中だ」
サイレスの言う通り、ベッケンの統括する『闇ギルド』は犯罪ギルドだ。この世に存在する犯罪の全てを、当然のように繰り返す腐った連中の集まりだ。そんな組織を頼る奴など高が知れている。
やはり牢屋に入れるだけではなく、処分した方がこの世のためなのではないだろうか?
ティアとティナを直接攫った三人も、今は牢屋の中で罪に裁かれるのを待っている。私があのまま永遠に氷の中に封印しても良かったのだが、あれを継続させるのにかなりの魔力を喰う。まだ本調子ではない今、必要以上に消費することだけは避けなければならなかった。
それでも私は、三人を氷の呪縛から解き放ってしまったことに、今後も後悔することだろう。
「ねぇサイレス? 私考えたのだけれど、わざわざ兵士を集めなくても、私自らが組織全体を永久凍土に作り変えてしまえば良いのではないかしら?」
それならば無駄に人員を使う必要はないし、混乱も少ない。
相手は完全に凍っているのだから、逃げられる心配もない。今回のことで一番手っ取り早いのが、それだ。
「ダメだろう。色々と問題がある」
「そうよね。でも、問題がない程度に始末すれば──」
「勘弁してくれ」
私の提案を聞いたサイレスは、こめかみの部分を指で抑えながら溜め息を吐く。
「それに、いくらシェラローズでも組織全体を凍らせるなんて出来ないだろう。あそこは広い。下手をすればスラム街の地下全てに巡らされているかもしれない。双子が可愛いのはわかるが、落ち着け」
「…………むぅ、わかったわ」
別に全魔力を消費すれば、スレイブ王国全体を凍てつかせることも可能なのだが……そこは黙っておくことにしよう。
まだ私の全てを話すには早い。サイレスは賢い。その程度のことで心変わりする男だとは思っていないが、絶対に裏切らないとは言えない。だから『私』について話すのは、もう少し先だ。
「シェラローズさま?」
「その人、だぁれ?」
双子が私の裾を引っ張り指差すのは、サイレスだ。
私と彼が親しげに話しているのを聞いているからなのか、警戒している様子はない。こうやって聞いたのは、単なる子供の好奇心からだろう。
「この人はサイレス。私の部下よ」
「ぶか?」
「エルシアお姉ちゃんと、いっしょ?」
「……うーん。そう聞かれると、ちょっと回答に困るわね」
私の部下と言っても、エルシアとサイレスでは何もかもが違う。
エルシアは私の専属メイドであって直属の部下ではない。私の身の回りを世話してくれているが、本当に仕えているのは私の父親だ。……だが、私の部下のような立ち位置であることは確かだ。
対してサイレスは私が直接雇っている。というか契約している直属の部下ではあるのだが、完全な主従関係というわけではない。現に、こうして互いに馴れ馴れしく話していることだし、部下っぽくないのは事実。
「まぁ、どっちも私の部下ってことね」
双子はまだ小さく、難しいことはわからない。
事細かに説明しても首を傾げるだけなので、とても簡潔に説明しても問題はないだろう。
エルシアもサイレスも、やることは違えど私の部下のような立場に居ることには変わりない。
「サイレス。シェラローズさまのぶか!」
「ちょっとこわい、お兄ちゃん! ぶか!」
「「「「──プフッ」」」」
私を含め、様子を伺っていた他の店員達は同時に吹き出し、サイレスはどう反応して良いのかわからずに口元をヒクつかせている。
エルシアがお姉ちゃんだから、サイレスはお兄ちゃん。
だからってちょっと怖いと本人の前で言うとは……子供の馬鹿正直なところは本当に面白い。
「サイレスお兄、ふふっ、お兄ちゃ……くくっ……! ああダメ、面白くて笑っちゃう!」
私はツボに入ってしまい、腹を抱えて悶絶する。
「おい、無性にムカつくから今すぐ笑うのを止めろ。お前らもだ……!」
店内には和やかな雰囲気が流れている。
それはとても心地良く、それは双子によって成り立っていた。
「「……?」」
双子がそのことに気付くはずもなく、急に笑い出した私達を不思議そうに見つめ、最後は可愛らしく首を傾げるのだった。




