第37話 交渉
サイレスの居るという部屋の前まで案内された私は、リッカに礼を言ってから扉を軽くノックした。
「どうぞ」
部屋から遅れて聞こえた返事の後、私は「失礼するわ」と中に入る。
ここはサイレスの私室で、中には簡素な家具だけが適当に並べられている。どうやら彼は読書中だったらしく、横には栞の挟まれた本が置かれていた。
窓から差し込む太陽の木漏れ日に照らされた彼は、妙に様になっている。
黒フードを被っていない素顔だけの彼は、とても爽やかな印象を受け、これが俗に言うイケメンなのかと内心思った。
「……まさか本当に位置情報が筒抜けだとは思っていなかったが、とにかくよく来てくれた。シェラローズ」
サイレスは呆れたと驚きが混ざったような表情をしたが、それでも私を歓迎してくれた。
「……読書中だったようだけど、お邪魔しちゃったかしら?」
「いや、ちょうどキリのいいところまで読んだところだ。問題ない」
彼は立ち上がり、湯沸かし器を手に取る。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「それならコーヒーを頂こうかしら」
「苦いぞ?」
「屋敷の人達もそう言って飲ませてくれないのよ。私はあの苦さが好きなのに……」
生前は毎日コーヒーを飲んでいた。
朝起きてコーヒー、執務中もコーヒー。私は美味しいコーヒーが好きなのだ。
なのに屋敷の人は揃って「まだ早いと思いますよ」と言ってくる。こちらを馬鹿にしているわけではないとわかっているのだが、まだ子供だからってコーヒーを飲めないと思わないでもらいたいというのが、正直なところだ。
「それにあなたも店員でしょう? なら、腕の見せ所ね」
「……勘弁してくれ。舌の肥えた貴族には物足りないだろう」
「コーヒーはまだ飲んでいないから、肥えていないわよ」
「物は言い様だな」
そう言いながらも、ちゃんと出してくれるところがサイレスの優しさだ。
「ほら……」
「ありがとう」
ティーカップの片方を渡され、受け取ったと同時にコーヒー独特の匂いが鼻腔をくすぐる。
「良い匂いね……」
「砂糖は必要か?」
「いえ、結構」
「…………」
「苦いのが好きなのよ。……うん、美味しい」
「そうか。なら良かった」
サイレスの口数は少ない方なのだろう。
でも言葉の節々にはこちらを気遣ってくれているというのがわかるので、不快になったり気まずくなったりはしない。むしろ余計に話が進んでグダグダになるのは好きではないので、このくらいがちょうど良い。
「さて、早速だけど本題に入りましょうか」
私はティーカップを受け皿に乗せ、正面に座るサイレスを見据えた。
「決行は二日後の朝。サイレスが報告をするタイミングで行うわ」
当日の作戦を伝える。
サイレスが双子を連れてベッケンの元へ向かう。
私はその後ろを隠蔽魔法で姿と気配を完全に遮断し、組織の中に潜入する。
色々聞き出したらベッケンを確保。その後、奴の部下も無力化する。
援護の兵士達には、サイレスが中に入ったと同時に動き出し、全ての出入り口を包囲してもらう。拠点に住み着く鼠は一匹も逃さない。
裏社会の人間は、大体夜間に動き出す。
朝に動くのはむしろ好都合なのだ。
「そう簡単に成功するか?」
「成功させる。ちょっとのズレなら、力づくで修正可能よ」
「……そうか。双子はその作戦に協力出来るのか?」
「出来るなら協力して欲しいけれど、難しいと思うわ。その時は情報を得たという程で作戦を進める」
双子を捕まえたと事前に報告すれば、今回の黒幕である『依頼者』をおびき出せると思ったのだが、先程の双子の様子を見た限りでは難しそうだ。
関わってもらうのだから私の計画は全て話す。二人を誘拐しようとした組織の奴らのところに行くと言ったら、きっとあの子達は激しく拒絶するだろう。
「本当は馬鹿げた依頼を出した奴も一緒に排除したいところだったのだけれど……二人が嫌がるのなら無理強いはしない」
「容赦が無いのか、それとも優しいのか。……シェラローズはよくわからないな」
「敵には容赦せず、味方には優しい。それだけよ」
──邪魔するものは徹底的に排除する。
そこに一切の慈悲は無く、残るのは味方の笑顔のみ。
私が望むのはそれだけでいい。
「……やはり、シェラローズの下について正解だった」
サイレスは「ふぅ」と息を吐き、コーヒーを口に含んだ。
「こうして話していればわかる。お前とだけは敵対してはいけない。敵対したが最後、俺達は過酷なこの世界で生き残ることは出来ないだろうな」
「謙遜ね。意外と上手くやっていると思うけど?」
サイレスは上手くやっている方だと思う。仲間のお陰とも言えるかもしれないが、それは彼自身が頑張っているから味方もそれに応えてくれるのだ。
「……まぁ、これからは私も援助するし、新しいお金稼ぎも教えてあげるから頑張りなさい」
と、サイレスの眉がピクリと動いた。
「新しい金稼ぎだと……?」
「ええ、落ち着いたら始めようと思っているの。基本的な部分は私がやるけど、必要とあれば色々と動いてもらうわ。それなりに大変だとは思うけれど、今以上の大金が入るのは約束する」
「……何をやるつもりだ?」
「それはその時になってからのお楽しみ……」
人差し指を唇まで持っていき、まだ内緒だとウィンクする。
「…………悪い予感しかしないのだが?」
「あら、その予感は間違いね。近い未来、あなたはその言葉を自ら否定することになるわよ」
先程も説明した通り、基本的な管理は私がするつもりだ。
サイレス達はその補助のために動いてもらうだけ。
それだけで大金が手に入る。
収入は私のお小遣いに加えるつもりだが、働いてもらった分の金は出す。
小遣いと言っても、それだってサイレス達の衣食住のために使う予定なので、ほぼ彼らのためだと言っても過言ではないだろう。
「……そうね。私の手取り金は2割と言ったところかしら? 双子へのお小遣いに1割。残りの7割はあなた達の物よ」
「本当にそれだけで良いのか? 俺達に回すのはもっと少なくても……」
「それで十分なのよ。むしろそれ以上持っていても邪魔だから、サイレス達が自由に使ってくれて構わないと言っているの」
「…………本当に、何を企んでいる?」
「ふふっ……さぁ? 予想してみたら面白いかもね」
どこまでも教えようとしない私に、サイレスは呆れた様子で苦笑いしている。
「その計画とやらが上手く行くことを祈っている。二つともな」
「祈る必要はないわ。必ず成功させるもの」
傲慢とも言えるその言い草に、今度こそ彼は愉快そうに笑うのだった。




