第34話 二度目のお願い
後日、私はとある『お願い』をするため、父親の執務室を訪ねていた。
ノックをした後に現れたコンコッドに事情を説明し、人払いを頼む。
「また何かするつもりですか?」
とは、コンコッドの言葉だ。
酷い言われようだとは思うが、全くもってその通りなので適当に微笑みで返す。
「危険なことだけはしないように……って、もう遅いですよねぇ」
コンコッドは呆れたように溜め息を吐きながら、最後は了承して執務室にいた他の使用人と共に退室してくれた。
状況をすぐに理解してくれたコンコッドに感謝しつつ、私は部屋の中に入る。
休憩中だったのだろう、父親と母親がソファに座って優雅にお茶していた。
二人は私が入室したのを見た瞬間、その微笑みを強くさせ、私を歓迎してくれた。
「お忙しい中失礼します。お父様、お母様」
「よく来てくれたな。私達も、ちょうど休憩していたところだ。シエラも一緒にどうだ?」
「さぁ、こっちにいらっしゃい、シエラちゃん」
父親はお茶の誘いを、母親は膝を叩きながら私を手招きする。
失礼しますと、私は母親の膝の上にちょこんと座る。そのことに父親は少し羨ましそうな表情になったが、母親の勝ち誇ったような顔を見て諦めたようだ。その代わりに色々なお菓子をこちらに渡してくれた。
「今日来たのは、お二人にお願いがあってのことです」
私はお菓子を一つ口に含み、甘みを堪能した後に本題へ入った。
「お願い? ティアとティナのことだろうか?」
「……大きく言えば、そうです」
今回の計画に、父親の協力は必要不可欠。
彼から許可を受けるため、私は包み隠さず話すことにした。
コンコッドに人払いを頼んだのは、そのためだ。
「お父様。ベッケンという名に心当たりは?」
父親の雰囲気が、一瞬にして切り替わる。
先程までの和やかなものではなく、張り詰めるような息苦しささえ覚える。そんな雰囲気だ。
そこに親馬鹿な父親はすでに存在せず、私の前に座る彼こそアトラフィード家当主、ヴィードノス・ノーツ・アトラフィードその人であった。
久しぶりに彼の雰囲気を感じたが、こんなところで臆する私ではない。
「どこでそれを知った?」
「あるのですね?」
「ああ、知っている。だがそれは──」
「闇ギルドの最高権力者」
「…………知っているのか」
私は、その問いに頷きで返した。
「次はこちらの質問だ。──どうしてそれを知っている?」
父親の眼光が、真っ直ぐに私を射抜いた。
「先日、双子の件で暗殺者と接触しました」
「──っ。なんだと!? いつどこで、どうしてそんな危険なことを──!」
「あなた。落ち着いてください。まずはシエラちゃんの話を聞きましょう?」
「……そうだな。…………シエラ。話してくれるか?」
自分の娘に向けるような視線には程遠く、内心を全て見通すかのようなギラついた何かを感じる。
普通ならば身を縮めて萎縮するところだが、私は父親の『これ』を待っていた。
「彼らは先日の人攫いとはまた別の勢力でした。双子の捜索に手詰まりを感じた者達が、暗殺者に捜索依頼を出したのでしょう。そして私は彼らと接触して身柄を拘束。事情を聞き出しました」
人攫いが属している組織、闇ギルド。そのトップであるベッケンの名。
私は知っていることの全てを語った。
父親はその間、一回も口を開くことはなく、私の言葉を真剣に呑み込んでいた。
普通はまず叱るところだと思うが、母親の言葉もあったおかげか現状の説明を優先してくれていた。
「……暗殺者と接触したと言ったな。奴らは今、どうしている?」
「変わらずベッケンに協力している風を装ってもらっています。こちらの準備が整い次第、連絡を取る予定です」
「信用できるのか?」
「信頼に値すると判断いたしました」
「そう、か……」
父親は大きく息を吐き、ソファにもたれ掛かった。
「シエラがそう感じたのなら、こちらが文句を言うべきではないな」
従者にしたとまでは言わなかったものの、人殺しのプロである暗殺者と手を組んでいると告白したのだ。両親からしたら断固として否定するべき事態だろう。
そう思っていたのだが、父親の反応は思った以上にあっさりとしたものだった。
「……どうした?」
私が困惑しているのを察した父親は、私に微笑む。
仕事の時に纏う雰囲気はそのままだったが、その中にも娘を想う優しさが込められているのを私は理解した。
「怒らないのですか?」
「思うところはある。しかし、怒るわけがないだろう」
私が呆気に取られているところで、頭上から母親の笑いを押し殺すような声が聞こえた。
「怒れないの間違いではなくて? ねぇあなた?」
「おまっ…………んんっ! まぁ、そういうことだ」
「なるほど。昔、お父様がやんちゃしていたとは、そういうことだったのですね」
「口に出さなくていいからな!?」
小さい頃に暴走していたのは、父親も一緒だったのか。
それを知れて、ホッとしたのはどうしてなのだろうな……。
──なぁシェラローズ?
我らと父親は、確かに似ている部分があったぞ?
…………。
………………返事は、無いか。
まぁ、それでいい。
親子の繋がりを理解しているだけでも、十分意味があるというものだ。
「──と、ここまで申した通り、私は前々から独自に動いていました」
こちらで出来る範囲で調査を進めようかと思っていた。
悠長かと思われるかもしれないが、私はただの6歳の子供。出来ることは限られている。焦ったところで何かが起きるわけがなく、どちらかといえば向こうが動くまで受け身の姿勢を取っていた。
そして今回、奴らが動き出した。下っ端を動かすだけではなく、暗殺者まで送り込んできた。
ティアとティナを奪い返すためならば、きっと奴らは手段を選ばないだろう。あちらが本気を出すというのなら、こちらも其れ相応の攻めを演じさせてもらう。
双子はもう私のものだ。
誰にも渡さない。
二人が自分の意思でこの手を離れるまで、絶対に放さない。
「そこでお父様にお願いがあります」
私は最初の話題に戻った。
母親の膝から降りて父親の側まで歩き、膝を床について願いを口にする。
「私のわがままに協力していただけないでしょうか?」
二つの視線が交差する。
──ここが正念場だ。
決して逸らしてはいけない。
こんなところで失敗するわけにはいかない。
「…………はぁ、わかった。私の負けだ」
先に折れたのは──父親の方だった。
大きく息を吐きながら両手を挙げ、降参の意思を示す。
だが、それに喜ぶ私ではない。
本当に大切なのは、この後だ。
「嘘偽りなく話してもらう。シエラは何をしたい? ……いや、何を企んでいる?」
この身一つに注がれる圧力。
私は屈することなく、それを受け流す。
「私は──」
父親は驚愕に目を丸くさせる。
黄金に輝く瞳に映る私は──歪に笑っていた。
「私は闇ギルドを、全面的に排除したいと考えています」




