第21話 保護
最初の戦いには勝利した。
だが、私の目的は屈強な男達に勝つことではない。むしろこれは過程だ。
「あなた達、大丈夫?」
私はなるべく安心させようと優しく微笑み、今も力無く地面に座り込む姉妹に手を差し伸べた。
「……、…………」
「…………、…………!」
「ああ、そうか……口を塞がれているから話せないのね。……失礼」
二人の背後に回り込んで、断りを入れてから布を外す。
「さぁ、これで話せるようになったかしら?」
「……ぁ、が、ど……!」
「…………、ご、ぁ……ざ……、……!」
しかし、姉妹は言葉と言えるような言葉を発することはなかった。
言語の違いか?
だが、もしそうだったらもう少しおかしい感じに聞こえるはずだ。
今のように濁ったような、つっかえつっかえには聞こえない。
「っ、まさか!」
私は最悪な考えに至り、片方の顔……その下を覗き込んだ。
「──チッ」
姉妹の喉は──潰されていた。
「酷いことをする……!」
今になって、男達への憎しみが増した。
抵抗させないためとは言え、幼気な少女の喉まで潰すか。
それは人とは思えない鬼畜の所業であるが、奴らにとっては普通のことなのだろう。
だが、それを肯定したくはない。考えただけでヘドが出る。
今すぐ後ろで凍っている奴らを殺してしまいたい衝動に狩られるが、それは既のところで我慢した。
私の殺気に当てられた少女達の怯えた表情を見たおかげで、戻ってこれたのだ。
「怖がらせちゃってごめんなさい。まずはその喉を治しましょう。……ちょっと、触るわよ」
そっと喉に触れると、少女はビクッと体を震わせた。
「……痛かった?」
「…………(ふるふる)」
「なら、良かった」
潰れた喉が痛むのかと思ったが、どうやら驚いてしまっただけのようだ。
一度戻してしまった手を、再び喉に近づける。……今度は驚かれずに受け入れてもらえた。
「絶対に、治してあげるから……
【光よ、聖なる光よ。我が願いに応じ、かの者に癒しの加護を与えよ】」
これは対象に癒しの加護を与える魔法だ。
多めに魔力を流したので、喉だけではなく全身の傷も癒せただろう。
もう片方の少女にも同じように回復魔法をかける。
「ぁ、え……いたく、なひ……?」
その効果はあったようだ。
さっき聞いたような声とはかけ離れた、可愛らしい声が少女の口から発された。だが、まだ治ったばかりなせいで言葉がしどろもどろだ。
「まだ無理して話さなくていい。ゆっくり、喉を休ませて」
姉妹は静かに頷き、呼吸を整える。
「あり、が……とう、ごぁい、ます」
「あなた……ぁ、いの、ちの……おんじ、……れす」
辿々しいままではあったが、次はしっかりと言葉として聞こえた。
「……良かった。もう大丈夫よ。あなた達を傷付ける人は、もう居ないわ」
二人を怖がらせないようにゆっくりと、なるべく優しく語りかけた。
両手を伸ばして、ボサボサになった髪を撫でる。少し距離感が近すぎたかもしれないが、安心させるためにはこれが一番だと思った。……そしてその効果はあったらしく、二人は張り詰めていた気力が薄れたのか、一筋の涙を流して意識を落とした。
「お嬢様っ!」
と、そこでひどく焦ったような声が聞こえた。
その声の主は青い髪を左右に激しく揺らし、こちらに向かって走ってくるのは私の専属メイド、エルシアだ。
「どうして何も言わずに先に行ってしまうのですか! どれだけ探し回ったと……って何これ?」
駆けつけたエルシアは目を丸くさせ、この状況が飲み込めずに立ち尽くした。
凍りついた大地と、凍りついた三人の屈強そうな大人。座り込み気絶している獣人の姉妹。それを両手に抱える私。
……この状況をすぐに理解しろという方が、無理な話だろう。
だが今は、エルシアの気持ちを汲んでいる場合ではないのだ。
「色々と聞きたいことはあると思うけれど、まずはこの二人を運ぶのを手伝って」
◆◇◆
エルシアに手伝ってもらい、獣人の姉妹を屋敷まで運んだ。
まずは両親に何か断りを入れてからでなければ、勝手に部外者を屋敷に招いてはいけないのだが、今回は緊急の用件ということで、特別に医務室へと運ばせてもらった。
「…………シエラ。何があったのか、話してもらおう」
父親の鋭い眼光が、正面に立つ私を射抜く。
いつもデレデレしている父親の面影はなく、アトラフィード家当主『ヴィードノス・ノーツ・アトラフィード』がそこに居た。
「……はい、お父様」
目の前には父親。
周囲には母親と秘書のコンコッド、メイド長のローナ。複数人の使用人が待機していた。
この場に居ないエルシアには、医務室で眠っている姉妹の様子を見てもらっている。二人が起きたら知らせる手筈だ。
「エルシアと街を散策している最中、人攫いと思われる男三名、その被害者二名と遭遇し、それを救出。獣人の二人をあのまま放置するのも危険だと判断したため、一時的に屋敷に運ばせていただきました。以上です」
淡々と全ての出来事を述べる私に、父親は眉間に皺を寄せて頭を抱えた。
「シエラ。その男達のことだが……何をした?」
「はて? 何をしたと言われても、私にはわかりかねます」
「…………はぁ……」
シラを切ると、盛大に溜め息を吐かれてしまった。
どうやら、すでにあの場で何が起こったかの調査が進められ、報告も済んでいるようだ。
……そんな中でシラを通しても、こちらが苦しいだけか。
「男達は私が無力化しました。殺してはいません。氷の牢獄に閉じ込めただけなので、私があれを解除すれば男達は解放されます」
その言葉に、父親だけではなく他の者も半信半疑だった。
ここまで来てしまったら、もう隠していても仕方ない。
今後も何かあった時に誤魔化すのも面倒なので、この際に実力程度はバラしてしまおう。
「彼らは今、どうなっていますか?」
「…………奴らはそこそこ名の知れた犯罪者だった。そのため身柄は拘束……する必要はなかったのだが、一応縄で縛って牢に閉じ込めてある」
「では、解除しても問題はありませんね」
維持していた魔法を解く。
これで男達を閉じ込めていた氷は解除されたはずだ。
「──旦那様、失礼します」
と、そこで使用人の一人が部屋に入って来て、父親に何かを耳打ちし始めた。
「……わかった、下がっていい」
使用人は一礼してから部屋を退出し、父親は私のことを何とも言えない表情で見つめる。
「たった今、捕えていた男達の氷が消え去ったようだ」
「まぁ、タイミングが良いですね」
そうふざけてみたが、張り詰めたような雰囲気が解かれることはなかった。
私は内心溜め息を吐き、父親を正面に捉える。
「……とまぁ、これで信じていただけたでしょうか?」
「…………ああ、信じる。他ならぬシエラの言葉だからな」
父親は姿勢を正す。
「……シエラ。お前は私達の、掛け替えのない大切な子供だ。それを今更疑うことはしない。そうだろう? カナリア」
「ええ、そうですね。シエラちゃんは私達の子供。……そうだと、信じています」
ここまで異常な力を見せつけた私に対して、まだ彼らは私を信じてくれるのか。
……本当、娘に対してはどこまでも甘々な両親だ。
「だからシエラ。お前には嘘偽りなく話して欲しいのだ」
父親は真っ直ぐに私を見据えた。
「お前は、その力をどこで手にした?」




