第11話 馬鹿三人
「ダメだ」
仕事中の父親の元へ突入し、教師を雇って欲しいとお願いをした私は、物の見事に撃沈した。
断られるのは予想していたが、まさか即答で却下されるとは思っていなかったため、私は「うぐっ……」と言葉に詰まってしまう。
「そこを何とか、お願いします」
「ダメだ。まだ6歳であるお前に、しかもまだ体調も十分に戻っていないのだろう?」
「それは……そうですが……」
「まだ文学ならば良いものを、魔法学を学びたいだって?」
「お、お父様……?」
父親は静かに呟き、プルプルと体を小刻みに震わせた。
……まさか、怒らせたか?
そう思って警戒した時、父親がガバッと勢いよく頭を上げた。
「シエラの身に何かあったらどうするのだ!?」
そうならないために魔法学を勉強するのだろうが。……とは言えなかった。
言葉を失うほど、父親の顔は酷いものだったのだ。
おそらく私が怪我をした時のことを想像したのだろう。国王の側近に加わる公爵家の当主とは思えない……それはもうぐちゃぐちゃの泣き顔で、鼻水まで垂れ流している。
仕事の時に見せる凛々しい雰囲気は何処へやら。
貴族や平民から憧れの視線を向けられるような彼は存在せず、そこに居るのはただの親馬鹿だった。
「ヴィド様……シエラお嬢様の前です。そんなみっともない姿を見せないでください」
父親の秘書、コンコッドがハンカチを差し出しながら、呆れたようにそう注意した。
「娘の一大事なのだぞ!?」
「まだ一大事ではありません」
冷静ではない父親と、冷静なコンコッド。
そしてそんな二人を呑気に眺めている人が、この場に一人居た。
「あなた。まずは落ち着きましょう?」
「カナリア……」
執務室のソファで優雅に紅茶を飲み、誰よりも落ち着いているのは私の母親だ。
「まずはシエラちゃんに黒鉄の鎧を購入しましょう。それから対魔法の装飾品をいくつか。それならば危険はないでしょう」
…………撤回、落ち着いていないのは母親も一緒だった。
むしろ当たり前のように高価な装備を購入しようとしているところから、父親よりも危険だった。
「奥様。落ち着いてください」
そんな母親を静かになだめるのは、黒髪のメイド、メリダだった。
「まずはシェラローズお嬢様に危険が無いよう、もっと考えることがあるでしょう。装備を揃えるのも当たり前ですが、教師役の者を選ぶのも重要です。完全な安全を求めるのであれば、宮廷魔法師団を全て投入しましょう」
「まぁ! それは良い案だわメリダ!」
「確かに宮廷魔法師団ならば安心して任せられるな!」
──我が家に正常な奴が少なすぎる件。
「三人とも、まずは落ち着いてくれますか?」
「何を言うか! 私は落ち着いているぞ!」
「私はシエラちゃんが心配なのよ!」
「全てはシェラローズお嬢様のためです」
私が口を開くと、三者三様の答えが返ってきた。
どうしてあそこまで私に冷たく当たっていたメリダまで甘々になっているのかと言うと、両親の仲を見事に修復したのが大きな理由だろう。
あの件があってから私に対しての扱いが変わり始めたので、つい「何を企んでいるのだ!?」と身構えたものだ。
優しくしてくれるのはありがたいのだが、あれほど私を嫌っていた者から甘々に接されると、背中辺りが痒くなって変な気分になる。
過保護……というよりは神格化? そんな感情が彼女から流れてくるのだ。両親だけではなく、メリダにまでそんな感じで扱われるのは、魔王としてのプライドがズタボロだ。
今回はそれが変な方向に向いてしまい、三人してこのようになっているのだが……。
これは私には手に負えないと、コンコッドに視線で助けを求める。
「三人とも……そろそろ落ち着けと言っているのですが? 聞こえていませんでしたか?」
瞬間、部屋の空気が凍った。
それは単なる比喩ではなく、物理的な意味でだ。
コンコッドの操る魔力の冷気が、彼の感情に反応して漏れ出しているのだ。
夏場にはありがたいのだが、残念ながら今はそんな呑気なことを言っている場合ではない。
彼がこうなるのは本気でキレている証だ。こうなった場合は誰にも止められない。それは当主である父親も同じことだった。
「ヴィド」
「はいっ!」
コンコッドと父親は同じ学園の同級生であり、親友であった。
ちなみに、素に戻って父親のことを愛称で呼ぶのは、これもガチギレの証拠である。
「折角可愛い娘がやりたいって言ってんだ。危険かもしれないというくだらない理由で一方的に却下するのは、父親としてどうなんだ?」
「し、しかし……だな。魔力の暴走とかもあるだろう?」
「ちゃんと学べばそうはならん」
「…………ぐぬぅ」
父親、撃破。
「カナリア様。黒鉄装備は必要ありませんよね? 対魔法の装飾品も」
「でも、万が一という場合もあるし……」
「黒鉄装備はとても重いです。王国騎士団の者ですら動けなくなるほどです。そんな物をシエラお嬢様が着たら潰れてしまいますが、それでも良いのですか?」
「っ、それはダメよ!」
「でしたら、子供を見守るのが親としての在り方です」
「…………はい」
母親、撃沈。
「メリダ。宮廷魔法師団は流石にやりすぎです。お嬢様を何に育てたいのですか」
「ですが、今は魔物の蔓延る世の中です。強ければ強いほど安心出来るというものです」
「それはそうですが、まだお嬢様は6歳です。変に力を付ければ、それこそ魔力の暴走を起こしますよ」
「……どうすれば良いのですか」
「代わりに私達が守れば良いのです。……そうでしょう?」
「──そうですね! ええ、そうしましょう!」
メリダは、なんかもっと面倒なことになった。
「ったく、シエラお嬢様が大切なのは私も同じです。しかし限度というものを理解してですね──(くどくど)──(ぐちぐち)──」
「「「…………」」」
コンコッドの説教は続いた。
三人は何も言えず、正座で並ばされている。
「…………ふぅ……」
私はそれらに興味を持たず、側に控えていたエルシアに紅茶を淹れてもらい、一人で優雅な茶会を楽しむのだった。
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