第十二話:廃病院の怨念 人を呪わば穴七つ(1)
2019/04/21 章編成を変更しました。
「ちょっと、これ結構ヤバくない?」
懐中電灯を片手に、暗い廊下を歩く。
十年以上も昔に廃墟と化した病院。不気味な建物内には、様々な物が散乱している。割れた窓ガラス。ぼろぼろのシーツ。そして、もう誰も横になることのない、足の折れたベッド……。
「ね。そうだ、写真撮ろうよ写真!」
「面白そう! せっかくだしね。ほら八澄田、撮って。あ、スマホ落とすなよ」
「う……うん」
真っ暗な中、フラッシュの閃光が何度も走る。これだけ撮れば、一枚くらい何かヤバいものが写るかもしれない。
ここは、地元では名の知れた心霊スポットなのだから。
事の発端は、先日の昼休み。
女子高生の壱岐城達は、怪談で盛り上がっていた。季節は本格的に夏を迎え、時期柄、怖い話はお決まりである。
その最中、彼氏の双木が実際に心霊スポットへ行こうと言い出したのだ。双木の友人である参河が二つ返事で賛同し、瞬く間にその波が広がっていく。
そして、仲の良いグループの全七人が、それぞれの予定を確認した頃。
「ねぇ、八澄田。一緒に来ない?」
声を掛けたのは、教室の隅にいた冴えない女子だ。クスクスと周囲が笑い声を漏らす中、彼女は唇を噛みつつ小さく頷く。
それを見ながら、壱岐城は思う。
自分達は勝ち組だと。
彼女のグループは、所謂スクールカーストのトップである。
壱岐城と双木は、二人とも地区代表にだって選抜されたテニス部のエース。参河とその彼女の四根倉もバスケ部のトッププレイヤーだ。ふわふわした可愛い系女子の陸谷は、担任教師のお気に入り。そして、見せびらかすようにブランド物の鞄で学校に来ている伍代に、市議か何かの娘らしい漆村。
七人個々の得意分野は違えど、それぞれが学校生活の中で確かな地位を確立しているのだ。
それに比べ、八澄田はただの一生徒に過ぎなかった。コミュニケーションも苦手、褒められるようなものも何もない。本当なら、壱岐城達の輪に入れるような人間ではないのだ。事実、彼女ら全員にとって、八澄田は別に友人でも何でもないのだから。
彼女は、言わばとかげの尻尾だった。
例えば何かがあった時。例えば何かがばれそうになった時。そんな時に全てを押し付け、切り離すための、とかげの尻尾。
実際のところ、万が一何かあっても学校は自分達を守るだろう。全員、学校にとっては有能で大切な生徒なのだから。
だが、念のためにと壱岐城は八澄田をグループの仲間として扱っていた。仲間と言っても名ばかりで、言わば典型的な使い走りだが。
使うだけ使ったら、適当なタイミングで適当に切り捨てるだけである。これまでの尻尾と同じように。
当の八澄田も、そんな事はとっくに知っている。この学校に通う生徒にとっては常識だ。
いじめの主犯に仕立てあげられ、転校してしまった同級生。万引き扱いで捕まった後輩。そんな生徒が何人もいる。こいつらに対し、何度消えてしまえと思った事だろう。
だが、表には決して出さない。
逆らえば何をされる事か。
荒唐無稽で下らないとも思うが、この学校は地獄だ。一部の人間が支配する、どこにでもある社会の縮図。負け組は負け組として、勝ち組の糧にならざるを得ない。
その精神が本人も知らぬ間に磨耗しかけている事に、八澄田自身も気付いてはいなかった。
「にしてもよ、何にもねぇなー」
先頭を切り病院内を探索していた双木が、つまらなさそうな声を出す。言い出した張本人だが、双木はこういう心霊だとかいったものには滅法強い。早くも飽きたのか、帰りたそうだ。
「じゃあ、ほら……よ!」
そんな双木に対し、参河は拾ったパイプを割れた窓ガラスに叩き付ける。大きな音が響き渡り、ガラスは粉々に砕け散った。
「もう! びっくりさせないでよ!」
「あはは、悪りー悪りー。でも面白かったろ?」
「うーん、微妙?」
「何それ! あははははは!」
だがまぁ、期待したような目ぼしいものは特に無かったか。
一同が同じような事を思い、そろそろ帰ろうかと思い始めた、その時だ。
「ね、ねぇ。ちょっと……」
陸谷が、震えるような声を上げて前を指差した。
「……あれ、何……?」
言われるままに視線を向ける。
「何、って……あ……?」
廊下の向こうに、何かが立っていた。
ぼろ布のような格好。幽かな呻き声。よく見ると、それはふらふらと倒れそうな足取りで、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。
人? こんな所に? 現実味の無い光景に、一同は口々に言葉を交わし始める。
「待って待って、アレ誰の仕込み? 超怖いんですけど」
「ちょっと参河やりすぎ!」
「いや俺じゃねえって!」
「え? ま、待ってよ。壱岐城さんじゃないの?」
「当たり前でしょ……って……」
「……うっそ。じゃあアレ、マジで何……?」
「ちょっと! 八澄田、あんた見てきなさいよ!」
「え……きゃっ!?」
有無を言わせず、伍代がその背中を押す。
バランスを崩し倒れ込んでしまった八澄田が顔を上げた時、それはすぐ目の前に近付いていた。
「──ぉ──あ──ああぁ──」
「ひっ……ぁ……」
その瞬間、八澄田の視界が歪む。
強烈な倦怠感が突如として全身を駆け巡ったのだ。頭が割れんばかりの激痛に、意識が朦朧とする。
辛うじて見えたのは、自分を覗き込むその表情。ニタニタと笑っているような、それでいて、何処か嬉しそうな。
だが彼女は、それ以上考える事が出来なかった。高熱に思考が働かなくなったのだ。
抗う間もなく意識を手放す。
そして、彼女は二度と目覚めなかった。
「……えっ?」
今、何が起きた? 困惑する壱岐城達の前で、さらに不可解な出来事が続く。残っていた謎の人影が、すぅ、と足元から消え始めたのである。
やがて薄気味悪い表情までが完全に消え去った時、彼女達は、今度こそはっきりと見た。
いつの間に現れたのだろうか。倒れる八澄田を取り囲むように、何人もの人影がぼうと立っている。
生気はない。それはまるで、プロジェクションマッピングか何かで映し出されているような、そんな実在感の無さを感じさせた。
しかし、間違いなくそこに何かがいる。
なぜなら直後、全ての頭がぐるりと回ってこちらを向き──
「きゃあああああああああああっ!?」
それは、一体誰の悲鳴だっただろう。
その叫びをきっかけに、気が付くと七人は一目散に駆け出していた。
──八人目の事など、誰一人気に掛けず。




